超人ニコラ

8話 人形紳士

3,764字 約8分 2018年3月16日 公開

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 光子さんは、書生につきとばされたとき、ひざを強くうったので、いたさに、そこにうつぶしたまま、シクシクと泣いていました。

 ああ、「乞食王子」のまねなんかしなければよかった。あんな小説をおぼえていたばっかりに、とんだことになってしまった。あたしは、どうすればいいんだろう。

 くよくよと、おなじことを、くりかえし、考えているうちに、ふと気がつくと、なにかおしりをつっつくものがあります。

 おどろいて、うつむいていた顔をあげてみますと、いつのまにか、六人ほどの子どもたちにとりかこまれていました。

 近くのいたずら小僧どもが、きたないこじきむすめがたおれているのを見て、あつまってきたのです。その中のひとりが棒きれをもって、光子さんのおしりをつっついたのです。

 光子さんは、その子をにらみつけて、おきあがりました。すると、子どもたちは、ワーッといって、むこうへにげていきます。

 もうこんなところに、たおれているわけにはいきません。子どもたちが、またいたずらをするにきまっているからです。

 光子さんは、ひざのいたみをこらえて、たちあがり、トボトボと、歩きだしました。

「ワーイ、ワーイ、ばっちいおねえちゃんよう。どこへいくんだよう。」

 あとから、子どもたちがゾロゾロついてきます。

 ふりむいて、こわい顔で、にらみつけますと、子どもたちは、ワーッといって、にげますが、しばらくすると、また、ちかづいてきて、下品なことばで、からかうのです。

 光子さんは、ワーッと声をあげて、泣きだしたくなりました。しかし、じっとこらえて、くちびるをかみしめて、トットと、急ぎ足に歩きました。

 町かどを、まがりまがり、四百メートルも歩くと、いつのまにか、子どもたちは、あとをつけてこなくなりました。

 ああ、たすかったと思いながら、バスの停留所のほうへ歩いていきます。いまから銀座のお店にいこう。そして、おとうさんにわけを話して、たすけてもらおう。そのほかにてだてはない。光子さんは、そう考えて、バスに乗るつもりでいたのですが、ふと気がつくと、一円もお金がないのです。といって、歩いて銀座までいくのは、たいへんです。どうしたらいいだろうと、思案(しあん)にくれるのでした。

 光子さんは、すこしも気がつきませんでしたが、さっきから、いたずら小僧たちとはべつに、光子さんのあとをつけてくる、ひとりのあやしい男がありました。ネズミ色の背広に、ネズミ色のオーバーをきて、おなじ色の鳥打帽(とりうちぼう)をかぶっています。ひげのないツルッとした顔に、まんまるなめがねをかけているのですが、その顔が、なんだかへんなのです。

 顔色がよくって、しわがなく、スベスベしていて、洋服屋のショーウインドーにかざってあるマネキンのような顔なのです。人形のような紳士です。

 光子さんが、お金がなくて、バスに乗れないので、思案にくれて、たちどまっていますと、その人形紳士は、なにげなく、光子さんをおいこして、歩いていきましたが、そのとき、ポケットから銀貨をとりだして、そっと地面におとし、そのまま、むこうのかどをまがりました。

 かどをまがったかとおもうと、そこにたちどまって、へいのかどから、目ばかり出して、そっと光子さんのほうを、のぞいているのです。

 光子さんは、立ちどまっていても、しかたがないので、うなだれたまま、歩きだしましたが、目が地面にそそがれているので、すこし歩くと、さっき人形紳士がおとしていった銀貨をみつけました。ひろいあげてみると、百円銀貨です。これがあればバスにのれます。だれがおとしたのかしらないが、しばらくおかりしておこうと、心をきめました。それからは、急ぎ足になって、停留所につくと、銀座を通るバスをまって、乗りこみました。

 さいわい、立っている人が多いので、車内のみんなに、きたない姿を見られることはありませんでしたが、車のすみに、ソッと立っていても、すぐ近くの人からは、ジロジロながめられました。車掌(しゃしょう)さんまでが、顔をしかめて、じっと、こちらを見ているのです。

 光子さんは、そのはずかしさがいっぱいで、すこしも気づきませんでしたが、あのマネキンのような顔をした人形紳士も、このバスに乗っていました。

 光子さんのあとから、乗りこんで、光子さんから、できるだけはなれて、そっぽをむいて、そしらぬ顔で、つりかわにぶらさがっているのです。ときどき、チラッ、チラッと、光子さんのほうを、ぬすみ見るのですが、光子さんは、銀座でおりるまで、気づかないでいました。

 バスをおりると、光子さんは、すぐそこの玉村宝石店へいそぎましたが、人形紳士もそこでおりて、光子さんのあとをおいました。にぎやかな銀座通りのことですから、もう光子さんにかんづかれる心配はありません。

 光子さんは、玉村宝石店のきらびやかなショーウインドーのあいだから、店にはいっていきました。

「おいおい、きみ、こんなとこにはいってきちゃいけない。おもらいなら、うらへまわりなさい。」

 わかい店員が、光子さんのこじき姿を見て、どなりつけました。

 光子さんは、その店員をよく知っていました。しかし、あいてには、こちらがわからないのです。

「ねえ、あたし、わけがあって、こんななりをしているけど、玉村光子よ。おとうさん、おくにいらっしゃるでしょう。通ってもいいわね。」

 店員はびっくりして、まゆずみでよごれた光子さんの顔を、ジロジロとながめました。

「なんだって? 光子さんだって? おじょうさんが、そんなきたない服をきられるわけがないじゃないか。おどかさないでくれよ。さあ、出ていった、出ていった。」

「いいえ、どうしても、おとうさんにあいます。じゃましないで、おくにとおしておくれ。」

「いけない。いけないったら。こいつ気ちがいだな。さあ、出ていけ。出ていかないと、なぐるぞっ。」

 そのさわぎをききつけたのか、そのとき、おくとのさかいのガラスのドアが、サッとひらいて、おとうさんの玉村銀之助さんの姿があらわれました。

「かまわないから、(おもて)にほうりだしてしまいな。そいつはおそろしいかたりだ。顔がにているのをさいわい、光子だといって、わしをゆするつもりなんだ。はやく、ほうりだしてしまえ。」

 ああ、おとうさんまでが、と思うと、光子さんは泣きだしたくなりました。

「おとうさん、わけをはなしますから、きくだけきいてください。こんななりをしていますが、あたしは光子にちがいないのです。」

 死にものぐるいで、すがりつくようにたのみましたが、玉村さんは、とりあってくれませんでした。

「そのわけは、もうちゃんと知っている。ほんとうの光子からきいている。光子、あいつに顔を見せてやりなさい。」

 その声におうじて、光子さんになりすました、あのこじきむすめが、玉村さんのうしろから、美しい顔を出しました。

 ああ、なんというすばやさ! にせ光子は、ほんとうの光子が、おとうさんのたすけをもとめて、ここにくることをさっして、自動車でさきまわりをしたのでしょう。そして、おとうさんをときつけて、いつほんものがあらわれても、だいじょうぶなようにしておいたのです。

 それにしても、玉村さんまでが、にせものを信じるというのは、にせものが、ほんものと、すこしもちがわないからです。どうして、こんなにもよくにた人間がいたのでしょう。考えられないことです。おそろしい夢でも見ているようです。これにはなにか、ふかいわけがあるのでしょう。いままでの科学では、とけないような、おそろしい秘密があるのでしょう。

 しかし、光子さんは、そこまでは考えませんでした。ただ、くやしくて、かなしくて、はらわたがにえくりかえるようです。

「ちがいます。そいつが、にせものです。服をとりかえたのです。あたしの服を、そいつがきているのです。あたしがほんとうの光子です。」

 気ちがいのように、泣きわめく、こじきむすめを、玉村さんは、おそろしい顔で、にらみつけました。

「わかっている。おまえのいいぐさは、もうちゃんとわかっているのだ。おい、みんな、かまわないから、そいつを、表にほうりだしてしまえ。」

 もう、どうすることもできません。光子さんのこじきむすめは、おおぜいの店員に、こづきまわされて、表につきだされてしまいました。

 光子さんは、しばらく店の前に、うずくまっていましたが、やがて、あきらめはてたように、トボトボと、歩きはじめました。

 すると、さっきの仮面のような顔の人形紳士が、どこからかあらわれて、光子さんに声をかけました。

「光子さん、きみが光子さんだということは、わしがよく知っている。きっとあかしをたててあげる。しかし、いまはいけない。ひとまず、わしのうちにきなさい。そして、計画をたてて、出なおすのだ。わかったね。さあ、わしのうちにいこう。」

 ボソボソと、耳のそばで、ささやくようにいうのです。

「あなた、どなたですか。」

 光子さんはびっくりして、ききかえしました。

「きみをよく知っているものです。あんしんしてついておいでなさい。さ、いきましょう。」

 人形紳士は、そういったまま、しずかに歩きだしました。光子さんは、目に見えぬ糸でひっぱられでもするように、フラフラと、怪紳士のあとから、ついていくのでした。

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