5話 五
読み方を変える
良い米を造るには良い種と良い田地と、良い世話とが揃はねばならぬ如く、旺盛な研究心を生ぜしめるには、良い人種と良い社会と、良い教育とが揃はねばならぬ。以上、述べた所は、たゞ教育の一部に就いて論じただけで、社会と人種との如何に就いては何も云はなかつた。如何に教育法を改めて、研究心の養成に努めても、社会の状態が之に適せねば、決して完全な結果を挙げることは出来ぬ。されば、理科の進歩を図るには社会の状態から改めて、理科の発達し得る様にしなければ成らぬが、之は素より一朝一夕に行はれるべき事でない。イギリス国民などは戦争以前には理科の発達に対して余りに不熱心であると云うて、同国の理科の雑誌には絶えず憤慨口調の論説が出て居たが、戦争が始まつてからは、余程様子が改まつた様である。恐らく今後は従来よりも一層理科の進歩に都合のよい状態に成るであらう。我国の如きはイギリスなどに比べても及ばぬ所が頗る多いから更に数倍の努力を要する。如何に研究に熱心な者でも、食はずには生きて居られぬ故、安心して研究の出来る様な位置を数多く設けることも必要である。戦争以前にドイツ国に造られた理科研究所でも、アメリカの若干の大学でも、役員は専ら研究のみに従事することの出来る仕組に成つて居るが、之は頗る羨ましい状態で、斯く成らねば研究は中々容易でない。研究の志は有つても、食ふために止むを得ず教員を務め、日々多くの時間を教へる方に費さねばならぬ様では、到底碌な仕事は出来ぬ。
教育をも良くし、社会の状態をも改め、万事研究心の起り易い様に、また研究の行はれ易い様に仕組んでも、それでも、国民の研究心が盛に成らず、随つて何時までも碌な発明も発見も出来ぬ様ならば、之は人種が悪いのである故、恰も米の種が悪いのと同じく、如何に手を尽しても到底良い実を結ぶ望みは無いものと諦めねばならぬ。
(大正七年九月)