塔上の奇術師

4話 きみょうなうたがい

3,148字 約6分 2017年2月15日 公開

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 夜ふけでしたが、小林少年は、自動車をとばしてやってきました。そして淡谷さんと相談したうえ、宝石は、銀行へあずけないで、このまま書斎の金庫の中におくこと、書斎には淡谷さんをはじめ、うちの人や小林少年がたえず見はりをつづけること、そのほかに、警視庁の中村警部にたのんで、三人の刑事に来てもらい、淡谷邸の内外を見はってもらうことなどをとりきめました。

 さて、そのあくる日は、朝から小林少年と三人の刑事がやってきて、小林君は、淡谷さんとふたりで、金庫の番をし、刑事たちは、廊下や庭を、たえず歩きまわることになりました。

 そういうさわぎですから、怪人四十面相が、宝石をぬすみ出しにくるということは、うちじゅうの人にしれわたりました。スミ子ちゃんも、むろんそれを知っているので、学校へいっても、先生のお話が耳にはいらないほどでした。

 主人の淡谷さんは、その日は会社へも出ないで、書斎にがんばることにしましたが、スミ子ちゃんは学校へいきましたし、スミ子ちゃんのにいさんの淡谷一郎君も、会社へ出かけていきました。

 淡谷一郎君は二十五歳で、まだ結婚まえの青年でした。大学を出るとおとうさんの会社へはいり、ふつうの社員として、毎日かよっているのです。スミ子ちゃんには、このにいさんのほかに、きょうだいはありませんでした。

 スミ子ちゃんは、午後三時半ごろ学校から帰ると、おとうさんと小林少年のがんばっている書斎へいってみたり、茶の間のおかあさんのそばに、すわってみたり、刑事たちが、うろうろしている廊下を歩きまわってみたり、ときどき、げんかんのホールに出て、早くにいさんが帰らないかしらと待ちうけてみたり、そわそわとして、おちつかないのでした。

 五時すごしすぎ、げんかんのドアの音がして、待ちかねていたにいさんが、会社から帰ってきました。

 スミ子ちゃんは、ホールへかけ出していってにいさんをむかえ、にいさんが、くつをぬいでホールへあがってくるのを待って、いつものあいさつをしました。

 スミ子ちゃんは、右手の人さし指をまっすぐに立てて、自分の鼻の前にくっつけ、右の目を、ぱち、ぱち、ぱちと、三度またたいて見せました。

 これは、ふたりだけが知っている暗号通信みたいなもので、こういう形で、仲よしのしょうこを見せることになっていました。

 そのあいずをすると、いつもなら、にいさんのほうでも、同じようなことをして見せるはずでした。同じといっても、すこしちがいます。スミ子ちゃんが、人さし指を立てて、鼻にくっつけたときには、にいさんのほうは、人さし指をよこにして、鼻にくっつけ、ぱち、ぱち、ぱちと、三度またたきをすることになっていました。もし、スミ子ちゃんが、人さし指をよこにして、鼻にくっつけたら、にいさんのほうは、たてにするというきまりです。

 ところがきょうは、スミ子ちゃんが同じことを二度もくりかえしたのに、にいさんはなにもしないで、だまったまま二階の自分の部屋へあがっていくのです。皮の書類かばんを右手にさげたまま、あがっていくのです。

 これも、いつもとちがっていました。いつもは、スミ子ちゃんがかばんを持って、にいさんについて、二階にあがることになっていました。そして、そのおれいに、机のひき出しにしまってあるチョコレートや、キャラメルを、スミ子ちゃんにくれるのです。

 ところが、にいさんは、かばんをスミ子ちゃんにわたそうともしなければ、部屋へはいっても、おかしのしまってあるひき出しを、あけようともしません。スミ子ちゃんが、机のそばに立っても、へんな顔をして、じろじろとながめるばかりです。

 にいさんは、四十面相がやってくるというので、気がおちつかなくて、いつものやりかたを、わすれてしまったのでしょうか。

「どうして、かばん持たしてくんないの? そしていつものごほうびは?」

 スミ子ちゃんが、すねたようにいいますと、にいさんはへんな顔をして、

「いつものごほうびだって?」

と聞きかえしました。ひき出しのおかしのことまで、わすれてしまったのでしょうか。

「右の三つめのひき出しよ。きょうはチョコレートがいいわ。」

 スミ子ちゃんがいいますと、にいさんは、やっと思い出したように、

「ああ、そうだったね。」

といって、そのひき出しをあけ、チョコレートのつつみを一つ取りだすと、

「はい、ごほうび。」

と、手わたしてくれるのでした。

 スミ子ちゃんは、

「ありがとう。」

といって、そのままにいさんの部屋を出ましたが、階段をおりると、廊下のまん中で立ちどまってしまいました。

 なんだか、へんな気持ちです。わすれようとしてもわすれられない、いつものしきたりを、にいさんは、けろりとわすれていたのです。スミ子ちゃんが教えるまでは、おかしのはいっているひき出しさえ知らなかったのです。これは、どうしたことでしょう。いくら心配ごとがあったって、そんなことまでわすれるというのは、どうもおかしいではありませんか。

 そのとき、階段に、とんとんと足音がして、にいさんがおりてきました。その音をきくと、スミ子ちゃんは、ギョッとしたように、階段のうしろに身をかくしました。そして、にいさんが、おとうさんたちのいる書斎へはいっていくのを、ソッとのぞいていました。

 なぜ、そんなへんなまねをしたのでしょう。スミ子ちゃんは、自分でも、わけがわかりませんでした。

 階段のかげから、書斎のほうへ行くにいさんのうしろすがたを見ていますと、

「あれが、ほんとうに一郎にいさんかしら?」

と、うたがわしくなってきました。

 あたまの中に、にいさんのすがたと、あの恐ろしいこうもり男のすがたとが、二重うつしのようにかさなりあって、ボウッと浮かんでくるのです。

「まさか、そんなことがあるはずはない。いくら、四十面相が変装の名人だって、あんなに、にいさんとそっくりに化けられるはずはないわ。でも、ひょっとしたら……。」

 スミ子ちゃんは、この恐ろしい考えに、顔の血がスウッとひいていくような気がしました。まっ青になっていたにちがいありません。

 スミ子ちゃんは廊下を、あっちへいったりこっちへいったり、歩きはじめました。どうしていいのか、決心がつかなかったからです。

「おとうさんや、おかあさんに知らせたって、またノイローゼだといって、とりあってくださらないにきまっている。ああ、そうだ。小林さんに知らせよう。小林さんなら、きっと、あたしの気持ちをわかってくださるわ。」

 でも、書斎へいって、小林少年を呼びだすわけにはいきません。そこには、あの恐ろしい一郎にいさんもいるからです。もし、あれが四十面相の変装だとしたら、すぐに感づかれるにきまっているからです。

 こんなことをいろいろ考えながら、廊下をうろうろしていますと、うまいぐあいに、書斎から小林少年が出てきました。お手洗いへいくのかもしれません。

 スミ子ちゃんは、廊下に待ちうけていて、ソッと小林少年を呼びとめました。そして、小林君の耳に口をあてて、なにか、ぼそぼそとささやくのでした。

 小林君は、それを聞くと、まゆをしかめてしばらくだまっていましたが、

「きみの考えが、あたっているかもしれないね。ぼくは、あいつには、たびたびだまされたことがあるので、あいつがどんな魔法つかいだかということを、よく知っている。変装は自由自在なんだからね。

 よしッ、ぼく、ちょっと出かけてくるよ。あいつがもし四十面相だとしたら、そのうらをかいてやるんだ。じき帰ってくるよ。おとうさんやおかあさんには、なにも、話さないほうがいい。きみは、しらん顔をしているんだ。わかったね。」

 小林少年は、そうささやいておいて、そっと、裏口からどこかへ出かけていくのでした。

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