塔上の奇術師

5話 午後十時

1,032字 約2分 2017年2月15日 公開

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 まもなく、小林少年が帰ってきて、書斎にはいりました。もう夕がたです。食事の時間になりました。

 食事は、ひとりずつ、かわりあって食堂へいき、書斎には、いつも三人のうちのふたりが、のこっているようにしました。

 小林少年が、さいごに食事に立ちました。もう七時をすぎています。

 書斎には、淡谷さんと一郎青年の親子がのこりました。もう話すこともなく、だまりこんでむかいあっています。しいんとして、だんろ棚の上の置時計のカチカチという音だけが、いやに大きく聞こえるのです。

「わしは、ちょっと手洗いへいってくるから、しっかり見はっていてくれよ。」

 淡谷さんが、そういって立ちあがりました。

「ええ、だいじょうぶです。」

 一郎青年が、たのもしげに答えました。

 ああ、あぶない! あやしい一郎青年だけをのこして、部屋をあけるなんて! しかし淡谷さんは、すこしも一郎をうたがっていないのですから、あぶないなどとは思いません。そのまま、ドアの外に出ていってしまいました。

 淡谷さんが部屋にいなかったのは、たった五分間でした。しかし、その五分間に、書斎でどんなことがおこっていたかは、だれもしりません。

 淡谷さんがもどってみると、一郎青年は、もとのいすにかけて、ゆったりと、たばこを吹かしていました。

 まもなく、小林少年も、食事をすませて帰ってきました。それから十時まで、三人は一度も書斎から出ませんでした。

 時間のたつのが、おそろしく長いように思われました。

 置時計が、八時をうち、やがて九時をうち、九時半となり、九時四十分となり、九時五十分となりました。

「あと十分で、十時ですね。」

 一郎青年が、ぽつんといいました。だれも答えません。

 みんな、だまりこんでいますが、心は、はりつめた糸のようにきんちょうしているのです。カチカチカチと、時のたっていくのが恐ろしいようでした。

「あと五分ですね。」

 また、一郎青年がぽつんといいました。

 三人は、じろじろと、おたがいの顔をにらみあっていました。

 そのとき、一郎青年が、すっと立ちあがりました。そして、ゆっくり、むこうがわへ歩いていくと、ガラス窓をひらいて、まっ暗な庭をながめました。

「なにもいません。庭からやってくるのではないようですね。」

 そういって、窓の戸にかけがねをおろして、もとのせきにもどってきました。

 チーン、チーン、チーン……。

 置きどけいが、びっくりするような音で、十時をしらせました。ああ、とうとう約束の十時がきたのです。

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