玉藻の前

18話 采女 三

4,466字 約9分 2000年3月30日 公開

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 左少弁兼輔と少将実雅とが四条の河原で怪しい死にざまをしたということが、忽ち京じゅうの大きい噂となった。勿論、誰もその事実を知った者はないが、二つの死骸の疵口(きずぐち)から考えると、実雅がまず兼輔を切り殺して、自分はその場から少し距れた川下へ行って自害したものらしく思われた。

 下手人も(とも)に亡びた以上、別に詮議の仕様もないのであるが、実雅は武人で宇治の左大臣頼長に愛せられていた。兼輔はむしろ関白忠通の昵懇(じっこん)であった。その関係からいろいろの浮説(ふせつ)が生み出されて、実雅と兼輔との刃傷事件は単に本人同士の意趣ではなく、忠通、頼長兄弟の意趣から導かれたかのように言い囃す者も出来た。頼長は別に気にも留めなかったが、この頃いちじるしく神経質になった兄の忠通は、そのままに聞き流していることが出来なかった。彼は厳重に実雅が刃傷の子細を吟味させたが、確かな証拠はとうとう挙がらなかった。

 証拠が挙がらないので、自然立ち消えになってしまったが、忠通の胸は安らかでなかった。殊に実雅の方から仕掛けて兼輔を殺したらしいのが(なお)なお不快であった。つまり頼長の味方が自分の味方を倒したのである。忠通はそれが何となく面白くなかった。彼は弟から戦いを(いど)まれたようにも感じられた。この上はせめてもの心やりと、二つには自分の威勢を示すために、忠通は兼輔の三七日法会(さんしちにちほうえ)を法性寺で盛大に営むことになった。

 この時代の習いで法性寺の内に墓地はなかったが、法会は寺内で行なわれた。殊にこの寺は関白の建立(こんりゅう)で、それをあずかる隆秀阿闍梨は兼輔が俗縁の叔父であるから、忠通が彼の法会をここで営むのは誰が眼にもふさわしいことであった。しかしここに一つの懸念は、当日の大導師たるべき阿闍梨その人がこのあいだから物に憑かれたように怪しゅう狂い乱れているという噂であった。

「阿闍梨の容態はどうあろう。見てまいれ」

 主人の言い付けで、織部清治は法性寺へ出向いてみると、阿闍梨はその怨念が鼠になったとか伝えられる昔の三井寺の頼豪(らいごう)のように、おどろおどろしい長髪の姿で寝床の上に坐っていた。清治の口上を聴いて、彼は謹んでうなずいた。

「かずならぬ甥めが後世(ごせ)安楽のために、関白殿が施主(せしゅ)となって大法要を催さるるとは、御芳志は海山(うみやま)、それがしお礼の申し上げようもござらぬ。たとい如何ほどの重病たりとも、当日の導師の務めは拙僧かならず相勤め申す。この(おもむき)、殿下へよろしくお取次ぎを……」

 見たところは痛ましくやつれているが、その応対にすこしも変わった節は見えないので、清治はまず安心した。すぐに屋形へ戻ってその通りを報告すると、忠通も眉を開いた。

「それほどに申すからは子細はあるまい。当日の用意万端怠るな」

 やがてその当日が来た。時の関白殿が施主となって営まるる大法要というのであるから、仏の兼輔に親しいも(うと)いもみな袂をつらねて法性寺の御堂(みどう)にあつまった。門前は人と車とで押し合うほどであった。その綺羅(きら)びやかな、そうして壮厳な仏事のありさまをよそながら拝もうとして、四方から群がって来た都の老幼男女も、門前を埋めるばかりにひしひしと詰めよせていた。四月も末に近い白昼(まひる)の日は、このたとえ難い混雑の上を一面に照らして、男の額にも女の眉にも汗がにじんだ。

「ほう、えらい群集(ぐんじゅ)じゃ」と、一人の若者が半ば開いた扇をかざしながらつぶやくと、その声に気がついたように一人の翁が肩を捻じ向けた。

「おお、千枝でないか。久しいな」

 それは山科郷の陶器師(すえものつくり)(おきな)であった。

 声をかけられて千枝太郎もなつかしそうに摺り寄った。

「翁よ。ほんに久しいな」

 よい相手を見付けたというように、翁も摺り寄ってささやいた。

「お身、藻を見やったか」

「藻……。藻がきょうもここへ見えたか」

「おお、半刻ほども前に、見事な御所車に乗って来た。おれは車を降りるところを遠目に覗いたが、今は玉藻と名が変わっているとやら……。名も変われば人も変わって、顔も姿も光りかがやくばかりの美しさ、おれは天人か乙姫さまかと思うたよ。偉い出世じゃ。いくら昔馴染みでも、もうおれたちはそばへも寄り付かれまい。ははははは」と、翁はむかしとちっとも変わらない、人の善さそうな笑顔をみせた。

 藻――それは千枝太郎に取って、堪え難いように懐かしい、しかも身ぶるいするほどに怖ろしい名であった。彼女は果たして魔性の者であろうか。千枝太郎は明かるい日の下で、もう一度彼女の正体を確かに見とどけたいと思った。

「きょうの法会はなんどきに果つるかのう」と、彼は独りごとのように言った。

(さる)の刻じゃと聞いている」と、翁は言った。「諸人が退散するまでにはまだ一刻余りもあろうよ」

 言ううちに、前の方に詰め寄せていた人々は、物に追われたように俄に崩れて動き出した。その人なだれに押されて、突きやられて、翁と千枝太郎は別れ別れになってしまった。法会は中途で急に終わって、参列の諸人が一度に退散するために、先払いの雑色(ぞうしき)どもが門前の群集(ぐんじゅ)を追い立てるのであった。

 法会はなぜ中途で終わったのか。千枝太郎は逢う人ごとに訊いてみたが、誰にも確かなことは判らなかった。しかし衆僧をあつめて読経の最中に、大導師の阿闍梨がなにを見たのか、急に顔の色を変えて(ひたい)に玉の汗をながして、数珠の緒を切って投げ出して、壇からころげ落ちたというのが事実であるらしかった。

「魔性のわざじゃ」

 千枝太郎も顔の色をかえて早々に逃げ帰った。阿闍梨はなにを見て俄に取り乱したのか、おそらく参列の人びとのうちにかの玉藻の妖艶な姿を見いだして、その道心が怪しく乱れ始めたのであろう。生きながら魔道へ引き摺られてゆく阿闍梨の浅ましい宿業(しゅくごう)を悼むと共に、千枝太郎は自分のお師匠さまの眼力の高く尊いのをいよいよ感嘆した。

 しかしこれを察したのは千枝太郎の師弟ばかりで、余人の眼にはこの秘密が映らなかった。高徳のひじりが物狂(ものぐる)おしゅうなったのは、天狗の魔障(ましょう)ではあるまいかなどと、ひたすらに恐れられた。そうして、それが日の本の仏法の衰えを示すかのように、口さがない京わらんべは言いはやすので、忠通はいよいよ安からぬことに思った。なまじいのことを企てて、かえって自分の威厳を傷つけたように口惜しく思われた。彼は眼にみえない敵に取り囲まれて、四方からだんだんに圧迫されるような苦しみをおぼえて、その神経はいよいよ尖って来た。この頃の彼は好きな和歌を忘れたように捨ててしまった。政務もとかくに怠り勝ちで、はては所労と称して引き籠った。

 ことしの夏は都の空にほととぎすの声は聞こえなかったが、五月雨(さみだれ)はいつもの夏よりも多かった。五月に入ってからは殆んど小やみなしに毎日じめじめと降りつづいて、若葉の緑も腐って流れるかと思うばかりに濡れ朽ちてしまった。垂れこめている忠通の頭はくろがねの(かんむり)をいただいたように重かった。そうして、むやみに癇がたかぶって、訳もなしにいらいらした。夜もおちおちとは眠られなかった。このままに日を重ねたらば、自分も法性寺の阿闍梨の二の舞いになるのではあるまいかと、自分ながら危ぶまれるようになった。

 家来も侍女共も主人の機嫌が悪いので、みなはらはらしていた。お気に入りの織部清治も毎日叱られつづけていた。ことに彼はさきの日、法性寺へ使いに立ったときに、阿闍梨の容態を(しか)と見とどけて来なかったがために、大切の法要をさんざんの結果に終わらせたというので、いよいよ主人の機嫌を損じた。そのなかで寵愛のちっとも衰えないのはかの玉藻ひとりで、主人の機嫌がむずかしくなればなるほど、彼女は主人のそばに欠くべからざる人間となって、忠通が朝夕の介抱や給仕はすべて彼女ひとりが承っていた。

「よう降ることじゃ」

 忠通は暮れかかる庭の雨を眺めながら、滅入(めい)るような溜息をついた。

「ほんによう降り続くことでござりまする。河原ももう一面に浸されたとか聞きました」と、玉藻もうっとうしそうに美しい眉を皺めて言った。

「また出水(でみず)か。うるさいことじゃ。出水のあとは大かた疫病(えやみ)であろう。出水、疫病、それにつづいて盗賊、世がまた昔に戻ったか。太平の春は短いものじゃ」

 天下の宰相としてこの苦労は無理ではなかった。二人はまた黙っていると、庭の若葉はだんだんに暗い影につつまれて、溢れるばかりに(みなぎ)った池のほとりで蛙がそうぞうしく鳴き出した。

「ああ、世の中がうるそうなった。わしもお(いとま)を願うて、いっそ出家遁世(とんせい)しようか」と、忠通はまた溜息をついた。

「御出家……」と、玉藻は聞き咎めるように言った。「殿が御出家なされたら、あとは誰が(かわ)らせられまする」

「頼長かな」

「そうなりましたら、左大臣殿は思う壺でござりましょう。現に殿がお引き籠りの後は、かのお人がなにもかも一人で取り仕切って、殿上を我が物顔に押し廻していらるるとやら。今ですらその通り、殿が御隠居遊ばされたら、その後の御威勢は思いやられまする」

「彼のことじゃ。さもあろうよ」と、忠通は苦笑いした。

 その笑いの底には、おさえ難い不満が忍んでいた。日頃からややもすれば兄を凌ごうとする頼長めが、おれの引き籠っているのを幸いに、冠をのけぞらして殿上を我が物顔にのさばり歩く。その驕慢の態度が眼にみえるように思われて、忠通は急にいまいましくなってきた。うかつに遁世して、多年の権力を彼にやみやみ奪われるのは如何にも残念で堪まらないように思われてきた。

「さりとて、わしはこの通りの所労じゃ。頼長が兄に代って何かの切り()りをするも是非があるまい。余の公家(くげ)ばらは彼の鼻息を窺うばかりで、一人も彼に張り合うほどのものは殿上にあるまいよ」と、忠通は憤るように言った。勢いに付くが世の習いであることを、彼はしみじみと感じた。

 その果敢(はか)ないような顔をじっと見あげて、玉藻はそっと言い出した。

「就きましては、わたくしお願いがござりまするが……」

「あらためてなんの願いじゃ」

「殿の御推挙で采女(うねめ)に召さるるように……」

「ほう、お宮仕えが致したいと申すか」

 忠通はすこし考えた。玉藻ほどの才と美とを(そな)えていれば、采女の御奉公を望むも無理はない。その昔の小野小町(おののこまち)とてもおそらく彼女には及ぶまい。実は忠通にもかねてその下心(したごころ)があったのであるが、自分の(そば)を手放すのが惜しさに、自然延引(えんいん)して今日(こんにち)まで打ち過ぎていたのである。この際、本人の望むがままに、玉藻を殿上の采女に召させて、彼女の力をかりて頼長めの鼻をくじかせてやろうかとも考えた。忠通も女のひそめる力というものを()()っていた。

「望みとあれば、推挙すまいものでもないが……。頼長めが何かと邪魔しようも知れぬぞ」と、忠通はさびしく笑った。

「いえ、その左大臣殿と見事に張り合うて見せます」

「頼長と張り合うか」

「わたくしが殿上に召されましたら、左大臣殿とて……」と、言いさして彼女は、ほほと軽く笑った。

 これはあながちに自讃でない。玉藻ほどの才女ならば、ひそめるその力を利用して、頼長めを殿上から()落とすことが出来るかもしれないと、忠通は頼もしく思った。

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