3話 鶴は病みき(3)
読み方を変える
氏は読んで感付き気持ちに含んで居たのだと判った。「私は、自分の美人観はかなりはっきり持って居ますけれどひと様の好悪はどうでも好いんです。」私は斯う云って何故か悲しくなってうつ向いて仕舞った。何というしつこい氏の神経だ。正午前から、あんなに女中に言伝て、お駒婆さんに菓子を持たせ、部屋へ話しに来るように私を呼び立てたのは、この事を云う為だったのか、もうこのくらいつき合えば、この事を云い出しても好いと、見はからっての氏の招待だったか……その二三日前もこんな事があった。私が海岸から扇ヶ谷へ向う道で非常な馬上美人に遇ったと帰って来て氏に話した。すると氏は妙な冷笑を浮べて「非常な美人? ははあ、あなたに美人の定見がありますか。」私「でも、私は美人と思ったのですもの、定見とか何とか問題無しに。」麻川氏「その女が馬上に居たんで美人に見えたんでしょう。」私にもぐっと来る気持ちが起きたが表面は素直に「馬上だからなおスタイルが颯爽としてたんでもありましょうがね、私の云うのは顔なんですの、素晴しく均整のとれてる顔が、馬上でほっと赧らんでいましたの。」「ははあ。」と麻川氏はどうも遺憾で堪らない様子だ。「由来均整のとれてる顔には莫迦が多いですな。」
私はむっとして傍を向いた。何故私が扇ヶ谷の道路で観た馬上の女性を麻川氏の前で美人と云ったのは悪いのか。そのくせ、麻川氏自身は殆ど絶えず色々な女性の美醜を評価し続けて居ると云っても好いくらいだのに何故私がたまたま扇ヶ谷の馬上美人を氏の前で褒めては悪いのか。事実私としては白日の下で近来あれ程高貴で美麗な顔立ちを見たことが無いのだ。
麻川氏は私のむっとした顔色を観てとった。するとたちまち臆病らしくおどおどして茶を汲んで私の前に置いてとっつけたように云った。「多分素晴らしく美人だったのでしょうな。その美人は。」私はおとなしく笑っちまった。「ええ、有がとう。」私は何が為に有がとうと云ったのだろう。そのくせ胸は口惜しさで一ぱいなのに……。
私はそれから、精々麻川氏にもてなされて氏はやっぱり気の弱い好人物なのだ、と心の一部分では思い乍ら部屋へ帰った。だが、口惜しさは止らない。従妹達には昼寝の振して背中を向け横になった。そしてひそかに出て来る涙を抑えた。私も頑愚で人に自分の思うことを曲げられないあつかい難い女かも知れない。しかし、麻川氏の神経はあんまりうるさい。これではまるで、鎌倉へ麻川氏の意地張りの対手に来て居るようなものじゃないか……。
従妹がうしろで云った。「お姉様。麻川さんと何か喧嘩していらしったのでしょう。」あとは従妹の独語的に「ほんとにさ、多田さん(嘗て私を変態的に小説に書いて死んで行った病詩人)麻川さんと云い、文士なんて、なんてうざうざと面倒くさい人達なんだろう。」この実際家で、しっかり者の従妹の云い草が、あんまりユーモリスチックなんで、私は、くるっと体を向き変え声を立てて笑って云った。「そして、このお姉様も、およそ面倒くさい、うざうざじゃないかねえ。」「ふふん、仕方が無い、さ。」従妹はぱたん、と棕梠バタキで蠅を叩いた。
一しきり昼寝して起きて従妹に羊羹を切らせ、おやつにして居ると、障子の外で、ことん、ことん、廊下を踏む足音がする。「どなた?」と従妹が立って行く先に障子を細目に開けたのは麻川氏だった。「やあ、お茶ですか、また来ましょう。」私は先刻の事などひと寝入りして忘れて仕舞ったあとなので「いいえおはいり下さい。藤村の羊羹が東京から届きましたの。」愛想よく麻川氏に座蒲団をすすめた。氏は片手に紙挟みのようなものを持ってはいって来た。私達のすすめる羊羹を、「うまいですな。」と一切喰べた。そして何か落ちつかない様子で、まじまじ襖や床の間を見て居たが、やがて紙挟みを私の前へ出して、「これ御覧になりませんか。」私「何ですか。」麻川氏「ブックの間から偶然出て来たんですよ。」
私は何気なく氏の手から受け取って見ればそれは一枚のオフセット版でチントレットの裸婦像だった。艶消しの珠玉のような、なまめかしい崇高美に、私は一眼で魅了されて仕舞った。従妹も伸び上って私の手許の画面に見入った。そして、「まあ。」と嘆声をもらした。「ははあ、讃嘆して居られますな。」と麻川氏はめったに談しかけない従妹へ言葉をかけなかなか画面から眼を離さない私達を満足気に見守って居たが、私が画を氏に返すと、氏は待ち受けたように云い出した。「然しですな、僕等がこの大正時代に於て斯うまで讃嘆するこの裸婦の美をですな、我国古代の紳士淑女達――たとえば素盞嗚尊、藤原鎌足、平将門、清少納言、達が果して同等に驚嘆するかですな、或いはナポレオンが、ヘンリー八世が、コロンブスが、クレオパトラが、南洋の土人達がですな、果して、今の我々と同価に評価するかどうかですな……。」
氏の言葉を茲まで聞いて私は、氏がチントレットの画像を私の部屋に見せに来た意味がほぼ判った。氏は、先刻私と云い合った美人の評価の結論を氏の思わく通りに片付け度くってチントレットの裸婦像をその材料に使う為め、私の部屋まで出かけて来て、殆どその効果を収め得たのだ。私は胸にぐっとつかえるものが出来て氏の言葉を聞き乍ら氏の手へ返ったオフセット版をじっと見詰めて居た眼を動かさなかった。氏の敏感はすぐその私に気がついたらしく流石に黙って立ち上った氏の顔を私が視たとき私はたしかに氏の顔に「自己満足の創痍。」を見た。私はあの時の氏の「自己満足の創痍。」に氏の性格の悲劇性をまざまざ感じたのを今もはっきり覚えて居る。
叔母さんのいわゆる「うしろ暗さ」をさしあたり麻川氏に探せば以上のような先日中からのいきさつのいろいろが想い出される。だが、氏が「自己満足の創痍。」のためにやや蹌踉として居る始末までをなお私が氏からこの上負わされるのはやり切れない。
某日。――氏の部屋には大勢の氏の崇拝客が殆ど終日居並んでいた。氏は客達の環中に悠然と坐って居ると殆ど大人君子のような立ち優った風格に見える。あれを個人と対談してひどく神経的になる時の女々しく執拗な氏に較べると実に格段の相違がある。それにしても或る人が或る人を云うのに、「自分はあの人に何年つき合って居る。」などとその人を知悉して居るように云うのを聞くが、私には首肯出来ない。一昼夜のうちに或る一定時間に主客として逢ったとて要するにそれはその人にとって置きの対人的時間を選んで逢ったものに過ぎない。どんなに砕けて応対してもそれはその人のとって置きの時間内での知己である。麻川氏のような見栄坊な性格の人はなおさら、どんな親しい友人間としても全部の武装を解除しては逢って居まい。たとえ短時日でも隣人として朝夕の不用意のうちにその人の多方面を見ることは、主客、友人として特定時間内に何年逢って居るよりも何程か多くその人の表裏全幅を知悉し得ると云えよう。私はもはや二十日以上も、麻川氏と壁一重を隔てたばかりの生活を過した。私は、通常の客や友人同志の知らない「不用意の氏」を随分観た。或る朝、氏が帯の端を垂らしてだらしなく廊下を歩いて便所に行く後姿。誰も居ない洗面所の鏡の前へ停って舌を出したり額を撫でたり、はては、にやにや笑い、べっかっこをした顔を写し、それを誰も知らないつもりで済まし返って部屋へ引っ込んで行った氏。またある日の午後、盥の金魚をたった一人でそっと覗いて居た氏。ひっそりと独りの部屋で爪を切って居た氏。黙って壁に向って膝を抱いて居た氏。夜陰窓下の庭で上半身の着衣を脱いでしきりに体操をして居た氏。ふと、創作の机から上げた氏の顔が平生の美貌と違った長いよれよれの顔で、気味悪いグロテスクな表情を呈して居た。これらは、他人に向って一種のポーズをつくり、文学だの美術だのを談って居る氏よりも、どれほど無邪気で懐しく、人間的な憂愁や寂寞のニュアンスを氏から分泌しているかも知れないのだ。私が氏の為めに、随分腹立たしい不愉快な思いをし乍ら、いつかまた好感を持ち返すのは、ふとした折に以上のような氏の人知れない表情に触れるともなく触れるからかも知れないのだ。
某日。――蒸暑い風が、海の方から吹き続けて来て、部屋には居たたまれない夜だ。叔母さんは、お駒婆さんと親しくなって、町へ一緒に買物に行った。私は、たまった手紙を書き終え九時頃従妹と庭の涼み台に出た。其処にたった一人麻川氏が居た。星の多い夜だ。私達は話し乍ら星を仰ぎ勝ちだった。「僕、さっき、一寸おもい付いたんだが、あなたにこんな歌がありませんでしたか……大都市東京の憂愁を集めて流す為めか灰色に流れる隅田川は……とかいうの。」私「ええ。ずっと子供のうち下町の生活を暫くしてましたの。その時期にあの辺の都会的憂愁が身にしみたんですの。」麻川氏「あなたは大たい憂愁家ですね。つき合って僕は気がひきしまる。それに坂本さんもあんなに好い人だし、僕鎌倉へ来て好かったかな。」私「けむたがられたことも私達ありましたのね。」麻川氏「あははは……。」私「でもよく私達の隣へ越していらっしゃいましたわ。」麻川氏「でも、僕の方が先へ借りてたんだもの……それに僕は気が変り易いから。」従妹が突然太い声を出して「私ね東京って云えば直ぐに青山御所を思い出すっきりよ。」と云ったので話はまたあとへ戻った。麻川氏「あはは……それも単純で好いな……僕なんか本所育ちで、本所の大どぶに浮いた泡のようなもんですよ。」従妹「あらいやだ。」麻川氏「そうですよ、ああそうですとも(私に向いて)どうもね、直きぶくぶくと消えて行きそうですよ。」私「星を見乍らそんなことを考えていらっしったんですか。」麻川氏「要するに、こんないいかげんな世の中に、儚ない生死の約束なんかに支配されて、人間なんか下らないみじめな生物なんだ。物質の分配がどうだの、理想がどうだの、何イズムだのと陰に陽にお祭り騒ぎして居るけれど、人間なんて、本当の処は桶の底のウジのようにうごめき暮らして居る惨な生物に過ぎないんですな。」私「そうですね。でも、そういう風に思い詰めるどんづまりに、また反撥心も起って、お祭騒ぎや、主義や理想も立て度くなるんじゃないのですか。どっちも人間の本当のところじゃありませんか。」氏「生死の問題に就いてあなたは何う思いますか。」私「死は生の或る時期からの変態で、生は死の或る時期以前の変態というようにも考えるし、また、まるまる別個のようにも考えますわ。」氏「というと、生死一如でもあり、また全々生死は聯絡のないものとも考えるんですな。」私「ええ。」氏「願くばどっちかに片づけ度いもんですね。」私「仕方が無いからさしあたりどちらか私達をより以上に強く支配する観念の方へ就くんですね。」氏「僕は生死一如とは考えない。死はどこまでも生の壊滅後に来る暗黒世界だと、観念の眼を閉じて居るけれど、たった一つ残す自分の仕事によって、死後の自分と、現在との聯絡はとれるものだと思ってますな。」私「私もそう考えたことがありました。しかし、今は、かなり違って来ました。私達の肉体に籠るエネルギーは死によって物質的に変化し宇宙間の実在要素としてこの宇宙以外一歩も去らずに残るかもしれませんが、それ以上の個性とか、精神とか、つまり現象的な存在は全々消失して仕舞うから生存中の自己の現象的な産物の仕事なんかは、死後に全々消失する個性的な自己というものに、何の関係もありはしない……あると思うのは、あとのこの世に残った人達の観察に過ぎないんでしょう……。」氏「一寸待って下さい、あなたはそんな風に考えて淋しいとは思いませんか。少くとも、あなたのような感情家が。」私「淋しいと思い、そして私が感情家だから、なおそんな処まで考え抜いちまったんですよ。」氏「判りました。あなたが怒りんぼうのくせに、じき優しくなるのも、そんな思考の曲折や、性格の変化があなたにあるからですな。」私「そうでしょうか。私なんか煩悩だらけで、とても、ものごとを単純に考えて、晏如として居られないんです。そのくせ性格の半面は、とても単純でのん気千万のくせに。」すると従妹が突然「それが好いわよ。」と妙なしめくくりをつけたので、私はちぐはぐな気持ちになって黙って仕舞った。麻川氏は私達の側から立って今一つあいている長方形の涼み台の上に仰向けになった。八月下旬に近く、虫がしんとした遠近の草むらで啼いている。麻川氏の端正な顔が星明りのなかでデスマスクの様に寂然と見える。ひょっとしたら、尖った鼻先から氏の体が、見る見る白骨に化して行くのでは無いかと思われてぞっとした。そして、私のそのかすかな身ぶるいのなかを氏の作品の「羅生門」の凄惨や「地獄変」の怪美や「奉教人の死」の幻想が逸早く横切った。私はそれ等諸作の追憶から湧き上る氏への崇拝の心を籠めて、「とにかくお体を大切になさいまし。」と平常ならば恥かしいような改まった口調で云った。先年主人が戯画に描いて氏を不愉快にしたのも其処から文学世界の記者川田氏が材料を持って来たのであるが、その後も氏が支那旅行から持ち越した病気が氏をなやませ続けている噂もまんざら嘘では無いらしい。氏は時々自分の長髪を掻きむしる。そして一二本の毛を指に摘んで自分の眼に寄せて見る癖が出来て居るらしい。私もたしか一二度その癖を見たような覚えがあり、今夜のように氏に対する崇拝心から愛惜の心が昂ぶって来ると、しみじみ氏の健康について云って見度い気になるのであった。
某日。――まだみんなが寝て居るうち、H屋の門を抜け出て、一人で朝の散歩に出た。自分乍ら、こんなことは珍らしいと思い乍ら、唐黍畑の傍を歩いて居ると停車場の方から、麻川氏がこっちへ歩いて来る。黒っぽい絽の羽織の着流し姿で小さいケースを携げて居る。真新らしい夏帽子も他所行らしく光っている。私に近づいた氏は、「やあ。」と咽喉に引き込んだような声で笑って、「僕、東京へ行って来ました。昨夜、おそく思い立ったんで御挨拶もしないで出かけましたが。」私「そして、こんなに早くお宅を出ていらしったんですか。」氏は一寸まごついたような様子だったが「いや、家へ帰りませんでした。Xステーションホテルに泊りました。」私「そして、直ぐ引返していらしったんですか。」氏「あんまり遅く家の者共を、驚かしてはいけないと思って、昨夜はホテルへ泊り、今日あっちこっちの本屋へ行って金でも集めて、一たん家へ帰ってからまたこっちへ来ようと思ったんですけど、今朝起きたら面倒になっちまって万事放擲して来ちまいました。」私「お宅では、皆さん待っていらっしゃるんでしょう。」氏「家なんて面倒くさいもんです。」私「でも、好い奥様や、お子様がいらっしゃるのに。」私は、われ乍ら、月並な事を云ったものだと思った。氏「あなたは結婚だとか、家庭を、どう思いますか。僕は少なくとも結婚なんて、悪遺伝の継続機関だと思って居る。仮りにですな。僕が祖父母或いは父母の悪遺伝を継続して居る者とする……云うまでもなくそれは僕の子に孫に、或いはその孫に……。」氏はここまで云って口をつぐんで仕舞った。私は氏の実母が発狂者であることを、ひそかに知って居たので、粛然として氏の言葉を聞いた。だが、それを口に出すのは気の毒なのでさあらぬ体に言った。「そんなに考え過ぎても奥様やお子さんがお可哀相ね。」氏「そりゃ、そうです。だから僕は、こんな事考え乍ら出来るだけ妻に対しては好い夫、子にも好い父であろうとして居ます。でもそういう責任や羈絆を感ずれば感ずる程また一方に家庭への反逆心も起ろうというもんです。はははは……人間なんて、殊に男なんて勝手なもんですな。」
氏の笑い声が、はたはたと、八月の海岸地の繁茂する野菜畑に響き渡った。氏が妙に空虚に張った声の内容には、何か韜晦する感情が、潜んでいるようにも感ぜられた。ことによったら氏は家庭へ帰る代りに誰かに昨夜ひそかに逢って来たのでは無いかしら……誰かに……或いは彼女……X夫人に……。
某日。――昨夜、おばさん三味線を持って東京へ帰り(私に唄をうたわせ発声運動の目的で来たが私が避暑地の人達に聞かれるのを嫌がるので、)主人今朝大阪より此処へ戻る。夜汽車の疲れを見せてH屋の表門を主人がはいるや、麻川氏はいそいそ出迎えて呉れる。私達の部屋より表門に近い氏の部屋へ氏は主人をまず招じて座布団をすすめ、洗面器へ冷水を汲み、新らしいタオルを添えるなど、この気の利かない私よりもずっと行き届いた款待振りである。そういう場合氏の亙りの長い手足は、中年の良妻のような自由性と洗錬を見せて働く。こういう折々、いつも私は思うのであるが、これは氏の天資か、幼時からの都会の良家的「お仕込み」で、習性となって居る氏の動作が、このほか松葉杖つく画家K氏を、まめまめしく面倒見る氏の様子を、何事の美挙ぞと、私は眺めたことも度々あった。主人も好もしそうに微笑して氏にもてなされて居る。両優ふくんだような初対面の挨拶に代って、今や私達は真に打ち融け合った一家族の如き団欒をなす。
某日。――大阪から主人が戻って五六日たった今日の午前十時頃、H屋の門前に一台の古馬車が止った。これは鎌倉でも海岸に遠い場所から海岸へ出る人の為めに備えられている雇い馬車であるらしい。私は確実には知らないが、何処かの貸馬車置場にでも納まっているものらしい。鎌倉の街を歩いて居て曾てこんな馬車に逢わなかったのを見ると、余程特種な計画的な場合の人にのみこれは雇われるものらしい。それを麻川氏の部屋で頼んだものだ。私が、麻川氏の部屋と敢えて書くのは、この頃の麻川氏の部屋は、大川赫子によって殆ど領されて居る形であって最もよく混成された麻川氏と赫子の意志が、麻川氏の部屋の意志と呼んで好いような気さえする。私は平常、他の客の時は避けて、出来るだけ麻川氏の室に行かなかったが、赫子は夜自分の宿に帰って行くほかは、殆ど麻川氏の部屋に居続けなので自然、避けてばかりも居られないので、私が赫子に接触する機会が此頃多くなったわけである。それに馴れると赫子は庭続きに私の部屋の前縁にも時々遊びに来た。
赫子と麻川氏は馬車で海岸に行くことを、何故か性急に私達の部屋へ来て勧めて止まない。私はやや唐突に感じ、少し迷惑にも思った。それに昨夜来徹夜の仕事に疲れてこれから寝に就こうとする主人をも急き立てて連れ出そうとするのでなおさら迷惑の度を増したが、とにかく隣人の交際として行くことにした。道々も漠然として居る私達側に引き換え、何か非常に海岸に目指すもののある期待に赫子も麻川氏も弾んで居るらしく見える。長谷の海岸に着いた。一しきり人出の減った海は何処か空の一隅の薄曇りの影さえ濃やかな波の一つ一つの陰に畳んでしっとりと穏かだった。だが、私は何かその静穏な海の状態に陰険な打ち潜んだ気配を感じて、やや憎みさえ覚えた。今日は海へはいり度く無いな、と思った。(はいったとて私はどうせろくに泳げないのだけれど)徹夜の仕事を続け睡眠不足に疲労した主人はなお入れ度くないと思った。
赫子は私のそんな思わくなどに頓着なく、ずんずん私を促し立てて私を婦人更衣場へ連れ込んだ。同様に男子更衣場へは麻川氏が主人を連れて行った。私は赫子の裸を始めて見た――真白だ。馬鈴薯の皮を剥いた白さだ。何という簡単な白さ。魅力の無い白さ。私は茲でも赫子に一つ失望した。茲でもというのは、私は大分以前から赫子に失望し始めて居たからであった。何故、一々、失望するほど、赫子に注意を私は払うのか。赫子の義兄大川宗三郎氏の陰影の深い耽美的作品に傾倒して居た私が大川氏の愛玩すると評判高い赫子に多くの価値を置こうとするからだった。始め私は磨きの好い靴の先や洋装の裾のひらめきや、ずばずばしたもの云いに赫子を快活なフラッパーな文化的モダンガールだと思って好奇心を持った。だが、それらの表面的なものに馴れて、珍らしさを感じなくなった中頃から、私は赫子を、平凡で常識的な世帯持ちの好い街のおかみさんのようなたちの女であることが判った。彼女の人前でする一見奇抜相ないろいろな言動の中に実は何もかも、打算して振舞って居る分別がまざまざ見えすいて来た。この女は大川氏の猟奇癖に知ってか或いは知らずにかいつの間にか乗って仕舞って、その表皮がいつか奇矯に偽造され、文壇の見せ物になって居るに過ぎない。赫子は好い旦那さんを早く見付けて好いおかみさんになりなさい。と私の好奇心は失望し乍らも私の女性としての実質が好意をもって心ひそかに赫子にそう云って居た。処がまた追々日がたつに従って私は赫子がやはりありきたりの女性の誰でもと同じように一寸した言葉の間の負けず気や周囲の同性の身なりのほんのつまらない動静にまで皮肉や陰口で意地悪くこせこせするのを見聞するようになり、もはや赫子という女に全然興味を無くして仕舞って居た。だが、着物にかくれていた赫子の肉体的魅力に私はまださほどの不信を持って居なかったのだけれど……。
海水着一つになった赫子は、例の虚勢を声に張り上げて、海へ飛び込んだ。水泳もひどく得意のように話して居たが、これもまた甚だ平凡な泳ぎ方だ。それでもかなり達者に一丁程麻川氏と並んで岸を離れて行った。私は二人の遠ざかったのを見て主人の傍へ行った。「半月程まえ茲の海で心臓麻痺を起して死んだ人があるんですって。」私がこういう真意を主人は知って居た。若いうちの深酒で主人は心臓を弱くして居る。水泳は、ずっと前から自分でも禁じて居る。今日にかぎって泳ぐわけも無いのだが赫子も麻川氏も先刻からむしろ主人を先頭に泳がせ度い気配いが見える。それにもかかわらず、主人は岸近くで私と一緒にわずかに波乗り位して居るだけだった。「おーうい」と赫子はかなりの高波の間から手招ぎをした。少し離れた処で麻川氏も「泳ぎませんか坂本さん。」赫子「駄目、泳がなくっては、坂本さん。」赫子は当然自分達に続いて泳いで来るべき筈の坂本が岸に居るのが不本意だとでもいうような様子である。「僕あ駄目。」と主人が手を振ると「駄目ってこと無いわよ。」と赫子。「泳ぎましょう、行きましょうよ、沖へ。」と麻川氏。「いらっしゃい。」「いらっしゃいったら。」といよいよ異常な熱心で主人を誘致しようとする二人。それでも主人は笑って居て岸から離れようとはしない。誘い疲れて断念した赫子と麻川氏は誘うのを止めて、ほんの一廻りその辺を泳いだだけで直ぐ岸へ帰って来た。「どうしても泳ぎませんかね、坂本さん。」と二人はまだ執拗に主人に云うので「ああ、今日は嫌だ。」と主人も少しむっとしたように云った。麻川氏はさも失望したように、「駄目だなあ、折角誘って来たのに。」赫子はもうすっかり不機嫌を顔に出して「ふん。」と横向いたなり、さっさと更衣場の方へ足を向けた。「君達、僕に構わずにゆっくり泳いだら好いじゃ無いか。」主人が云うと麻川氏は「つまんないからもう帰りましょう。」と矢張り麻川氏もさっさと更衣場の方へ行って仕舞った。従妹一人は無頓着に独りで、あちこち波を掻き廻して居たが、あんまり早い一行の帰り仕度に吃驚りして波から上って来た。馬車が待たせてあった。長谷からH屋まで電車もある。平生は誰でも電車へ乗る。それを帰りの馬車まで待たせてある。私は、いよいよ何事かの計劃のもとに今日の「海水浴場行」が企てられたものと直覚した。丁度、主人は更衣場の傍でA社のK部長に逢い、K氏の別荘へ来て居るT氏に逢う為め同行したので私は従妹と一緒にすすま無い馬車の同乗をして赫子や麻川氏と帰途に就いた。果して一丁程馬車が動くと赫子が口を歪め、私には顔の側方を向け、而も一番私に云う強い語気で「ふん、あれでも神伝流の免許皆伝か。」麻川氏「くどく云うなよ。」赫子「だってとうとう瞞されちゃった。」私は判った。昨日の午後、水泳の話が麻川氏の部屋で出たその時、私と赫子との説が何かで一寸行き違った。思い上っていつも座中の最得位を占めて居なければならない赫子が面白く無さそうな顔付きだった。そのあとの話の都合で私は主人が少年時代隅田川の河童党で神伝流の免許を受けて居ることを云った。だが、それをまた何のために馬車まで雇って実験する必要があるのだろう。たとえば今日泳がなくても主人の免許を受けたことは飽迄も事実であるのに、浅はかな人達よ。何とでも思うが好い。と私はぐっと、息を詰めて堪えて居た。赫子は、云うだけは云ったが、折角の計劃が無になったいまいましさを紛らす為めか傍若無人にたてつづけの鼻唄。麻川氏は私と同じ無言で、しかし、何かしきりに考えめぐらして居る様子だったが、突然、私の絽縮緬の単衣の袖を撮んで「X女史にこんな模様は似合うな。」(X女史はX夫人だ、氏は自分とX夫人と世間が噂をして居るのを知らないらしい。)と決定的に云った。私は話題が変ったので先刻からの不愉快な気持ちが一寸くつろいで「あの方には無地でこの色(小豆色)だけなのが好いでしょうね。」と云った。すると麻川氏の顔に見る見る冷笑が湧いた。「あなたの主張はそうですかなあ――あなた、あの人の衣裳持ちにヤキモチ焼いて居ませんか。」終りの一句(これは普通の目鼻を持って居る同志が面と向って云い合う言葉では無い。氏は気違いじゃないかな。と私は咄嗟の場合思った)は、私、従妹、をむしろ吃驚させて氏の顔に眼を集めさせた。処が、以外にも氏の顔には、今が今、自分の口から出た言葉に吃驚し狼狽して居る色が私達の吃驚以上に認められた。
H屋の部屋へ帰っても私は、石でも喰ったように黙りこくって、従妹にさえ口を利く気持になれなかった。主人が間もなくあとから帰って来て「麻川君があすこんとこ(私達の部屋と氏の部屋との境いの露地。)へ籐椅子を持って来て腰かけてたよ。」と何気なく話したので従妹は急に勢い込んで帰りの馬車の情況を主人に話し「あの人、自分が大変なこと云っちゃったので私達が部屋でどんなに怒って話し合ってるか聞き耳たててたんでしょう。あの人よく立ち聞きする人ですもの。ヤキモチと云えばあの人こそ……いつかお姉様が、久野さんや喜久井さんのこと麻川さんの前で褒めたら、それはそれは不愉快な顔して喜久井さんや久野さんの悪口随分云ったじゃ無いの、あの人こそヤキモチヤキだわ。」私もそれに思い当った。が従妹があまりはきはき云って仕舞ったので、気持がいくらか晴れたせいか、不思議と心の底の方から麻川氏への理解がほのかに湧いて来た。「そのくせ、充分友達思いなんだけどね。」すると主人が例のゆっくりした調子で云った。「そうだよ。ああいう性分なんだよ。ふだん冷静に見せてるけど時々末梢神経でひねくれるのさ。君にだって悪意があるわけじゃ無いんだけど……。」従妹「そうよ。あの人お姉様ととてもお話も合うし仲よしなんだけど、赫子なんかに取り込められるとふとその気になるんだわ。」私もほぼ判っては居るのだけれど今頃になって涙が出て仕方がない。主人「とにかくあの人の神経にゃ君が噛み切れないんだよ。そうかって君って人にはどうも無関心になり切れないらしいな。ああいった性分の人には……それで焦れてついいろんなことを云ったり仕たりしちまうんだな。」
この時、途中、馬車から自分の宿へ降りて行った赫子がまた麻川氏の部屋へ来たらしい高声が聞えた。従妹が一寸顔色を変えたのを主人は眼で制した。そして煙草に火をつけてから云った。「どうだい。一たん東京へ引き上げちゃあ。そして九月になってみんな帰っちまってからまた来るとしちゃ。」