41話 胸騒 四十一
読み方を変える
「おや、おかしいねえ、」と吃驚して屹となったが、蝶吉は出がけに人形の顔を掻巻の襟で隠しておいたのに気が付いた。
「まあ、さっきから顔が見えたようだっけ、それじゃあ、俤だったかしら。」
思わず悚然として、あたりを見たが、莞爾して、
「ちょいと、肖ていると思うもんだから、お前は生意気だね。」といって掻巻の上を軽く叩くと、ふわりと手が沈んで応がない。
「あれ、」とばかりで、考えたが、そッと襟を取って、恐々掻巻を上げて見ると、牡丹のように裏が返った、敷蒲団との間には、紙一枚も無いのである。
蝶吉は我知らず、
「富ちゃん、」と声を立てて、真直に跳起きた。
「はてな、」机に凭りかかった胸を正しく、読んでた雨月物語から目を放して、座の一方を見たのは、谷中瑞林寺の一間に寓する、学士神月梓である。
衣帯正しく端然として膝に手を支いて熟ともの思いに沈んだが、借ものの経机を傍に引着けてある上から、そのむかしなにがし殿の庭にあった梅の古木で刻んだという、渠が愛玩の香合を取って、一捻して、
「こんなこッちゃあ可かん。」と自から窘めるがごとく呟いて、洋燈を見て、再び机に向った時、室が広いので灯も届かず、薄暗い古襖の外に咳く声して、
「先生、御勉強じゃな、」といいながら静かに入ったのは、院の住職律師雲岳である。
学士の前に一揖して、
「お邪魔を。実はまた一石願おうかと思って、参ったがな、御音読中でござったで、暫時あれへ控えておりました。何を御覧なさるか、結構なことじゃ。襖越ではござるし、途切れ途切れで文章はよく聞取りませぬが、不思議に先生、今夜の貴方の御声というものは、実に白蓮の花に露が転ぶというのか、こうその渓川の水へ月が、映ると申そうか、いかにも譬えようのない、清い、澄んだ、冴々した、そういたして何か聞いている者までが、引入れられますような、心細い情ないといったように、自然とうら悲しくなりましたが、一体お読みなされたのは。」と思入った風情である。
梓はト胸を突いた様子で、
「希代なことがあるんですよ、お上人、読んでいましたのは御存じの雨月なんですが、私もなぜか自分の声に聞き惚れるほど、時々ぞッぞッとしちゃあその度に美しい冷い水を一雫ずつ飲むようで、唾が涼しいんです。近頃はどういうものか、ものを言うにさえ、唾がねばって、舌がぬめぬめして心地の悪さといったらなかったんですが、まあ、体が半分水になって、それが解けて行くようで、月の雫で洗ったようです。それでいて爽かな可い心持かと思うと、そうじゃない、ここン処が。」といいかけて、梓はうら寒げに、冷たい衣の上から胸を圧えた、人にも逢わず引籠って、二月余、色はますます白く、目はますます涼しく、唇の色はいやが上に赤く、髪はやや延びたが、艶を増して、品好く痩ぎすな俤は、見るともの凄いほどである。
「胸騒ッていうんでしょう。」