8話 三両二分 八
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源次は何の気も付かない様子で、
「仔細はないんです、喧嘩なんて何も決してそんな訳じゃあないんだけれどね、」
「ふむ、」と心ある頭は返事まで物々しい。ちと応答を仰山にされたので、源次は急に極が悪そう。
「降って来たもんですから、その何なんですよ、泥でも刎上げちゃあ、そのね、」と今更のように懐を《みまわ》して、
「へへへへ、なに詰んねえ事なんで、」
「それが、」とその時、頭はずッと合点んだ顔をして、
「あれだな、評判の。ついまだ掛違いまして手前お目通は仕らねえが、源坊が下駄と来ちゃあ当時名高えもんだ。むむ、名高えもんだよ。」
「なに詰らない。」
「馬鹿あ言え。畳算より目の子算用を先に覚えようという今時の芸妓に、若干か自腹を切らせたなあ、大したもんだ、どれちょっと見せねえ、よ、ちょっと拝ませねえかよ。」
思わず上から手で押えて、
「頭、これですか。」
「その芸妓の達引いたやつよ。」
「へ、何、下らないことを、」と内々恐悦で、少し含羞む。
「可いやな、見せねえ、見せねえ、一番御灯明を奉ることにしようぜ、待ちねえよ。」
と言い懸けて向直り、左側の焼芋屋の店へ、正面を切って揺いで入る。この店は古いもので、取つきの行燈に、――おいしくば買いに来て見よ川越の、と仮名書して、本場○焼俵藤助――となん。
「父爺さんや、」で頭は無造作に言を懸ける。
ぶつぶつ、……ものを読んでいた声がはたと止んで、破行燈の灯の射す土間の上の一枚の古障子を明けて、
「誰だい。」といった藤兵衛は、匍匐になって、胸の下に京伝の読本が一冊、悠々と真鍮環の目金を取って、読み懸けた本の上に置きながら、頬杖を突いたままで、皺面をぬっ!
「俺だよ、へんちっとも珍しくねえ。」
「おお、頭。」
「用じゃあねえんだ。とっさん少しばかり店を貸してくんねえ、灯が欲しいでの。」
「何か、灯ッて、その燻ぶり返った釣洋燈のことかい。」
「そうよ。まあ、」
「御念にゃあ及ばねえこッた、内証の文でも読むか、」
「いんや、質札だ、構わっしゃるな。寒いから閉めてくんな。」
戸外に向って、
「源坊、こっちへ入らっし。おい、何を茫然石地蔵を抱いた風で突立ってるんだ、いじけるない。」
「頭、煖んなさい、」と竈の後から皺嗄れた声を懸ける。
「おお、入れ黒子のしなびたの、この節あどんな寸法、いや、寸伯か寸伯か、ははは。」
「串戯じゃあない、ちょうど一くべ燻べた処だ、暖けえよ。」
「豪儀だな、そいつあ、」とくるりと廻った、頭の法然天窓は竈の陰に赫々して、
「よ、まあこっちへ来ねえ、松の鮨の兄哥、入れッてことよ。」
強いられて、源さん止むことを得ず。
「御免なさい。」
「さあさあ、」と婆さんも七十ばかりだが如才ない。