36話 即興詩人(36)
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とある夕わが爲換金を取扱ふ商家を尋ねしに、主人の妻のいふやう。近頃はおん身の來給ふこと稀になりぬ。そは市長の許に往き給ふことの頻なるが爲めなるべし。我家にはマリアの如き美しき人あるにあらねば、誰かおん身の足の彼方にのみ向くを理ならずとせん。マリアは今ヱネチア第一の美人にして、御身はヱネチア第一の才子におはすれば、彼此似つかはしき中なるに、マリアが所有なりといふカラブリアの地面はいと廣しといへば、おん二人の生計さへ豐かなることを得べきならん。御身若し早く心を決めて誓約をだになし給はゞ、ヱネチア全市の男子一人としておん身を羨まざるものなからんといふ。われ。いかなれば我をさまで利己心多きものとはし給ふぞ。わがマリアを尊むは、あらゆる美しきものを尊む情に外ならず。これをしも愛と謂はゞ、何人かマリアを愛せざらん。縱ひわれマリアを愛せんも我心は又決してその財産に左右せらるゝことなかるべし。主人の妻。否、さてはおん身はつまさだめするものゝ先づ心得べき事あるを知り給はぬなるべし、粮廚に滿ち酒窖に滿ちて、始て夫婦の間の幸福は全きものぞ。古き諺にも、生活を先にし戀愛を後にすといへるにあらずやと云ひぬ。
人の我上をかくおもへる、既に我が忍ぶべきところならず。況や面りこれを語るをや。我は喜んで市長一家の人々と交れども、此の如き嫌疑を受くることを甘んじて、猶その家に出入すべくもあらず。今宵も市長の家を訪ふべかりし我は、歩を轉じてヱネチアの狹き巷をさまよひめぐりぬ。相向へる二列の家は、簷と簷と殆ど相觸れんとし、市店の燈を張ること多きが爲めに、火光は到らぬ隈もなく、士女の往來織るが如くなり。渠水を望めば、燈影長く垂れて、橋を負へる石弓の下に、「ゴンドラ」の舟の箭よりも疾く駛るを見る。忽ち歌聲の耳に入るあり。諦聽すれば、是れ戀愛と接吻との曲なり。迷路の最も邃き處に一軒の稍大なる家ありて、火の光よそよりも明かに、人多く入りゆくさまなり。こはヱネチアの數多き小芝居の一にして、座の名をば聖ルカスと云へりとぞ。大抵樂劇の一組ありて、日ごとに二曲を興行すること、拿破里の「フエニチエ」座に同じ。初の一曲は午後四時に始まり六時頃には早く終り、次なる曲は夕の八時より始まる。素より精しき技藝、高き趣味をこゝに求むべきにはあらねど、些の音樂に耳を悦ばしめんとする下層の市民の願をばこれによりて遂げしむることを得べく、又旅人などの消遣の爲めに來り觀るも少からざるべし。觀棚の料は甚だ廉く晝夜とも空席を留めぬを例とす。
招牌を仰げば、「ドンナ、カリテア、レジナ、ヂ、スパニア」(西班牙女王カリテア夫人)と大書し、作譜者の名をばメルカダンテと注せり。われ心の中におもふやう。かゝる時にこそ、我脈絡にカムパニアの野なる山羊の乳汁循らずして、温き血環れるを人に示すべきなれ、我が世馴れたることのベルナルドオにもフエデリゴにも劣らぬを示すべきなれ。兎も角も一たび此場内に入りて、美しき女優の面を見ばや。若し興なくば、曲の終るを待たで出でんも妨あらじとおもひぬ。入場劵を買ふに、小き汚れたる牌を與へつ。我觀棚は極めて舞臺に近き處なりき。
此劇場には高下二列の觀棚あり。平間をばいと低く設けたり。されど舞臺の小なること、給仕盆の如しとも謂ふべし。あはれ、此舞臺にいくばくの人か登り得べきとおもふに、例の小芝居の習とて、中むかしの武弁の上をしくめる大樂劇の、行列の幕あり戰鬪の幕あるものをさへ興行するなるべし。觀棚は内壁の布張汚れ裂けて、天井は鬱悒きまで低し。少焉ありて、上衣を脱ぎ襯衣の袖を攘げたる男現れて、舞臺の前なる燭を點しつ。客は皆無遠慮に聲高く語りあへり。又少時ありて、樂人出でゝ奏樂席に就きぬ。これを視るに、只是れ四奏の一組なりき。彼と云ひ此と云ひ、今宵の受用の覺束なかるべき前兆ならぬものなけれど、われは猶せめて第一折を觀んとおもひて、獨り觀棚に坐し居たり。
場内の女客に美しきはあらずやと左を顧み右を盻しかど、遂にさる者を認め得ざりき。忽ち隣席に就く人あり。こは嘗て某の筵にて相見しことある少年紳士なりき。紳士は笑みつゝ我手を握りて云ふやう。こゝにて君に逢はんとは思ひ掛けざりき。君はその邊の消息を知り給ふか知らねど、かゝる處にては、折々面白き女客と肩を並ぶることあり。かくて薄暗き燈火は、これと親む媒となるものなりと云ひぬ。紳士の詞は未だ畢らぬに、傍より叱々と警むる聲す。そは開場の曲の始まれるが爲めなりき。
音樂は心細きまで微弱なりき。幕は開きたり、只だ見る、男子三人女子二人より成れる一群の唱和するを。その骨相を看れば、座主は俄に畝の間より登庸し來りて、これに武士の服を衣せしにはあらずやと疑はれぬ。隣席の紳士は我を顧みて、餘りに力を落し給ふな、單吟には稍觀る可きものなきにあらず、此組にも好き道化師あり、大劇場に出だしても恥かしからぬ男なりなど云ふ。この時今宵の曲の女王は、侍姫に扮せる二女優と共に場に上りぬ。紳士眉を顰めて、さては女王は渠なりしか、全曲は最早一錢の價だにあらざるべし、あはれジヤンネツテならましかばとつぶやきぬ。
女王は身の丈甚だ高からず、面の輪廓鋭くして、黒き目は稍陷りたり。衣裳つきはいと惡し。無遠慮に評せば、擬人せる貧窶の妃嬪の裝束したるとやいふべき。さるを怪むべきは此女優の擧止のさま都雅にして、いたく他の二人と異なる事なり。われは心の中に、若し少き美しき娘に此行儀あらば奈何ならんとおもひぬ。既にして女王は進みて舞臺の縁に點し連ねたる燈火の處に到りぬ。此時我心は我目を疑ひ、我胸は劇しき動悸を感じたり。われは暫くの間、傍なる紳士に其名を問ふことを敢てせざりき。われ。此女優の名をば何とかいふ。紳士。アヌンチヤタといへり。歌ふことを善くせぬに、その顏ばせさへこれが償をなすに足らねば、顧みる人なきもことわりなり。此詞は句々腐蝕する藥の如く我心上に印せり。われは瞠目枯坐して心を喪ふものゝ如くなりき。
女王は歌ひはじめき。否、こはアヌンチヤタが聲ならず。微かにして恃なく、濁りて響かず。紳士。この喉には些の修行の痕あるに似たれど、氣の毒なるは聲に力なきことなり。われ。(騷ぐ胸を押し鎭めて)さきには羅馬、拿破里に譽を馳せたる西班牙生れの少女ありしが、この女優は偶其名を同じうして、色も聲もこれに似ること能はざりしよ。紳士。否、この女優こそはその名譽あるアヌンチヤタがなれる果なれ。盛名一時に騷ぎしは七八年前のことなるべし。當時は年もまだ若くて、聲はマリブランの如くなりきとぞ。されど今はしも薄落ちたり。こはかゝる伎もて名を馳せし人の常なり。暫くは日の天に中するが如き位にありて、世の人の讚歎の聲に心惑ひ、おのが伎の時々刻々降りゆくを曉らず、若し此時に當り早く謀をなさゞるときは、公衆先づ其演奏の前に殊なるところあるを覺ゆべし。かゝるなりはひする女子の習として、財を獲ること多しといへども、隨ひて得れば隨ひて散じ、暮年の計をおもはねば、その落魄もいと速なり。君のこの女優を見給ひぬといふは、羅馬にての事にやありけん。われ。然り。其頃面を見ること二三度なりき。紳士。さらば變化の甚しきを覺え給ふならん。人の噂には、四五年前に重き病に罹りてより、聲はたとつぶれぬといふ。その人の爲めにはいと笑止なる事ながら、聽衆の過去の美音を喝采せざるをば、奈何ともすべからず。いざ、昔のよしみに拍手し給へ。われも應援すべしとて、先づ激しく掌を打ち鳴しつ。平土間なる客二三人、何とかおもひけん、これに和したるに、叱々と呼びて、この過當の褒美にあらがふもの少からず。女王はこの毀譽を心に介せざる如く、首を昂げて場を下りしに、紳士見送りて、我等はトロヤ人なりきとつぶやきぬ。(原語「フイムス、トロエス」は猶已矣と云はんが如し。)
代りて場に上りしは、此曲の女主人公にして、これに扮せるは二八ばかりの女なりき。色好む男の一瞥して心を動すべき肉おき豐かに、目なざし燃ゆる如くなれば、喝采の聲は屋を撼せり。此時むかしの記念は我胸を衝いて起りぬ。羅馬の市民のアヌンチヤタの爲めに狂せし状はいかなりしぞ。いにしへの帝王の凱旋の儀をまねびつる、アヌンチヤタが車のよそほひはいかなりしぞ。わが崇拜の念はいかなりしぞ。さるを今はこの尋常なる容色にすらけおされ畢んぬ。あはれ、薄倖なるベルナルドオは身病み色衰ふるに及びて君を棄てしか。さらずば、君は始より眞成にベルナルドオを愛せざりしか。君が唇のベルナルドオの額に觸れしをば、われ猶記す。君爭でかベルナルドオを愛せざらん。思ふにかの無情男子は君が色を愛して、君が心を愛せざりしなり。
アヌンチヤタは再び場に上りぬ。老いたるかな、衰へたるかな、只だ是れ屍の脂粉を傅けて行くものゝみ。われは覺えず肌に粟生ぜり、われもアヌンチヤタが色に迷ひし一人なれども、その才の高く情の優しかりしをば、わが戀愛に蔽はれたりし心すら、猶能く認め得たりき。縱令色は衰ふとも、才情はむかしのまゝなるべし。かへす/″\も惡むべきはベルナルドオが忍びて彼才彼情を棄てつるなる哉。我心緒は此不幸なる女子を憐み、彼無情なる友を憎むが爲めに、亂るゝこと麻の如くなりき。傍なる紳士は、我面色の土の如くなるを見て、いかにし給ひしぞ、不快なるにはあらずやと問ひぬ。此棧敷の餘りに暑き故なるべしと答へつゝ、我は起ちて劇場の外に走り出でぬ。
胸中の苦悶は我を驅りて、狹きヱネチアの巷を、縱横に走り過ぎしめしに、ふと立ち留りて頭を擡ぐれば、われは又前の劇場の前に在り。時に一人の老僕ありて、入口に貼りたるけふの名題を剥ぎ取り、代ふるにあすのをもてせんとす。われは進みて此僕の耳に附き、アヌンチヤタの宿はいづくぞと問ひしに、僕は首をして我顏を打目もり、アヌンチヤタと宣給ふか、そはアウレリアの誤なるべし、けふもアウレリアが部屋をばおとづれ給ひし檀那達いと多かりき、宿に案内しまゐらするは易けれど、歸るには些の隙あるべしと答ふ。われ、否、アヌンチヤタなり、けふ女王の役を勤めし人なりといふに、僕は暫し目を《みは》りて、訝しげに我を見居たるが、さてはあの痩骨を尋ね給ふか、檀那は別に御用ありての事なるべければ、案内しまゐらせん、されどこれも歸らんは一時間の後なるべし、そが上に人に問はるゝことなき女なれば、出でゝ御目に掛かるべきか、覺束なしとつぶやきぬ。好し、さらば一時間の後の事にすべければ、こゝにて我が來んを待てと契り置きて、我は岸邊に往き、舟を雇ひて、何處をあてともなく漕ぎ行かせつ。
我心緒はいよゝ亂れに亂れぬ。只だ心中に往來する切なる願は、今一たびアヌンチヤタと相見て、今一たびこれに詞をかはさんといふことのみ。嗚呼、アヌンチヤタはまことに不幸なりき。されど我はその不幸を救ひ得べき地位にあらざりしを奈何せん。指す方もなき水上の逍遙ながら、痛苦に逐はるゝ我心は、猶船脚の太だ遲きを覺えぬ。
一時間の後、舟を初の岸に繋げば、老僕は早く劇場の前に立ちて待てり。引かるゝまゝに、いぶせき巷を縫ひ行きて、遂にとある敗屋の前に出でしとき、僕は星根裏の小き窓に燈の影の微かなるを指ざしたり。僕は先に立ちて暗き梯を登りゆくに、我は詞もあらでその後に隨ひぬ。僕は戸外の鈴索を牽いたり。内より誰ぞやといふは女の聲なり。マルコオ、ルガノと名告ると共に、戸はあきて、我等は暗黒なる一室の中に立てり。聖母を畫けりと覺しき小幅の前に捧げし燈明は既に滅えて、燈心の猶燻るさま、一點の血痕の如し。忽ち頭の上に戸の軋る音して、覺束なき火の光洩れ來しとき、我は側に小き梯あるを認めつ。御尋の女はあれにといふ老僕の手に、些の銀貨を握らすれば、あまたゝびぬかづき謝して、直ちに戸外に出で去りぬ。わが最後の梯を登りゆくとき、一人の女の小き絹の片にて髮を裹み、闊き暗色の上衣を着たるが入口に現れて、あすの名題や變りし、蹶き給ふな、マルコオと云ひつゝ迎へぬ。我はつと室内に進みぬ。
我はアヌンチヤタと相對して立てり。あな、おん身は何人ぞ、何の爲に此には來ましゝと、驚きたる女主人は問ひぬ。我は一聲アヌンチヤタと叫べり。暫し我面を打まもりし主人は、再びあなやといひもあへず、もろ手もて顏を掩ひつ。何人にもあらず、昔の友の一人なり、むかしおん身の惠にて、あまたの樂しき時を過し、あまたの幸福ある日を送りしものなり、何の爲めにか來べき、唯だ今一たび相見んの願ありて來つるのみといふ我聲は恥かしき迄震ひぬ。アヌンチヤタは靜に手を垂れて頭を擧げたり。肉落ちて血色なく、死人の如き面なれど、これのみは年も病もえ奪はざりけん、暗黒にして、渡津海のそこひなきにも譬へつべき瞳は、磁石の鐵を吸ふ如く、我面に注がれたり。アントニオ、かくて御身と相見んとは、つや/\思ひ掛けざりき。同じ憂き世の山路なれど、おん身はそを登る人、われはそを降る身なれば、相見て又何をかいふべき。疾く行き給へと口には言へど、つれなき涙は《まぶた》に餘りて、頬の上に墮ち來りぬ。われ。そは餘りに情なし。われはおん身の今不幸なるを知りぬ。むかし一言の白、一目の介もて、萬人に幸福を與へしおん身なるを。アヌンチヤタ。幸福は妙齡と美貌とに伴ふものにて、才と情との如きは、その顧みるところにあらざるを奈何せん。われ。おん身は病に臥し給ひきとは實か。アヌンチヤタ。病はいと重く、一とせの久しきにわたりしかど、死せしは我容色と我音聲とのみなりき。公衆は此二つの屍を併せ藏せる我身を棄てたり。醫師はこの死を假死なりとなし、我身は果敢なくもこれを信じたりき。我身は舊に依りて衣食を要するに、平生の蓄をば病の爲めに用ゐ盡しぬれば、彼死を祕して、詐りて猶ほ生きたるものゝ如くし、又脂粉を塗りて場に上ることゝなりぬ。されど流石に人を驚さんことの心苦しくて、わざと燈燭の數少き、薄暗き小劇場に出づるにこそ。おん身の記憶に存じたるアヌンチヤタは早や死して、その遺像は只だかしこの壁にありといひぬ。われは此詞を聞きて、向ひの壁を仰ぎ看しに、一面の大畫幅あり。枠を飾れる黄金の光の、燦然として四邊を射るさま、室内貧窶の摸樣と、全く相反せり。圖するところはヂドに扮したるアヌンチヤタが胸像なりき。氣高く麗しきその面輪、威ありて險しからざる其額際、皆我が平生の夢想するところに異ならず。我視線は覺えずすべりて、壁間の畫より座上の主人に移りぬ。アヌンチヤタは面を掩ひて、世の人の我を忘れし如く、おん身も今は我を忘れて、疾く行き給へといふ。われ。否、われ爭でか行くことを得ん、爭でか此儘に行くことを得ん。おん身は聖母の惠を忘れ給ふか。聖母はおん身を救ひ給はん、我等を救ひ給はん。アヌンチヤタ。おん身は衰運に乘じて人を辱めんとはし給はざるべし。むかし交らひ侍りし時より、おん身の心のさる殘忍なる心ならざるを知る。さらばおん身は何故に、世擧りて我を譽め我に諛ふ時我を棄てゝ去り、今ことさらに我が世に棄てられたる殘躯の色も香もなきを訪ひ給ふぞ。われ。情なき事をな宣給ひそ。我爭でかおん身を棄つべき。我を棄て給ひしは、我を逐ひて風塵の巷に奔らしめ給ひしは、おん身にこそあれ。かく言はゞ、おん身は我を自ら揣らざるものとやし給はん。さらば只だ我を驅逐せしものは我運命なり、我因果なりとやいはん。此詞纔に出でゝ、アヌンチヤタはその猶美しき目を《みは》り、ことばはなくて我面を凝視し、その色を失へる唇はものいはんと欲する如くに動きて又止み、深き息徐ろに洩れて、目は地上に注がるゝことしばらくなりき、アヌンチヤタは忽ち右手を擧げて、緩にその額を撫でたり。一の祕密の神とおのれとのみ知れるありて、此時心頭に浮び來りしにやあらん。アヌンチヤタは再び口を開きぬ。我は君と再會せり。此世にて再會せり。再會していよ/\君が情ある人なることを知る。されど薔薇は既に凋れ、白鵠は復た歌はずなりぬ。おもふに君は聖母の恩澤に浴して、我に殊なる好き運命に逢ひ給ふなるべし。今はわれに唯だ一つの願あり。アントニオよ、能くそを《かな》へ給はんかといふ。われ手に接吻して、いかなるおん望にもあれ、身にかなふ事ならばといふに、アヌンチヤタ、さらばこよひの事をば夢とおぼし棄て給ひて、いまより後いついづくにて相見んとも、おん身と我とは識らぬ人となりなんこと、是れわが唯だ一つの願ぞ、さらば、アントニオ、これより善き世界に生れ出でなば、また相見ることもあらんとて、我手を握りぬ。苦痛の重荷に押し据ゑられたる我は、アヌンチヤタが足の下に伏しまろびしに、アヌンチヤタ徐かに扶け起し、すかして戸外に伴ひ出でぬ。我は小兒の如くすかされて、小兒の如く泣きつゝ、又來んを許し給へ、許し給へと繰返しつ。戸は、さらばといふ最後の一こゑに鎖されて、われは空しく暗黒なる廊の中に立てり。街に出づれば、その暗黒は屋内に殊ならざりき。神よ。おん身の造り給ふところのものゝ中に、かゝる不幸もありけるよと、獨り泣きつゝ我は叫びぬ。此夜は家に返りて些の眠をだに得ずして止みぬ。
翌日はわれアヌンチヤタが爲めに百千の計畫を成就し、百千の計畫を破壞して、終には身の甲斐なさを歎くのみなりき。嗚呼、われは素とカムパニアの野の棄兒なり。羅馬の貴人は我を霑す雨露に似て、實は我を縛する繩索なりき。恃むところは單だ一の技藝にして、若し意を決して、これによりて身を立てんとせば、成就の望なきにしもあらず。されども技藝の聲價、技藝の光榮は、縱令其極處に詣らんも、昔のアヌンチヤタが境遇の上に出づべくもあらず。而るにそのアヌンチヤタが末路は奈何なりしぞ。假に彩虹の色をやどしつゝ飛泉の水の、末はポンチニの沼澤に沈み去るにも似たらずや。
思慮はたゞ一つところを馳せるに似て、一日一夜は過ぎぬ。次の朝には、胸中僅かに今一たび相見んの願を存ずるのみなりき。われは再びさきの狹き巷に入り、晝猶暗き梯を上りぬ。鎖されたる戸をほと/\と打叩けば、腰曲りたる老女入口に現れて、貸家見に來たまひしや、檀那がたの御用には立ち難くや候はんといふ。今まで住みし人はと問へば、きのふ立ち退き候ひぬ、何かは知らず、火急なる事ありと覺しくて、いとあわたゞしく見え候ひぬ。われ。行方をば知り給はぬか。老女。旅にとは申しゝが、いづくにかあらん。パヅア、トリエステ、フエルララなどにや候はんと、答へもあへず戸を鎖したり。直ちに劇場に往きて見れば、これも鎖されたり。近隣の人に聞けば、きのふ打留なりきといふ。
アヌンチヤタはいづくにか之きし。ベルナルドオなかりせば、彼人は不幸に陷らで止みしならん。否、彼人のみかは、我も或は生涯の願を遂げ、即興詩人の名を成して、偕老の契を全うせしならんか。嗚呼、絶ゆる期なき恨なるかな。
友なるポツジヨおとづれ來ていふやう。何といふ顏色ぞ。恐しき巽風もぞ吹く。若しその熱き風胸より吹かば、中なる鳥の埃及人の火紅鳥ならぬが、焦がれ死するなるべし。野にゆきては茨のうちなる赤き實を啄み、窓に上りては盆栽の薔薇花に止まりてこそ、鳥は健かにてあるものなれ。わが胸の鳥の樂を血の中に歌ひ籠めて、我におもしろく世を渡らするを見ずや。殊に詩人たらんものは、庭の花をも茨の實をも知り、天上の氣にも下界の毒霧にも搏つ鳥を畜へでは協はずといふ。我。是の如く詩人を觀んは、卑きに過ぐるには非ずや。友。基督は地獄に下りて極惡の幽鬼をさへ見きと聞く。天の澄めると地の濁れると相觸れてこそ、大事業大制作は成就すべけれ。否、かくてはわれ汝が爲めに説法するにや似たらん。われはさる説法のためにこゝに來しにはあらず。われは市長一家の使節なり。おん身の伺候を懈ること三日なりしは、ロオザに聞きつ。何といふ亡状ぞや。疾く往きて荊を負ひて罪を謝せよ。但し懈怠の申譯もあらば聽くべし。われ。此二日三日は不快の爲めに門を出ざりき。友。そは拙き申譯なり。他人は知らず、我はそを諾はざるべし。さきの夜樂劇に往きしは何人なりけん。しかも劇場は、かの頻りに艷種の主人公たりしアウレリアが出づる劇場なりしならずや。されどおん身もかゝる路傍の花の爲めに頭を痛めしにはあらじ。兎まれ角まれ、けふの午餉にはおん身を市長の家に伴ひ行かでは、我責務の果し難きを奈何せん。われ。今は包み隱さで告ぐべし。わが暫く市長を訪はざりしは、世のさかしらの厭はしければなり、市長の娘の美くて、カラブリアに廣き地所を持てるを、わが彼家に出入する目的物なるやうに言ひ做すものあればなり。友。其噂は珍らしからず。カラブリアの地所は知らず、マリアが美しきは人も我も認むるところにて、おん身がその崇拜者の一人なるをば、われとても疑はざるものを。われ。崇拜とは過ぎたり。むかし我が愛せし盲の子に姿貌の似たればこそ、われはマリアに心を牽かれしなれ。友。マリアが目も拿破里なるをぢの治療にて、始て開きしものと聞けば、盲ひたる子に似たりといはんも、その由なきにあらねど、我には別に解釋あり。戀は固より盲なるものなり。その戀の神なるアモオルをこそ、むかしおん身は見つるならめ。今おん身の心のマリアに惹かるゝは、戀の神の所爲なれば、人の噂は遠からず事實となりて現るゝならん。われ。否、マリアはさて置き、何人をも我は終身娶らざるべし。友。そは又輒くは信じ難き豫言なり、おん身にふさはしからで我にふさはしかるべき豫言なり。好し、さらばわれ君と誓はん。おん身若し我に先ちて妻を持たば、婚禮の日に三鞭酒二瓶を飮ませ給へ。われ。尤も好し、その酒をば君こそ我に飮ましめ給はめ。
友は我を拉いて市長の許に至りぬ。市長とロオザとは戲言まじりに我無情を譴め、おとなしきマリアは局外に立ちて主客の爭をまもり居たり。ロオザが杯を擧げて、我健康を祝せんとする時、友は急に遮りて、否々、凡そ婦人たるものは、決してアントニオが健康を祝すべからず、そは此男終身娶らずと誓ひぬればなりといふ。市長。そは「アバテ」の天才より産まれし思想中の最も惡しきものなり。されどそを吹聽せんも氣の毒なり。友。吾意見は御主人とは異なり。かゝる惡しき思想をば梟木に懸けて、その腦裏に根を張らざるに乘じて、枯らし盡さゞるべからずといひぬ。佳美酒は我前に陳ぜられて、我をしてアヌンチヤタの或は飢渇に苦むべきを想はしめぬ。辭して出づるとき、ロオザは我に日ごとにおとづれて、シルヰオ・ペリコの集を朗讀すべきことを契らしめき。
わが日ごとに市長の家に往くこと、はや一月となりぬ。此間我は絶てアヌンチヤタが消息を聞くこと能はざりき。ある夕例の如く市長がりおとづれしにマリアは思ふところありげにて、顏には深き憂の痕を印したり。朗讀畢りて、ロオザ席を起ちて去りぬ。我とマリアとの陪席者なくて對坐するはこれを始とす。我は冥々の裡に、一の凶音の來り迫るを覺えながら、強ひて口を開きて、ペリコの政客たる生活の其詩に及ぼしゝ影響を説き出しつ。マリアは忽ち容を改めて、「アバテ」の君と呼び掛けたり。その聲調は、始て我をしてさきよりの月旦評の毫もマリアが耳に入らざりしを悟らしめき。「アバテ」の君、我はおん身に語るべきことあり、此會談は我が瀕死の人と結びし約束の履行なり、日ごろ疎からぬおん身に聞かせまつることながら、これを語る苦しさをば察し給へといふ。その面は色を失ひて、唇は打顫へり。我が、あな、何事のおはせしぞと驚き問ふ時、マリアは兜兒の中より、一封の書を取出て、さて語を續けて云ふやう。不可思議なる神の御手は、我を延きておん身の生涯の祕密の裡に立ち入らしめ給ひぬ。されど心安くおもひ給へ。われは沈默を死者に誓ひしが故に、ロオザにだに何事をも語らざりき。祕密の何物なるかは、此封を開かば明ならん。これを我手に受けてより、はや二日を過ぎぬ。今おん身にわたしまゐらせて、我は約を果し侍りぬといふ。われ、その死者とは何人ぞ、此書は何人の手より出でしぞと問ふに、マリア、そは御身の祕密なるものをとて、起ちて一間を出でぬ。
家に歸りて封を啓けば、内より先づ二三枚の紙出でたり。先づ取上げたる一枚は我手して鉛筆もてしるせる詩句なりき。紙の下端には墨汁もて十字三つを劃したるさま、何とやらん碑銘にまぎらはしくおぼゆ。此詩句は、わが初めてアヌンチヤタを見つるとき、觀棚より舞臺に投げしものなり。さては此一封をマリアに托しきといふはアヌンチヤタなりしか。死せしはアヌンチヤタなりしか。
紙の間には別に重封の書ありて、アントニオ樣へとうは書せり。遽しく裂きて中なる書をとりいだすに、いと長き消息の、前半は墨濃く筆のはこびも慥なれど、後半は震ふ筆もて微かに覺束なくしるされたるを見る。其文に曰く。