即興詩人

36話 即興詩人(36)

1.0万字 約20分 2005年9月18日 公開

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 とある夕わが爲換金(かはせきん)を取扱ふ商家を尋ねしに、主人の妻のいふやう。近頃はおん身の來給ふこと稀になりぬ。そは市長(ボデスタ)の許に往き給ふことの頻なるが爲めなるべし。我家にはマリアの如き美しき人あるにあらねば、誰かおん身の足の彼方(かなた)にのみ向くを(ことわり)ならずとせん。マリアは今ヱネチア第一の美人にして、御身はヱネチア第一の才子におはすれば、彼此(かれこれ)似つかはしき中なるに、マリアが所有なりといふカラブリアの地面はいと廣しといへば、おん二人(ふたり)生計(たつき)さへ豐かなることを得べきならん。御身若し早く心を決めて誓約をだになし給はゞ、ヱネチア全市の男子一人としておん身を羨まざるものなからんといふ。われ。いかなれば我をさまで利己心多きものとはし給ふぞ。わがマリアを尊むは、あらゆる美しきものを尊む情に外ならず。これをしも愛と謂はゞ、何人かマリアを愛せざらん。(たと)ひわれマリアを愛せんも我心は又決してその財産に左右せらるゝことなかるべし。主人(あるじ)の妻。否、さてはおん身はつまさだめするものゝ先づ心得べき事あるを知り給はぬなるべし、粮廚(かてくりや)に滿ち酒(あなぐら)に滿ちて、始て夫婦の間の幸福は全きものぞ。古き(ことわざ)にも、生活(なりはひ)を先にし戀愛を後にすといへるにあらずやと云ひぬ。

 人の我上をかくおもへる、既に我が忍ぶべきところならず。(いはん)(まのあた)りこれを語るをや。我は喜んで市長一家の人々と交れども、此の如き嫌疑を受くることを甘んじて、猶その家に出入すべくもあらず。今宵も市長の家を訪ふべかりし我は、歩を轉じてヱネチアの狹き(こうぢ)をさまよひめぐりぬ。相向へる二列の家は、(のき)と簷と殆ど相觸れんとし、市店(いちみせ)(ともしび)を張ること多きが爲めに、火光は到らぬ隈もなく、士女の往來織るが如くなり。渠水(きよすゐ)を望めば、燈影長く垂れて、橋を負へる石弓(せりもち)の下に、「ゴンドラ」の舟の()よりも(はや)(はし)るを見る。忽ち歌聲の耳に入るあり。諦聽すれば、是れ戀愛と接吻との曲なり。迷路(ラビユリントス)の最も(ふか)き處に一軒の稍大なる家ありて、火の光よそよりも明かに、人多く入りゆくさまなり。こはヱネチアの數多き小芝居の一にして、座の名をば(サン)ルカスと云へりとぞ。大抵樂劇(オペラ)の一組ありて、日ごとに二曲を興行すること、拿破里の「フエニチエ」座に同じ。初の一曲は午後四時に始まり六時頃には早く終り、次なる曲は夕の八時より始まる。(もと)より(くは)しき技藝、高き趣味をこゝに求むべきにはあらねど、些の音樂に耳を悦ばしめんとする下層の市民の願をばこれによりて遂げしむることを得べく、又旅人などの消遣(せうけん)の爲めに來り觀るも少からざるべし。觀棚(さじき)(しろ)は甚だ(やす)く晝夜とも空席を留めぬを例とす。

 招牌(かんばん)を仰げば、「ドンナ、カリテア、レジナ、ヂ、スパニア」(西班牙(スパニア)女王カリテア夫人)と大書し、作譜者の名をばメルカダンテと注せり。われ心の中におもふやう。かゝる時にこそ、我脈絡にカムパニアの野なる山羊の乳汁(ちしる)(めぐ)らずして、温き血(めぐ)れるを人に示すべきなれ、我が世馴れたることのベルナルドオにもフエデリゴにも劣らぬを示すべきなれ。兎も角も一たび此場内(にはぬち)に入りて、美しき女優の(おも)を見ばや。若し興なくば、曲の終るを待たで出でんも(さまたげ)あらじとおもひぬ。入場劵を買ふに、小き汚れたる(ふだ)を與へつ。我觀棚(さじき)は極めて舞臺に近き處なりき。

 此劇場には高下二列の觀棚あり。平間(ひらま)をばいと低く設けたり。されど舞臺の小なること、給仕盆の如しとも謂ふべし。あはれ、此舞臺にいくばくの人か登り得べきとおもふに、例の小芝居の習とて、中むかしの武弁(ぶべん)の上をしくめる大樂劇の、行列の幕あり戰鬪の幕あるものをさへ興行するなるべし。觀棚は内壁の布張汚れ裂けて、天井は鬱悒(いぶせ)きまで低し。少焉(しばし)ありて、上衣を脱ぎ襯衣(はだぎ)の袖を(から)げたる男現れて、舞臺の前なる燭を(とも)しつ。客は皆無遠慮に聲高く語りあへり。又少時(しばし)ありて、樂人出でゝ奏樂席(オルケストラ)に就きぬ。これを視るに、只是れ四奏の一組なりき。彼と云ひ此と云ひ、今宵の受用の覺束(おぼつか)なかるべき前兆ならぬものなけれど、われは猶せめて第一折を觀んとおもひて、獨り觀棚に坐し居たり。

 場内の女客に美しきはあらずやと左を顧み右を()しかど、遂にさる者を認め得ざりき。忽ち隣席に就く人あり。こは嘗て(なにがし)(むしろ)にて相見しことある少年紳士なりき。紳士は笑みつゝ我手を握りて云ふやう。こゝにて君に逢はんとは思ひ掛けざりき。君はその邊の消息を知り給ふか知らねど、かゝる處にては、折々面白き女客と肩を並ぶることあり。かくて薄暗き燈火(ともしび)は、これと親む(なかだち)となるものなりと云ひぬ。紳士の詞は未だ(をは)らぬに、傍より叱々(しつ/\)(いまし)むる聲す。そは開場(ウヱルチユウル)の曲の始まれるが爲めなりき。

 音樂は心細きまで微弱なりき。幕は開きたり、只だ見る、男子三人女子二人より成れる(ひと)(ホロス)の唱和するを。その骨相を看れば、座主(ざす)は俄に(けんぽ)の間より登庸し來りて、これに武士(もののふ)の服を()せしにはあらずやと疑はれぬ。隣席の紳士は我を顧みて、餘りに力を落し給ふな、單吟(ソロ)には稍觀る可きものなきにあらず、此組にも好き道化師(プルチネルラ)あり、大劇場に出だしても恥かしからぬ男なりなど云ふ。この時今宵の曲の女王は、侍姫(じき)に扮せる二女優と共に場に上りぬ。紳士眉を(ひそ)めて、さては女王は(かれ)なりしか、全曲は最早一錢の價だにあらざるべし、あはれジヤンネツテならましかばとつぶやきぬ。

 女王は身の丈甚だ高からず、(おもて)の輪廓鋭くして、黒き目は稍(おちい)りたり。衣裳つきはいと惡し。無遠慮に評せば、擬人せる貧窶(ひんく)妃嬪(ひひん)裝束(さうぞく)したるとやいふべき。さるを怪むべきは此女優の擧止(たちゐ)のさま都雅(みやびやか)にして、いたく他の二人と異なる事なり。われは心の中に、若し(わか)き美しき娘に此行儀あらば奈何(いか)ならんとおもひぬ。既にして女王は進みて舞臺の(ふち)(とも)し連ねたる燈火の處に到りぬ。此時我心は我目を疑ひ、我胸は(はげ)しき動悸を感じたり。われは暫くの間、傍なる紳士に其名を問ふことを敢てせざりき。われ。此女優の名をば何とかいふ。紳士。アヌンチヤタといへり。歌ふことを善くせぬに、その顏ばせさへこれが(つぐのひ)をなすに足らねば、顧みる人なきもことわりなり。此詞は句々腐蝕する藥の如く我心上に印せり。われは瞠目枯坐して(しん)(うしな)ふものゝ如くなりき。

 女王は歌ひはじめき。否、こはアヌンチヤタが聲ならず。微かにして(たのみ)なく、濁りて響かず。紳士。この喉には(いさゝか)の修行の痕あるに似たれど、氣の毒なるは聲に力なきことなり。われ。(騷ぐ胸を押し鎭めて)さきには羅馬(ロオマ)拿破里(ナポリ)(ほまれ)を馳せたる西班牙(スパニア)生れの少女(をとめ)ありしが、この女優は(たま/\)其名を同じうして、色も聲もこれに似ること能はざりしよ。紳士。否、この女優こそはその名譽あるアヌンチヤタがなれる(はて)なれ。盛名一時に騷ぎしは七八年(なゝやとせ)前のことなるべし。當時は年もまだ若くて、聲はマリブランの如くなりきとぞ。されど今はしも薄落(はくお)ちたり。こはかゝる(わざ)もて名を馳せし人の常なり。暫くは日の天に(ちゆう)するが如き位にありて、世の人の讚歎の聲に心惑ひ、おのが(わざ)の時々刻々(くだ)りゆくを(さと)らず、若し此時に當り早く(はかりごと)をなさゞるときは、公衆先づ其演奏の前に殊なるところあるを覺ゆべし。かゝるなりはひする女子の習として、財を獲ること多しといへども、隨ひて得れば隨ひて散じ、暮年の計をおもはねば、その落魄もいと(すみやか)なり。君のこの女優を見給ひぬといふは、羅馬にての事にやありけん。われ。然り。其頃面を見ること二三度なりき。紳士。さらば變化の甚しきを覺え給ふならん。人の噂には、四五年前に重き病に(かゝ)りてより、聲はたとつぶれぬといふ。その人の爲めにはいと笑止なる事ながら、聽衆の過去の美音を喝采せざるをば、奈何(いかん)ともすべからず。いざ、昔のよしみに拍手し給へ。われも應援すべしとて、先づ激しく(たなぞこ)を打ち鳴しつ。平土間(パルテエル)なる客二三人、何とかおもひけん、これに和したるに、叱々と呼びて、この過當の褒美にあらがふもの少からず。女王はこの毀譽(きよ)を心に介せざる如く、首を()げて場を下りしに、紳士見送りて、我等はトロヤ人なりきとつぶやきぬ。(原語「フイムス、トロエス」は猶已矣(やみなむ)と云はんが如し。)

 代りて場に上りしは、此曲の女主人公にして、これに扮せるは二八ばかりの(をみな)なりき。色好む男の一瞥して心を動すべき(しゝ)おき豐かに、()なざし燃ゆる如くなれば、喝采の聲は(いへ)(ゆるが)せり。此時むかしの記念(かたみ)は我胸を衝いて起りぬ。羅馬の市民のアヌンチヤタの爲めに狂せし(さま)はいかなりしぞ。いにしへの帝王の凱旋の儀をまねびつる、アヌンチヤタが車のよそほひはいかなりしぞ。わが崇拜の念はいかなりしぞ。さるを今はこの尋常(よのつね)なる容色にすらけおされ(をは)んぬ。あはれ、薄倖なるベルナルドオは身病み色衰ふるに及びて君を棄てしか。さらずば、君は始より眞成(まこと)にベルナルドオを愛せざりしか。君が唇のベルナルドオの(ぬか)に觸れしをば、われ猶記す。君(いか)でかベルナルドオを愛せざらん。思ふにかの無情(つれな)男子(をのこ)は君が色を愛して、君が心を愛せざりしなり。

 アヌンチヤタは再び場に上りぬ。老いたるかな、衰へたるかな、只だ是れ(しかばね)の脂粉を()けて行くものゝみ。われは覺えず(はだへ)(あは)生ぜり、われもアヌンチヤタが色に迷ひし一人なれども、その(ざえ)の高く情の優しかりしをば、わが戀愛に(おほ)はれたりし心すら、猶能く認め得たりき。縱令(よしや)色は衰ふとも、才情はむかしのまゝなるべし。かへす/″\も(にく)むべきはベルナルドオが忍びて彼(ざえ)彼情を棄てつるなる哉。我心緒は此不幸なる女子を憐み、彼無情なる友を憎むが爲めに、亂るゝこと麻の如くなりき。傍なる紳士は、我面色の土の如くなるを見て、いかにし給ひしぞ、不快なるにはあらずやと問ひぬ。此棧敷(さじき)の餘りに暑き故なるべしと答へつゝ、我は起ちて劇場の()に走り出でぬ。

 胸中の苦悶は我を()りて、狹きヱネチアの(こうぢ)を、縱横に走り過ぎしめしに、ふと立ち留りて頭を(もた)ぐれば、われは又(さき)の劇場の前に在り。時に一人の老僕ありて、入口に貼りたるけふの名題を剥ぎ取り、代ふるにあすのをもてせんとす。われは進みて此(しもべ)の耳に附き、アヌンチヤタの宿はいづくぞと問ひしに、僕は(かうべ)をして我顏を打目(うちま)もり、アヌンチヤタと宣給(のたま)ふか、そはアウレリアの誤なるべし、けふもアウレリアが部屋をばおとづれ給ひし檀那達いと多かりき、宿に案内しまゐらするは易けれど、歸るには些の(ひま)あるべしと答ふ。われ、否、アヌンチヤタなり、けふ女王の役を勤めし人なりといふに、僕は暫し目を《みは》りて、(いぶか)しげに我を見居たるが、さてはあの痩骨(やせぎす)を尋ね給ふか、檀那は別に御用ありての事なるべければ、案内(あない)しまゐらせん、されどこれも歸らんは一時間の後なるべし、そが上に人に問はるゝことなき女なれば、出でゝ御目に掛かるべきか、覺束(おぼつか)なしとつぶやきぬ。好し、さらば一時間の後の事にすべければ、こゝにて我が來んを待てと(ちぎ)り置きて、我は岸邊に往き、舟を雇ひて、何處をあてともなく漕ぎ行かせつ。

 我心緒はいよゝ亂れに亂れぬ。只だ心中に往來(ゆきき)する(せち)なる願は、今一たびアヌンチヤタと相見て、今一たびこれに詞をかはさんといふことのみ。嗚呼、アヌンチヤタはまことに不幸なりき。されど我はその不幸を救ひ得べき地位にあらざりしを奈何せん。指す方もなき水上の逍遙ながら、痛苦に()はるゝ我心は、猶船脚の(はなは)だ遲きを覺えぬ。

 一時間の後、舟を初の岸に(つな)げば、老僕は早く劇場の前に立ちて待てり。引かるゝまゝに、いぶせき(こうぢ)を縫ひ行きて、遂にとある敗屋(あばらや)の前に出でしとき、僕は星根裏の小き窓に(ともしび)の影の微かなるを指ざしたり。僕は先に立ちて暗き(はしご)を登りゆくに、我は詞もあらでその後に隨ひぬ。僕は戸外の鈴索(れいさく)()いたり。内より()ぞやといふは女の聲なり。マルコオ、ルガノと名告(なの)ると共に、戸はあきて、我等は暗黒なる一室の中に立てり。聖母(マドンナ)を畫けりと覺しき小幅の前に捧げし燈明は既に()えて、燈心の猶(くゆ)るさま、一點の血痕の如し。忽ち頭の上に戸の(きし)る音して、覺束なき火の光洩れ來しとき、我は側に小き(はしご)あるを認めつ。御尋(おたづね)の女はあれにといふ老僕の手に、些の銀貨を握らすれば、あまたゝびぬかづき謝して、直ちに戸外に出で去りぬ。わが最後の梯を登りゆくとき、一人の女の小き絹の(きれ)にて髮を(つゝ)み、(ひろ)き暗色の上衣を着たるが入口に現れて、あすの名題や變りし、(つまづ)き給ふな、マルコオと云ひつゝ迎へぬ。我はつと室内(へやぬち)に進みぬ。

 我はアヌンチヤタと相對して立てり。あな、おん身は何人ぞ、何の爲に此には來ましゝと、驚きたる女主人は問ひぬ。我は一聲アヌンチヤタと叫べり。暫し我面を打まもりし主人は、再びあなやといひもあへず、もろ手もて顏を(おほ)ひつ。何人にもあらず、昔の友の一人なり、むかしおん身の惠にて、あまたの樂しき時を過し、あまたの幸福ある日を送りしものなり、何の爲めにか來べき、唯だ今一たび相見んの願ありて來つるのみといふ我聲は恥かしき迄震ひぬ。アヌンチヤタは靜に手を垂れて頭を擧げたり。肉落ちて血色なく、死人の如き面なれど、これのみは年も病もえ奪はざりけん、暗黒にして、渡津海(わたつみ)のそこひなきにも譬へつべき瞳は、磁石の鐵を吸ふ如く、我面に注がれたり。アントニオ、かくて御身と相見んとは、つや/\思ひ掛けざりき。同じ憂き世の山路なれど、おん身はそを登る人、われはそを降る身なれば、相見て又何をかいふべき。()く行き給へと口には言へど、つれなき涙は《まぶた》に餘りて、()の上に()ち來りぬ。われ。そは餘りに情なし。われはおん身の今不幸なるを知りぬ。むかし一言(こと)(せりふ)、一目の(おもいれ)もて、萬人に幸福を與へしおん身なるを。アヌンチヤタ。幸福は妙齡と美貌とに伴ふものにて、(ざえ)と情との如きは、その顧みるところにあらざるを奈何せん。われ。おん身は病に臥し給ひきとは(まこと)か。アヌンチヤタ。病はいと重く、一とせの久しきにわたりしかど、死せしは我容色と我音聲とのみなりき。公衆は此二つの屍を(あは)せ藏せる我身を棄てたり。醫師(くすし)はこの死を假死なりとなし、我身は果敢(はか)なくもこれを信じたりき。我身は舊に依りて衣食を要するに、平生の(たくはへ)をば病の爲めに用ゐ盡しぬれば、彼死を祕して、(いつは)りて猶ほ生きたるものゝ如くし、又脂粉を塗りて場に上ることゝなりぬ。されど流石(さすが)に人を(おどろか)さんことの心苦しくて、わざと燈燭の數少き、薄暗き小劇場に出づるにこそ。おん身の記憶に存じたるアヌンチヤタは早や死して、その遺像は只だかしこの壁にありといひぬ。われは此詞を聞きて、向ひの壁を仰ぎ看しに、一面の大畫幅あり。(わく)を飾れる黄金の光の、燦然(さんぜん)として四邊(あたり)を射るさま、室内貧窶(ひんく)の摸樣と、全く相反せり。圖するところはヂドに扮したるアヌンチヤタが胸像なりき。氣高(けだか)(うるは)しきその面輪(おもわ)、威ありて(けは)しからざる其額際、皆我が平生の夢想するところに異ならず。我視線は覺えずすべりて、壁間の畫より座上の主人(あるじ)に移りぬ。アヌンチヤタは面を掩ひて、世の人の我を忘れし如く、おん身も今は我を忘れて、疾く行き給へといふ。われ。否、われ(いか)でか行くことを得ん、爭でか此儘に行くことを得ん。おん身は聖母(マドンナ)の惠を忘れ給ふか。聖母はおん身を救ひ給はん、我等を救ひ給はん。アヌンチヤタ。おん身は衰運に乘じて人を(はづかし)めんとはし給はざるべし。むかし交らひ侍りし時より、おん身の心のさる殘忍なる心ならざるを知る。さらばおん身は何故に、世擧(よこぞ)りて我を譽め我に(へつら)ふ時我を棄てゝ去り、今ことさらに我が世に棄てられたる殘躯(ざんく)の色も香もなきを(とぶら)ひ給ふぞ。われ。情なき事をな宣給(のたま)ひそ。我(いか)でかおん身を棄つべき。我を棄て給ひしは、我を逐ひて風塵の(ちまた)(はし)らしめ給ひしは、おん身にこそあれ。かく言はゞ、おん身は我を自ら(はか)らざるものとやし給はん。さらば只だ我を驅逐せしものは我運命なり、我因果なりとやいはん。此詞(わづか)に出でゝ、アヌンチヤタはその猶美しき目を《みは》り、ことばはなくて我面を凝視し、その色を失へる唇はものいはんと欲する如くに動きて又止み、深き息(おもむ)ろに洩れて、目は地上に(そゝ)がるゝことしばらくなりき、アヌンチヤタは忽ち右手(めて)を擧げて、(ゆるやか)にその(ぬか)を撫でたり。一の祕密の神とおのれとのみ知れるありて、此時心頭に浮び來りしにやあらん。アヌンチヤタは再び口を開きぬ。我は君と再會せり。此世にて再會せり。再會していよ/\君が情ある人なることを知る。されど薔薇は既に(しを)れ、白鵠(くゞひ)は復た歌はずなりぬ。おもふに君は聖母(マドンナ)の恩澤に浴して、我に(こと)なる好き運命に逢ひ給ふなるべし。今はわれに唯だ一つの願あり。アントニオよ、能くそを《かな》へ給はんかといふ。われ手に接吻して、いかなるおん望にもあれ、身にかなふ事ならばといふに、アヌンチヤタ、さらばこよひの事をば夢とおぼし棄て給ひて、いまより後いついづくにて相見んとも、おん身と我とは識らぬ人となりなんこと、是れわが唯だ一つの願ぞ、さらば、アントニオ、これより善き世界に生れ出でなば、また相見ることもあらんとて、我手を握りぬ。苦痛の重荷に押し据ゑられたる我は、アヌンチヤタが足の下に伏しまろびしに、アヌンチヤタ(しづ)かに(たす)け起し、すかして戸外に伴ひ出でぬ。我は小兒の如くすかされて、小兒の如く泣きつゝ、又來んを許し給へ、許し給へと繰返しつ。戸は、さらばといふ最後の一こゑに鎖されて、われは空しく暗黒なる(わたどの)の中に立てり。街に出づれば、その暗黒は屋内(やぬち)に殊ならざりき。神よ。おん身の造り給ふところのものゝ中に、かゝる不幸もありけるよと、獨り泣きつゝ我は叫びぬ。此夜は家に返りて些の眠をだに得ずして止みぬ。

 翌日(あくるひ)はわれアヌンチヤタが爲めに百千(もゝち)の計畫を成就(じやうじゆ)し、百千の計畫を破壞して、終には身の甲斐(かひ)なさを歎くのみなりき。嗚呼、われは()とカムパニアの野の棄兒なり。羅馬の貴人(あてびと)は我を(うるほ)す雨露に似て、實は我を(ばく)する繩索(じようさく)なりき。(たの)むところは()だ一の技藝にして、若し意を決して、これによりて身を立てんとせば、成就の望なきにしもあらず。されども技藝の聲價、技藝の光榮は、縱令(よしや)其極處に(いた)らんも、昔のアヌンチヤタが境遇の上に出づべくもあらず。而るにそのアヌンチヤタが末路は奈何(いか)なりしぞ。假に彩虹の色をやどしつゝ飛泉の水の、末はポンチニの沼澤に沈み去るにも似たらずや。

 思慮はたゞ一つところを馳せるに似て、一日一夜は過ぎぬ。次の(あした)には、胸中僅かに今一たび相見んの願を存ずるのみなりき。われは再びさきの狹き(こうぢ)に入り、晝猶暗き梯を上りぬ。(とざ)されたる戸をほと/\と打叩けば、腰曲りたる老女(おうな)入口に現れて、貸家見に來たまひしや、檀那がたの御用には立ち難くや候はんといふ。今まで住みし人はと問へば、きのふ立ち退()き候ひぬ、何かは知らず、火急なる事ありと覺しくて、いとあわたゞしく見え候ひぬ。われ。行方をば知り給はぬか。老女。旅にとは申しゝが、いづくにかあらん。パヅア、トリエステ、フエルララなどにや候はんと、答へもあへず戸を鎖したり。直ちに劇場に往きて見れば、これも鎖されたり。近隣の人に聞けば、きのふ打留(うちとめ)なりきといふ。

 アヌンチヤタはいづくにか()きし。ベルナルドオなかりせば、彼人は不幸に陷らで止みしならん。否、彼人のみかは、我も或は生涯の願を遂げ、即興詩人の名を成して、偕老(かいらう)(ちぎり)(まつた)うせしならんか。嗚呼、絶ゆる()なき恨なるかな。

 友なるポツジヨおとづれ來ていふやう。何といふ顏色ぞ。恐しき巽風(シロツコ)もぞ吹く。若しその熱き風胸より吹かば、中なる鳥の埃及(エヂプト)人の火紅鳥(フヨニツクス)ならぬが、焦がれ(じに)するなるべし。野にゆきては(いばら)のうちなる赤き()(ついば)み、窓に上りては盆栽の薔薇花(さうびくわ)()まりてこそ、鳥は(すこや)かにてあるものなれ。わが胸の鳥の樂を血の中に歌ひ()めて、我におもしろく世を渡らするを見ずや。殊に詩人たらんものは、庭の花をも茨の實をも知り、天上の(かうき)にも下界の毒霧にも(はう)つ鳥を(たくは)へでは(かな)はずといふ。我。(かく)の如く詩人を觀んは、卑きに過ぐるには非ずや。友。基督は地獄に下りて極惡の幽鬼をさへ見きと聞く。天の澄めると地の濁れると相觸れてこそ、大事業大制作は成就すべけれ。否、かくてはわれ汝が爲めに説法するにや似たらん。われはさる説法のためにこゝに來しにはあらず。われは市長(ボデスタ)一家の使節なり。おん身の伺候を(おこた)ること三日なりしは、ロオザに聞きつ。何といふ亡状(ぶじやう)ぞや。()く往きて(いばら)を負ひて罪を謝せよ。但し懈怠(けたい)の申譯もあらば聽くべし。われ。此二日三日は不快の爲めに門を出ざりき。友。そは(つたな)き申譯なり。他人は知らず、我はそを(うべな)はざるべし。さきの夜樂劇(オペラ)に往きしは何人なりけん。しかも劇場は、かの頻りに艷種(つやだね)の主人公たりしアウレリアが出づる劇場なりしならずや。されどおん身もかゝる路傍の花の爲めに(つむり)を痛めしにはあらじ。兎まれ角まれ、けふの午餉(ひるげ)にはおん身を市長の家に伴ひ行かでは、我責務の果し難きを奈何せん。われ。今は包み隱さで告ぐべし。わが暫く市長を訪はざりしは、世のさかしらの厭はしければなり、市長の娘の美くて、カラブリアに廣き地所を持てるを、わが彼家に出入する目的物なるやうに言ひ()すものあればなり。友。其噂は珍らしからず。カラブリアの地所は知らず、マリアが美しきは人も我も認むるところにて、おん身がその崇拜者の一人なるをば、われとても疑はざるものを。われ。崇拜とは過ぎたり。むかし我が愛せし(めしひ)の子に姿貌(すがたかたち)の似たればこそ、われはマリアに心を()かれしなれ。友。マリアが目も拿破里(ナポリ)なるをぢの治療にて、始て()きしものと聞けば、盲ひたる子に似たりといはんも、その由なきにあらねど、我には別に解釋あり。戀は(もと)より盲なるものなり。その戀の神なるアモオルをこそ、むかしおん身は見つるならめ。今おん身の心のマリアに惹かるゝは、戀の神の所爲なれば、人の噂は遠からず事實となりて現るゝならん。われ。否、マリアはさて置き、何人をも我は終身(めと)らざるべし。友。そは又(たやす)くは信じ難き豫言なり、おん身にふさはしからで我にふさはしかるべき豫言なり。好し、さらばわれ君と誓はん。おん身若し我に(さきだ)ちて妻を持たば、婚禮の日に三鞭酒(シヤンパニエ)二瓶を飮ませ給へ。われ。(もつと)も好し、その酒をば君こそ我に飮ましめ給はめ。

 友は我を()いて市長(ボデスタ)の許に至りぬ。市長とロオザとは戲言(ざれごと)まじりに我無情を()め、おとなしきマリアは局外に立ちて主客の爭をまもり居たり。ロオザが杯を擧げて、我健康を祝せんとする時、友は急に(さへぎ)りて、否々、凡そ婦人たるものは、決してアントニオが健康を祝すべからず、そは此男終身(めと)らずと誓ひぬればなりといふ。市長。そは「アバテ」の天才より産まれし思想中の最も惡しきものなり。されどそを吹聽(ふいちやう)せんも氣の毒なり。友。吾意見は御主人とは異なり。かゝる惡しき思想をば梟木(けうぼく)に懸けて、その腦裏に根を張らざるに乘じて、枯らし盡さゞるべからずといひぬ。(かかう)美酒は我前に陳ぜられて、我をしてアヌンチヤタの或は飢渇に苦むべきを想はしめぬ。辭して出づるとき、ロオザは我に日ごとにおとづれて、シルヰオ・ペリコの集を朗讀すべきことを契らしめき。

 わが日ごとに市長(ボデスタ)の家に往くこと、はや一月となりぬ。此間我は絶てアヌンチヤタが消息を聞くこと能はざりき。ある夕例の如く市長がりおとづれしにマリアは思ふところありげにて、顏には深き憂の(あと)を印したり。朗讀畢りて、ロオザ席を起ちて去りぬ。我とマリアとの陪席者なくて對坐するはこれを始とす。我は冥々(めい/\)(うち)に、一の凶音の來り迫るを覺えながら、強ひて口を開きて、ペリコの政客たる生活の其詩に及ぼしゝ影響を説き出しつ。マリアは忽ち(かたち)を改めて、「アバテ」の君と呼び掛けたり。その聲調は、始て我をしてさきよりの月旦評の(がう)もマリアが耳に入らざりしを悟らしめき。「アバテ」の君、我はおん身に語るべきことあり、此會談は我が瀕死の人と結びし約束の履行なり、日ごろ(うと)からぬおん身に聞かせまつることながら、これを語る苦しさをば察し給へといふ。その面は色を失ひて、唇は打顫へり。我が、あな、何事のおはせしぞと驚き問ふ時、マリアは兜兒(かくし)の中より、一封の(ふみ)取出(とうで)て、さて語を(つゞ)けて云ふやう。不可思議なる神の御手(みて)は、我を()きておん身の生涯の祕密の裡に立ち入らしめ給ひぬ。されど心安くおもひ給へ。われは沈默を死者に誓ひしが故に、ロオザにだに何事をも語らざりき。祕密の何物なるかは、此封を開かば(あきらか)ならん。これを我手に受けてより、はや二日を過ぎぬ。今おん身にわたしまゐらせて、我は約を果し侍りぬといふ。われ、その死者とは何人ぞ、此(ふみ)は何人の手より出でしぞと問ふに、マリア、そは御身の祕密なるものをとて、起ちて一間を出でぬ。

 家に歸りて封を(ひら)けば、内より先づ二三枚の紙出でたり。先づ取上げたる一枚は我手して鉛筆もてしるせる詩句なりき。紙の下端には墨汁(インク)もて十字三つを劃したるさま、何とやらん碑銘にまぎらはしくおぼゆ。此詩句は、わが初めてアヌンチヤタを見つるとき、觀棚(さじき)より舞臺に投げしものなり。さては此一封をマリアに托しきといふはアヌンチヤタなりしか。死せしはアヌンチヤタなりしか。

 紙の間には別に重封(かさねふう)(ふみ)ありて、アントニオ樣へとうは(がき)せり。(あわたゞ)しく裂きて中なる(ふみ)をとりいだすに、いと長き消息の、前半は墨濃く筆のはこびも慥なれど、後半は震ふ筆もて(かす)かに覺束なくしるされたるを見る。其文に曰く。

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