即興詩人

37話 即興詩人(37)

4,903字 約10分 2005年9月18日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

(ふみ)して戀しく懷かしきアントニオの君に申上(まうしあげ)《まゐらせそろ》。今宵はゆくりなくも、おん目に掛り候ひぬ、再びおん目にかゝり候ひぬ。こは久しき程の願にて、又此願のかなはん折をいと恐ろしくおもひしも、久しき程の事にて候。譬へば死をば幸を(もたら)すものぞと知りつゝも、死の到來すべき瞬間をば、限なく恐ろしくおもふが如くなるべく候。この文認め候は、君に見えてより數時間の後に候へども、君のこれを讀ませ給はんは、數月の後なるべきか、或は又月を()えざるべきかとも存ぜられ候。世の人の言に、われとわが姿に出で逢ひしものは、遠からずして死すと申候へば、わが常の心の願にて、我心と同じものになり居たる君に逢ひまゐらせたるは、我死期の近づきたるしるしなるべくやなど思ひつゞけ。いかなれば我心は君をえ忘れず、いかなれば君は我心と化し給ひて、幸ある時も、(わざはひ)に逢へる時も、君は我心を離れ給はざりけん。今より思ひらし候へば、そは君が世に棄てられたるアヌンチヤタを棄て給はぬ唯一の恩人にましませばならんと(ぞんじ)。されど君の今に至りて猶我身を棄て給はざる御恩は、決して故なき人の上に施し給ひしには候はずと存。君の此文を見給はん時は、私は世に亡き人なるべければ、今は(はゞか)ることなく申上候はん。君は我戀人にておはしまし候ひぬ。我戀人は、昔世の人にもてはやされし日より、今またく世の人に棄て果てられたる日まで、君より外には絶て無かりしを、聖母(マドンナ)は、現世(うつしよ)にて君と我との一つにならんを許し給はで、二人を遠ざけ給ひしにて候。君の我身を愛し給ふをば、彼の不幸なる日の夕に、彈丸(たま)のベルナルドオ」は底本では「ベルナドオ」]を傷けし時、君が打明け給ひしに先だちて、私は()(さと)り居り候ひぬ。さるを君と我とを遠ざくべき大いなる不幸の、忽ち目前(まのあたり)に現れたるを見て、我胸は(ふさ)がり我舌は結ぼれ、私は面を手負(てをひ)の衣に隱しゝ(ひま)に、君は見えずなり給ひぬ。ベルナルドオの(きず)は命を(おと)すに及ばざりしかば、私は其治不治生不生の君が身の上なるべきをおもひて、須臾(しゆゆ)もベルナルドオの側を離れ候はざりき。憶ふに、此時のわが振舞は君に疑はれまゐらせしことのもとにや候ふべき。私は久しく君の行方を知らず、人に問へども能く答ふるもの候はざりき。數日の後、怪しきおうな尋ね來て、一ひらの紙を我手にわたすを見れば、まがふ方なき君の手跡にて、拿破里(ナポリ)に往くと(したゝ)めあり、御名をさへ書添へ給へれば、おうなの云ふに任せて、旅行劵と路用の金とをわたし候ひぬ。旅行劵はベルナルドオに仔細を語りて、をぢなる議官(セナトオレ)に求めさせしものに候、ベルナルドオは事のむづかしきを知りながら、我言を()れて、強ひてをぢ君を説き動しゝ趣に候。(いくばく)もあらぬに、ベルナルドオが(きず)名殘(なごり)なく()え候ひぬ。彼人も君の御上をば、いたく氣遺(きづかひ)居たれば必ず惡しき人と御思ひ()しなさるまじく候。ベルナルドオは痍の()えし後、我身を愛する由聞え候ひしかど、私はその僞ならぬを(さと)りながら、君をおもふ心よりうべなひ候はざりき。ベルナルドオは羅馬を去り候ひぬ。私は直ちに拿破里をさして旅立候ひしに、君も知らせ給ひし友なるおうなの俄に病み(こや)しゝ爲め、モラ、ヂ、ガエタに留まること一月ばかりに候ひき。かくて拿破里に着きて聞けば、私の着せし前日の夜、チエンチイといふ少年の即興詩人ありて、舞臺に出でたりと申噂に候。こは必ず君なるべしとおもひて、人に問ひ(たゞ)し候へば、果してまがふかたなき我戀人にておはしましき。友なるおうなは消息して君を招き候ひぬ。こなたの名をばわざとしるさで、旅店の名をのみしるしゝは、情ある君の何人の文なるをば推し給ふべしと信じ居たるが故に候ひき。おうなは再び文をおくり候ひぬ。されど君は來給はざりき。使の人の文をば讀み給ひぬといふに、君は來給はざりき。(あまつさ)へ君は(にはか)に物におそるゝ如きさまして、羅馬に還り給ひぬと聞き候ひぬ。當時君が振舞をば、何とか判じ候ふべき。私は君の誠ありげなる戀のいち早くさめ果てしに驚き候ひしのみ。私とても、世の人のめでくつがへるが儘に、多少驕慢の心をも生じ居たる事とて、思ひ切られぬ君を思ひ切りて、獨り胸をのみ(いた)め候ひぬ。さる程に友なるおうなみまかり、その同胞(はらから)も續きてあらずなり、私は形影相(てう)すとも申すべき身となり候ひぬ。されど年猶(わか)く色未だ衰へずして、身には習ひおぼえし技藝あれば、舞臺に上るごとに、萬人の視線一身に(あつ)まり、喝采の聲我心を醉はしめて、しばし心の憂さを忘れ候ひぬ。是れまことのアヌンチヤタが最終の一年に候ひき。私はボロニアに(おもむ)く旅路にて、ふと病に染まり候ひぬ。初こそは唯だかりそめの事とおもひ候ひつれ、君に棄てられまつりてよりの、人知れぬ苦痛は、我が病に抗すべき力を奪ひて、一とせが程は頭をだにえ(もた)げず候ひき。こゝに君に棄てられぬと書きしをば、許させ給へ。私はその頃、君の猶我身を忘れ給はで、世の人の皆我身を顧みざるに至りて、今一たび我手に接吻し給ふべきをば、夢にだに思得候はざりしなり。二とせの間、劇場にて貯へし金をば、藥餌の料に(つひや)し盡し候ひぬ。病は《い》えぬれども、聲潰れたれば、身を助くべき藝もあらず、貧しきが上に貧しき境界(きやうがい)に陷いり、空しく七年の月日を過して、(はか)らずも君にめぐりあひ候ひぬ。君はこよひの舞臺にて、むかし羅馬の通衢(ちまた)()るに凱旋の車をもてせしアヌンチヤタがいかに賤客に(あざけ)られ、口笛吹きて叱責せられたるかを見そなはし給ひしなるべし。私は運命の(せば)まりしと共に、胸狹くなりしを自ら覺え居候。(さて)見苦しき假住ひに御尋下され候時、我目を覆ひし面紗(ヱエル)の忽ち落つるが如く、君の初より眞心もて我を愛し給ひしことを悟り候ひぬ。汝こそは我を風塵中に逐ひ出しつれとは、君の御詞なりしかど、私のいかに君を慕ひまゐらせ、いかに君の(かた)へ手をさし伸べ居たりしをば、君のしろしめさゞりしを奈何(いかに)かせん。私は再び君に(まみ)ゆることを得て、君の温なる唇を我手背に受け候ひぬ。今や戸外に送りいだしまゐらせて、私は再び屋根裏の一室に獨坐し居り候。この室をば直ちに立退き申すべく、此ヱネチアをも直ちに立去り申すべく候。アントニオの君よ。願はくは我が爲めに(いたづ)らに歎き悲み給ふな。私は世には棄てられ候へども、聖母(マドンナ)は私を護り給ふこと、君を護り給ふに同じかるべく候。アントニオの君よ、さきには我を思ひ棄て給へと申候へども、未錬ともおぼさばおぼせ、猶親しかりし人のみまかりしを思ひ給ふが如く、我を思ひ給はんことのみは望ましく存。

 涙は讀むに隨ひて流れ、わが心の限の涙と化して融け去るを覺えたり。此より下は、かすかなる薄墨の痕猶(あらた)にして、數日前に寫されしものと知らる。

苦を受くる月日も最早些子(ちと)を餘し候のみと存。今まで受けつるあらゆる快樂の聖母の御惠なると等しく、今まで受けつるあらゆる苦痛も亦聖母の御惠と存。死は既に我胸に迫り候。血は我胸より漲り流れ候。いま一囘轉して漏刻の水は傾け盡され申すべく候。人の傳へ候ところに依れば、ヱネチア第一の美人は君がいひなづけの妻となり居候由に候。私の死に臨みての願は、御二人の永く幸福を()け給はんことのみに候、あはれ、此數行の文字を托すべき人は、その人ならで又誰か有るべき。その人の私の(こひ)を容れて、こゝに來給ふべきをば、何故か知らねど、(かた)く信じ居。生死の境に浮沈し居る此身の、一杯の清き水を求むべき手は、その人の手ならではと存。さらば/\、アントニオの君よ。私の此土に在りての最終の祈祷、彼土に往きての最初の祈祷は、君が御上と、私の(いたづ)らに願ひてえ果さず、その人の幸ありて成し遂げ給ふなる、君が偕老の(ちぎり)の上とに在るのみなることを、御承知下され度存。今更繰言(くりごと)めき候へども、聖母の我等二人を一つにし給はざりしは、其故なからずやは。私は世人にもてはやされ讚め(たゝ)へられて、慢心を増長し居候ひぬれば、君にして當時私を(めと)り給ひなば、君の生涯は或は幸福を完うし給ふこと能はざりしにあらずやと存。さらば/\、アントニオの君よ。過ぎ去りしは苦痛、現然せるは安樂にして末期は今と存。アントニオの君よ。又マリアの君よ。私の爲めに祈祷し給へかし。

アヌンチヤタ。

 悲歎の極には聲なく涙なし。我は茫然として涙に濡れたる遺書を瞠視(だうし)すること久しかりき。暫しありて、猶封中より落ち散りたりし一ひら二ひらの紙を取り上げ見れば、一はわが拿破里(ナポリ)に往くとしるして、フルヰアのおうなに渡しゝ筆の(あと)なり。又一はベルナルドオがアヌンチヤタに與へし文にして、負傷の爲めに床に臥したりし程の、(ねんごろ)なる看護の恩を謝し、今はよしなき望を絶ちて餘所の軍役に服せんとおもへば、最早羅馬にて相見ることはあらじと書せり。嗚呼、おもひの外の事どもなるかな。アヌンチヤタは初より我を戀ひたりしなり。我が拿破里に往くことを得しは、アヌンチヤタの惠なりしなり。拿破里の旅店より書を寄せて、相見んことを求めしはアヌンチヤタにしてサンタにはあらざりしなり。その恩情(きはまり)なきアヌンチヤタは今や亡き人となりしなり。さるにてもアヌンチヤタはマリアを病床に招き寄せて、いかなる事を物語りし。既にマリアをわがいひなづけの妻といへば、巷説は早くアヌンチヤタの病床に聞え居りて、マリアさへ其口より、さがなき人の言草(ことぐさ)を聞きつるなるべし。再びマリアの面を見んは影護(うしろめた)き限なれども、アヌンチヤタの爲めにも我が爲めにも天使に等しきマリアに、一ことの謝辭を述べずして止まんやうなし。

 舟を(やと)ひて市長(ボデスタ)の家に往きしに、ロオザとマリアとは一と間の中にありて手仕事に餘念なかりき。我はしばし相對して物語しつれど、心に言はんと欲する事の、口に言ひ難ければ、問はるゝことあるごとに、あらぬ答をのみしたりき。ロオザは忽ち我手を()りて口を開きて云ふやう。おん身は深き憂に沈み居給ふとおぼし。われ等の君がまことの友たるを知り給はゞ、打開けて物語し給へと云ふ。われ。さなり。君は何事をも知り給ふならん。ロオザ。否われは未だ何事をも知らず。マリアこそは聞きつることもあらめ。(マリアは鼻じろみて、その詞を遮らんとしたり。)われ。おん身二人には、われ又何事をか隱し候ふべき。初よりの事のもとすゑを打開けんも我が心やりなれば、煩はしけれど聞き給へとて、われは昔語(むかしがたり)をぞ始めける。よるべなき(みなしご)なりし生立(おひたち)より、羅馬にてアヌンチヤタと相識り、友なりけるベルナルドオを傷けて、拿破里に逃れ去りし慘劇まで、涙と共に語り出でしに、可憐なるマリアの(たなそこ)を組合せて、我面を仰ぎ見るさま、我記憶の中に殘れるフラミニアが姿に髣髴(さもに)たり。われはマリアが面前にありて、ララが事、琅洞(らうかんどう)の事のみは、語ることを憚りたれば、直ちにヱネチアにての再會の段に移りて、アヌンチヤタの末路を敍し(をは)りぬ。ロオザ。おん身の上に、さる深き關繋あるべきをば、初め少しも知らざりき。さきの日尼寺の病室より、識らぬ女の文とゞきて、今生死の際に在るものなるが、マリアに逢ひて申し殘したき事ありといへば、舟にてかしこに伴ひゆき、われは尼達の許に留まりて、マリアを病人の室に遣りぬ。マリア。かくてその人に逢ひ侍りぬ。記念(かたみ)の一封をばさきに渡しまゐらせつ。我。アヌンチヤタはその時何とか申し候ひし。マリア。人知れずこれをアントニオに渡し給へといひぬ。おん身の上をば、妹の兄の上を語るらんやうに語りぬ。爾時(そのとき)アヌンチヤタが唇は血に染まり居たり。死は(にはか)に襲ひ至りて、アヌンチヤタはわが面をまもりつゝこときれ(はべ)りと、語りもあへず、マリアは泣き伏したり。われは詞はあらで、マリアの手を握りつ。

 われは寺院に往きてアヌンチヤタが爲めに祈祷し、又その墓に尋ね(まう)でつ。此地の瑩域(えいゐき)は、高き石垣もて水面(みのも)より築き起されたるさま、いにしへのノアが舟の洪水の上に(うか)べる如し。草むらの中に黒き十字架あまた立てるあたりに歩み寄れば、わが尋ぬる墓こそあれ。只是一片の石に、アヌンチヤタと彫り付けたり。一基の十字架の上に、緑の色の猶(あざやか)なる月桂(ラウレオ)の環を懸けたるは、ロオザとマリアとの手向(たむけ)なるべし。われは墓前に(ひざまづ)きて、亡人(なきひと)(おもかげ)をしのび、更に(かうべ)(めぐら)して情あるロオザとマリアとに謝したり。

   流離(さすらひ)

目次に戻る

目次