38話 即興詩人(38)
読み方を変える
その頃フアビアニ公子の書状屆きしに、文中公子のわがヱネチアに留まること四月の久しきに至るを怪み、強ひてにはあらねど、我にミラノ若くはジエノワに遊ばんことを勸めたる一節あり。われつら/\念ふやう。わが猶此地に留まれるは、そも/\何の故ぞや。此地にはげに兄弟に等しきポツジヨあり、姉妹に等しきロオザ、マリアあれど、是等の交は永遠なるべきものにあらず。中にも女友二人の如きは、相見るごとに我が悲哀の記憶を喚び醒すことを免れず。われは悲哀を懷いてヱネチアに來ぬ。而してヱネチアは更に我に悲哀を與へしなり。われは遽にヱネチアを去らんと欲する心を生じて、そを告げんために、市長の家をおとづれたり。
月光始めて渠水に落つるころほひ、我は二女と市長の家の廣間なる、水に枕める出窓ある處に坐し居たり。マリアはすでに一たび燈火を呼びしかど、ロオザがこの月の明きにといふまゝに、主客三人は猶月光の中に相對せり。マリアはロオザに促されて、穴居洞の歌を歌ひぬ。聲と情との調和好き此一曲は、清く軟かなる少女の喉に上りて、聞くものをして積水千丈の底なる美の窟宅を想見せしむ。ロオザ。この曲には音節より外、別に一種の玲瓏たる精神ありとはおぼさずや。われ。洵に宣給ふごとし。若し精神といふもの形體を離れて現ぜば、應に此詩の如くなるべし。マリア。生れながらに目しひなる子の世界の美を想ふも亦是の如し。ロオザ。さらば目開きての後に、實世界に對せば、初の空想の非なることを知るならん。マリア。實世界は空想の如く美ならず。されど又空想より美なるものなきにあらず。話頭は直ちにマリアが初め盲目なりし事に入りぬ。こはポツジヨが早く我に語りしところなれども、今はわれ二女の口より此物語を聞きつ。ロオザは弟の手術を讚め、マリアも亦その恩惠を稱へたり。マリアの云ふやう。目しひなりし時の心の取像ばかり奇しきは莫し。先づ身におぼゆるは日の暖さ、手に觸るゝは神社の圓柱の大いなる、霸王樹の葉の闊き、耳に聞くはさま/″\の人の馨音などなり。一の官能の闕くるものは、その有るところの官能もて無きところのものを補ふ。人の天青し、海青し、菫の花青しといふを聽きて、われは董の花の香を聞き、そのめでたさを推し擴めて、天のめでたかるべきをも海のめでたかるべきをも思ひ遣りぬ。視根の光明闇きときは、意根の光明却りて明なるものにやといふ。これを聞く我は、ララが髮にみし菫の花束と、ペスツム祠の圓柱とを憶ひ起すことを禁ずること能はざりき。話頭は轉じて自然の美に入り、ロオザは拿被里の山水の景の慕はしさを説き出せり。われはこの好機會を得て、ヱネチアを去る意を洩しつ。そは思ひも掛けぬ事かなとロオザ訝れば、さては最早再び此地には來給ふまじきかとマリア氣遣ふさまなり。否々、ミラノまで往かば、又此地を經て羅馬に還らんとこそ思ひ候へと我は答へつれど、實はまだこゝを立ちていづ方に往かんとも思ひ定めざりしなり。
わがヱネチアに別るゝ涙を見せしは、アヌンチヤタが墓とマリアが居間とのみなりき。墓に詣でゝは、石上に殘れる輪飾の一葉を摘みて、夾袋の中に藏めつ。われは此石の下に、唯だ一團の塵を留むるのみなるを知る、アヌンチヤタが魂の聖母の御許に在り、その影の我胸中に在りて、此石の下なる塵のわが執着すべき價あるものにあらざるを知る。されどわれは猶低徊して此方數尺の地を去ること能はざりき。市長の家に往きては一家の人々とポツジヨとの餞宴を受けたり。市長は三鞭酒の盃を擧げて別を告げ、ポツジヨはめぐる車の云々といふ旅の曲と、自由なる自然に遊ぶ云々といふ鳥の歌とを唱ひぬ。ロオザは、君若し妻を娶り給はゞ、偕に我家に來給へ、我は君が物語の中なる彼亡人を愛する如く、君の伴ひ來給はん其人をも愛せんといひ、マリアは唯だ、健かに樂しげにて、又我家をおとづれ給へといひぬ。
ポツジヨは例の「ゴンドラ」の舟にて、フジナまで送らんとて、我と共に立出づれば、ロオザとマリアとは出窓に立ちて、紛を打振りぬ。別に臨みてポツジヨは聲高く笑ひつゝ、許嫁の女極まらば、彼約束を忘るなといひぬ。われは、けふさる戲言いふことかはと戒めつゝも、心の中にその笑顏の涙を掩ふ假面なるをおもひて、竊に友の情誼に感じぬ。
車は情なくして走り、一堆の緑を成せるブレンタの側を過ぎ、垂楊の列と美しき別業とを見、又遠山の黛の如きを望みて、夕暮にパヅアに着きぬ。聖アントニウス寺の七穹窿は、恰も好し月光に耀けり。柱列の間には行人絡繹として、そのさまいと樂しげなれども、われは獨り心の無聊に堪へざりき。
白晝となりてより、我無聊は愈甚だしければ、又車を驅りてこゝを立ち、一の平原に入りぬ。緑草の鬱茂せるさまはポンチニイの大澤に讓らず。瀑布の如くなる大柳樹は古塚を掩ひ、所々に聖母の像を安じたる贄卓を見る。像の古りたるは色褪せて、これを圍める彩畫ある板壁さへ、半ば朽ちて地に委ねたれど、中には聖母兒の丹粉猶鮮かなるもなきにあらず。御者はその古きに逢ひては顧みだにせねど、その新なるを見るごとに、必ず脱帽して過ぐ。われはその何の心なるを知らずして、唯聖母の貴きすら、色褪せては人に崇めらるゝことなきを歎じたり。
ヰチエンツアを過ぎぬれど、パラヂオ(中興時代の名ある畫師)が美術も光明を我胸の闇に投ずること能はざりき。ヱロナは始て稍我心を動したり。石級のコリゼエオに似たるありて、幸に兵燹を免れ、人をして小羅馬に入る感あらしむ。柱列の間なる廣き處は、今税關となり、演戲場の中央には、板を列ね幕を張りて、假に舞臺を補理ひ、旅役者の興行に供せり。夜に入りて我は試に往きて看つ。ヱロナの市人の石榻に坐せるさまは、猶古のごとくにて、演ずる所の曲をば、「ラ、ジエネレントオラ」と題せり。役者の群は、ヱネチアにて見しアヌンチヤタが組なりき。アウレリアはこよひも此樂曲の主人公に扮したり。一張の「コントルバス」に氣壓さるゝ若干の管絃なれど、聽衆は喝采の聲を惜まざりき。趨りて場を出づれば、月光遍く照して一塵動かず、古の劇場の石壁石柱は然として、今の破れ小屋のあなたに存じ、廣大なる黒影を地上に印せり。
我はカプレツチイ第を訪ひぬ。昔カプレツチイ、モンテキイの二豪族相爭ひて、少年少女の熱情を遮り斷ちしに、死は能くその合ふべからざるものを合せ得たり。シエエクスピイアがものしつる「ロメオ、エンド、ジユリエツト」の曲即ち是なり。此第はロメオが初てジユリエツトに來り見えて共に舞ひし所にして、今は一の旅館となりぬ。われはロメオの夜な/\通ひけん石の階を踐みて、曾て盛に聲樂を張りてヱロナの名流をつどへしことある大いなる舞臺に上りぬ。闊き窓の下鋪板に達するまでに切り開かれたる、丹青目を眩したりけん壁畫の今猶微かに遺れるなど、昔の豪華の跡は思はるれど、壁の下には石灰の桶いくつともなく並べ据ゑられ、鋪板には芻秣、藁などちりぼひ、片隅には見苦しき馬具と農具との積み累ねられたるを見る。まことに榮枯盛衰のはかなきこと、夢まぼろしはものかは。さればこの假の世を、フラミニアの厭ひしも、アヌンチヤタの去りぬるも、なかなかに慰む方ありとやいふべき。
月の末にミラノに着きぬ。新に交を求めん心なければ、人の情の紹介幾通かありしを、一としてその宛名の家にとゞくることなかりき。一夜「ラ、スカラ」座に入りて樂曲を聽きたり。帷を垂れたる六層の觀棚も、積あまりに大いにして客常に少ければ、却りて我をして一種の寂寥と沈鬱とを覺えしめき。奏する所の曲は「タツソオ」にして、主なる女優はドニチエツチイといふものなりき。一折畢るごとに、客の喝采してあまたゝび幕の外に呼び出すを、愛らしき笑がほして謝し居たり。わが厭世の眼は、この笑の底におそろしき未來の苦惱の濳めるを見て、あはれ此美人目前に死せよ、さらば世間もこれが爲めに泣くことなか/\に少かるべく、美人も世を恨むことおのづから淺からんとおもひぬ。「バレツトオ」の舞には玉の如き穉き娘達打連れて踊りぬ。われはその美しさを見るにつけて、血を嘔くおもひをなしつゝ、悄然として場を出でたり。
ミラノの客舍の無聊は日にけにまさり行きて、市長の家族も、親友と稱せしポツジヨも我書に答ふることなかりき。われは或ときは蔭多き衢をそゞろありきし、或ときは一室に枯坐して新に戲曲の稿を起しつ。曲の主人公はレオナルドオ・ダ・ヰンチなりき。レオナルドオの住みしは此地なり。その不朽の名畫晩餐式はこゝに胚胎せしなり。その戀人の尼寺の垣内に隱れて、生涯相見ざりしは、わがフラミニアに於ける情と古今同揆なりとやいはまし。
われは日ごとにミラノの大寺院に往きぬ。此寺はカルララの大理石もて、人の力の削り成しし山ともいふべく、月あかき夜に仰ぎ見れば、皎潔雪を欺く上半の屋蓋は、高く碧空に聳えて、幾多の簷角、幾多の塔尖より石人の形の現れたるさま、この世に有るべきものともおもはれず。晝その堂内に入れば、採光の程度ほゞ羅馬の「サン、ピエトロ」寺に似て、五色の窓硝子より微かに洩るゝ日光は、一種の深祕世界を幻出し、人をして唯一の神こゝに在すかと觀ぜしむ。ミラノに來てより一月の後、我は始て此寺の屋上に登りぬ。日は石面を射て白光身を繞り、ここの塔かしこの龕を見めぐらせば、宛然立ちて一の大逵に在るごとし。許多の聖者獻身者の像にして、下より望み見るべからざるものは、新に我目前に露呈し來れり。われは絶頂なる救世主の巨像の下に到りぬ。ミラノ全都の人烟は螺紋の如く我脚底に畫かれたり。北には暗黒なるアルピイの山聳え、南には稍低き藍色のアペンニノ横はりて、此間を填むるものは、唯だ緑なる郊原のみ。譬へばカムパニアの野を變じて一の花卉多き園囿となしたらんが如し。われは眦を決して東のかたヱネチアを望みたるに、一群の飛鳥ありて、列を成してかなたへ飛び行くさま、一片の帛の風に翻弄せらるゝに似たり。われはマリアを憶ひ、ロオザを憶ひ、ポツジヨを憶へり。昔幼かりし時、母とマリウチアとに伴はれて、ネミの湖に往きしかへるさ、アンジエリカが我に物語りし事こそあれ。その物語は今我空想に浮び來ぬ。オレワアノにテレザといふ少女ありき。戀人なるジユウゼツペが山を踰えて北の國に往きしより、戀慕の念止むことなく、日を經るに從ひて痩せ衰へぬ。フルヰアの老媼はテレザの髮とその藏め居たりしジユウゼツペの髮とを銅銚に投じて、奇しき藥艸と共に煮ること數日なりき。ジユウゼツペは他郷に在りしが、我毛髮の彼銚中に入ると齊しく、今まで忘れ居つるテレザの慕はしくなりて、醒めては現に其聲を聞き、寢ねては夢に其姿を視、そぞろに旅のやどりを立出でゝ、おうなが銚の下に歸りぬといふ。ヱネチアには我髮を烹る銚あるにあらねど、わがこれを憶ふ情は、恰も幻術の力の左右するところとなれるが如くなりき。われ若し山國の産ならば、此情はやがて世に謂ふ思郷病なるべし。(歐洲人は思郷病は山國の民多くこれを患ふとなせり。)されど又ヱネチアのわが故郷ならぬを奈何せむ。われは悵然として此寺の屋上より降りぬ。
客舍に歸れば、卓上に一封の書あるを見る。こはポツジヨが許より來れるなり。これを讀むに、袂を分ちてより第二の書を作る云々と書せり。さらば友の初の一書は我手に入るに及ばずして失はれしなるべし。ヱネチアには何の變りたる事もあらねど、マリアは病に臥したり。その病のさま一時は性命をさへ危くすべくおもはれぬれど、今は早や恢復に近し。猶戸外には出でずとなり。末文には、例の戲言多く物して、まだミラノの少女に擒にせられずや、三鞭酒をな忘れそなど云へり。われは讀み畢りて、ポツジヨが滑稽の天性にして、世の人のそを假面と看做すことの謬れるを信ぜんとせり。さればこそ同じ無稽の巷説は、わがマリアを敬することロオザを敬すると殊ならざるを見ながら、謬りて我をもてマリアに戀するものとなすなれ。
われは消遣の爲めに市の外廓より出でゝ、武具の辻(ピアツツア、ダルミイ)を過ぎ、拿破崙の凱旋塔の下に至りぬ。世のいはゆるセムピオオネの門(ポルタ、セムピオオネ)とは是なり。塔は猶未だ其工事を終らず、板がこひを繞らして、これに格子戸を裝ひたり。戸より入りて見れば、新に大理石もて彫り成せる大いなる馬二頭地上に据ゑられ、青艸はほしいまゝに長じて趺石を掩はんと欲す。四邊には既に刻める柱頭あり、粗ごなししたる石塊あり。許多の工人は織るが如くに來往せり。
時に一の旅人ありて我を距ること數歩の處に立ち、手簿を把りて導者の言を記せり、年の頃は三十ばかりなるべし。胸には拿破里の勳章二つを懸けたり。此旅人の迫持の石柱を仰ぎ見るに及びて、我はそのベルナルドオなるを識りぬ。彼方も亦直ちに我を認め得つとおぼしく、何の猶豫ふさまもなく、我側に歩み寄りて我胸を抱き、めづらしきかな、アントニオ、われ等の相別れし夕は賑やかなりき、われ等は祝砲をさへ放ちたり、されど想ふに我等の友情は舊の如くなるべしといひぬ。我は肌の粟を生ずる心地しつゝ、纔に口を開きて、さてはベルナルドオなりしよ、圖らざりき、おん身と伊太利の北のはてなる、アルピイ山の麓にて相見んとはと答へつ。
我等は共に歩みて新劇場の邊に往き、轉じて市の廓に入りぬ。ベルナルドオは道すがら語りていふやう。汝は此地を指してアルピイ山の麓といへり。われはまことのアルピイの巓に登りて世界の四極を見たり。曩に拿破里に在りし時、獨逸の士官等の、瑞西の山水を説くを聞き、一たび往いて觀んことを願ふこと漸く切なるに、汽船もて達し易きジエノワを距ること遠くもあらぬを知れば、意を決して往くことゝしつ。シヤムニイの谿をも渡りぬ。モンブランの頂にも、ユングフラウの頂にも登りぬ。現にユングフラウは「ベルラ、ラガツツア」(美少女)なれど、かくまで冷かなる女子は復た有るべからず。これよりはジエノワに往きて、約束せし妻とその父母とを訪はんとす。もはや眞面目なる一家のあるじとならんも遠からぬ程なるべし。汝若し我が昔日の生涯を語らず、彼の馴るゝ小鳥の事、愛らしき歌妓の事などを祕せんと誓はゞ、われは汝を伴ひてジエノワに往くべし。いかに、三日の後に我と共に發足せずやといひぬ。われ。否々、我は明日此地を立たんとす。ベルナルドオ。そは何處へ往くにか。われ。ヱネチアに往くなり。ベルナルドオ。汝が漫遊の日程は、よも變更を容さぬにはあらざるべし。枉げて我言に從はずや。われはベルナルドオにかく説き勸められて、反復しておのれのヱネチアに往かざるべからざるを辯じ、果は自らこの漫然口を衝いて發せし語の、實にその故あるが如きを覺ゆるに至りぬ。
われは客舍に返りて、不可思議なる力に役せらるゝものゝ如く、倉皇我行李を整へ、あるじに明朝の發を告げたり。此夜は臥床に入れども、胸打ち騷ぎて熱を病むものゝ如く、眠をなさゞること久しかりき。翌朝ベルナルドオを訪ひて、我が爲めに善くその未來の妻に傳へんことを頼み聞え、忙はしく車を驅りてヱネチアに向ひぬ、二月前に去りしヱネチアに。
心疾身病