海城発電

8話

581字 約1分 2016年9月1日 公開

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 時にかの黒衣長身の人物は、ハタと煙管(きせる)を取落しつ、其方(そなた)を見向ける頭巾の(うち)に一双の(まなこ)爛々(らんらん)たりき。

 あわれ、看護員はいかにせしぞ。

 (おもて)の色は変えたれども、胸中無量の絶痛は、少しも挙動に(あら)わさで、渠はなおよく静を保ち、おもむろにその筒服(ズボン)を払い、頭髪のややのびて、白き額に垂れたるを、左手(ゆんで)にやおら掻上(かきあ)げつつ、(つくえ)の上に差置きたる帽を片手に取ると(ひと)しく、粛然と身を起して、

「諸君。」

 とばかり言いすてつ。

 海野と軍夫と、軍夫と、軍夫と、軍夫と、軍夫の(ひま)より、真白(まっしろ)く細き手の指の、のびつ、(かが)みつ、()れたるを、わずかに一目見たるのみ。靴音(かろ)く歩を移して、そのまま李花に辞し去りたり。かくて五分時を経たりし(のち)は、失望したる愛国の志士と、及びその腕力と、皆()く室を立去りて、暗澹(あんたん)たる孤燈の影に、李花のなきがらぞ(あお)かりける。この時までも目を放たで直立したりし黒衣の人は、濶歩坐中に(ゆる)(いで)て、燈火を仰ぎ李花()して、厳然として椅子に()り、卓子(ていぶる)片肱(かたひじ)附きて、眼光一(せん)鉛筆の(さき)(すか)し見つ。電信用紙にサラサラと、

 月 日  海城発

予は目撃せり。

日本軍の中には赤十字の義務を(まっとう)して、敵より感謝状を送られたる国賊あり。(しか)れどもまた敵愾心のために清国(てきこく)の病婦を(とら)えて、犯し辱めたる愛国の軍夫あり。委細はあとより。

じょん、べるとん

英国ロンドン府、アワリー、テレグラフ社編輯行(へんしゅうゆき)

明治二十九(一八九六)年一月

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