4話 四
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「居ない。」と呟くが如くにいって、そのまま通抜けようとする。
ト日があたって暖たかそうな、明い腰障子の内に、前刻から静かに水を掻廻す気勢がして居たが、ばったりといって、下駄の音。
「与吉さん、仕事にかい。」
と婀娜たる声、障子を開けて顔を出した、水色の唐縮緬を引裂いたままの襷、玉のような腕もあらわに、蜘蛛の囲を絞った浴衣、帯は占めず、細紐の態で裾を端折って、布の純白なのを、短かく脛に掛けて甲斐甲斐しい。
歯を染めた、面長の、目鼻立はっきりとした、眉は落さぬ、束ね髪の中年増、喜蔵の女房で、お品という。
濡れた手を間近な柳の幹にかけて半身を出した、お品は与吉を見て微笑んだ。
土間は一面の日あたりで、盤台、桶、布巾など、ありったけのもの皆濡れたのに、薄く陽炎のようなのが立籠めて、豆腐がどんよりとして沈んだ、新木の大桶の水の色は、薄ら蒼く、柳の影が映って居る。
「晩方又来るんだ。」
お品は莞爾しながら、
「難有う存じます、」故と慇懃にいった。
つかつかと行懸けた与吉は、これを聞くと、あまり自分の素気なかったのに気がついたか、小戻りして真顔で、眼を一ツ瞬いて、
「ええ、毎度難有う存じます。」と、罪のない口の利きようである。
「ほほほ、何をいってるのさ。」
「何がよ。」
「だってお前様はお客様じゃあないかね、お客様なら私ン処の旦那だね、ですから、あの、毎度難有う存じます。」と柳に手を縋って半身を伸出たまま、胸と顔を斜めにして、与吉の顔を差覗く。
与吉は極の悪そうな趣で、
「お客様だって、あの、私は木挽の小僧だもの。」
と手真似で見せた、与吉は両手を突出してぐっと引いた。
「こうやって、こう挽いてるんだぜ、木挽の小僧だぜ。お前様はおかみさんだろう、柳屋のおかみさんじゃねえか、それ見ねえ、此方でお辞儀をしなけりゃならないんだ。ねえ、」
「あれだ、」とお品は目を《みは》って、
「まあ、勿体ないわねえ、私達に何のお前さん……」といいかけて、つくづく瞻りながら、お品はずッと立って、与吉に向い合い、その襷懸けの綺麗な腕を、両方大袈裟に振って見せた。
「こうやって威張ってお在よ。」
「威張らなくッたって、何も、威張らなくッたって構わないから、父爺が魚を食ってくれると可いけれど、」と何と思ったか与吉はうつむいて悄れたのである。
「何うしたんだね、又余計に悪くなったの。」と親切にも優しく眉を顰めて聞いた。
「余計に悪くなって堪るもんか、この節あ心持が快方だっていうけれど、え、魚気を食わねえじゃあ、身体が弱るっていうのに、父爺はね、腥いものにゃ箸もつけねえで、豆腐でなくっちゃあならねえッていうんだ。え、おかみさん、骨のある豆腐は出来まいか。」と思出したように唐突にいった。