三尺角

4話

1,125字 約2分 2016年7月1日 公開

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「居ない。」と(つぶや)くが如くにいって、そのまま通抜(とおりぬ)けようとする。

 ト日があたって(あたた)たかそうな、(あかる)腰障子(こししょうじ)の内に、前刻(さっき)から静かに水を掻廻(かきまわ)気勢(けはい)がして居たが、ばったりといって、下駄(げた)の音。

「与吉さん、仕事にかい。」

 と婀娜(あだ)たる声、障子を開けて顔を出した、水色の唐縮緬(とうちりめん)引裂(ひっさ)いたままの(たすき)、玉のような(かいな)もあらわに、蜘蛛(くも)()(しぼ)った浴衣(ゆかた)、帯は()めず、細紐(ほそひも)(なり)(すそ)端折(はしょ)って、布の純白なのを、短かく(はぎ)に掛けて甲斐甲斐(かいがい)しい。

 歯を染めた、面長(おもなが)の、目鼻立(めはなだち)はっきりとした、(まゆ)(おと)さぬ、(たば)(がみ)中年増(ちゅうどしま)、喜蔵の女房で、お(しな)という。

 ()れた手を間近(まぢか)な柳の幹にかけて半身(はんしん)を出した、お品は与吉を見て微笑(ほほえ)んだ。

 土間(どま)は一面の日あたりで、盤台(はんだい)(おけ)布巾(ふきん)など、ありったけのもの皆濡れたのに、薄く陽炎(かげろう)のようなのが立籠(たちこ)めて、豆腐がどんよりとして沈んだ、新木(あらき)の大桶の水の色は、(うす)(あお)く、柳の影が映って居る。

晩方(ばんがた)(また)来るんだ。」

 お品は莞爾(にっこり)しながら、

難有(ありがと)う存じます、」(わざ)慇懃(いんぎん)にいった。

 つかつかと行懸(ゆきか)けた与吉は、これを聞くと、あまり自分の素気(そっけ)なかったのに気がついたか、小戻(こもど)りして真顔(まがお)で、眼を一ツ(しばだた)いて、

「ええ、毎度難有う存じます。」と、罪のない口の利きようである。

「ほほほ、何をいってるのさ。」

「何がよ。」

「だってお前様(まえさん)はお客様じゃあないかね、お客様なら(わたし)(ところ)旦那(だんな)だね、ですから、あの、毎度難有う存じます。」と柳に手を(すが)って半身を伸出(のびで)たまま、胸と顔を斜めにして、与吉の顔を差覗(さしのぞ)く。

 与吉は(きまり)の悪そうな(おもむき)で、

「お客様だって、あの、私は木挽(こびき)の小僧だもの。」

 と手真似(てまね)で見せた、与吉は両手を突出(つきだ)してぐっと引いた。

「こうやって、こう挽いてるんだぜ、木挽の小僧だぜ。お前様(まえさん)はおかみさんだろう、柳屋のおかみさんじゃねえか、それ見ねえ、此方(こっち)でお辞儀(じぎ)をしなけりゃならないんだ。ねえ、」

「あれだ、」とお品は目を《みは》って、

「まあ、勿体(もったい)ないわねえ、私達に何のお前さん……」といいかけて、つくづく(みまも)りながら、お品はずッと立って、与吉に向い合い、その襷懸(たすきが)けの綺麗(きれい)な腕を、両方大袈裟(おおげさ)に振って見せた。

「こうやって威張(いば)ってお(いで)よ。」

「威張らなくッたって、何も、威張らなくッたって構わないから、父爺(ちゃん)が魚を食ってくれると()いけれど、」と何と思ったか与吉はうつむいて(しお)れたのである。

()うしたんだね、又余計に悪くなったの。」と親切にも優しく眉を(ひそ)めて聞いた。

「余計に悪くなって(たま)るもんか、この(せつ)心持(こころもち)快方(いいほう)だっていうけれど、え、魚気(さかなっけ)を食わねえじゃあ、身体(からだ)が弱るっていうのに、父爺はね、(なまぐさ)いものにゃ(はし)もつけねえで、豆腐でなくっちゃあならねえッていうんだ。え、おかみさん、骨のある豆腐は出来まいか。」と思出(おもいだ)したように唐突(だしぬけ)にいった。

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