少年探偵団

1話 黒い魔物

2,998字 約6分 2016年4月23日 公開

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 そいつは全身、墨を塗ったような、おそろしくまっ黒なやつだということでした。

「黒い魔物」のうわさは、もう、東京中にひろがっていましたけれど、ふしぎにも、はっきり、そいつの正体を見きわめた人は、だれもありませんでした。

 そいつは、暗やみの中へしか姿をあらわしませんので、何かしら、やみの中に、やみと同じ色のものが、もやもやと、うごめいていることはわかっても、それがどんな男であるか、あるいは女であるか、おとななのか子どもなのかさえ、はっきりとはわからないのだということです。

 あるさびしいやしき町の夜番のおじさんが、長い黒板塀(くろいたべい)の前を、例のひょうし木をたたきながら歩いていますと、その黒板塀の一部分が、ちぎれでもしたように、板塀とまったく同じ色をした人間のようなものが、ヒョロヒョロと道のまんなかへ姿をあらわし、おじさんのちょうちんの前で、まっ白な歯をむきだして、ケラケラと笑ったかと思うと、サーッと黒い風のように、どこかへ走りさってしまったということでした。

 夜番のおじさんは、朝になって、みんなにそのことを話して聞かせましたが、そいつの姿が、あまりまっ黒なものですから、まるで白い歯ばかりが宙にういて笑っているようで、あんなきみの悪いことはなかったと、まだ青い顔をして、さも、おそろしそうに、ソッと、うしろをふりむきながら、話すのでした。

 あるやみの晩に、隅田川(すみだがわ)をくだっていたひとりの船頭が、自分の船のそばにみょうな波がたっているのに気づきました。

 星もないやみ夜のことで、川水は墨のようにまっ黒でした。ただ()が水を切るごとに、うす白い波がたつばかりです。ところが、その櫓の波とはべつに、船ばたにたえず、ふしぎな白波がたっていたではありませんか。

 まるで人が泳いでいるような波でした。しかし、ただ、そういう形の波が見えるばかりで、人間の姿は、少しも目にとまらないのです。

 船頭は、あまりのふしぎさに、ゾーッと背すじへ水をあびせられたような気がしたといいます。でも、やせがまんをだして、大きな声で、その姿の見えない泳ぎ手に、どなりつけたということです。

「オーイ、そこに泳いでいるのは、だれだっ。」

 すると、水をかくような白い波がちょっと止まって、ちょうど、その目に見えないやつの顔のあるへんに、白いものがあらわれたといいます。

 よく見ると、その白いものは人間の前歯でした。白い前歯だけが、黒い水の上にフワフワとただよって、ケラケラと、例のぶきみな声で笑いだしたというのです。

 船頭は、あまりのおそろしさに、もうむがむちゅうで、あとをも見ずに船をこいで逃げだしたということです。

 また、こんなおかしい話もありました。

 ある月の美しい晩、上野(うえの)公園の広っぱにたたずんで、月をながめていた、ひとりの大学生が、ふと気がつくと、足もとの地面に、自分の影が黒々とうつっているのですが、みょうなことに、その影が少しも動かないのです。いくら首をふったり、手を動かしたりしても、影のほうは、じっとしていて身動きもしないのです。

 大学生は、だんだんきみが悪くなってきました。影だけが死んでしまって動かないなんて、考えてみればおそろしいことです。もしや自分は気でもちがったのではあるまいかと、もうじっとしていられなくなって、大学生は、いきなり歩きはじめたといいます。

 すると、ああ、どうしたというのでしょう、影はやっぱり動かないのです。大学生が、そこから三メートル、五メートルとはなれていっても、影だけは少しも動かず、もとの地面に、よこたわっているのです。

 大学生は、あまりのぶきみさに、立ちすくんでしまいました。そして、いくら見まいとしても、きみが悪ければ悪いほど、かえってその影を、じっと見つめないではいられませんでした。

 ところが、そうして見つめているうちに、もっとおそろしいことがおこったのです。その影の顔のまんなかが、とつぜん、パックリとわれたように白くなって、つまり影が口をひらいて、白い歯をみせたのですが、そして、例のケラケラという笑い声が聞こえてきたのです。

 みなさん、自分の影が歯をむきだして笑ったところを想像してごらんなさい。世の中にこんなきみの悪いことがあるでしょうか。

 さすがの大学生も、アッとさけんで、あとをも見ずに逃げだしたということです。

 それがやっぱり、例の黒い魔物だったのです。あとで考えてみますと、大学生は月に向かっていたのですから、影はうしろにあるはずなのを、目の前に、黒々と人の姿がよこたわっていたものですから、つい、わが影と思いあやまってしまったのでした。

 そういうふうにして、黒い魔物のうわさは、日一日と高くなっていきました。

 やみの中からとびだしてきて、通行人の首をしめようとしたとか、夜、子どもがひとりで歩いていると、まるで黒いふろしきのように子どもをつつんで、地面をコロコロころがっていってしまうとか、種々さまざまのうわさが伝えられ、怪談は怪談をうんで、若い娘さんや、小さい子どもなどは、もうおびえあがってしまって、けっして夜は外出しないほどになってきました。

 この魔物は、むかしの童話にある、かくれみのを持っているのと同じことでした。かくれみのというのは、一度そのみのを身につけますと、人の姿がかき消すように見えなくなって、人中で何をしようと思うがまま、どんな悪いことをしても、とらえられる気づかいがないという、ちょうほうな魔法なのですが、黒い魔物は、それと同じように、やみのなかにとけこんで、人目をくらますことができるのでした。

 インド人や南洋の土人の黒さは、ほんとうの黒さではありません。その魔物のからだは、どんな濃い墨よりも、もっと黒く、黒さが絶頂にたっして、ついに人の目にも見えぬほどになっているのにちがいありません。

 黒い魔物は、やみの中や、黒い背景の前では、忍術使いも同様です。どんないたずらも思うがままです。もしそいつが、何かおそろしい悪事をたくらんだならどうでしょう。悪いことをしておいて、とらえられそうになったら、いきなり、やみの中へとけこんで、姿を消してしまえばいいのですから、こんなやさしいことはありません。また、とらえるほうにしてみれば、こんなこまった相手はないのです。

 黒い魔物とは、はたして何者でしょうか。男でしょうか、女でしょうか、おとなでしょうか、子どもでしょうか。そしてまた、このえたいのしれぬ黒い影法師は、いったい何をしようというのでしょう。ただ黒板塀からとびだしたり、黒い水の中を泳いだり、人の影になって地面によこたわったりする、むじゃきないたずらをして喜んでいるだけでしょうか。いやいや、そうではありますまい。きゃつは、何かしら、とほうもない悪事をたくらんでいるのにちがいありません。いったいぜんたい、どのような悪事をはたらこうというのでしょうか。

 この悪魔を向こうにまわしてたたかうものは、小林(こばやし)少年を団長とする少年探偵団です。十人の勇敢(ゆうかん)な小学生によって組織せられた少年探偵団、団長は明智(あけち)探偵の名助手として知られた小林芳雄(よしお)少年、その小林少年の先生は、いうまでもなく大探偵明智小五郎(こごろう)です。

 日本一の私立名探偵と、その配下の少年探偵団、相手は、お化けのような変幻自在の黒怪物、ああ、このたたかいが、どのようにたたかわれることでしょう。

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