21話 きみが二十面相だ!
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大鳥氏はびっくりして、キョロキョロと部屋の中を見まわしました。しかし、賊の姿などどこにも見あたりません。
「ハハハ……、ごじょうだんを。ここにはわしたち四人のほかには、だれもいないじゃありませんか。」
いかにも、戸をしめきった十畳の座敷には、主人の大鳥氏と、老支配人の門野と明智探偵と小林少年の四人のほかには、だれもいないのです。いったい明智は何をいっているのでしょう。頭がどうかしているのではないでしょうか。
「そうです。ここには、われわれ四人だけです。しかし、二十面相はやっぱりこの部屋にいるのです。」
「先生、あなたのおことばは、わたくしどもにはさっぱりわけがわかりません。もっとくわしくおっしゃっていただけませんでございましょうか。」
しらがの老支配人は、オドオドしながら、探偵にたずねました。
「ほう、あなたにもまだわからないのですか。で、あなたは二十面相がどこにいるか、ききたいとおっしゃるのですね。それを言ってもいいですか。」
明智は老支配人の顔をじっと見つめてから、意味ありげにいいました。
「エッ、なんとおっしゃいます?」
門野老人は、なぜかギョッとしたように探偵を見かえしました。
「だれが二十面相だか、すっぱぬいてもかまわないというのですか。」
明智の目に、電光のようなはげしい光がかがやき、グッと相手をにらみつけました。老支配人はその眼光に射すくめられでもしたように、返すことばもなく、思わず目を伏せました。
「ハハハ……、おい、二十面相、よくも化けたねえ。まるで六十の老人そっくりじゃないか。だが、ぼくの目をごまかすことはできない。きみだ! きみが二十面相だ!」
「と、とんでもない。そ、そんなばかなことが……。」
門野支配人はまっさおになって、弁解しようとしました。
主人の大鳥氏も、それにことばをそえます。
「明智先生、それは何かのお思いちがいでしょう。この門野は親の代からわしの店につとめている律義者です。この男が二十面相だなんて、そんなはずはございません。」
「いや、あなたは、二十面相が変装の大名人であることを、おわすれになっているのです。なるほど、ほんとうの門野君は律義な番頭さんでしょう。しかし、この男は門野君ではありません。あの予告があってからまもなく、二十面相はほんとうの門野君をある場所に監禁して、自分が門野君に化けすまし、お店に出勤していたのです。
いや、お店に出勤していたばかりではありません。門野君の自宅へも、ずうずうしく毎晩帰っていた。家族の人たちでさえ、それを少しも気づかなかったのです。」
ああ、そんなことがありうるのでしょうか。今、目の前に立っている老人は、どう見ても門野支配人とそっくりです。どこに一つ、あやしい個所はありません。いったい、それほどたくみな変装ができるものでしょうか。
一同があっけにとられて、明智探偵の顔を見つめている、ちょうどそのときでした。ああ、またしても、どこからともなく、あのおそろしい声が聞こえてきたではありませんか。
「フフフ……、明智先生も老いぼれたもんだねえ。二十面相をとりにがした苦しまぎれに、何も知らない老人に罪を着せようなんて……。おい、先生、目をあけて、よく見るがよい。おれはここにいるんだぜ。二十面相はここにいるんだぜ。」
ああ、なんという大胆不敵、賊はまだこの部屋のどこかにかくれているのでしょうか。
「先生、あれです。あれが二十面相です。やっぱり天井から聞こえてくる。ね、おわかりでしょう。門野君じゃございません。門野君は二十面相じゃございません。」
大鳥氏は、恐怖にたえぬもののように、ソッと天井を指さしながら、ささやくのでした。
しかし、明智探偵は少しもさわぎません。口をつぐんだまま、じっと大鳥氏を見かえしています。
と、とつじょとして、どこからともなく、まったく別の声がひびいてきました。
「おいおい、子どもだましはよしたまえ。
ぼくが腹話術を知らないとでも思っているのか。ハハハ……。」
大鳥氏はそれを聞いて、ゾッとふるえあがってしまいました。ああ、なんというふしぎなことでしょう。それはまぎれもなく明智探偵の声でした。天井から明智の声がひびいてきたのです。しかも、当の探偵は目の前に、じっと口をつぐんですわっています。まるで魔法使いです。明智探偵が、とつじょとしてふたりになったとしか考えられないのです。
「おわかりになりましたか、ご主人。これが腹話術というものです。口を少しも動かさないでものをいう術です。今のようにぼくがこうして口をふさいでものをいうと、まるでちがった方角からのように聞こえてくるのです。天井と思えば天井のようでもあり、床下と思えば床下からのようにも聞こえます。おわかりになりましたか。」
今こそ、大鳥氏にもいっさいが明白になりました。腹話術というものがあることは、大鳥氏も話に聞いていました。さいぜんからの声が、みんな腹話術であったとすれば、すっかりつじつまがあるのです。天井や床下などをあれほどさがしても、二十面相の姿が発見されなかったわけが、よくわかるのです。それでは、やっぱり二十面相は門野老人に化けているのでしょうか。
大鳥氏はまだ半信半疑のまなざしで、じっと門野老人を見つめました。門野老人はまっさおになっています。しかし、まだへこたれたようすは見えません。顔いっぱいにみょうなにが笑いをうかべて、何かいいだしました。
「腹話術ですって、おお、どうしてわたくしが、そんな魔法をぞんじておりましょう。明智先生、あんまりでございます。このわたくしがおそろしい二十面相の賊だなんて、まったく思いもよらぬ、ぬれぎぬでございます。」
ところが、この老人のことばが終わるか終わらぬに、部屋の板戸を、外からトントンとたたく音が聞こえてきました。
「だれだね。用事ならあとにしておくれ。今はいって来ちゃいけない。」
大鳥氏が大声にどなりますと、板戸の外に意外な声が聞こえました。
「わたくしでございます。門野でございます。ちょっと、ここをおあけくださいませ。」
「エッ、門野だって? きみは、ほんとうに門野君か。」
大鳥氏は仰天して、あわただしく板戸をひらきました。すると、おお、ごらんなさい、そこにはまぎれもない門野支配人が、やつれた姿で立っていたではありませんか。
「だんなさま。じつに申しわけございません。賊のためにひどいめにあいまして、つい先ほど、明智先生に助けだしていただいたのでございます。」
門野老人はわびごとをしながら、部屋の中のもうひとりの門野を見つけ、思わずさけびました。
「アッ、あんたはいったい何者じゃ!」
なんというふしぎな光景だったでしょう。いや、ふしぎというよりも、ゾーッと総毛立つような、なんともいえぬおそろしいありさまでした。そこには、まるで鏡に写したように、まったく同じ顔のふたりの老人が、敵意に燃える目でにらみあって、立ちはだかっていたのです。おそろしい夢にでもうなされているような光景ではありませんか。
だれひとり、ものをいうものもなければ身動きするものもありません。数十秒のあいだ、映画の回転がとつぜん止まったような、ぶきみな静止と沈黙がつづきました。
その静けさをやぶったのは、五人のうちのだれかがはげしい勢いで動きだしたのと、それから、少女の洋服を着ている小林少年が、
「アッ、先生、二十面相が!」
とさけぶ、けたたましい声とでありました。
さすがの二十面相も、ほんものの門野支配人があらわれては、もう運のつきでした。いかにあらそってみても勝ちみがないとさとったのでしょう。彼はやにわに畳をあげたままになっていた床下へとびおりました。そして、そこにかがんで何かしているなと思ううち、とつじょとして、まったく信じがたい奇怪事がおこったのです。
ふしぎ、ふしぎ、アッと思うまに、にせ支配人の姿が、まるで土の中へでも、もぐりこんだように、消えうせてしまいました。
またしても、二十面相は魔法を使ったのでしょうか。彼はやっぱり、何かしら気体のようなものに化ける術をこころえていたのでしょうか。