25話 二つの繪 最後の會話
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「君、金はいらないかねえ、」
ぶらつと僕の部屋に顏をだした芥川はさう言つてにやにやしながら突つたつてゐた。
「口止料みたいな金は俺はいらないや、」
「死ぬんなら死ぬで俺はいいよ、」
やるな、と思つた僕はさう吐きだした。
「まあいいや、」
芥川は顏を顰めてかなしい顏で笑つて僕の前に坐つた。てれてにやにやしてゐる。
「僕は、――君は僕の母の生まれかはりではないかと思ふよ、」
――何秒か默つてゐた僕をみて芥川はかういつて、義足をはづして坐つてゐた僕の膝に手をかけた。芥川が女であるならば、かう言つて彼女は縋りついたと僕は書くであらうが、縋られて僕は困つた。(僕の生まれた日は芥川の母の命日に當るといふ、芥川は鵠沼でも幾度かこの言葉を繰返してゐた。)
「ここにかうやつてゐると氣がしづまるよ、」
さう言つて汚ない疊の上に仰のけにころげてゐた芥川は
「ちよつとでいいから觸らせておくれよ、」
「たのむから僕にその足を撫でさせておくれよ、」
と體をのばして僕の切斷されたはうの足に手をかけ、「君の暮しは羨ましいなあ、」とため息をしてゐた。僕は芥川にさう言はれるといつもかなしかつた。
二十四日の朝に芥川は冷たくなつてしまつた。芥川が僕の足を撫でて歸つたのは二十一日、十八日にもきて、五十圓の金を座布團の下にいれて歸つていつてる。金の事では決して人に頭をさげるなと言つて僕の不足を補つてくれてゐた芥川であつたから、十八日の五十圓には變と思はなかつたが、僅か二、三日しかたつてゐない二十一日にまた金をくれようでその瞬間芥川の死を感じた。僕は帝國ホテルのときの小穴隆一君へと封筒に書いてあつた「或阿呆の一生」の原稿のことと、ホテルで、「ここに二百圓ばかり持つてゐる。この金のなかの半分を封筒にいれて、それと、なほ手紙を書いて君に言渡しておかうと思つて、ちやうどそれを書きかけてゐたところだつた。麻素子さんがこなければこないでいい、一人で死なうと思つてゐたよ。」と言つてゐたことを思ひあはせて、まとまつた金を持つてきてゐるらしい芥川に僕は芥川の死を感じてしまつた。
「僕はほんとに君が羨ましいよ。」
芥川はまた仰のけになつてひとりごとのやうに言つてゐた。
「死ぬといふことは君はどう思つてゐるのかねえ、」
「腹の中のほんたうのことを言つてくれないか、」
「生きてゐてたのしい事もなからうし、いつしよに死んでしまつたらどうかねえ、」
芥川は今度は起きなほつて坐りなほしてからさう言つてゐた。
「俺は死ぬのはいやだよ、生きてゐることが死ぬことよりも恥辱の場合であれば死ぬさ、僕の場合では死ぬはうが生きてゐることよりはまだ恥だ。俺はまだこのままで死ぬのはいやだよ」
ぶつきらぼうに僕は言つてしまつた。
「ああ! それはほんたうの事だ、生きてることが、死ぬことよりも恥である場合は――ほんたうだ。」
「ほんたうだ、ほんたうだ、確かに君の言ふそれはほんたうだよ。」
さう言つて頭を抱へてころぶ目の前の芥川を、かなしく冷やかに僕はみてゐた。僕はそのときの非人情な僕の言葉を、なぜさう言つてしまつたかと今日でも申譯なく思つてゐる。
七月二十二日、金曜日である。
不幸があつて大阪から上京してゐた水上の兄が晝間きて、弟が世話になつた禮を芥川によろしく言つてくれと言つてゐた。僕は田端驛の崖上にあつた「藪」で蕎麥を食つて水上の兄と別れて、夕日があたつてゐる芥川の家に立寄ると、先客に下島がゐた。この二十二日のことは下島の「芥川龍之介氏終焉の前後」昭和二年の文藝春秋九月號に載つてゐるが、芥川が僕には、どうせ西の方だと言つてゐるのに、下島へは明日か明後日頃鵠沼へと言つてゐる。下島が書いてゐるものだとその日の氣温は、華氏の九十五度といふ本夏最高のレコードを示した實に暑苦しい日であつた、となつてゐるが、下島が歸つたあとの芥川は、「また、死ぬ話にしようや、」のひそひそ話になつた芥川であつた。毎日のやうに會つてゐて、おなじ話になる、その話も途絶えたときに、僕は冷たい部屋をしみじみみまはした。さうしていま、華氏九十五度といふ日の夜とどう思ひすましてみても思へない、さぶさぶとしたぞつとしたものを感じてきて、僕は四、五尺離れて坐りなほした芥川の顏をまともにみることができなくなつてしまつてた。
芥川がなにか聞えぬことを口をもごもご動かして言つて僕に笑ひかけた、それで僕は「わつ!」といひ、「俺はもうだめだ、」と言つて立上つてしまつた。僕が芥川の手をふりはらつて梯子段に足をかけたとき、芥川は引き戻さうと無言で肩に手をかけた。僕がまたその手のしたをすりぬけて梯子段の踏板を掴んだときには、「こどもを頼むよ、」と輕く肩を抑へてから、身をひるがへして部屋に戻つた。ぱちんと電氣を消す音を聞きながら僕は梯子段をすべり落ちるやうにおりてしまつた。出合頭に唐紙が開いて芥川の家族達の顏をみたが、「もうだめです、」「僕はもうだめです、」と僕は顏で二階のはうをさして夢中で下宿に歸つて布團のなかにもぐりこんでしまつて「なに、いつものなんで、大丈夫ですよ、」と言つてゐた芥川夫人と葛卷の聲をたよりに、明日またのぞいてみようと思ひながら、二十三日はこはくてどうしてもゆけず一日宿にころがつてゐた。
僕はいつきに梯子段を飛びおりたと前には書いてゐたが、義足では實際にさうはならず、そのとき「もうだめです、」と大きい聲で言つたつもりの僕の言葉もただ、わあ、わあいふ聲に家の人には聞えてゐたのかも知れない。芥川は電氣を消した暗いなかで泣いてゐたのであらうと思ふ。