崩れる鬼影

4話 崩れる鬼影(4)

7,375字 約15分 2005年12月6日 公開

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 しかしながら(こわ)いもの見たさという(たと)えのとおり、私はこわごわそッと目を()いてみました。すると、ああ、なんという不思議なことでしょう。猛然(もうぜん)突進(とっしん)していった(はず)の機関車が、急に速力も(おとろ)え、やがて反対にジリジリと後へ下ってくるのでありました。見ると、驚いたことに例の二人の怪人が、機関車の前に立って後へ押しかえしているのです。なんという恐ろしい力でしょう。それは到底(とうてい)人間業(にんげんわざ)とは思われません。機関車はあえぎつつ、ジリジリと下ってくる一方です。

 そのときピピーッと汽笛が鳴ると、こんどは機関車の方が優勢になったものか、逆に向うへジリジリと押しかえしてゆきます。怪人は機関車の前に(かじ)りついたまま押しかえされてゆきます。まるで怪人と機関車の力較(ちからくら)べです。しかし私はそのとき、変な事を発見しました。それは怪人の足が地上についていないということです。地上に足がつかないでいて、どうしてあのような力が出せるのでしょう。これは一向(いっこう)()()ちません。

「もしや……」

 とそのとき気のついた私は、探照灯の光の下に、尚も怪人の身体を仔細(しさい)に注意して見ました。

「おお、思ったとおりだッ」

 私は思わず大きい声を立てました。怪人の身体は機関車にピタリと密着していないのです。怪人の身体と機関車との間には、三十センチほどの間隙(かんげき)があきらかに認められました。前に兄が谷村博士邸で、天井に(さかさ)にぶら下っていたとき、私は下から洋書を投げつけたことがあります。あのとき、どうしたものか、投げた洋書は兄の身体に当らずして、いつも三十センチほど手前でパッと()ねかえるのでした。何か兄の身体の上に三十センチほどの厚さのものが(おお)っている――としか考えられない有様(ありさま)でした。あとから兄に聞いたところによれば、あのとき兄は化物に胴中(どうなか)をギュッと締められているように感じたという話でした。

 では、この場合、あの機関車を後へ押しているのは、あの怪人だけではなく、あの怪人に(まと)いついている化物の仕業(しわざ)ではありますまいか。イヤそうに違いありません。やっぱりあの化物です。しかし化物がどうして怪人と力を合わせているのでしょうか。

「何が思ったとおりだ」と兄が(たず)ねました。

「やっぱりあの化物が機関車を前から押しかえしているのですよ」

「ほう、お前にそれが解るか」

 私はそのわけをこれこれですと、手短(てみじ)かに兄に話をしてきかせました。

 ジリジリと機関車は(なお)も怪人を押しかえしてゆきました。そして機関車はとうとう、隧道(トンネル)の入口にさしかかりました。それでも機関車はグングン押してゆきます。怪人の姿は全く見えなくなりました。隧道の中に隠れてしまったのです。

 そうこうしているうちに、突如(とつじょ)として耳を破るような轟然(ごうぜん)たる大音響(だいおんきょう)がしました。同時に隧道の入口からサッと大きな火の(かたまり)(ほう)りだされたように感じました。

 グォーッ。ガラガラガラガラ。

 天地も崩れるような物音とはあのときのことでしょう。私の耳はガーンといったまま、(しばら)くはなにも聞こえなくなってしまいました

隧道(トンネル)の爆発だッ」

「入口が崩れたッ」

 という人々の立ち騒ぐ物声が、(かす)かに耳に入ってきました。どうしたというのでしょう。

「うわーッ。逃げてきた逃げてきた」

「警官も鉄道の連中も、要領(ようりょう)がいいぞオ」

 そんな声も聞えます。

「あまりに乱暴じゃないですか。東京方面へ列車が出ませんよ」

 と抗議しているのはどうやら兄らしいです。

「いや仕方が無い。報告の内容から()して考えると、ああするより(ほか)に道はないのです。むしろ思い切って決行したところを()めてやって下さい。なにしろ化物は完全に隧道の中に生き埋めだ」

「隧道の向うが()いているでしょう」

「なに(かも)(みや)の方の入口も、あれと同時に爆発して完全に閉じてしまったのです。化け物は(ふくろ)(ねずみ)です。もうなかなか出られやしません」と白木警部は一人で感心していました。

 後で(くわ)しく聞いた話ですけれど、二人の怪人の戦慄(せんりつ)すべき暴行について、小田原署の署長さんは一()(だい)の智慧をふりしぼって、あの非常手段をやっつけたのでした。その(まま)放って置けば、あの怪人や化物は何をするか判らないのです。お(しま)いには東京の方へ飛んでいって空襲(くうしゅう)よりもなお(おそ)ろしい惨禍(さんか)()きちらすかも知れません。そんなことがあっては一大事です。署長さんは、あの怪人の背後に、例の化物団(ばけものだん)が居ると見て、これを釣り出すために機関車隊を編成させ、力較(ちからくら)べをさせたのです。恐さを知らぬ化物団は、勝っているうちはよかったが、力負けがしてくると大焦(おおあせ)りに焦って、大真面目(おおまじめ)に機関車を後へ押し返そうと皆で揃ってワッショイワッショイやっているうちに、いつの間にか隧道の中へ()()められたのです。それに夢中になっている間に、爆破隊が例の入口封鎖(ふうさ)を見事にやってのけました。むろん機関車にのっていた警官や乗務員連中は爆破の前に車から飛び降りて、安全な場所までひっかえしてきたわけでありました。

 こうして正体の解らない化物は封鎖されてしまった形ですが、こんなことで大丈夫でしょうか。化物はもう残っていないのでしょうか。残っていたら、それこそ大変です。それから気にかかるのは、谷村博士と黒田警官の行方(ゆくえ)です。それも今夜は(たず)ねようがありません。

 警備の人々は帽子を()いでホッと溜息(ためいき)()らしました。そして道傍(みちばた)にゴロリと横になると、積り積った疲労が一時に出て、間もなく皆は(どろ)のような熟睡(じゅくすい)に落ちました。

   山頂(さんちょう)(かい)

 警備の人達の苦労を()らぬ()に、いくばくもなく東の空が白んできました。生き残った雄鶏が元気なときをつくると、やがて夜はほのぼのと明け放れました。

「やあ」

「やあ」

 目醒(めざ)めた警備の人々は、相手の真黒に汚れた顔を見てふきだしたい位でした。(まぶた)()れあがり、眼は真赤に充血し、顔の色は土のように色を失い、血か泥かわからぬようなものが、あっちこっちに附着(ふちゃく)していました。しかしそれは自分の顔のよごれ方と同じであったのですが、始めは気がつきませんでした。

化物(ばけもの)はどうしたな、オイ巡視(じゅんし)だッ」白木警部の呶鳴(どな)る声がしました。

 私もその声に、ハッキリと目が()めました。ハッと思って(そば)を見ると、一緒にいた筈の兄の荘六(そうろく)の姿が見えません。

「兄さん――」

 呼んでみても、誰も返事をする者がありません。

「もしもし、兄を知りませんか」

「帆村君かネ」と警部さんも(いぶか)しそうにあたりを振りかえってみました。「そこにいたと思ったが、見えないネ」

 私は急に不安になりました。

 警部さんは巡視隊(じゅんしたい)編成(へんせい)すると、勇しく先頭に立って歩きはじめました。

「私も連れていって下さい」

「ああ、恐ろしくなければ、ついて来給(きたま)え」

 そういって()れたので、私も隊伍(たいご)のうしろに(したが)って歩き出しました。

 歩いているうちにも、化物の封鎖された隧道(トンネル)のことよりも、兄のことが心配になってたまりません。私はあたりをキョロキョロ(なが)めながら歩いてゆくので、幾度となく線路や枕木に蹴つまずいて、倒れそうになりました。

 隧道(トンネル)の入口に近づいてみますと、昨夜とはちがって白昼(はくちゅう)だけにその惨状(さんじょう)は眼もあてられません。崩れた岩石の間から、半分ばかり無惨(むざん)な胴体をはみ出している機関車、飛び散っている車輪、根まで露出(ろしゅつ)している大きな松の樹など、その惨状は筆にも紙にもつくせません。しかし(さいわ)いにも、一向あとから掘りかえした跡もありません。まず西口(にしぐち)は大丈夫だということがわかりました。

 一行はなおも隧道の全体にわたって異状がないかどうかを調べるために、崩れた崖をよじのぼって、隧道の屋根にあたる山の上を綿密(めんみつ)(しら)べてゆくことになりました。

「どうやら大丈夫のようだね」

「すると化物は、皆この足の下に閉じこめられているというわけなんだな」

 巡視隊の警官も、さすがに気味(きみ)わるがって、足音をしのばせて歩いていました。

「オヤッ」

「オヤ、これはどうだ」

「オヤオヤオヤオヤ」

 安心しきっていた一行は、急に壁につきあたりでもしたかのように、立ち(どま)りました。私も(おく)()せに駈けつけてみましたが、鳴呼(ああ)これは一体どうしたというのでしょう。山の上に、まるで噴火口(ふんかこう)でもあるかのように、ポッカリと大穴が()いているのです。穴から下を(のぞ)いてみますと、底はどこまでも続いているとも知れず、真暗(まっくらで)見透(みとお)しがつきません。

「こんな穴は、以前から有ったろうか」白木警部は不安に(ひらめ)く眼を一同の方に向けました。

「いいえ、ありませんです。ここはずッと盆地(ぼんち)のように(たいら)になっていて、青い草が生えていたばかりですよ」

「ほほう、すると何時(いつ)の間に出来たのだろうか」

「もしや……」

「もしや何だッ」と警部は声をはりあげて聞きかえしました。

「もしや、あの化物が明けたのでは……」

「そんなことかも知れん。天井の壁さえ抜けば、あとは(やわらか)い土ばかりだったのかも知れない」

「すると化物は、どッどこに……」

「さあ――」と警部が不図(ふと)(かたわ)らの土塊(どかい)に眼をうつしますと、妙なものを発見しました。

「おお、そこに人間の足が見えるではないか」

 一行はあまりに近くへ寄りすぎて、穴ばかりに気をとられ、傍らの堆高(うずたか)い土塊に気がつかなかったのです。そこから二本の足がニョッキリと出ています。全く裸の脚です。誰の足でしょう。行方不明になった谷村博士も黒田警官も洋服を着ている筈です。兄は私と同じく和服でありました。するとこの裸の足は、ああ……

 私はそう思うと、頭がクラクラとしました。謎を包んだ大きい穴が、急にスーと小さくなって、(ボタン)の穴ほどに(ちぢ)まったような気がいたしました。それっきりでした。私は大きい衝動(しょうどう)にたえきれないで、恐ろしい現場(げんば)を前に、あらゆる知覚(ちかく)を失ってしまいました。暗い世界に落ちてゆくような気がしたのが最後で、なにもかも(わか)らなくなったのです。

   覚醒(かくせい)のあと

 或るときは、月光の下に、得体(えたい)の知れぬ鬼影(おにかげ)を映しだす怪物、また或るときは、変な衣裳(いしょう)を着て闊歩(かっぽ)する怪物、その怪物を、うまく隧道(トンネル)の中に()じこめたつもりであった警官隊でありましたが、隧道の上に、なんとしたことか、大きい穴が明いていたのです。もしやこれが、怪物の逃げ出した穴ではないかしらと、白木警部はじめ一同が、その穴の(ふち)に近づいたとき、(かたわ)らの盛土(もりつち)の中から、二本の足がニョッキリ出ているのを発見して大騒(おおさわ)ぎになり、私は、その足の主が、きっと兄の帆村荘六だろうと考え、なんという浅ましい光景を見るものかなと思ったとき、気を失ってしまいました。――と、そこまではお話しましたっけネ。

 それから、どのくらい()ったのか、私には時間の推移(すいい)がサッパリ解りませんでした。フッと気がついたときには、あの凄惨(せいさん)な小田原の隧道の上かと思いの外、身はフワリと(やわらか)いベッドの上に、長々と横になっているのでありました。

「ああーッ」

 私は思わず、声を(はな)ちました。(ああ、気がついたようだ)(もう大丈夫)などという(ささや)きがボソボソと聞えます。ハッと気がついて周囲(まわり)をキョロキョロと見廻すと、これはどうしたというのでしょう。(かたわ)らに立って、こちらへ優しく笑額を向けているのは、あの悲歎(ひたん)(ぬし)、谷村博士の老夫人だったのです。いや(おどろ)きと意外とは、そればかりではありません。いまのいままで、惨死(ざんし)したとばかり思っていた兄の荘六までが、警官や手術衣(しゅじゅつぎ)の人達の肩越しに、私の方を向いてニコニコ笑っているではありませんか。ああ私は何か夢を見ていたのでしょうか。

「に、にいさん――」

「おお、気がついたナ、(たみ)ちゃん」

 兄は私の手を握ると、顔を寄せました。

「どうしたんです。兄さん。――博士夫人も笑っていらっしゃるじゃありませんか」

「はッはッ。では夫人に訳を(うかが)ってごらん」

「イエあたくしからお話申しましょうネ。早く申せば、私のつれあい――つまり谷村が無事で帰って来たのです。兄さんたちのお骨折りの結果です」

「どうして無事だったんです。誰か死んでいましたよ、隧道(トンネル)の上で……」

「あれなら大丈夫。あれは僕だったんですよ」

 と、そういって(わき)から(たくま)しい男が出て来ました。見れば、どこかで見たような顔です。

「僕――黒田巡査です」

「ああ、黒田さん」

「僕が土に()められたところを、皆さんで掘り出して下すったのです。僕だけではなく、博士も助かったんです。これは怪物が隧道から飛び出すときに、私達を土と一緒に跳ねとばして埋めてしまったんです」

「ああ、すると怪物はやはり隧道から逃げてしまったのですネ」

「そうです、逃げてしまったのです――但し一匹を除いてはネ」

「一匹ですって?」私は思わず大声に()きかえしました。「一匹は逃げなかったんですか」

「そうなんだよ、民ちゃん」と今度は兄が横から引取って云いました。「一匹だけ、僕等の手に(とら)えることができたんだよ。それも、お前の手柄から来ているんだ」

「手柄ですって? なんだか、なにもかも判らない(づく)しだナ」

「そうだろう。いや、夜が明けると、何も()もが、まるで様子が違っちまったのだからネ」

 そういって、やがて兄が顛末(てんまつ)を話してくれました。それはまったく思いもかけなかったような新事実でありました。

   谷村博士の研究録

 兄は、私から渡された例の白毛(しらげ)のことを思い出し、それの正体(しょうたい)一刻(いっこく)も早く知りたい気持で一ぱいで、小田原の警備隊の中からひとり脱け出でると、この谷村博士邸へ帰ってきたのだそうです。私はいま、博士(てい)に来ているのだそうですから、驚きますネ。

 兄はこの怪物について、きっと博士の研究があるものだと考え、博士夫人の力を借りて研究室をいろいろ探したのです。すると果して書類函(しょるいばこ)の一つの抽出(ひきだし)に、「月世界の生物について」と題する論文集を発見いたしました。

 怪物が月に関係のあることは、兄はすでに感づいていたそうです。それでパラパラと論文を開いてゆくうちに、次のような文面を発見しました。

「月世界には、一つの生物がいるが、それは殆んど見わけがつかない。それは人間の眼では透明としか見えない身体をもっているからだ。その生物は形というものを持っていない。まるで水のように、あっちへ流れ、こっちへ飛びする。そして思いのままの形態をとることができる。液体的生物(えきたいてきせいぶつ)だ。アミーバーの発達した大きいものだと思えばよい。この生物は、もし地球上で大きくなったとしたら、必ず人間や猿のように固体(こたい)となるべきものであるが、月世界の圧力と熱との関係で、液体を保って成長したのである。

 (おそ)らくこの生物は、アミーバーから出発したもので、人間より(やや)すぐれた智慧をもっているものと思われる。それは、今日盛んに、この地球へ向って、信号を送っているからである。人間界には、この生物のあることを知っている者が殆んど居ない。それはあの透明な月の住民たちの身体を見る方法がなかったからだ。(しか)るに()は、特殊の偏光装置(へんこうそうち)を使って、これを着色して認めることに成功した。その装置については、別項の論文に詳解しておいた。

 ここに注意すべきは、このルナ・アミーバーとも名付くべき生物は、地球の人類に先んじて月と地球との横断を(こころ)みたい意志のあることである。おそらく、それは成功することであろう。彼等は地球へ渡航(とこう)したときに、身体の変質変形をうけることを恐れて、何かの手段を考え出すことであろうと思われる。予の考うるところでは、多分そのルナ・アミーバーは身体を耐熱耐圧性(たいねつたいあつせい)に富み、その上、伸縮自在(しんしゅくじざい)の特殊材料でもって外皮(がいひ)を作り、その中に流動性の身体を安全に包んで渡航してくるであろう。その材料について、予は左記の如き分子式を想像するが、この中には、地球にない元素が四つも(まじ)っているので、もしルナ・アミーバーが渡来したときには、面白い研究材料が出来ることであろう、云々(うんぬん)

 ルナ・アミーバーという、透明で、流動性の生物があることは、博士の論文を見て始めて知ったのです。これは(おそ)らく、博士夫妻の(ほか)に知った人間は、兄が最初だったことでしょう。兄は勇躍して、その白毛(しらげ)のようなものをポケットから取り出しました。これは私が(かつ)て、(こわ)れた窓硝子(ガラス)の光った(ふち)から採取(さいしゅ)したものでした。あの怪物が室内から飛び出すときに、(するど)い硝子の刃状(はじょう)になったところで、切開したものと思います。

 兄は理学士ですから、スペクトル分析はお手のものです。博士の研究室のスペトロスコープを使って、その白毛みたいなものを、真空容器の中で熱し、吸収スペクトルを測定してみました。すると、どうでしょう。その結果が、博士の論文に(かか)げられた分子式と、ピッタリ一致したのです。

「ああ、ルナ・アミーバーだッ。ルナ・アミーバーの襲来(しゅうらい)だッ」

 兄は、気が変になったように、その室の中をグルグル廻って歩いたのです。

「どうしたのです、帆村さん」

 と博士夫人が階下から駈けつけられる。説明をしているうちに、夜がほのぼのと明けはなれ、そこへ白木警部一行が、掘り当てた谷村博士と黒田警官とを(まも)って、急行で引っかえして来たのでありました。

 博士も黒田警官も、殆んど死人のように見えましたが、博士の用意してあった回生薬(かいせいやく)のお蔭で、()(わず)かの時間に、メキメキと元気を恢復(かいふく)することが出来たのだそうです。

 この不思議な話を聞いて、私はもう寝ているわけにはゆかなくなりました。そして(みんな)()めるのも聞かず、ガバと床の上に、起き直りました。

 室の向うは、博士の研究室です。なんだかモーターがブルンブルンと廻っているような音も聞え、ポスポスという喞筒(ポンプ)らしい音もします。イヤに騒々(そうぞう)しいので、私は(まゆ)(ひそ)めました。

「だから無理だよ。もっと寝ていなさい」と兄はやさしく云いました。

「イヤ身体はいいのです。もう大丈夫。――それよりも向うの部屋で、一体なにが始まっているんですか」

「はッはッ、とうとう()ぎつけたネ」と兄は笑いながら、「あれはネ、たいへんな実験が始まっているのだ」

「大変て、どんな実験ですか」

「実はルナ・アミーバーを一匹(つかま)えたんだ。そいつは、この門の近くの沼に浮いているのを見付けたんだ。なにしろ沼の水面が、なんにも(つか)っていないのに、一部分が(えぐ)りとったように穴ぼこになっていたのだ。地球の上ではあり得ない水面の形だ。それで、この所にルナ・アミーバーが浮いているんだなということが判ったんでいま引張りあげ、博士が先頭に立って実験中なんだ」

「私にも見せて下さい――」

 私はもうたまらなくなって、寝台(ベッド)の上から(すべ)()りました。

   ルナ・アミーバーの実験

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