わが國の陸上の火山を巡見するに當つてどうしても省くことの出來ないのは、富士山(高さ三千七百七十八米)であらう。この山が琵琶湖と共に一夜にして出來たなどといふのは、科學を知らなかつた人のこじつけであらうが、富士が若い火山であることには間違ひはない。古くは貞觀年間、近くは寶永四年にも噴火して、火口の下手に堆積した噴出物で寶永山を形作つた。即ち成長期にあつた少女時代の富士も一人の子持ちになつたわけである。やがて多くの子供を持ち複式火山の形ともなり、遂には現在の箱根山の状態になる時も來るであらう。
右の外、日本の近海に於ては、時々海底の噴火を認めることがある。伊豆南方の洋底は航海中の船舶が水柱を望見し、或は鳴動に伴つて黒煙のあがるのを見ることもあり、附近の海面に輕石の浮んでゐるのに出會ふこともある。大正十三年琉球諸島の中、西表島北方に於ても同樣の現象を實見したことがあつた。
以上の通り、われ/\は内外の活火山をざつと巡見した。その互の位置を辿つてみると一つの線上に竝んでゐるようにも見え、或は雁の行列を見るようなふうに竝んでゐる場合も見受けられる。かういふ脈が所謂火山脈であつて、最も著名な火山脈が太平洋の周圍に横たはつてゐる次第である。かくして見る時、火山の火熱の原因、或は言葉を換へていへば、火山から流出する鎔岩の前身たる岩漿が地下に貯藏せられてゐる場所は、決して深いものではなく、地表下一二里或は深くて五六里以内の邊らしく想像せられる。再び火山脈を辿つてみると、それが地震の起る筋、即ち地震帶と一致し、或は相竝行してゐる場合が多く認められる。然しながら火山脈を伴つてゐない地震帶も多數あることを忘れてはならない。元來地震は地層の破れ目、即ち斷層線に沿うて起るものが多數であり、さうして地下の岩漿は右の裂け目に沿うて進出することは、最もあり得べきことであるから、右のように火山脈と地震帶の關係が生じたのであらう。