建築の本義

1話 建築の本義

2,084字 約4分 2007年12月2日 公開

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 近頃(ちかごろ)時々(とき/″\)我輩(わがはい)建築(けんちく)本義(ほんぎ)(なん)であるかなどゝ()(むづ)()質問(しつもん)提出(ていしゆつ)して我輩(わがはい)(こま)らせる(ひと)がある。これは近時(きんじ)建築(けんちく)(たい)する世人(せじん)態度(たいど)(きは)めて眞面目(まじめ)になり、徹底的(てつていてき)建築(けんちく)根本義(こんぽんぎ)解決(かいけつ)し、()れから出發(しゆつぱつ)して建築(けんちく)(おこ)さうと()(かんが)へから()たことで、この(てん)(むか)つては我輩(わがはい)衷心(ちうしん)歡喜(くわんき)(きん)()ぬのである。

 ()りながらこの問題(もんだい)(じつ)哲學(てつがく)領分(れうぶん)(ぞく)するもので、容易(ようゐ)解決(かいけつ)されぬ性質(せいしつ)のものである。古來(こらい)幾多(いくた)建築家(けんちくか)や、思想家(しさうか)や、學者(がくしや)や、藝術家(げいじつか)や、各方面(かくはうめん)(ひと)がこの問題(もんだい)(つい)(かんが)へた(やう)であるが、(いま)(かつ)具體的(ぐたいてき)徹底的(てつていてき)定説(ていせつ)確立(かくりつ)されたことを()かぬ。(おそ)らくは今後(こんご)も、永久(えいきう)に、定論(ていろん)成立(せいりつ)()ぬと(おも)ふ。()しも、建築(けんちく)根本義(こんぽんぎ)解決(かいけつ)されなければ、眞正(しんせい)建築(けんちく)出來(でき)ないならば、世間(せけん)(ほと)んど(すべ)ての建築(けんちく)(こと/″\)眞正(しんせい)建築(けんちく)でないことになるが、實際(じつさい)(おい)ては(かならず)しも(しか)苛酷(かこく)なるものではない。勿論(もちろん)この問題(もんだい)專門家(せんもんか)(よつ)飽迄(あくまで)研究(けんきう)されねばならぬのであるが。我輩(わがはい)は、(こゝ)には(ふか)哲學的議論(てつがくてきぎろん)には()()らないで、(きは)めて通俗的(つうぞくてき)(これ)(くわん)する感想(かんさう)の一(たん)()べて()よう。

 我輩(わがはい)()建築(けんちく)(もつと)重要(ぢうえう)なる一(れい)(すなは)住家(ぢうか)(とつ)(これ)(かんが)へて()るに「(ぢう)(なほ)(しよく)(ごと)し」と()(かん)がある。(しよく)本義(ほんぎ)(つい)て、生理衞生(せいりえいせい)學理(がくり)講釋(かうしやく)した(ところ)で、()()けでは(けつ)して要領(えうれう)()られない、(なん)となれば、(しよく)使命(しめい)人身(じんしん)營養(えいやう)にあることは勿論(もちろん)であるが、(だれ)でも實際(じつさい)(あた)つて一々(いち/\)營養(えいやう)如何(いかん)吟味(ぎんみ)して()(もの)はない、(だい)一に()(あぢ)()目的(もくてき)として()ふのである。(しか)(あぢ)()なるものは(おほ)くは(また)同時(どうじ)營養(えいやう)にも(よろ)しいので、(ひと)不知不識(しらず/″\)營養(えいやう)()(ところ)(てん)配劑(はいざい)妙機(めうぎ)がある。(しか)らば如何(いか)なる種類(しゆるゐ)食物(しよくもつ)適當(てきたう)であるかと()具體的(ぐたいてき)實際問題(じつさいもんだい)になると、その解決(かいけつ)(はなは)面倒(めんだう)になる。熱國(ねつこく)寒國(かんこく)では(しよく)適否(てきひ)(ちが)ふ。(おな)風土(ふうど)でも、(ひと)年齡(ねんれい)によつて適否(てきひ)(ちが)ふ、(おな)年齡(ねんれい)でも體質(たいしつ)職業等(しよくげふとう)(したがつ)選擇(せんたく)(ちが)ふ。その(うへ)個人(こじん)には特殊(とくしゆ)性癖(せいへき)があつて、所謂(いはゆる)()(きら)ひがあり、(かふ)(この)(ところ)(おつ)(きら)(ところ)であり、所謂(いはゆる)(たで)()(むし)()()きである。その(うへ)個人(こじん)經濟状態(けいざいじやうたい)(よつ)是非(ぜひ)なく粗惡(そあく)(しよく)我慢(がまん)せねばならぬ(ひと)もあり、是非(ぜひ)なく過量(くわりやう)美味(びみ)()はねばならぬ(ひと)もある。畢竟(ひつきやう)(にん)(いろ)で、(けつ)して一(りつ)には()かぬもので(しよく)本義(ほんぎ)とか理想(りそう)とかを()いて()(ところ)實際問題(じつさいもんだい)としては(あま)(やく)()たぬ。()れよりは「精々(せい/″\)うまい(もの)適度(てきど)()へ」と()ふのが(もつと)簡單(かんたん)要領(えうれう)()標語(へうご)である。建築(けんちく)(こと)住家(ぢうか)でも、(まさ)にこの(とほ)りで、「精々(せい/″\)善美(ぜんび)なる建築(けんちく)(つく)れ」と()ふのが最後(さいご)結論(けつろん)である。(しか)らば善美(ぜんび)とは(なん)であるかと反問(はんもん)するであらう。(それ)(しよく)(くわん)して()べた(ところ)同工異曲(どうこうゐきよく)で、建築(けんちく)()てはめて()へば、(ぜん)とは科學的條件(くわがくてきでうけん)具足(ぐそく)()とは藝術的條件(げいじゆつてきでうけん)具足(ぐそく)である。さて、()れが實際問題(じつさいもんだい)になると、土地(とち)状態(じやうたい)風土(ふうど)關係(くわんけい)住者(ぢうしや)身分(みぶん)境遇(きやうぐう)趣味(しゆみ)性癖(せいへき)資産(しさん)家族(かぞく)職業(しよくげふ)その()種々雜多(しゆ/″\ざつた)素因(そいん)混亂(こんらん)して(たがひ)(あい)交渉(かうせう)するので、到底(たうてい)單純(たんじゆん)理屈(りくつ)(ぺん)(りつ)することが出來(でき)ない。(ぜん)()りつゝも(それ)(おこな)ふことが出來(でき)ない、()(ほつ)しても(それ)(あら)はすことが出來(でき)ない、(やむ)()缺點(けつてん)だらけの(いへ)(つく)つて、その(なか)不愉快(ふゆくわい)(しの)んで生活(せいくわつ)して()るのが大多數(だいたすう)であらうと(おも)ふ。

 建築(けんちく)本義(ほんぎ)は「善美」にあると()ふのは、我輩(わがはい)現今(げんこん)(かんが)へである。(しか)()(ひと)建築(けんちく)本義(ほんぎ)は「安價で丈夫」にあると()ふかも()れぬ、(また)()(ひと)建築(けんちく)本義(ほんぎ)は「美」であると()ふかも()れぬ。(また)()(ひと)建築(けんちく)本義(ほんぎ)は「實」であると()ふかも()れぬ。(いづ)れが(せい)(いづ)れが(じや)であるかは容易(ようい)(わか)らない。(ひと)心理状態(しんりじやうたい)個々(こゝ)(こと)なる、その心理(しんり)境遇(きやうぐう)(したが)移動(いどう)すべき性質(せいしつ)(もつ)()る。自分(じぶん)の一()心理(しんり)標準(へうじゆん)とし、(これ)(たゞ)しいものと獨斷(どくだん)して、()の一()心理(しんり)否認(ひにん)することは兎角(とかく)誤妄(ごもう)(おちい)るの(おそ)れがある。これは(おほい)考慮(かうりよ)しなければならぬ(こと)である。

 莫遮(それはさうと)現今(げんこん)建築(けんちく)本義(ほんぎ)とか理想(りさう)とかに(つい)種々(しゆ/″\)なる異論(ゐろん)のあることは(まこと)結構(けつこう)なことである。建築界(けんちくかい)には()へず何等(なんら)かの學術的風波(がくじゆつてきふうは)がなければならぬ、(しか)らざれば沈滯(ちんたい)結果(けつくわ)腐敗(ぶはい)するのである。(たま)には激浪(げきらう)怒濤(どたう)もあつて()しい、惡風(あくふう)暴雨(ぼうう)もあつて()しい、と()つて我輩(わがはい)(けつ)して(らん)(この)むのではない、()空氣(くうき)が五()(かぜ)(よつ)掃除(さうぢ)され、十()(あめ)(よつ)(きよ)められんことを(こひねが)ふのである。()建築家(けんちくか)勿論(もちろん)、一(ぱん)人士(じんし)()へず建築界(けんちくかい)問題(もんだい)提出(ていしゆつ)して論議(ろんぎ)(たゝか)はすことは(きわ)めて必要(ひつえう)なことである。假令(たとひ)その論議(ろんぎ)多少(たせう)常軌(じやうき)(いつ)しても(それ)問題(もんだい)でない。これと同時(どうじ)にその論議(ろんぎ)具體化(ぐたいくわ)した建築物(けんちくぶつ)實現(じつげん)(さら)(のぞ)ましいことである。假令(たとひ)その成績(せいせき)多少(たせう)缺點(けつてん)(みと)められても(それ)問題(もんだい)でない。問題(もんだい)各自(かくじ)その懷抱(くわいほう)する(ところ)遠慮(えんりよ)なく披瀝(ひれき)した(ところ)のものが、所謂(いはゆる)建築(けんちく)根本義(こんぽんぎ)解決(かいけつ)(たい)して如何(いか)なる暗示(あんじ)(あた)へるか、如何(いか)なる貢献(こうけん)(いた)すかである。

 建築(けんちく)本義(ほんぎ)(それ)永久(えいきう)懸案(けんあん)である。我輩(わがはい)(いま)(にわ)かに(これ)解決(かいけつ)(のぞ)まない、ただいつまでも研究(けんきう)をつゞけて()()い、()建築(けんちく)てふ(もの)存在(そんざい)する(かぎ)り、いつまでも論議(ろんぎ)をつゞけて()()い。今日(こんにち)建築(けんちく)根本義(こんぽんぎ)決定(けつてい)されなくとも(ふか)(うれ)ふるに(およ)ばない。(やす)んじて(なんじ)(この)(ところ)()へ、(しか)らば(なんじ)(やしな)はれん。(やす)んじて(なんじ)(この)(いへ)(すま)へ、(しか)らば(なんじ)幸福(かうふく)ならん。(了)

(大正十二年九月「建築世界」)

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