海潮音

3話 ルコント・ドゥ・リイル 眞晝

616字 約1分 2011年2月20日 公開

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「夏」の(みかど)の「眞晝時(まひるどき)」は、大野(おほの)が原に廣ごりて、

白銀色(しろがねいろ)布引(ぬのびき)に、青天(あをぞら)くだし天降(あもり)しぬ。

(じやく)たるよもの光景(けしき)かな。耀(かゞや)虚空(こくう)、風絶えて、

(ほのほ)のころも(まと)ひたる(つち)熟睡(うまい)靜心(しづごゝろ)

眼路(めぢ)眇茫(べうばう)として(きはみ)無く、樹蔭(こかげ)も見えぬ大野(おほの)らや、

(まき)(けもの)の水かひ()、泉は()れて音も無し。

野末遙けき森陰は、裾の(さかひ)(すぢ)黒み、

不動(ふどう)の姿(ゆめ)重く、寂寞(じやくまく)として眠りたり。

唯熟したる麥の田は黄金海(わうごんかい)と連なりて、

かぎりも波の搖蕩(たゆたひ)に、眠るも(おぞ)(あざ)みがほ、

(せい)なる(つち)の安らけき兒等(こら)の姿を見よやとて、

畏れ(はばか)るけしき無く、日の(さかづき)()み干しぬ。

また、邂逅(わくらば)に吐息なす心の(ねつ)の穗に出でゝ、

囁聲(つぶやきごゑ)のそこはかと、(ひげ)長頴(ながかひ)の胸のうへ、

覺めたる波の搖動(ゆさぶり)や、うねりも(あて)におほどかに

起きてまた伏す行末は(すな)たち迷ふ雲のはて。

程遠からぬ青草の(まき)に伏したる白牛(はくぎう)が、

肉置(しゝおき)厚き喉袋(のどぶくろ)(よだれ)に濡らす(ものう)げさ、

(たへ)氣高(けだか)眼差(まなざし)も、世の煩累(わづらひ)に倦みしごと、

(つひ)に見果てぬ内心の夢の(ちまた)に迷ふらむ。

人よ、爾の心中を、喜怒哀樂に亂されて、

光明道(くわうみやうだう)此原(このはら)眞晝(まひる)(ひと)り過ぎゆかば、

《の》がれよ、こゝに萬物(ばんぶつ)は、()べて(うつろ)ぞ、日は()かむ。

ものみな、こゝに命無く、(よろこび)も無し、はた憂無し。

されど(なんだ)笑聲(せうせい)(まどひ)を脱し、萬象(ばんしやう)

流轉(るてん)(さう)(ばう)ぜむと、心の(かわき)いと(せち)に、

現身(うつそみ)の世を(ゆる)しえず、はた(のろ)ひえぬ觀念(くわんねん)

(まなこ)放ちて、幽遠の大歡樂を念じなば、

來れ、此地の天日(てんじつ)にこよなき(のり)の言葉あり、

親み難き炎上(えんじやう)無間(むげん)に沈め、なが思、

かくての後は、濁世(だくせい)の都をさして行くもよし、

物の(なゝ)たび涅槃(ニルワナ)(ひた)りて澄みし心もて。

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