海潮音

4話 ルコント・ドゥ・リイル 大饑餓

711字 約1分 2011年2月20日 公開

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(まどか)なる滄溟(わだのはら)(なみ)卷曲(うねり)搖蕩(たゆたひ)

夜天(やてん)の星の影見えて、小島(をじま)(むれ)と輝きぬ。

紫摩黄金(しまわうごん)良夜(あたらよ)は、寂寞(じやくまく)としてまた(いう)に、

()しき(おそれ)の滿ちわたる海と空との原の上。

無邊の(てん)や無量海、(そこ)ひも知らぬ深淵(しんえん)

憂愁の國、寂光土(じやくくわうど)、また譬ふべし、耀郷(げんえうきやう)

墳塋(おくつき)にして、はた伽藍、赫灼(かくやく)として幽遠の

大荒原(だいくわうげん)縱横(たてよこ)を、あら、萬眼(まんがん)魚鱗(うろくづ)や。

青空(せいくう)かくも莊嚴に、大水(だいすゐ)更に(かみ)()びて、

大光明の遍照(へんぜう)に、宏大(くわうだい)無邊界中(むへんかいちう)に、

うつらうつらの夢枕、煩惱界の諸苦患(しよくげん)も、

こゝに通はぬその夢の限も知らず大いなる。

かゝりし程に、粗膚(あらはだ)蓬起皮(ふくだみがは)のしなやかに

飢にや狂ふ、おどろしき深海底(ふかうみぞこ)のわたり(うを)

あふさきるさの徘徊(もとほり)に、身の鬱憂を紛れむと、

南蠻鐵(なんばんてつ)(あぎと)をぞ、くわつとばかりに開いたる。

(もと)より無邊天空を仰ぐにはあらぬ魚の身の、

(からすき)宿(しゆく)、みつ(ぼし)や、三角星(さんかくせい)天蝎宮(てんかつきう)

無限(むげん)()ける光芒(くわうばう)のゆくてに(おもひ)()するなく、

北斗星(ほくとせい)(ぜん)、横はる大熊星(だいいうせい)もなにかあらむ。

唯、ひとすぢに、生肉(せいにく)を噛まむ、碎かむ、()かばやと、

常の心は、(あけ)に染み、血の()に欲を(たゝ)へつゝ、

影暗うして水重き潮の底の荒原(くわうげん)を、

曇れる(まなこ)、きらめかし、悽慘として遲々たりや。

こゝ(うつろ)なる無聲境(むせいきやう)、浮べる物や、泳ぐもの、

生きたる物も、死したるも、此空漠(くうばく)荒野(あらぬ)には、

音信(おとづれ)も無し、影も無し。たゞ水先(みづさき)小判鮫(こばんざめ)

眞黒(まくろ)(ひれ)のひたうへに、沈々として眠るのみ。

行きね妖怪(あやかし)、なれが身も人間道(にんげんだう)に異ならず、

醜惡(しうを)獰猛(だうまう)暴戻(ばうれい)のたえて異なるふしも無し。

心安かれ、(ふか)ざめよ、明日(あす)や食らはむ人間を。

又さはいへど、(なれ)が身も、明日(あす)や食はれむ、人間に。

(せい)なる(うゑ)正法(しやうぼふ)(なが)くつゞける殺生業(せつしやうごふ)

かげ深海(ふかうみ)も光明の(あま)つみそらもけぢめなし。

それ人間も、鱶鮫(ふかざめ)も、殘害(ざんがい)の徒も、餌食(ゑじき)等も、

見よ、死の神の前にして、二つながらに罪ぞ無き。

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