怪塔王

16話 怪塔王(16)

9,185字 約18分 2007年2月12日 公開

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 怪塔王と黒人の立っているうしろで、ことりと物音!

 怪塔王は、それを聞きのがしませんでした。

「何者か?」

 と、うしろをふりかえった怪塔王の眼にうつったものは、何であったでしょう。それは外ならぬ帆村探偵と小浜兵曹長の二人の雄姿でありました。

「うごくな、怪塔王!」

「降参しろ! うごけば命がないぞ」

「なにを!」

 怪塔王は、いかりの色もものすごく、とつぜんにあらわれた二勇士へ叫びかえしましたが、何を見たか、

「あっ、それはいかん。あぶない。ちょっと待ってくれ」

 と、(にわか)に怪塔王はうろたえ、ぶるぶるふるえ出しました。

「あははは。これがそんなに恐しいか。だが、これは貴様がつくったものではないか」

 小浜兵曹長はあざ笑いました。彼がいま小脇にかかえて、怪塔王に向けているのは、怪塔王秘蔵の殺人光線灯でありました。この殺人光線灯は、かねて帆村がその在所(ありか)をさがしておいたものです。このたびはこっちが失敬して、逆に怪塔王の胸にさしつけたというわけです。

 ピストルも小銃も、一向に恐しくない怪塔王ではありましたが、この殺人光線灯を見ると、まるで人間がかわったように、ぶるぶるふるえだしました。それもそのはず、殺人光線灯がどんなに恐しいものであるかは、それをこしらえた怪塔王が一番よく知っているわけですから。

 怪塔王は、(困ったなあ。たいへんなものを、盗まれてしまった!)と、歯ぎしりをしましたが、もう間にあいません。

 小浜兵曹長は、ゆだんなく殺人光線灯の(ねらい)を怪塔王の胸につけ、もしもうごいたら、そのときは引金をすぐ引くぞというような顔をしています。

「そこで、怪塔王どの」

 帆村は、横の方から怪塔王のそばに一歩近づきました。

     2

「そこで怪塔王どの」

 と帆村に呼びかけられ、怪塔王は額ごしにおそろしい目をぎょろりとうごかし、

「なんだ、帆村。お前たちは卑怯じゃないか。わしの大事にしていた殺人光線灯を盗んで、わしをおびやかすなんて、風上にもおけぬ卑怯な奴じゃ」

「こら、何をいう」

 と小浜兵曹長はおこっていいました。

「卑怯とは、どっちのことだ。貴様こそ、卑怯なことや悪いことをかずかずやっているじゃないか。中でもあの勇敢な青江三空曹を殺した罪をおぼえているか。あれは貴様のような卑怯者に殺させてはならない尽忠の勇士だったのだ。それにひきかえ、貴様が自分の殺人光線灯で死ぬのは、それこそ自業自得だ」

「ま、待て。撃つのはちょっと待ってくれ。その代り、わしは何でもお前たちのいうことを聞くから」

 怪塔王は、もうかなわないとおもったものか、にわかに下に折れてまいりました。

「なに、俺たちのいうことを聞くというのか。それならば――」

 と、小浜兵曹長は怪塔王に目をはなさず、

「俺たちの命令どおり、この怪塔ロケット隊の指揮権を渡すか」

 それを聞くと、怪塔王はびっくりして目を白黒していましたが、

「さあ、それは――」

 と、返答をしぶりました。

「いやか。いやなら、この殺人光線灯をかけるがいいか」

 と、小浜兵曹長が身がまえますと、

「ああ、あぶない。ま、待て」

「怪塔王ともいわれる人物でありながら、往生ぎわの悪い奴だなあ」

 帆村探偵も横からあきれ顔でいいました。

「しかたがない。ロケット隊の指揮を、お前たちにまかそう」

 怪塔王は、はきだすようにいいました。しかしそのうちにも、彼はしきりになにかを待っているらしく、耳をそばだてていました。

     3

 怪塔王は、とうとう帆村探偵と小浜兵曹長とに降参してしまったのです。これくらい痛快なことはありません。

「これで、俺は胸の中がはればれした」

 小浜兵曹長は、鬼の首をとったようによろこびました。

 帆村探偵は、また一歩前に出て、怪塔王の横腹をつつき、

「さあ怪塔王、こうなると、僕は永いあいだ貸しておいたものをいま君から貰うぞ」

「借りたものって、一体なにを借りたか」

 怪塔王はふしぎそうに、帆村をにらみかえしました。

「あはははは、もう忘れたのか。外でもない、君がいま顔につけているそのマスクのことさ」

「ええっ――」

「おぼえているだろう。このまえ、僕は、君がいまつけている変なマスクを取ろうとして、君のためやっつけられたのだ。いまこそ、そのマスクを取る。さて、その下からどんなほんとうの顔があらわれるか……」

「ああ、それはゆるしてくれ、マスクのことを知られては仕方がないが、私はおしまいまでこのマスクでいたいのだ。素顔を誰にも見られたくない」

「いまになって、なにをいう。指揮権はみなこっちへもらったはずだ。なにをやろうと、君は命令にしたがいさえすればいい」

「ま、待ってくれ。こんなところで、私にはじをかかせるな。時節が来れば、きっとマスクをはずすから、しばらく待て」

「うむ、わかった」

 帆村はこのとき大きくうなずきました。

「どうした帆村君、なにがわかったのか」

 小浜兵曹長が、聞きました。

「いや小浜さん、このマスクの下にあるほんとうの顔が、それがわかったというのです」

「え、それはなんのことだ」

「つまり、怪塔王のマスクの下には、僕たちのよく知っている顔がある、ということなんです」

     4

 帆村探偵は、怪塔王のマスクの下に、知っている人の顔があるといいます。

 小浜兵曹長は、おどろいて、

「それは誰の顔だ」

「それは――」

 と帆村は、おもわず興奮に顔を赤くし、怪塔王を指さしながら、

「それは外でもありません、この下に大利根博士の顔があるのです」

「大利根博士といえば、塩田大尉がよくいっていられた国宝的科学者のことかね。大利根博士が怪塔王に化けているというのかね。いや、俺には、なんだかさっぱりわからないよ」

「いや、大利根博士だから、僕たちの前でマスクをとられたくないのですよ。どうだ図星だろう、怪塔王!」

 と帆村は、怪塔王の顔に指をさしました。

「いや、私は大利根博士ではない」

 怪塔王がいいました。

「博士ではないというのか、いや博士にちがいない。とにかくマスクをとるんだ。命令だから、マスクをはずせ!」

「やむを得ん。ではマスクをはずすぞ」

 どうしたものか、怪塔王は案外すなおに帆村のいうことを聞きました。そして、彼は両手を顔にかけました。

 そのとき、警報ベルがけたたましく鳴りだしました。

「あ、怪塔王、あれは何だ」

「ロケット隊からの戦況報告だ。ちょっと私を送話器のところへ出してくれ」

「いや、いかん! うごけば、殺人光線灯をかけるぞ」

 小浜兵曹長はどなりました。

「おい、マスクを早くとらんか」

 と、これは帆村の声です。

 そのとき警報ベルが鳴りやむと同時に、高声器から、戦闘中のロケット隊長からの声が出てきました。怪塔王の眼は、異様にかがやきました。

     5

 高声機の中からは、戦闘中のロケット隊長から怪塔王あてにかかって来た戦況報告がひびいて来ました。

「首領、わが怪塔ロケット隊は、おもいがけない負戦(まけいくさ)に、一同の士気はさっぱりふるいません」

「なんだ、負戦? そんなことがあろうはずはない。磁力砲でもってどんどんやっつければいいではないか」

 と、怪塔王はおもわず叫びました。

「ところが、首領、その磁力砲が一向役にたたないのです。磁力砲を日本艦隊や飛行機にむけてうちだしますと、向こうは平気でいるのです。そして、磁力砲をうったこっちが、あべこべに真赤な()(がね)をおしつけられたように、急に機体が熱くなって、ぶすぶすと燃えだすさわぎです。どうも変です」

「磁力砲をうったこっちが、あべこべに燃えだすというのか。はて、それはふしぎだ」

 怪塔王はあらあらしい息づかいをして、無念のおもいいれです。帆村探偵と小浜兵曹長とは、この様子をさっきからじっと見まもっていました。敵のロケット隊長の戦況報告によれば、わが秘密艦隊はこのところたいへん優勢であります。怪塔王と戦っている二人にとって、これくらい(うれ)しく、そして力づよいことはありません。

「あっ、そうか」と、怪塔王はこの時何をおもいだしたか、つよく手をうち、「おい、隊長、向こうは、わしが秘密にしておいたあべこべ砲を持ちだしたらしい。艦隊や飛行機はいつの間にか、みなあべこべ砲をつけているのだ。だから、こっちから磁力砲をうつのはすぐやめにしろ。うつだけ損だ。損ばかりではない。自分でうったものが、自分にかえって来て、ロケットや乗組員を焼くのだ。あぶないあぶない。お前は、すぐロケット隊全部に引上(ひきあげ)を命じなさい」

 怪塔王は夢中になって、マイクの中に命令をふきこみました。

「首領、引上げてこいとおっしゃっても、もうそれは遅いのです」

 隊長の声は半分泣いていました。

     6

「もう遅いって、どうしてもう遅いのか」

 怪塔王は敗戦のロケット隊長をしかるように、もう遅いわけを聞きかえしました。

「はあ、そのわけは、わがロケットの損害があまりに大きくて――首領、どうも申訳(もうしわけ)がありません」

「おい、はっきりいえ。わがロケットの損害は、どのくらいか」

「はい。まことに申し上げにくいですが、只今あたりを見まわしましたところ、空中を飛んでいるロケットは、わが一機だけであります」

「えっ、お前の一機だけか。そして他のロケットはどこにいるのか」

「それがその、さきほどからの戦闘中、あべこべ砲にやられまして、いずれもみな火焔につつまれて海面へ落ちていき、それっきりふたたび浮かびあがってまいりません」

「な、なんじゃ。それではあとは全部、日本軍のためにやっつけられたのか。そ、それはあまりひどすぎる! あれだけのロケット隊をつくるのに、どんなに苦労したことか。それが、かねてわしの狙っていた日本の武力を、根こそぎ壊すのに役立つどころか、今迄に軍艦淡路(あわじ)と十数機の飛行機を壊しただけで、もうこっちがあべこべにやっつけられてしまった。ああ残念だ。なんという弱い同志たち! なんというおそろしいあべこべ砲! わしは失敗した。あべこべ砲の始末を十分につけないで、放っておいたのが、(あやまり)だった。だが、まさか、あの秘密室まで日本軍がはいって来るとはおもっていなかったのだ」

 怪塔王は、赤くなったり青くなったりして、じだんだふんでくやしがりました。しかし、残るロケットがただ一つではどうすることもできません。

「おい怪塔王、もうこのへんで男らしく降参しろ」

 と小浜兵曹長は、破鐘(われがね)のような声で、怪塔王をやっつけました。

 怪塔王は、きっと顔をあげましたが、そのまま言葉もなく首を()れました。

   素顔

     1

「もうだめだ」

 怪塔王のため息は、帆村にも小浜兵曹長にも、聞えすぎるほどはっきり聞えました。怪塔王は気の毒なほど、悄気(しょげ)ているようです。

「おい、マスクをとれ」

 帆村探偵が、さいそくしました。

「よし、いまとる。もうこうなっては、諸君の命令にしたがうばかりだ」

 と、怪塔王は日頃に似あわぬおとなしいことをいって、両手を顔にかけました。

 ああいまこそ怪塔王のマスクがとられるのです。人をばかにしたようなおどけた汐ふきのマスクの下にある顔は、一体どんな顔であろうかと、帆村探偵と小浜兵曹長とは、非常に胸がおどるのを覚えますとともに、また一方において、たいへん気味わるくもおもいました。

 怪塔王は、マスクを無造作にぬぎました。防毒面をぬぐのと同じように、顔面全体と頭髪とが、すぽりととれたのです。

 さあ、そのマスクの下に、どんな顔があったでしょうか、息づまるような瞬間です。

 怪塔王は、しばらくうつむいていましたが、やがて顔をしずかにあげました。

 鬼神の顔か? それとも国宝科学者といわれた大利根博士の顔か?

 いや、そのどっちでもありませんでした。それはのっぺりした若い西洋人の顔でありました。まったく見も知らぬ西洋人の顔です。

(おや、これが怪塔王の素顔か!)

 帆村も、小浜も、ともにちょっと呆気(あっけ)ない感じがしないでもありませんでした。

「さあ、これがわしの素顔だ。よく見てくだされ」

 そういう声は、いつも聞きおぼえのある憎い怪塔王の声でありました。すると、この若い西洋人が、汐ふきのマスクをかぶって、あのように大胆な悪事のかずかずをやっていたのです。

「貴様は一体、どういう素性(すじょう)のものか」

 兵曹長が、こらえきれないといった風に、怪塔王に問をかけました。

     2

「わしの素性か、そんなことはどうでもいい」と、怪塔王はあらあらしく息をはずませながら、

「わしは日本海軍をやっつけて、東洋をめちゃめちゃにするつもりだったが、失敗した。失敗したうえからは、わしはなにもいいたくない」

 そういって、きっと口を結んでしまいました。この若い西洋人は、発明狂ででもありましょうか。その()いたちこそ、ぜひしらべてみたいくらいの、じつに興味ふかいものでありました。

 さっきから口を閉じたまま、呆然(ぼうぜん)と怪塔王の素顔に見入っていた帆村は、このとき、つと一歩すすみますと、

「おい怪塔王、僕は、じつをいうと、怪塔王とは大利根博士の化けたのではないかとおもっていた。しかるに、マスクをとったところを見て、僕の(かんがえ)がちがっていたことがはっきりわかった」

 といって、帆村はちょっと唇を噛んで、

「――で、僕はここに、怪塔王からぜひとも返答をもとめたい一事がある」

「えっ、それは何じゃ」

「それは大利根博士の行方だ。博士はいま、どこに居られるか、すぐそれを教えたまえ」

「そんなことは知らん」

「知らんとはいわせない。怪塔王が博士邸へ押入ったことはわかっているんだぞ。博士の上着が(のこ)され、それに血が一ぱいついていたこともわかっている。大科学者を、君はどこへ連れていったのか。博士はまだ生きているのか、それとも君が殺したか。それを知らないとはいわせないぞ」

 帆村は、怪塔王の胸もとをつかんばかりの、はげしい剣幕でつめよった。

 怪塔王は、しばらく口をもごもごさせていたが、やがて決心したらしく、

「大利根博士の行方を、それほど知りたいか。ではやむを得ない。これから案内して、博士をお前たちに、ひきわたそう」

「えっ、博士を渡してくれるか。すると博士は、この島にいられるのか」

「うん、そうだ。この上の洞窟の中に、監禁してあるのだ」

     3

 大利根博士が、この島に監禁されているときいて、帆村探偵も、小浜兵曹長も、おどろいたり、またよろこんだりした。

「では、早く案内しろ」

 怪塔王の横には、帆村探偵がつきそい、そのうしろからは、小浜兵曹長が殺人光線灯をもってつき従った。万一、怪塔王が逃げようとすれば、すぐこの殺人光線灯をかけるつもりだった。

 怪塔王は、坂道をのぼると、例の洞窟の中へはいった。中はうすぐらく、その下には、あのおそるべき海底牢獄がある。

「怪塔王、貴様は博士を海底牢獄にほうりこんだな。ひどい奴だ」

「いや、海底牢獄ではない。この洞窟の中に、別に大きな部屋があるのだ。さあ、この岩のわれ目からはいっていくのだ。天井が低いから、頭をぶっつけないようにしたまえ」

「なに、頭をぶつけるなというのか」

 帆村と小浜は、ついその言葉に()られて、はっと上を見た。そのとき二人の眼は、怪塔王の身体から放れて、真黒な岩天井にうつった。それこそ、すっかり怪塔王の思う壺にはまったのであった。博士を種に、二人はここまで引出されたのだ。

「えいっ」

 一声高く、怪塔王が叫ぶとみるや、彼の姿は岩のわれ目の中に消えた。

「あっ、逃げた!」

 帆村と兵曹長とは、すぐさまその後を追おうとしたが、そのとき二人は、岩のわれ目の向こうが深い谷になっているのに気がつき、はっと身を縮めた。

 ぎゃーっ。

 そのとき、谷底から、魂消(たまげ)るような悲鳴がきこえて来た。二人はそれは谷底におちて岩角に頭をうちつけたらしい怪塔王の最期の声であると知った。

「おお、あれは――」

「うん、怪塔王の自滅だ」

 帆村探偵と小浜兵曹長は、おもわず双方からよって、手と手をしっかり握りあわせた。

     4

 怪塔王は、ついに自滅したようです。

 帆村探偵と小浜兵曹長とは、この快報を一刻もはやく秘密艦隊へ知らせたいとおもいました。

 それを知らせるには、今のところただ一つの方法しかありません。それは目下故障のまま白骨島の砂上に「えんこ」をしている怪塔ロケット第一号の無電装置をつかうことでありました。なかなか忙しいことです。

 怪塔王のほろんだ岩窟を、そのまま後にするのは、たいへん心のこりでありました。なんだか、怪塔王がその辺から血まみれになって、匐上(はいあが)って来るような気がしてなりませんでした。

「どうしましょうかねえ、小浜さん」

 と帆村探偵は、心配そうに相談いたしますと、兵曹長は笑って、

「なあに、怪塔王がいくらつよいといっても、一旦(いったん)死んだ以上、ちっとも恐しくない。しかしそんなに気がかりなら、帆村君はしばらくここにいたまえ。その間に私は、ロケットの無電を使って、艦隊へ連絡してくる」

「あなた一人で大丈夫かしら」

「大丈夫だとも。第一、この殺人光線灯があれば、たとえ後に怪塔王の配下が幾千人のこっていようと、おそれることはありゃしない」

 兵曹長は、軍人らしく、きっぱりと申しましたので、帆村もついにその気になり、ここに二人はちょっと左右へ分れることになりました。

「では、小浜さん。艦隊への連絡は、頼みましたよ。そして用事がすみましたら、すぐにもう一度この岩窟へひきかえしてください。私はあくまで大利根博士をさがし出すつもりなんです。怪塔王のいったことが(うそ)でなければ、博士はかならずこの岩窟のどこかに隠されているはずですから」

「よろしい。私も博士の行方をつきとめることには賛成だ」

 小浜兵曹長はそう言って、出かけました。

   新しい怪事

     1

 小浜兵曹長が、岩山を出て、ロケットの見える白骨島の平原の方へおりていきますと、さびしい洞窟のなかには、帆村探偵ただ一人となりました。

 このうすぐらい洞窟内は、けっして気持のよいところではありません。見えるのは岩ばかりでありましたが、なんだかそのほかに魔物でも()んでいるように思えてなりません。その魔物は岩のかげから、黄いろい眼を光らせながら、帆村の様子をそっと隙見しているような気がします。

(なぜこう気味がわるいのだろう。僕は急に臆病者になったのかしらん?)

 帆村は、岩の根に腰うちかけ、あたりをぐるぐる見まわしながら、自分の心にそんな質問をかけてみました。

 耳を澄まして聞いていますと、どーんどーんという音がします。どこか海水のうちよせてくる洞穴があるらしくおもわれます。帆村は、まだそのような洞穴の在所(ありか)を知りませんでした。

 ばさばさばさばさ。

 急に、はげしい羽ばたきが頭の上に聞えて、怪鳥がとびこんできました。

「おや」

 帆村は、びっくりして立ちあがりました。こんどは怪鳥がびっくりして、またばさばさばさと羽ばたきをして、向こうへにげていきました。

 怪鳥は、怪塔王が身をなげた岩の割れ目へとびこみましたが、しばらくすると、「けけけけ」と、聞くのもぞっとするような啼声(なきごえ)をたてて、また帆村のいる方へ、とびもどってまいりました。

(どうも様子が変だぞ。油断はできない)

 と、帆村ははっと身を起して、岩かげに身をひそめました。

 すると、どうでしょう。岩の割れ目が、ぼーっと明かるくなって来ました。なんだか向こうで火が燃えているようです。はてな?

     2

 岩の割れ目の向こうが明かるくなったのは、なぜでしょうか。

 帆村探偵は、岩かげに身をひそめ、目ばたきもせず、その方を見つめていました。

 すると、やがて岩の割れ目から、手提灯(てぢょうちん)が一つ現れました。それは、西洋の漁夫などがよく持っている魚油を燃やしてあかりを出すという古風な魚油灯でありました。

 その魚油灯は、一本の腕に支えられています。

 誰でしょうか?

 すると、こんどは一つの頭が、割れ目の向こうに現れました。帆村探偵は、息をこらして、なおもじっと監視していました。

 怪人物は、魚油灯を高くかかげて、岩窟のなかをしきりに照らしてみております。なかなか用心ぶかいやり方でありました。

 帆村はそのとき、魚油灯に照らしだされた怪人物の顔を、はっきり見ることができました。

「あっ――」

 なぜか帆村は、びっくりしました。岩をだいている彼の腕が、がたがたふるえるのが、自分にもわかったほどの驚きぶりです。

 それは、どうやら帆村の知っている人物であったと見えます。しかもすこぶる意外の人物であったらしいのです。それは一体、誰だったでありましょうか。

 怪人物は、岩窟内に誰もいないことをたしかめると、ついにその岩の割れ目から()いあがってまいりました。そしてなおもあたりに気をくばりながら、なにかしきりに考えごとをしているらしいのです。

 そのときです。帆村は岩かげからとびだしました。そして怪人物の前に、ぱっと(おど)りでたのです。

「おお、大利根博士!」

「えっ!」

     3

「大利根博士!」

 と声をかけられて、相手はびっくり仰天(ぎょうてん)しました。思わずたじたじと、体をうしろにひきましたが、あっあぶない! そこにはさきに怪塔王の墜落した岩の割れ目があります。

「だ、誰じゃな」

 博士は、しわがれた声で、口ごもりながらいいました。そして手をうしろへまわして、しきりに岩をさぐっています。逃路(みげみち)があれば、逃げるつもりとみえます。

「あははは、博士はご存じないかもしれませんが、僕は帆村荘六という探偵です。博士のお行方を心配して、ここまでやってきたものです。お見うけしたところ、僕たちの心配していたのとはちがって一まずご無事らしいのは、なによりうれしいことです」

 帆村は博士を見つけたうれしさに、じつはもう胸をわくわくさせていたのです。博士の手を握って、ありったけの喜びの言葉をのべたいとおもいました。なにしろわが国にとって国宝的な学者といわれる博士、そして十中八九まで死んだものと信ぜられていた博士を、ついにさがしだしたのですから、帆村の興奮するのも決して無理ではありません。しかし彼は、あまりに博士をおどろかせてもとおもい、飛びたつばかりのわれとわが心を、できるだけこらえている次第でありました。

「ああ、帆村探偵か。いつか、どこかで聞いたことのある名前じゃ。私をさがしに来てくれたとは、まことにありがたいことじゃ。しかし、いきなり前にとびだされたのにはおどろいたぞ。うふふふ」

 大利根博士は、やっと気がおちついたようであります。

「博士は、一体どうなすって、この白骨島へおいでになったのですか」

 帆村は、いままで気にかかっていたことをたずねました。

「な、なぜ、この白骨島へきたかと聞くのか。そ、それはじゃ、つまりそれは、あの憎むべきところの怪塔王の仕業じゃ」

     4

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