3話 地底戦車の怪人(3)
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パイ軍曹が、林檎と幽霊の関係について、おもいわずらっている間にピート一等兵は、早いところ、その林檎をしっけいして、皮もたねも、みんな自分の胃袋へおくりこんでしまったのだった。
すばらしい味だった。彼は、生れてこの方、こんなうまいものを、たべたことがないと思った。胃袋が、いつまでも、生き物のように、うごめいているのが、はっきりわかった。
おかげで、ピート一等兵は、たいへん元気づいた。もう、幽霊もなんにも、なかった。
ピート一等兵の元気にひきかえ、パイ軍曹の方は、とつぜん姿を消した林檎の幽霊のことで二重の恐ろしさを、ひしひしと感じ、ますます青くなって、ちぢかんだ。南極の凍りついた海底ふかくおちこんだうえに、人間の幽霊のほかに、林檎の幽霊にまで、くるしめられるとは、なんという情けないことだろう。軍曹は、しゃがんだまま、頭を抱えて、考えこんだ。
それを見ると、ピート一等兵は、ちょっと気の毒やら、おかしいやらであった。だが、笑うわけにも、いかなかった。
そこで、彼は、軍曹にこえをかけた。
「軍曹どの、このままで、じっとしていては、われわれは、死ぬよりほかありません。ですから、思い切って、この地底戦車をうごかして、ニューヨークまで、かえっては、どうでありますか」
パイ軍曹は、顔をあげた。そして、あきれがおで、
「ばか。ニューヨークまで、こんな地底戦車にのってかえれるものか」
「しかし、軍曹どの。われわれ軍人は、常にそれくらいの元気は、もっていなければならぬと思うのであります」
「それは、わかっとる。しかし、ニューヨークまでかえるには、何ヶ月かかるかわからない。その間重油をどうするんだ。また、われわれは、なにを食べて、その何ヶ月かを生きていればいいんだ」
パイ軍曹は、こうなると、ますますひかんしていった。
「なァに、軍曹どの、なにか考えれば、どうにかなりますよ」
と、ピート一等兵は、ますます元気なこえでいった。くいかけの林檎一個が、たいへんな力を、彼にあたえたのだ。
「どうかなると、口でいうだけでは、どうもならん」
「だめです。軍曹どのは、やってみないうちから、もういけないとおもっていられるから、だめなんです。どうせ、死ぬときは死ぬのですから、じっとしていて死ぬよりも、軍人らしく、この地底戦車で突進しながら、たおれた方が、軍人らしい最期ではありませんか」
「なるほど、なあ」
パイ軍曹は、大きくうなずきながら、立ち上った。
「お前みたいな臆病者に、こっちが、はげまされようとは考えなかった。お前は、ほんとは、臆病者じゃなかったのかなあ」
パイ軍曹は、感心していった。そして、さっと、しせいを正しくすると、
「集まれ!」
と、号令をかけた。
ピート一等兵は、とつぜん、集まれをかけられて、びっくりしたが、すぐさま、かけ足をして、パイ軍曹の前に、不動のしせいをとった。
「番号!」
パイ軍曹は、大まじ目でいった。
「一チ!」
ピート一等兵は、きまりがわるくなった。二イ三ンとひとりで、もっとさきをいいたいくらいであった。
「異状ないか」
「はい、全員異状、ありません」
全員といっても、たった一人である。隊長をあわせても、たった二人だ。
「命令。地底戦車兵第……ええと、第百一連隊第二大隊第三中隊第四小隊のパイ分隊は、只今より出動する」
と、べら棒に大きな数をいって、
「戦車長は、パイ軍曹。操縦員は、ピート一等兵。第一番砲手はピート一等兵。第二番砲手はパイ軍曹。通信兵はパイ軍曹。機関員はパイ軍曹……」
どこまでいっても、要するに、たった二人であった。たいへん手が足りないが、どうも仕方がない。
「全員部署につけ!」
そこでパイ軍曹は、一番高い戦車長席につき、ピート一等兵は、前の方の、操縦席についた。
「部署につきました」
「よし。では、出動! 針路、真南! 傾斜をなおしつつ、前進」
地中前進
ピート一等兵が、エンジンをかけた。車内は、たちまち、轟々たる音響にとざされた。レバーをたおすと、地底戦車は、ごとんごとんと、前進をはじめたのであった。
パイ軍曹は、配電盤を睨んだり、戦車のゆく方を考えたり、なかなかいそがしかった。
「おい、ピート。エンジンの調子は、わるくないようだな」
軍曹は、送話器をひきよせて、いった。ピート一等兵の耳にくくりつけた高音受話器が、軍曹のこえのとおりに鳴った。
「エンジンの調子は、異状ありません」
ピート一等兵は、なかなか操縦上手だった。戦車は、はじめ、ひどく傾いていたが、まもなく、ちゃんと水平になおって、気もちがよくなった。
ぎーン、ぴし、ぴし、ぴしッ。
地底戦車の前にとりつけてある硬い廻転螺旋刃が、きりきりとまわり、土か氷か岩石かはしらぬが、どんどんくだいて、戦車を前進させているようであった。
距離積算計というメーターが、だんだんと大きな数字を、あらわしていった。たしかに前進しているのであった。
こうやって、気もちよく前進していくと、戦車は地上を走っているように思われるのであった。たいへん具合がよろしい。
「停め!」
パイ軍曹が、号令を下した。
ピート一等兵は、あわてて、レバーをひいて、ギアをはずした。そして、足踏み式の、給油バルブを閉めつけた。地底戦車は、ぎぎーッと、とまった。
「どうしたのでありますか、軍曹どの」
「うん、ちょっと、外をのぞいてみようと思うのだ」
「ああ、そうですか。多分、海底の氷の塊の中でしょう」
「そうかもしれないなあ」
パイ軍曹は、展望鏡を、戦車の上から出すために、ハンドルをまわした。
ハンドルは、なかなかまわらなかった。
「硬いものが、おさえつけているらしい」
それでも、展望鏡は、頭だけを少し出しているようであった。軍曹は、そこで、車外に、赤外線灯をとぼした。そして、展望鏡でのぞいてみた。赤外線をあてて、展望鏡をちょっとかえると、まっくらなところでも、はっきり見えるのだった。地底戦車には、なくてはならない展望鏡だった。
「おや、これは、土の中だ」
と、パイ軍曹は、叫んだ。展望鏡の中にうつったものは、たしかに、小さい石を交えた水成岩とも土ともつかないあつい層であった。
「えっ。土の中ですか」
「そうだ。われわれは、もうすでに、陸にぶつかっているのだ。これをどんどん進んでいくとうまくいけば、やがて、わが南極派遣隊の駐屯しているところへ出られるかもしれないぞ」
「そうですか。そいつはいい。うまくいくと、これは、たすかりますね」
「うん、とにかく、もっと前進をしてみよう、前進!」
パイ軍曹のかおにも、生色が、よみがえってきた。地底戦車は、ふたたび、轟々と音をたてて、前進をはじめた。
「針路、真南!」
キーン、ぴし、ぴし、ぴしッ。
地底戦車は、ときどき空まわりをしながら、それでも、だんだん前進していった。
「よし、この分では、相当見込みがあるぞ」
パイ軍曹は、にんまりと笑った。
下をみると、ピート一等兵が、汗ばみながら、しきりにハンドルをとっている。電熱器のおかげか、それとも地底深いせいか、車内は、かなりに温い。そのとき、パイ軍曹の眼は、とつぜん、あやしいものの姿を、とらえた。
「おや、林檎だ。さっきの林檎が、あんなところに落ちていた」
林檎は、ごろごろと転げながら、軍曹の席に近づいた。軍曹は、身をおどらせて、下に下りると、その林檎を手にとった。たしかにほんとの林檎だ。すてきな香りがする。掌の中に、ひんやりとした感じがつたわる。そのとき、林檎を手にとってみていたパイ軍曹は、
「おや、これはへんだよ。歯型がない!」
と、小首をかしげた。なぜ、こうして、いくつも、林檎が、ころころ転げだしてくるのだろうか。
林檎の始まり
「ピート一等兵。エンジンをとめろ。そしてこっちへ下りてこい」
と、パイ軍曹は、鼻の下に、鉛筆ですじをひいたような細いひげを、ぴくりとうごかして、さけんだ。
「さあ」
大男のピート一等兵は、地底戦車のエンジンをぴたりととめ、よっこらさと、座席から下りてきた。
「軍曹どの。もう、自分に対し、勲章でも、下さるのですか」
「ばかをいえ。もし、このままうまく地上にでられることがあったら、お前を銃殺するよう、上官に申請してやる」
「じょ、冗談を……」
「いや、ほんとだ。貴様は、じつに、けしからん奴だぞ。この地底戦車内において、指揮官たるおれの眼をごま化し、貴重なる食料品を無断で食べてしまうなどということが、許せると思うか」
「はあ、――」
ピート一等兵は、眼を白黒している。さては、パイ軍曹、自分が林檎をしっけいしたことを感づいたな。
「軍曹どの。自分は、幽霊の林檎なんか、たべないであります」
そんなことが知れたら、たいへんである。ほんとに、銃殺されるかもしれない。食い物のうらみというのは、おそろしいから……。
「なにィ。まだ白を切っているか。よォし、では、さっきの林檎は、食べないことにしておこう」
パイ軍曹は、眼をぎょろりと光らせ、にやりと笑い、
「気をつけ!」
ピート一等兵は、気をつけをする。
「一歩前へ! 口を大きくひらけ!」
「ええッ」
仕方がない。ピート一等兵は、天井の方をむいて、口を大きくひらいた。
「こら、もっと下を向いて、口をあけろ」
「下へ向けないであります。さっきから首の骨が、どうかなったのであります。幽霊のことを、あまり心配したせいであろうと思います」
「つべこべ、喋るな。命令どおりすればよいのだ。――もっと下へむけ。それから、号令とともに、大きく、息をはきだせ。さあ、はじめる。お一イ」
ピート一等兵は、泣きだしそうな顔をしている。
「はあッ」
と、申しわけみたいに、小さい息をはく。
「こら、そんな息のつき方では、だめだ。まるで、お姫様が吐息をついているようじゃないか。もっと大きく息を、はきだせ。こういう風に。お一イ、はあ 二イッ、息をはあ」
軍曹は、いじわるい笑いをうかべて、ピート一等兵のよわっている顔をみあげた。
「軍曹どの。もう、たくさんであります。あれは、自分のしらないうちに、林檎が胃袋の中へ、とびこんだのであります」
大男のピート一等兵が、べそをかいているところは、なかなかおもしろい。
軍曹は、やっと、思いのとおりにいって、気がせいせいした。
「そうか、無断でそういうことをやったことに対しては、いずれあとで処罰する」
と、パイ軍曹は、そり身になって、
「ところで、おれは、もう一つ、こういうものを持っているんだ」
と、かくしていた林檎を、ピートの眼の前に、ぬっとだした。
「やッ! まだ、あったのですか」
ピートは、おどろきのこえをあげた。そして、彼は林檎の方へ、手をのばした。軍曹は、すばやく林檎をひっこめると、その手を、いやというほど殴りとばした。
意外な声
「軍曹どのは、その林檎を、ひとりで、召しあがるつもりなんでしょう」
「そうだ。さっきの林檎は、お前がくってしまった。こんどは、おれに食べる権利があるのだ」
「半分ください」
「いや、やるものか」
そんなことをいっているうちに、パイ軍曹の胃袋が、もう待ちきれなくなってしまった。この、どこからでてきたか、わけのわからない幽霊林檎の素性をしらべることの方が、先にかたづけなければならないことだったが、こうして手にもち、いい匂いをかぎ、うつくしい林檎のはだをみていると、そんなことは、もう、後まわしだ。はやくがぶりと喰いつかないでは、いられなくなった。
パイ軍曹は、目をつぶり、大きな口をひらき、林檎をがぶりとやろうとした。これをみていたピート一等兵も、もう、たまらなくなった。
「あ、軍曹どの。お待ちなさい」
「なんだ、なぜ、とめる」
「その林檎は、どうも、たいへんあやしいですよ。さっき、自分がたべたとき、へんな味だと思いましたが、ああ、あいた、あいた、あいたたたッ」
ピート一等兵は、とつぜん顔をしかめ、自分の腹をおさえて、くるしみだした。
「おい、どうしたピート。しっかりしろ」
「あ、あいた、ああいたい。軍曹どの、その林檎を食べてはいけません。その林檎の中には、毒が入っています。うわーッ、いたい」
ピート一等兵が、しきりにくるしがるので、パイ軍曹は、心配になった。
「毒がはいっているって? ほんとかなあ」
「ほんとです。毒のある林檎であります。軍曹どの、自分はもうさっきの林檎の毒にあたってとても助かりません。ですから、そのついでに、軍曹どののもっておられる林檎も、自分が食べてしまいましょう。そうでないと、自分が死んだのち、軍曹どのが、この林檎を召し上るようなことになると、軍曹どのもまた一命を……」
「だまれ、ピート一等兵。貴様は、林檎がほしいものだから、そんなうそをついているんだな。ふふん、その手には、のるものか。これをみろ!」
というが早いか、パイ軍曹は、もっていた林檎に、がぶりとかぶりついた。
「あっ、軍曹どの、それはひどい」
ピート一等兵は、パイ軍曹に、とびついた。軍曹は、林檎をとられまいとする。そうして二人は、組みあったまま、床にどうと転がってしまった。たった一つの林檎のことで、地底戦車の中に、しばらく格闘がつづいた。まことにあさましいことだったが、二人の空腹は、それほど、もうたえられなくなっていたのだ。
上になり下になり、二人が組みうちをしているうちに、かんじんの林檎が、軍曹の手をはなれて、ころころと床のうえに転がった。
「あっ、しまった」
パイ軍曹は、手をのばして、それをおさえようとする。ピート一等兵は、そうさせまいとする。二人の身体は、からみあって、林檎のあとを追う。いつしか二人は、戦車の隅っこに、しきりに頭をぶちつけあっていた。
「こら、手を出すな」
「いや、自分も食べたいのです」
二人の争いは、いつおわるとも、わからなく見えたが、そのとき、何者ともしれず、二人の方に向って、大ごえで、よびかけたものがあった。
「お二人とも、手をあげてもらいましょう。手をあげなきゃ、この機関銃の引金を引きますよ」
おもいがけない人間のこえだ。
(あっ、あの幽霊か?)
二人は、とたんに顔の色をうしない、こえのしたうしろをふりかえってみると……。
安全条件
「まあまあ、そんなこわい顔をしないで、おとなしくしてください。お二人とも、僕に反抗しなければ、べつだん、この機関銃の引金を引こうとも思いませんよ」
どこからあらわれたのか、二人のうしろに立っているのは、顔の黄いろい若い東洋人だった。
「貴様、どこの何奴か」
「僕の顔をみれば、大よそ見当はつくでしょうがな」
と、かの若い東洋人は、なおもゆだんなく、機関銃の銃口を、パイ軍曹と、ピート一等兵の方へ向けながら、
「僕の名前ですか。これをお二人さんは、ききたいとおっしゃるのですか。さあ、何といったら、一等わかりやすいでしょうね。そうですなあ、まあ、僕の名前は、黄いろい幽霊といっておきましょう」
二人は、幽霊ということばを聞くと、ぞっとして、首をちぢめた。
「黄いろい幽霊が、こんな戦車の中に、なに用があるのか」
パイ軍曹は、やっと、これだけのこえを出した。
「用事は、いろいろありますがね、まず第一は、お二人さんが召し上った林檎の代金を、こっちへもらいたいのですよ」
「林檎の代金、すると、あの林檎は、君の……」
「そうです。僕が持ってきた林檎です。さあ金を払ってくれますか。おやすくしておきますよ」
黄いろい幽霊は、くそおちつきにおちついている。
「金なんか、ない。たとい、あっても誰が払うものか」
パイ軍曹が、断然いいきると、黄いろい幽霊のもっている機関銃の銃口が、パイ軍曹の鼻さきへ、ぬーっと、のびてきた。
「お払いになった方が、おためですよ。お金がなければ、他の品物でもよろしゅうございますが……。ぐずぐずしないでください。では、只今、いただきに、うかがいましょう」
黄いろい幽霊は、パイ軍曹とピート一等兵のそばへ、そろそろと、よってきた。二人は、びっくりして、後じさりした。
「おうごきに、ならないように、引金をひけば、なにもかも、それまでですよ。よろしゅうございますか」
機関銃の引金をひかれては、たまらない。二人は、もううごくことをあきらめ、黄いろい幽霊の、するがままに、まかせた。
黄いろい幽霊は、二人のうしろへまわって、ポケットの中をさぐった。お金をとられるか、時計でも持っていくのかと思ったのに、黄いろい幽霊は、そんなものはとらないで、二人のポケットから、大型のナイフをぬきだした。それから、パイ軍曹が腰におびていたピストルも、うばってしまった。
「さあ、もう、ようござんすよ。手をおろしてください。からだをうごかしても、かまいません」
黄いろい幽霊は、満足そうにいった。
パイ軍曹は、面をふくらませながら、
「君は一体、何者だ。幽霊じゃないだろう」
と、かすれたこえでいった。
「幽霊という名は、あなたがたが、僕につけてくだすったんですよ。あなたがたは、僕が床にころがした林檎を拾って、たべてしまったじゃありませんか」
「ああ、あの林檎は、君の林檎だったのか。なぜ、林檎をもって、こんなところへ入っていたのか」
「それは、あなたがたが、どうでも勝手に考えてください」
と、黄いろい幽霊は答えない。
「じゃあ、もう用がすんだのだろうから、君は、戦車から出ていってくれ」
「あははは。パイ軍曹あなたは、もうこの戦車の中では、命令権がないのですよ。これからは、僕が命令しますからねえ」
黄いろい幽霊は、からからと笑うのだった。
幽霊指揮官
「こっちを向きたまえ」
と、黄いろい幽霊は、おちつきはらった声で命令した。
パイ軍曹とピート一等兵は、おずおずと廻れ右をして、黄いろい幽霊の方に向いた。
(あっ、こいつは、まさしく東洋人だ。中国人じゃないかなあ。いや、エスキモー人かも知れない。いやいや、こんな大胆なことをやるのは、日本人より外にない)
これは、パイ軍曹の腹の中であった。
ピート一等兵の方は、そんなおちついたことを考えるひまがない。
(はあて、この幽霊め、おれたちと、あまりかわらない服装をしているぞ。防寒服を着た幽霊は、はじめてみたよ)
と、ピート一等兵はがたがたふるえている。
「さあ、これからは、私――黄いろい幽霊が、この地底戦車の指揮をとる。それについて不服な者があるなら、一歩前へ出なさい」
誰も出ない。そうであろう。黄いろい幽霊は、そういいながら、わきの下にかかえている機関銃の銃口を、二人の方へ、かわるがわる向けているのだ。不服があるといったら、すぐにも発砲しそうである。誰が一歩前に出るものか、それは自殺するようなものだから……。
「よし、わかった」
と、黄いろい幽霊は、おごそかに、いった。
「お前たち二人とも、わしが指揮をとることに不服はないのだな。それでは、ただちに命令する。二人とも、操縦席につけ!」
「うへッ」
パイ軍曹とピート一等兵とは、仕方なしに操縦席についた。
「前進せよ。針路は南東だ」
パイ軍曹は、いわれたとおり、戦車を南東へ向けて、出発させた。
エンジンは、ごうごうと音を発し戦車の中には、つよい反響が起った。
「おい、パイ軍曹。針路を、ちゃんと正しくなおせ。お前は、命令をきかないつもりか。きかないつもりなら、ここでお弁当代りに銃弾を五、六発、君の背中にお見舞い申そうか」
「いや、いや、いや、いや」
パイ軍曹は、急にハンドルを切って、黄いろい幽霊のいうとおり、地底戦車の針路を南東に向きをかえた。
「黄いろい幽霊閣下、只今我々は、ちゃんと南東に向け、前進中であります。でありますからして、銃弾をわしの背中にくらわせることは、御無用にねがいたいもので……」
と、うしろを向いて、おろおろごえで哀訴した。
「うしろを向いてはならん。それでは前進方向が、くるってくるではないか」
と、黄いろい幽霊は、パイ軍曹を、しかりとばした。
そのそばでは、ピート一等兵が、予備のハンドルを握って、ぶるぶるふるえている。
(おれは、ああいう風に、ぽんぽん叱りつける幽霊の話を、きいたことがないぞ。南極地方には、かわった幽霊が出ると、豆本かなんかに、書いておいてくれればよかったのに……)
と、ピートは、どこまでも、彼を幽霊だと思っている様子だった。
一体、この黄いろい幽霊は、どこから来たのだろうか。もちろん、本当の幽霊ではない。
その謎は、この黄いろい幽霊が、戦車の隅に大きな袋の中に一ぱいつめた食料品をかくしていることによって、とかれるようだ。あの生々しい林檎は、この黄いろい幽霊が、わざと、床のうえにころがしたものであった。――彼は、密航者だった。
だが、なんと風がわりな密航者よ。わざわざ、南極地方へいく地底戦車の中にしのび入るなんて、ただ者ではない。彼は、一体なにをするつもりか。それはおいおいとわかってくるであろう。
秘密は御存知