4話 地底戦車の怪人(4)
読み方を変える
「おい、パイ軍曹。もっと地底戦車のスピードをあげろ」
黄いろい幽霊は、おごそかに命令をした。
「は。もうこれ以上、出ませんです」
「うそをつけ」
と、黄いろい幽霊は、言下に、パイ軍曹をしかりつけた。
「おい、スピードのことは、ちゃんとわかっているのだぞ。極秘の陸軍試験月報によれば、地底戦車は、地中では最高三十五キロ、海底では、百五十キロまで出ると発表されているぞ」
「えっ、それまで知っているのですか。――では仕方がない。――ほら、スピード・メーターをみてください。いま、三十三キロまで出ていますよ。もうストップです」
「ごま化しては、いかん。それは地中スピードだ。しかるに、わが戦車は、いま海底を伝って前進しているのではないか。ほら、その計器をみろ。岩や土をそぎとる高速穿孔車輪が、すこしもまわっていないではないか。ほら、こっちのスイッチが、ひらかれたままになっている。ごま化すのは、いいかげんにしろ」
「うへッ」
黄いろい幽霊が、おそろしく地底戦車のことをよく知っているので、さすがのパイ軍曹も、とうとうかぶとをぬいでしまった。
「わかりました。おっしゃるとおりいくらでもスピードをあげます。しかし幽霊閣下は、この戦車を、一体どこへお向けになろうというのですか」
「目的地か。そんなことは、聞かないでも分っていそうなものではないか。ほら、その地図のうえの、ここだ!」
と、黄いろい幽霊は、操縦席の前にかかっている南極地方の地図のうえを、機関銃の先で指さした。そこには、絶望の岬と、妙な地名が書きこんであった。
「えっ、ここですか。ここは絶望の岬ですよ。いくらなんでも、こればかりは、おことわりいたします」
と、パイ軍曹は、顔色をかえた。
そうでもあろう、この絶望の岬というのは、この前、十九名からなるノールウェイの南極探険隊の一行が、岬へ上陸したのはいいが、そのまま険悪な天候にとじこめられてしまって、半年間も立往生し、ついに全員が、恨みをのんで、死んでしまった魔の場所であった。パイ軍曹が、顔色をかえるのも、無理ではなかった。
「いや、行くのだ。行くのがいやなら、すぐこの戦車から下りたまえ」
どこで聞いていたか、黄いろい幽霊は、パイ軍曹の口ぶりをまねして下りろといった。
「下りるのが、いやなら、銃弾をくらうかね」
軍曹が、だまっていると、となりに座っているピート一等兵は、しんぱいして、口をひらいた。
「軍曹どの。その幽霊のいうことを聞いた方がいいですよ。幽霊なんてものは、むちゃくちゃなことをいいだすものですからね、それにさからうと、よくありませんよ。自分の村では、幽霊にさからった者がいて、いつの間にか全身の血が、一滴のこらず、自分のからだからなくなってしまったのですよ。軍曹どの、だから、さからってはいかんです。もしそうなったら自分は、幽霊と、さしむかえで暮すことになるわけで、こりゃ、やりきれませんよ」
だが、軍曹は、なにもいわなかった。そのとき彼の眼は、急にあやしい光をおびたが、とたんに、彼は、
「ヤッ!」
と、さけんで、自分の肩ごしに、前へ出ている機銃の銃身を、ぐっとつかんだ。
「さあ、つかんだぞ。力くらべなら、幽霊なんかに負けるものか。こいつさえ、幽霊の手からこっちへとってしまえばいいのだ。おい、ピート一等兵、お前も下りてきて、手つだえ!」
うごかぬ筈
黄いろい幽霊が手にもっていた機銃で、操縦席の前にさがっている南極の地図を指したために、そばにいたパイ軍曹は、黄いろい幽霊のゆだんを見すまして、機銃をぐっとつかんだのである。力くらべならば、彼はすこぶる自信があった。
「おい、ピート一等兵。早く、力を貸せ。その幽霊の足を、横に払え!」
だが、ピート一等兵は、蛇ににらまれた蛙のように、すくんでしまっている。
「ぐ、軍曹どの。じ、自分は、もういけません。……」
「こら、上官を見殺しにする気か。よおしこの機銃を、こっちへうばいとったら、第一番にこの幽霊をたおし、その次には、き、貴様の胸もとに、銃弾で貴様の頭文字をかいてやるぞ! うーん」
パイ軍曹は、顔をまっ赤にして、うんうん呻りながら、機銃をうばいとろうと一生けんめいである。
ところが、黄いろい幽霊はさっきから、一語も発しない。そしてパイ軍曹をしかりつけるまでもなく、軍曹のしたいままに、放ってあるのだ。一挺の機関銃は、二人の手につかまれたまま、じっとうごかない。
「こら、幽霊。そこをはなせ。はなさないと、き、貴様を……」
「ほッほッほッほッ。パイ軍曹、君の腕の力は、たったそれだけか」
「な、なにを。うーん」
じつは、パイ軍曹は、さっきからまるで万力にはさんだようにうごかない機銃について、少々こまっていたところであった。
「さあ、パイ軍曹。君に、これがとれるものなら、もっと倍くらいの力を出したまえ」
「な、なにを。うーん」
パイ軍曹は、うんとがんばって、死にものぐるいの力を出して、機銃を前にひっぱったが、機銃はあいかわらず、巌のようにびくともしない。軍曹の額からは、ぼたぼたと、大粒の油あせが、たれる。
「力自慢で、わしが負けるなんて、そ、そんなはずはないのだが……」
幽霊は、わざとらしい咳払いをして、
「戦車の中には、食料品が不足だというのに、無駄に、力を出していいのかね」
「えっ」
この戦車の中には、食料品の貯えがないことは、はじめからしっていた軍曹だった。だから、黄いろい幽霊のことばは、パイ軍曹の腹へ、大砲のごとく、こたえた。彼はとたんに機銃から、ぱっと手をはなした。
「それで、もともとだ」
と、黄いろい幽霊は、いった。
パイ軍曹は、なんだか急に、眼の前がくらくなったように感じた。それは、空腹のところへあまり力を出しすぎたためだ。
「君でなくとも、だれがやってみても、この機銃を人力で取りはずすことはできないよ。このとおり、大きな金具で、はさまれているのだからなあ。ほッほッほッ」
黄いろい幽霊は、おかしさにたえられないという風に、大笑いをしたが、軍曹が、うしろをふりかえってみると、機銃のお尻のところが、掩蓋固定の締め金具の間に、うまく挟まれていたのである。それでは、軍曹は、堅い鋼鉄と相撲をとるような、とても勝つ見込みのない力くらべを、していたことになる。
「ああッ」
パイ軍曹は、あきれかえって、自分がいやになった。とたんに、からだが綿のように、ふにゃふにゃになったように感じた。
「ほッほッほッ。戦車隊員ともあろうものが、そんな不注意で、御用がつとまるとおもうか」
黄いろい幽霊は、一本するどく、軍曹をきめつけたが、そのときどうしたわけか、地底戦車は、急にかたむきはじめたとおもう間もなく、あっといううちに、大きくでんぐりかえりをうち、とたんに車内の電灯が、すーっと消えてしまった。三人は、それぞれ、南瓜のかごをひっくりかえしたように、ごろごろと投げだされた。さあ、一体、何事が起ったのであろう。
三つの場合
海底は、まっくらであった。
だから、なにごとが起っても、皆目みえなかった。
みえなかったから、よかったものの、もし海底に、だれかすんでいる者があって、いま地底戦車が、断崖から、まっさかさまになって、墜落したそのものすごい光景をみていたとしたら、その人は、きっときもをつぶしたにちがいない。地底戦車は、石塊のように、ころげおちたのであった。あの高い断崖から下へおちて、戦車がこわれなかったことが、じつにふしぎというほかない。
それもそのはず、ドイツとともに、世界に一、二を争う工業国アメリカが、そのすぐれた技術でつくりあげた極秘の地底戦車であった。その丈夫なことといったら、おそろしいほどだ。
それはいいが、地底戦車の中の三人は、一体、どうなったであろうか。
戦車の中は、電灯が消えて、それこそ、真の闇であった。
なんの音も、きこえない。
三人とも、あたまを、どこかかたいかべか、器械にぶっつけ、脳みそを出して、死んでしまったのであろうか。
いや、そうでもなかった。三人の心臓は、いずれもかすかではあるが、それぞれうごいていたのである。が、三人とも、死骸のようになって、うごかない。自分がいま、どこにいるか、それさえ分らない。三人とも、気がとおくなってしまったのだ。
だが、これっきり、三人とも、死んでしまうではなさそうだ。今に、一人一人、われにかえって、起きあがるだろう。しかし、それから先、どうして生きられるか、そいつは分らない。
だれが、先に、気がつくか。――これは、たいへん重要な問題だった。
もし、黄いろい幽霊が先に息をふきかえして気がつけば――幽霊が、息をふきかえすというのも、へんであるが――すべて、戦車が墜落する前のとおりであろう。すなわち彼は、とにかくパイ軍曹とピート一等兵をたすけおこして、それから後は、また機関銃をひねくりまわして、彼の好む方角へ前進するであろう。
だが、これと反対に、パイ軍曹が、先に気がつけば、彼は、ピート一等兵を靴の先でけとばして、眼をさまさせ、そして二人で力をあわせて、黄いろい幽霊をしばりあげ、ひどいしっぺいがえしをするだろう。幽霊をはだかにして、天井から吊り下げることぐらいは、命令しそうなパイ軍曹だった。これは、さっきまで勝者であった黄いろい幽霊にとって、まことに気の毒な場合であった。
もう一つの場合が、残っている。それは、ピート一等兵が、まっ先にわれにかえる場合である。大きなからだとは反対に、たいへん気のよわい彼は、一体どうするであろうか。この場合ばかりは、全く見当がつかない。
幸か不幸か、事実は、最後にのべた場合をとったのである。ピート一等兵が、うーんと呻って手足をのばし、われにかえったのであった。さあ、どんなことになるやら?
脳みそだ!
ピート一等兵は、しばらく、ひきつづき、呻った。
「うーん。ああッ」
それから、またしばらくして、
「ううーん、ああッ」
こんな風に、五、六回やっているうちに、彼の鼻が、小犬のそれのように、くんくんと鳴りだした。
「ああッ、ああッ、あーあ。はて、おれは、さっきまで、一体なにしていたのかなあ。おや、これは妙だ。へんな匂いがする」
ピート一等兵は、鼻をくんくん鳴らしつづけた、鼻から先に、われにかえったピート一等兵だった。
「やっぱり、そうだ。このうまそうな匂いは、林檎の匂いだ。おれは、林檎畑に迷いこんだのかなあ。くんくんくん」
しばらくすると、彼は、ふと気がついて、両眼をひらいた。が、まっくらであった。
「おや、まっくらだ。はて、おれは、こんなにまっくらな林檎畑があることを、きいたことがないぞ」
そのうちに、彼は、しくしく泣きだした。
「うん、わかったわかった。ここは、冥途なんだ。死後の世界なんだ。だから、こんなに、まっくらなんだ。かねて冥途は、くらいところだときいたが、林檎畑まで、まっくらだとは、おどろいたもんだ。しかし、はてな、おれはなぜ、死んでしまったのかな」
彼は、うでぐみをして、考えだした――つもりであった。それはそんな気がしたばかりで、ほんとは、うでぐみもなんにもしないで、やはり死人同様、長くなってのびていたのだ。
「そうだ、おもいだしたぞ。地底戦車が、ぐらっと横にかたむいたんだ。それで、おれはおどろいて、ハンドルに、しがみついたはずだ。すると、とたんにからだがすーっとぬけだして、いやというほど、ごつんと、あたまをぶっつけてしまった。それっきり、気をうしなってしまったのだ。致命傷は、あたまだったはず……」
そのとき、ピート一等兵の手は、ようやくうごきだすようになった。彼は、右手をのばしておそるおそる、じぶんのあたまにもっていった。
ぐしゃり!
ぐしゃりとしたものが、指の先にふれた。
「あっ、いけねえ。脳みそに、さわっちゃった。おれのあたまは、頭蓋骨がこわれて、ぐしゃぐしゃになっているぞ。あ、あさましや……」
ピート一等兵は、いきなり赤ん坊のようにわあわあ泣きだした。泣きながら、彼は、脳みそで、べとべとになったじぶんの手を、鼻さきにもっていった。とたんに、非常なおどろきにあって、泣きやんだ。
「あら、あやしやな。おれの脳みそは、林檎の匂いがするぞォ!」
ああ十五個!
「いや、これで、よく分ったよ」
彼ピート一等兵は、あんがい、おちついたこえで、ひとりごとをいった。
「むかしから、しんるいの奴や友だちがおれをつかまえて、お前は、どうも脳がどうかしていて、あたまが、はたらかない。お前の脳みそは、どうかしているんじゃないかと、よくいわれたもんだが――」
と、そこで彼は、大きなため息をついて、
「でも、まさか、おれの脳みそが、林檎でできているとは、気がつかなかったね」
もし、そばで、パイ軍曹が、ピート一等兵のひとりごとをきいていたとしたら、彼は軍曹から、耳ががーんとするほど、叱りとばされたことであろう。いまパイ軍曹は、叱りとばすどころではなく、人事不省におちいっていたのは、ピート一等兵のため、はなはだ幸運であった。
「おれは、へそのおを切ってから、こんなにおどろいたことは、はじめてだぞ。しかし、このように脳みそが、はみだしてしまっては、おどろいたって、もうおそい。えい、しようがない。こうなれば、やけくそだ。じぶんの脳みそを、なめちまえ」
ひどい奴があったものである。ピート一等兵は、指さきについたものを、口のところへもっていって、舌でぺろぺろなめはじめた。
「やあ、こりゃうまい。いやあ、すてきに、うまいぞ。おれの脳みそは、まるで、おしつぶされた林檎みたいだ」
といったが、林檎の味がするのも道理である。ピート一等兵は、林檎の袋の中に、頭をつっこんでいたのである。彼は、じぶんの脳みそとばかりおもって、じつは、じぶんのあたまの下におしつぶした林檎を、指さきにとって、一生けんめい、うまいうまいと、なめていたのである。そのことは、やがて彼も、気がついた。なぜならば、指をなめたあとで、手をあたまのところへもっていくうちに、まだつぶれない林檎に手がふれた。
「おやッ、こんなところに、おれの脳みその塊が、落っこってらあ」
脳みその塊ではない。ほんものの林檎であった。彼はもうその区別などは、どうでもよかった。彼は、やたらに、林檎を喰った。つぎからつぎへと、手をのばして、林檎を、丸かじりして、腹の中におさめた。
合計十五個の林檎を食べおわったときには、さすがの彼も、ほんとのことを悟っていた。これは林檎であって、脳みそではない。なぜなれば、大きな林檎が十五個もはいるような脳なんて、きいたことがないからである。そんな大きな頭の人間だったら、じぶんのあたまには、とても陸軍制式の鉄帽が、すっぽりはいるわけがない。
わけは、さっぱり分らないが、彼は、たくさんの林檎を食べたことをはっきり知った。そして、元気になった。そこで、ふらふらと立ち上った。二三歩あるいたとき、爪さきで、なにかかたいものを、けとばした。
「あ、いたッ!」
とたんに、ぱっと、車内に電灯がついた。スイッチかなんかを、けとばしたものらしい。彼はおどろいて急に明るくなった車内を見まわした。
「あ、あ、あ、あッ!」
ピート一等兵は、再度のおどろきにぶつかった。おどろくべき車内の光景!
戦車は、天井と床とが、全くあべこべになっている。
操縦席が、天井からぶら下っているかとおもえば、電灯が足許についているというさわぎだった。
それよりも、おどろいたのは、上官パイ軍曹の姿だった。彼は、天井から、塩びきの鮭のように、さかさまになってぶら下って気絶している。一方の足が操縦席にはさまり、そのまま、ぶら下っているのだ。お世辞にも、勇しい恰好だとはいえない。
ピート一等兵は、顔をむけかえて、もう一人の人物、黄いろい幽霊の居場所を、さがしもとめた。
ところが、黄いろい幽霊は、どこへいったものか、見つからない。
「おやおや幽霊め、とうとう妖怪変化の正体をあらわして、逃げてしまったかな」
そういって、ピート一等兵が、ひとりごとをいったとき、彼の足許に一本の手がころがっているのを発見した。電灯の反対でさっきは、よくみえなかったのだ。
「うあッ、こんなところに、だれが腕をおとしていったんだろう?」
といったとき、その腕が、急に、ぐーっと、うごきだした。怪また怪!
廻れ右!
「ひゃッ!」
ピート一等兵は、その場に、とびあがった。元来、幽霊が大きらいのピート一等兵だったから、おどろくのも、むりではなかった。
だが、あまりおどろきすぎて、前後の見さかいもなくとびあがったものだから、大男の彼はいやというほど、頭を器械の角でぶっつけて、うーんと眼をまわして、その場にのびてしまった。どこまでも、世話のやけるピート一等兵だった。
ぐーっとのびた一本の腕が、やがて床――ではなかった、下になった天井をおさえた。その腕のうえに、肩が生え、それから、頭が生えた。黄いろい幽霊の頭であった。
そこには、黄いろい幽霊が倒れていたのに、そそっかしいピート一等兵は、彼の一本の腕だけ見たのである。
「しまった」
彼は、そう叫んで、とび起きた。そして、そこに落ちていた機関銃をひろった。すぐさま、彼は銃をかまえて、あたりを見廻した。
「なあんだ、皆、まだ、伸びていたのか」
パイ軍曹は、塩びきの鮭のように、ぶら下っていたし、ピート一等兵は放りだされた大根のように倒れていた。
黄いろい幽霊は、しばらく両人をながめていたが、やがて、うなずくと、まず、パイ軍曹を抱き下ろして、活を入れてやった。
「うーん」
パイ軍曹は、やっと気がついたが、黄いろい幽霊を見ても、もうとびかかってくる元気がなかった。
黄いろい幽霊は、次に、ピート一等兵を、介抱してやった。ピートは、気がつくと、きょろきょろあたりを見まわしたが、
「あれッ、どうしたのだろう。いつの間にやら、こんども生きかえって、おれが助けられるなんて、さっきのは、あれは夢だったかしらん」
と、けげんな顔。
「どうだ、パイ軍曹にピート一等兵。もう、いい加減に、こりたであろう。反抗するのもいいが、このうえ反抗すると、こんどは、いよいよ生命をもらっちまうぞ。ここで、どっちにするか、はっきり返事をしろ」
黄いろい幽霊は、おごそかなこえでいった。
パイ軍曹とピート一等兵とは、顔を見合せた。そして、おたがいに、うなずきあった。
(どうだ、こううるさくては、かなわんから、降参してしまおうじゃないか。せめて、われわれが地上に出られるまで……)
(へい、大賛成です!)
二人は、そんな風に、早いところ、眼と眼とで、相談をしてしまった。
「ええ、黄いろい幽霊どのに申上げます。以後両人は、貴殿を、絶対に上官だと思い、服従いたします。その代り、貴殿のお力をもちまして、どうかわれわれを、再び地上に出していただいて、もう一ぺんだけ、陽の光や、鳥の飛んでいるところや、それから、酒壜やビフテキまで見られますように、どうぞどうぞお助けください。アーメン」
二人は、黄いろい幽霊を、神様あつかいにまで、してしまった。
「ふん、そういう気なら、願いは、聞き届けてやる。きっと、今いったことを、忘れるなよ」
「は、決して忘れませぬ。アーメン」
どこまでも、黄いろい幽霊は、神様あつかいであった。
快男児沖島
この黄いろい幽霊とは、そも、何者であろうか。
これは、彼の自らいうように、幽霊ではない。そうかといって、アーメンと、あがめたたえられているように、神様の化身でもない。
沖島速夫――それが、この黄いろい幽霊の本名だった。
その名で分るとおり、彼は日本人であったのである。そのむかし、彼は、苦学生であって、アメリカで皿洗いをしていた。しかし、だんだん世界の情勢がかわって来て、それまでは、それほどでもなかったアメリカ人が、さかんに日本いじめをやりだした。通商条約を、とつぜんやぶったり、急に石油や器械を売らなくなったり、大艦隊を日本に一等近いハワイに集めたりして、さかんにおどしにかかった。アメリカは、すっかり日本いじめに夢中になってしまった形である。そんなことが、沖島速夫を、すっかり怒らせてしまったのだ。彼は、だんだん、アメリカ人のために皿なんか洗ってやるものかと思った。そして、腕は細いが、ひとつ出来るだけの智慧をはたらかして、アメリカ人の荒ぎもをうばってやろうと決心したのだ。
そこで彼は、だれにも、それを告げず、職場をはなれた。今まで働いて、一生けんめいためた金をもって、彼はしばらく町々をうろついたが、或るとき、地底戦車が秘密に南極へいくことを、かぎつけたのであった。これはいいことをきいたと、彼は思った。そこで俄かに決心して、或る夜ひそかに、苦心に苦心をかさねて、ついに地底戦車の中に、もぐりこんだのであった。そのとき、一挺の軽機関銃と、大きな袋に入った林檎とを、その中へかつぎ込んだ。
戦車の中は、案外ひろびろとしていたから、彼は、べつに息もつまらないで、暮していることができた。そのうちに、例の遭難事件となり、パイ軍曹とピート一等兵とが、とびこんできたのである。そして、とんださわぎが、この戦車の中ではじまることとなったのである。
沖島速夫は、もちろん、生命をなげ出していた。別に、この地底戦車をスパイするつもりでやったことではなく、ただ、太平洋の彼方で、真の日本人を知らず、ひとりよがりでいるアメリカ人たちに、日本人の意気を見せて、ちょっとおどろかせてやりたかっただけのことである。
南極地方へ上陸したのち、地底戦車の中からおどり出して、
「アメリカさん。ばあーッ」
と、やりたいだけのことであった。ところが、ひょんなことから、その戦車をつんでいた船が沈没してしまったため、たいへんな冒険をやるようなこととなった。
助かるか助からないか、沖島速夫自身も、全く知らない。しかし彼は、むかしから、いかなるときにも、おちつきを失わない男だったから、生命なんかのことで、取り越し苦労をするのは馬鹿者のすることだと決め、自分は生命を神様にでもあずけたつもりで、そんな心配はごめんこうむって、ただ斃れてのちやむの精神で、ここまでやって来たのである。
ところが、パイ軍曹もピート一等兵も、がらは大きいし、いばることも知っているが、今地底戦車が南極の海中に沈んでいると思うと、からいくじがなくなって、とうとうここで、沖島速夫を神様のようにあがめ、そして神様としておすがりするようなことになってしまった。心の弱いものは、いつでも、このように負けてしまう。
(絶対に反抗しません!)
こんどこそ、いよいよ本気で、二人は黄いろい幽霊に降参してしまったのである。
速夫は、勝者だ。
だが、こうなると、出来るなら、二人を助けてやりたいと思った。そして、なにげなく彼は、さかさまに下っている深度計に眼をやったが、
「おやッ!」
とばかり、心の中でおどろいた。――深度計は、零をさしていたのである。
天井の怪音