地底戦車の怪人

4話 地底戦車の怪人(4)

9,370字 約19分 2006年3月5日 公開

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「おい、パイ軍曹。もっと地底戦車のスピードをあげろ」

 黄いろい幽霊は、おごそかに命令をした。

「は。もうこれ以上、出ませんです」

「うそをつけ」

 と、黄いろい幽霊は、言下に、パイ軍曹をしかりつけた。

「おい、スピードのことは、ちゃんとわかっているのだぞ。極秘(ごくひ)の陸軍試験月報によれば、地底戦車は、地中では最高三十五キロ、海底では、百五十キロまで出ると発表されているぞ」

「えっ、それまで知っているのですか。――では仕方がない。――ほら、スピード・メーターをみてください。いま、三十三キロまで出ていますよ。もうストップです」

「ごま化しては、いかん。それは地中スピードだ。しかるに、わが戦車は、いま海底を伝って前進しているのではないか。ほら、その計器をみろ。岩や土をそぎとる高速穿孔(せんこう)車輪が、すこしもまわっていないではないか。ほら、こっちのスイッチが、ひらかれたままになっている。ごま化すのは、いいかげんにしろ」

「うへッ」

 黄いろい幽霊が、おそろしく地底戦車のことをよく知っているので、さすがのパイ軍曹も、とうとうかぶとをぬいでしまった。

「わかりました。おっしゃるとおりいくらでもスピードをあげます。しかし幽霊閣下は、この戦車を、一体どこへお向けになろうというのですか」

「目的地か。そんなことは、聞かないでも分っていそうなものではないか。ほら、その地図のうえの、ここだ!」

 と、黄いろい幽霊は、操縦席の前にかかっている南極地方の地図のうえを、機関銃の先で指さした。そこには、絶望の(みさき)と、妙な地名が書きこんであった。

「えっ、ここですか。ここは絶望の岬ですよ。いくらなんでも、こればかりは、おことわりいたします」

 と、パイ軍曹は、顔色をかえた。

 そうでもあろう、この絶望の岬というのは、この前、十九名からなるノールウェイの南極探険隊の一行が、岬へ上陸したのはいいが、そのまま険悪な天候にとじこめられてしまって、半年間も立往生し、ついに全員が、恨みをのんで、死んでしまった魔の場所であった。パイ軍曹が、顔色をかえるのも、無理ではなかった。

「いや、行くのだ。行くのがいやなら、すぐこの戦車から下りたまえ」

 どこで聞いていたか、黄いろい幽霊は、パイ軍曹の口ぶりをまねして下りろといった。

「下りるのが、いやなら、銃弾をくらうかね」

 軍曹が、だまっていると、となりに座っているピート一等兵は、しんぱいして、口をひらいた。

「軍曹どの。その幽霊のいうことを聞いた方がいいですよ。幽霊なんてものは、むちゃくちゃなことをいいだすものですからね、それにさからうと、よくありませんよ。自分の村では、幽霊にさからった者がいて、いつの間にか全身の血が、一滴のこらず、自分のからだからなくなってしまったのですよ。軍曹どの、だから、さからってはいかんです。もしそうなったら自分は、幽霊と、さしむかえで暮すことになるわけで、こりゃ、やりきれませんよ」

 だが、軍曹は、なにもいわなかった。そのとき彼の眼は、急にあやしい光をおびたが、とたんに、彼は、

「ヤッ!」

 と、さけんで、自分の肩ごしに、前へ出ている機銃の銃身を、ぐっとつかんだ。

「さあ、つかんだぞ。力くらべなら、幽霊なんかに負けるものか。こいつさえ、幽霊の手からこっちへとってしまえばいいのだ。おい、ピート一等兵、お前も下りてきて、手つだえ!」

   うごかぬ(はず)

 黄いろい幽霊が手にもっていた機銃で、操縦席の前にさがっている南極の地図を指したために、そばにいたパイ軍曹は、黄いろい幽霊のゆだんを見すまして、機銃をぐっとつかんだのである。力くらべならば、彼はすこぶる自信があった。

「おい、ピート一等兵。早く、力を貸せ。その幽霊の足を、横に払え!」

 だが、ピート一等兵は、(へび)ににらまれた(かえる)のように、すくんでしまっている。

「ぐ、軍曹どの。じ、自分は、もういけません。……」

「こら、上官を見殺しにする気か。よおしこの機銃を、こっちへうばいとったら、第一番にこの幽霊をたおし、その次には、き、貴様(きさま)の胸もとに、銃弾で貴様の頭文字をかいてやるぞ! うーん」

 パイ軍曹は、顔をまっ赤にして、うんうん(うな)りながら、機銃をうばいとろうと一生けんめいである。

 ところが、黄いろい幽霊はさっきから、一語も発しない。そしてパイ軍曹をしかりつけるまでもなく、軍曹のしたいままに、放ってあるのだ。一(ちょう)の機関銃は、二人の手につかまれたまま、じっとうごかない。

「こら、幽霊。そこをはなせ。はなさないと、き、貴様を……」

「ほッほッほッほッ。パイ軍曹、君の腕の力は、たったそれだけか」

「な、なにを。うーん」

 じつは、パイ軍曹は、さっきからまるで万力(まんりき)にはさんだようにうごかない機銃について、少々こまっていたところであった。

「さあ、パイ軍曹。君に、これがとれるものなら、もっと倍くらいの力を出したまえ」

「な、なにを。うーん」

 パイ軍曹は、うんとがんばって、死にものぐるいの力を出して、機銃を前にひっぱったが、機銃はあいかわらず、(いわお)のようにびくともしない。軍曹の(ひたい)からは、ぼたぼたと、大粒の油あせが、たれる。

「力自慢で、わしが負けるなんて、そ、そんなはずはないのだが……」

 幽霊は、わざとらしい咳払(せきばら)いをして、

「戦車の中には、食料品が不足だというのに、無駄に、力を出していいのかね」

「えっ」

 この戦車の中には、食料品の(たくわ)えがないことは、はじめからしっていた軍曹だった。だから、黄いろい幽霊のことばは、パイ軍曹の腹へ、大砲のごとく、こたえた。彼はとたんに機銃から、ぱっと手をはなした。

「それで、もともとだ」

 と、黄いろい幽霊は、いった。

 パイ軍曹は、なんだか急に、眼の前がくらくなったように感じた。それは、空腹のところへあまり力を出しすぎたためだ。

「君でなくとも、だれがやってみても、この機銃を人力で取りはずすことはできないよ。このとおり、大きな金具で、はさまれているのだからなあ。ほッほッほッ」

 黄いろい幽霊は、おかしさにたえられないという風に、大笑いをしたが、軍曹が、うしろをふりかえってみると、機銃のお尻のところが、掩蓋(えんがい)固定の締め金具の間に、うまく(はさ)まれていたのである。それでは、軍曹は、堅い鋼鉄と相撲をとるような、とても勝つ見込みのない力くらべを、していたことになる。

「ああッ」

 パイ軍曹は、あきれかえって、自分がいやになった。とたんに、からだが綿のように、ふにゃふにゃになったように感じた。

「ほッほッほッ。戦車隊員ともあろうものが、そんな不注意で、御用がつとまるとおもうか」

 黄いろい幽霊は、一本するどく、軍曹をきめつけたが、そのときどうしたわけか、地底戦車は、急にかたむきはじめたとおもう間もなく、あっといううちに、大きくでんぐりかえりをうち、とたんに車内の電灯が、すーっと消えてしまった。三人は、それぞれ、南瓜(かぼちゃ)のかごをひっくりかえしたように、ごろごろと投げだされた。さあ、一体、何事が起ったのであろう。

   三つの場合

 海底は、まっくらであった。

 だから、なにごとが起っても、皆目みえなかった。

 みえなかったから、よかったものの、もし海底に、だれかすんでいる者があって、いま地底戦車が、断崖(だんがい)から、まっさかさまになって、墜落したそのものすごい光景をみていたとしたら、その人は、きっときもをつぶしたにちがいない。地底戦車は、石塊(せっかい)のように、ころげおちたのであった。あの高い断崖から下へおちて、戦車がこわれなかったことが、じつにふしぎというほかない。

 それもそのはず、ドイツとともに、世界に一、二を争う工業国アメリカが、そのすぐれた技術でつくりあげた極秘の地底戦車であった。その丈夫なことといったら、おそろしいほどだ。

 それはいいが、地底戦車の中の三人は、一体、どうなったであろうか。

 戦車の中は、電灯が消えて、それこそ、真の闇であった。

 なんの音も、きこえない。

 三人とも、あたまを、どこかかたいかべか、器械にぶっつけ、脳みそを出して、死んでしまったのであろうか。

 いや、そうでもなかった。三人の心臓は、いずれもかすかではあるが、それぞれうごいていたのである。が、三人とも、死骸のようになって、うごかない。自分がいま、どこにいるか、それさえ分らない。三人とも、気がとおくなってしまったのだ。

 だが、これっきり、三人とも、死んでしまうではなさそうだ。今に、一人一人、われにかえって、起きあがるだろう。しかし、それから先、どうして生きられるか、そいつは分らない。

 だれが、先に、気がつくか。――これは、たいへん重要な問題だった。

 もし、黄いろい幽霊が先に息をふきかえして気がつけば――幽霊が、息をふきかえすというのも、へんであるが――すべて、戦車が墜落する前のとおりであろう。すなわち彼は、とにかくパイ軍曹とピート一等兵をたすけおこして、それから後は、また機関銃をひねくりまわして、彼の好む方角へ前進するであろう。

 だが、これと反対に、パイ軍曹が、先に気がつけば、彼は、ピート一等兵を靴の先でけとばして、眼をさまさせ、そして二人で力をあわせて、黄いろい幽霊をしばりあげ、ひどいしっぺいがえしをするだろう。幽霊をはだかにして、天井から()り下げることぐらいは、命令しそうなパイ軍曹だった。これは、さっきまで勝者であった黄いろい幽霊にとって、まことに気の毒な場合であった。

 もう一つの場合が、残っている。それは、ピート一等兵が、まっ先にわれにかえる場合である。大きなからだとは反対に、たいへん気のよわい彼は、一体どうするであろうか。この場合ばかりは、全く見当がつかない。

 幸か不幸か、事実は、最後にのべた場合をとったのである。ピート一等兵が、うーんと(うな)って手足をのばし、われにかえったのであった。さあ、どんなことになるやら?

   脳みそだ!

 ピート一等兵は、しばらく、ひきつづき、呻った。

「うーん。ああッ」

 それから、またしばらくして、

「ううーん、ああッ」

 こんな風に、五、六回やっているうちに、彼の鼻が、小犬のそれのように、くんくんと鳴りだした。

「ああッ、ああッ、あーあ。はて、おれは、さっきまで、一体なにしていたのかなあ。おや、これは妙だ。へんな(にお)いがする」

 ピート一等兵は、鼻をくんくん鳴らしつづけた、鼻から先に、われにかえったピート一等兵だった。

「やっぱり、そうだ。このうまそうな匂いは、林檎(りんご)の匂いだ。おれは、林檎畑に迷いこんだのかなあ。くんくんくん」

 しばらくすると、彼は、ふと気がついて、両眼をひらいた。が、まっくらであった。

「おや、まっくらだ。はて、おれは、こんなにまっくらな林檎畑があることを、きいたことがないぞ」

 そのうちに、彼は、しくしく泣きだした。

「うん、わかったわかった。ここは、冥途(めいど)なんだ。死後の世界なんだ。だから、こんなに、まっくらなんだ。かねて冥途は、くらいところだときいたが、林檎畑まで、まっくらだとは、おどろいたもんだ。しかし、はてな、おれはなぜ、死んでしまったのかな」

 彼は、うでぐみをして、考えだした――つもりであった。それはそんな気がしたばかりで、ほんとは、うでぐみもなんにもしないで、やはり死人同様、長くなってのびていたのだ。

「そうだ、おもいだしたぞ。地底戦車が、ぐらっと横にかたむいたんだ。それで、おれはおどろいて、ハンドルに、しがみついたはずだ。すると、とたんにからだがすーっとぬけだして、いやというほど、ごつんと、あたまをぶっつけてしまった。それっきり、気をうしなってしまったのだ。致命傷は、あたまだったはず……」

 そのとき、ピート一等兵の手は、ようやくうごきだすようになった。彼は、右手をのばしておそるおそる、じぶんのあたまにもっていった。

 ぐしゃり!

 ぐしゃりとしたものが、指の先にふれた。

「あっ、いけねえ。脳みそに、さわっちゃった。おれのあたまは、頭蓋骨(ずがいこつ)がこわれて、ぐしゃぐしゃになっているぞ。あ、あさましや……」

 ピート一等兵は、いきなり赤ん坊のようにわあわあ泣きだした。泣きながら、彼は、脳みそで、べとべとになったじぶんの手を、鼻さきにもっていった。とたんに、非常なおどろきにあって、泣きやんだ。

「あら、あやしやな。おれの脳みそは、林檎の匂いがするぞォ!」

   ああ十五個!

「いや、これで、よく分ったよ」

 彼ピート一等兵は、あんがい、おちついたこえで、ひとりごとをいった。

「むかしから、しんるいの奴や友だちがおれをつかまえて、お前は、どうも脳がどうかしていて、あたまが、はたらかない。お前の脳みそは、どうかしているんじゃないかと、よくいわれたもんだが――」

 と、そこで彼は、大きなため息をついて、

「でも、まさか、おれの脳みそが、林檎でできているとは、気がつかなかったね」

 もし、そばで、パイ軍曹が、ピート一等兵のひとりごとをきいていたとしたら、彼は軍曹から、耳ががーんとするほど、叱りとばされたことであろう。いまパイ軍曹は、叱りとばすどころではなく、人事不省(じんじふせい)におちいっていたのは、ピート一等兵のため、はなはだ幸運であった。

「おれは、へそのおを切ってから、こんなにおどろいたことは、はじめてだぞ。しかし、このように脳みそが、はみだしてしまっては、おどろいたって、もうおそい。えい、しようがない。こうなれば、やけくそだ。じぶんの脳みそを、なめちまえ」

 ひどい奴があったものである。ピート一等兵は、指さきについたものを、口のところへもっていって、舌でぺろぺろなめはじめた。

「やあ、こりゃうまい。いやあ、すてきに、うまいぞ。おれの脳みそは、まるで、おしつぶされた林檎みたいだ」

 といったが、林檎の味がするのも道理である。ピート一等兵は、林檎の袋の中に、頭をつっこんでいたのである。彼は、じぶんの脳みそとばかりおもって、じつは、じぶんのあたまの下におしつぶした林檎を、指さきにとって、一生けんめい、うまいうまいと、なめていたのである。そのことは、やがて彼も、気がついた。なぜならば、指をなめたあとで、手をあたまのところへもっていくうちに、まだつぶれない林檎に手がふれた。

「おやッ、こんなところに、おれの脳みその(かたまり)が、落っこってらあ」

 脳みその塊ではない。ほんものの林檎であった。彼はもうその区別などは、どうでもよかった。彼は、やたらに、林檎を喰った。つぎからつぎへと、手をのばして、林檎を、丸かじりして、腹の中におさめた。

 合計十五個の林檎を食べおわったときには、さすがの彼も、ほんとのことを悟っていた。これは林檎であって、脳みそではない。なぜなれば、大きな林檎が十五個もはいるような脳なんて、きいたことがないからである。そんな大きな頭の人間だったら、じぶんのあたまには、とても陸軍制式の鉄帽が、すっぽりはいるわけがない。

 わけは、さっぱり分らないが、彼は、たくさんの林檎を食べたことをはっきり知った。そして、元気になった。そこで、ふらふらと立ち上った。二三歩あるいたとき、(つま)さきで、なにかかたいものを、けとばした。

「あ、いたッ!」

 とたんに、ぱっと、車内に電灯がついた。スイッチかなんかを、けとばしたものらしい。彼はおどろいて急に明るくなった車内を見まわした。

「あ、あ、あ、あッ!」

 ピート一等兵は、再度のおどろきにぶつかった。おどろくべき車内の光景!

 戦車は、天井と床とが、全くあべこべになっている。

 操縦席が、天井からぶら下っているかとおもえば、電灯が足許(あしもと)についているというさわぎだった。

 それよりも、おどろいたのは、上官パイ軍曹の姿だった。彼は、天井から、塩びきの(さけ)のように、さかさまになってぶら下って気絶している。一方の足が操縦席にはさまり、そのまま、ぶら下っているのだ。お世辞(せじ)にも、勇しい恰好(かっこう)だとはいえない。

 ピート一等兵は、顔をむけかえて、もう一人の人物、黄いろい幽霊の居場所を、さがしもとめた。

 ところが、黄いろい幽霊は、どこへいったものか、見つからない。

「おやおや幽霊め、とうとう妖怪変化(ようかいへんげ)の正体をあらわして、逃げてしまったかな」

 そういって、ピート一等兵が、ひとりごとをいったとき、彼の足許に一本の手がころがっているのを発見した。電灯の反対でさっきは、よくみえなかったのだ。

「うあッ、こんなところに、だれが腕をおとしていったんだろう?」

 といったとき、その腕が、急に、ぐーっと、うごきだした。怪また怪!

   (まわ)(みぎ)

「ひゃッ!」

 ピート一等兵は、その場に、とびあがった。元来、幽霊が大きらいのピート一等兵だったから、おどろくのも、むりではなかった。

 だが、あまりおどろきすぎて、前後の見さかいもなくとびあがったものだから、大男の彼はいやというほど、頭を器械の角でぶっつけて、うーんと眼をまわして、その場にのびてしまった。どこまでも、世話のやけるピート一等兵だった。

 ぐーっとのびた一本の腕が、やがて床――ではなかった、下になった天井をおさえた。その腕のうえに、肩が()え、それから、頭が生えた。黄いろい幽霊の頭であった。

 そこには、黄いろい幽霊が倒れていたのに、そそっかしいピート一等兵は、彼の一本の腕だけ見たのである。

「しまった」

 彼は、そう叫んで、とび起きた。そして、そこに落ちていた機関銃をひろった。すぐさま、彼は銃をかまえて、あたりを見廻した。

「なあんだ、皆、まだ、伸びていたのか」

 パイ軍曹は、塩びきの鮭のように、ぶら下っていたし、ピート一等兵は放りだされた大根(だいこん)のように倒れていた。

 黄いろい幽霊は、しばらく両人をながめていたが、やがて、うなずくと、まず、パイ軍曹を抱き下ろして、活を入れてやった。

「うーん」

 パイ軍曹は、やっと気がついたが、黄いろい幽霊を見ても、もうとびかかってくる元気がなかった。

 黄いろい幽霊は、次に、ピート一等兵を、介抱(かいほう)してやった。ピートは、気がつくと、きょろきょろあたりを見まわしたが、

「あれッ、どうしたのだろう。いつの間にやら、こんども生きかえって、おれが助けられるなんて、さっきのは、あれは夢だったかしらん」

 と、けげんな顔。

「どうだ、パイ軍曹にピート一等兵。もう、いい加減に、こりたであろう。反抗するのもいいが、このうえ反抗すると、こんどは、いよいよ生命(いのち)をもらっちまうぞ。ここで、どっちにするか、はっきり返事をしろ」

 黄いろい幽霊は、おごそかなこえでいった。

 パイ軍曹とピート一等兵とは、顔を見合せた。そして、おたがいに、うなずきあった。

(どうだ、こううるさくては、かなわんから、降参してしまおうじゃないか。せめて、われわれが地上に出られるまで……)

(へい、大賛成です!)

 二人は、そんな風に、早いところ、眼と眼とで、相談をしてしまった。

「ええ、黄いろい幽霊どのに申上げます。以後両人は、貴殿(きでん)を、絶対に上官だと思い、服従いたします。その代り、貴殿のお力をもちまして、どうかわれわれを、再び地上に出していただいて、もう一ぺんだけ、()の光や、鳥の飛んでいるところや、それから、酒壜(さかびん)やビフテキまで見られますように、どうぞどうぞお助けください。アーメン」

 二人は、黄いろい幽霊を、神様あつかいにまで、してしまった。

「ふん、そういう気なら、願いは、聞き届けてやる。きっと、今いったことを、忘れるなよ」

「は、決して忘れませぬ。アーメン」

 どこまでも、黄いろい幽霊は、神様あつかいであった。

   快男児沖島(おきしま)

 この黄いろい幽霊とは、そも、何者であろうか。

 これは、彼の自らいうように、幽霊ではない。そうかといって、アーメンと、あがめたたえられているように、神様の化身でもない。

 沖島速夫(おきしまはやお)――それが、この黄いろい幽霊の本名だった。

 その名で分るとおり、彼は日本人であったのである。そのむかし、彼は、苦学生であって、アメリカで皿洗いをしていた。しかし、だんだん世界の情勢がかわって来て、それまでは、それほどでもなかったアメリカ人が、さかんに日本いじめをやりだした。通商条約を、とつぜんやぶったり、急に石油や器械を売らなくなったり、大艦隊を日本に一等近いハワイに集めたりして、さかんにおどしにかかった。アメリカは、すっかり日本いじめに夢中になってしまった形である。そんなことが、沖島速夫を、すっかり怒らせてしまったのだ。彼は、だんだん、アメリカ人のために皿なんか洗ってやるものかと思った。そして、腕は細いが、ひとつ出来るだけの智慧(ちえ)をはたらかして、アメリカ人の荒ぎもをうばってやろうと決心したのだ。

 そこで彼は、だれにも、それを告げず、職場をはなれた。今まで働いて、一生けんめいためた金をもって、彼はしばらく町々をうろついたが、或るとき、地底戦車が秘密に南極へいくことを、かぎつけたのであった。これはいいことをきいたと、彼は思った。そこで(にわ)かに決心して、或る夜ひそかに、苦心に苦心をかさねて、ついに地底戦車の中に、もぐりこんだのであった。そのとき、一(ちょう)の軽機関銃と、大きな袋に入った林檎とを、その中へかつぎ込んだ。

 戦車の中は、案外ひろびろとしていたから、彼は、べつに息もつまらないで、暮していることができた。そのうちに、例の遭難事件となり、パイ軍曹とピート一等兵とが、とびこんできたのである。そして、とんださわぎが、この戦車の中ではじまることとなったのである。

 沖島速夫は、もちろん、生命をなげ出していた。別に、この地底戦車をスパイするつもりでやったことではなく、ただ、太平洋の彼方(かなた)で、真の日本人を知らず、ひとりよがりでいるアメリカ人たちに、日本人の意気を見せて、ちょっとおどろかせてやりたかっただけのことである。

 南極地方へ上陸したのち、地底戦車の中からおどり出して、

「アメリカさん。ばあーッ」

 と、やりたいだけのことであった。ところが、ひょんなことから、その戦車をつんでいた船が沈没してしまったため、たいへんな冒険をやるようなこととなった。

 助かるか助からないか、沖島速夫自身も、全く知らない。しかし彼は、むかしから、いかなるときにも、おちつきを失わない男だったから、生命なんかのことで、取り越し苦労をするのは馬鹿者のすることだと決め、自分は生命を神様にでもあずけたつもりで、そんな心配はごめんこうむって、ただ(たお)れてのちやむの精神で、ここまでやって来たのである。

 ところが、パイ軍曹もピート一等兵も、がらは大きいし、いばることも知っているが、今地底戦車が南極の海中に沈んでいると思うと、からいくじがなくなって、とうとうここで、沖島速夫を神様のようにあがめ、そして神様としておすがりするようなことになってしまった。心の弱いものは、いつでも、このように負けてしまう。

(絶対に反抗しません!)

 こんどこそ、いよいよ本気で、二人は黄いろい幽霊に降参してしまったのである。

 速夫は、勝者だ。

 だが、こうなると、出来るなら、二人を助けてやりたいと思った。そして、なにげなく彼は、さかさまに下っている深度計に眼をやったが、

「おやッ!」

 とばかり、心の中でおどろいた。――深度計は、(れい)をさしていたのである。

   天井の怪音

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