大宇宙遠征隊

16話 月の引力

2,180字 約4分 2004年4月7日 公開

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(おどろいては、いけない)

 艇長は、そういったが、三郎はそんなにいちいちおどろいていてはしようがないと思った。なに、おどろくものか、と度胸(どきょう)をすえて、窓から下を見おろした。

「あっ!」

 だが、やっぱり三郎はおどろきのこえをあげた。なんという怪奇な月世界の風景であろう。

 飛んでいく噴行艇の下は、まっくらであったが、それからずっと向こうの方を見ると、これはまたまぶしいまでに光る銀色の大きな陸地があった。

 よく見ると、その光る陸地は、けわしい山々が肩をならべて、そびえている。山の(はし)が光って、その後は(すみ)でぬりつぶしたように、まっ黒な山脈が手前の方にあった。それより向こうの山脈は、全体がまぶしく光っていた。その間に、明るいひろびろとした原が見えていた。山脈の多くは、()のようにつらなって、まん中が低くおちこんでいた。まるで爆弾をおとしたあとのように見えた。

 光る陸地は、帯のように、左右へ長々とのびてつづいていた。ちょっと見ると、月の世界は光の帯のように見えるのであった。月は丸いものと思っていたのに、これはふしぎな見え方をするものである。

 しかし、よく気をつけてみると、噴行艇のま下にある黒いところは、やはり月の陸地であった。空も黒いけれど、そこには、たくさんの星が、きらきらとうつくしくかがやいていた。しかるに、噴行艇のま下は、黒いだけで、星は見えなかった。星は見えない黒い(かたまり)こそ、月の陸地であった。

 まぶしい光の帯に見えるところには、太陽の光があたっているのであった。太陽のあたらないところは、墨でぬりつぶしたように、真黒であった。これが地球であると、昼と夜との境の陸地はうすぼんやりとあかるく見えるのであるが、それは空気があるため、太陽の光がちらばって、うすぼんやりあかるく見えるのであった。しかし月には空気がない。だから、太陽のあたるところはあかるく、あたらぬところはまっくらで、その境目は、たいへんはっきりしている。昼と夜としかないのが月の世界であった。(あかつき)だの夕暮だのぼんやりと明るいときはない。

 だから月の世界は、あれはてたように見える。やわらかさがない。死の世界である。けものもすんでいなければ、虫もとんでいない。花もなければ、木も生えていない。

「ああ、なんというさびしい月の世界であろう」

 三郎は思わず、ため息をついた。

 ただ心地よいのは、わが噴行艇が、光の尾をひいて、いさましくとんでいることであった。噴行艇は生きている。ま下の月の世界は死んでいるのだ!

 三郎は、とうとう窓から、身体をひいた。あまり荒れはてた月の世界の光景をながく見ていると、気がへんになってくるのだった。

 三郎が妙な顔をしていると、そこへ艇長がやってきて、触角をさしだした。

 三郎も、こんどは心得て、触角をさし出した。艇長が何か話してくれるのであろう。

「どうだ。月の世界が、はっきり見えたろう。すさまじいところなので、びっくりしたろう」

 三郎は、うなずいた。

「光っている陸地が見えたろう。『笑いの海』は、あの中にある。もうすぐ着陸だ」

「ああ艇長。『笑いの海』というと、月の世界に、海があるのですか」

「ほんとうの海ではないよ。月には水がない。だから海どころか、小川も水たまりもない」

「じゃあ、いよいよへんですね、『笑いの海』だなんて……」

「それは、こうだよ。地球のうえから月を見ると、黒ずんだところがある。その黒ずんだところが、ちょうど海のように見えるので、それで『海』というのだ。『笑いの海』というのが、つまりは、岩でできた平原なんだ。降りてみれば、よくわかるがね」

「はあ、そうですか。『笑いの海』の『笑い』というのは、どんなことですか」

「それは地名だよ。伊勢湾(いせわん)の伊勢と同じことだよ。しかし一説に『笑いの海』の黒ずんだ形がなんとなく笑っている人間の横顔みたいだから、それで笑いの海というのだと説く人もある」

「へえ、笑っている人間の横顔ですって」

 三郎は、また窓から、月の世界をのぞいた。

「ほら、あそこだ。一番高い山の左をごらん。まだ形がはっきりしないが、あの黒いところが『笑いの海』だ。笑っている人間の、鼻だの口だの頬だの、あたりが見えている」

「ああ、見えます、よく見えます」

 三郎には、艇長のいったとおりの、月の面にはいっている笑いの顔の一部が見えた。

 そういううちに、噴行艇は、月面に対していよいよ高度を下げてきたものと見え、光の帯のように見えていた太陽のあたる月面は、いつのまにやら幅が川のようにひろくなり、それがなお近づいて、ますますひろくなった。やがてそれは、洪水のようにひろがり、噴行艇のま下まで明るくなった。とたんに、魚雷のような形をした噴行艇の影が、くっきりと、月面のうえに落ちて、山脈も岩の平原も、流れるようにずんずんと後へ走っていった。

「着陸用意! 重力装置を反対にしずかに廻せ!」

 艇長の号令が、無電にのって出た。

 電力装置が、反対に廻りだした。すると、噴行艇の落下速度が喰いとめられた。艇はだんだん高度を下げていきながら、もりあがってくる月面の上に、ふわりと降りた。まるで蒲団(ふとん)のうえに落ちたかのように、しずかに着陸したのであった。ごとんと、たった一回だけ艇はゆれただけでじつに見事な着陸ぶりであった。

 噴行艇は、笑いの海に、巨体をよこたえたのであった。

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