19話 甲虫か鳥か
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「クマちゃん、あそこに誰かいるよ」
「誰かがいるって、誰がさ」
木曾は問いかえした。
「ほらあそこだ。この丘の下の、大砲みたいに先のとがった岩の下だよ。かげになってくらいから、はっきりわからないが、ほら、丸い頭がうごいているじゃないか」
「丸い頭が……」
「ほら、日なたへ出てきた、先頭の一人が……。おやッ」
そこで三郎は、おどろきのこえをあげた。その拍子に、触角がはなれて、三郎のこえは木曾にきこえなくなった。木曾は、あわてて、触角を三郎の方へ近づけた。三郎のこえが、再びきこえだした。
「……あれは何者だろう。人間じゃない……」
「え、人間じゃないって」
木曾はおどろいて、さっき三郎の指した方をみた。
「あ、あれは……」
木曾は、その場にふるえあがった。
怪物がいるのだ。
大砲岩の下から、日なたへよじのぼってきた四つ五つばかりの影――それは後から見ると、ござをかぶった人間のような形に見えたが、正面を向いたところを見ると人間ではなかった。ちょうど、甲虫とペンギン鳥の合いの子をお化けにしたような異様な姿の生物であった。
「あれは何だろう」
「すごい化け物だ。月世界の生物だ」
「月世界には、生物はいないはずだが……」
「だって、あの怪物は、ちゃんとぼくたちの眼に見えているんだぜ。夢をみているわけじゃない。あれは鳥の化け物だろうか、それとも甲虫の化け物だろうか」
「どっちだか、わからない。おや、あの怪物は、手に缶詰をもっているじゃないか」
三郎が、また重大発見をした。
なるほど、化け鳥か化け甲虫かのその怪物は、ゴムでこしらえたむちのような手に、赤い缶を持っているのだった。見ているうちに、その怪物は日なたに出ると、並んで岩の上にこしをおろした。穴からはい出して日なたぼっこをはじめたようにみうけられた。
「おやおや、あれをごらんよ」
三郎が、さけんだ。
ふしぎなことを、その怪物ははじめた。手にもっていた缶詰を頭の上にのせるのであった。しばらくすると、その缶詰を頭からおろす。そして怪物は缶詰の中をのぞきこむのであった。そのときは、缶詰は、いつの間にか穴があいて中がからになっていた。怪物はその空缶を、ぽいと捨てた。そしてこんどは別の缶詰をひょいと頭の上にのせた。そして同じ動作がくりかえされたのであった。
「ふしぎ、ふしぎ」
「三ぶちゃん、あれは何をやっているのだろうね」
「あれは、缶詰をたべているのさ」
「缶詰をたべているって、頭で缶詰をたべるのかい。おかしいじゃないか。なぜ口でたべないで、頭でたべているのだろうか」
「さあ、そんなこと、ぼくにはわからないよ」
頭で缶詰をたべる怪物なんて、きいたことがない。そのくせその怪物は、くちばしのような形をした長い口吻をもっていた。
あまりふしぎな光景に、われをわすれて見とれていた風間三郎は、やがてのことに、はっとわれにかえり、
「クマちゃん。早くひきかえして、辻中佐たちにしらせようじゃないか」
「ああ、そうだったね。ぼくたちは、おもいがけなく斥候隊になっちまったね」
そういって二人は、いつしか中ごしになっていたこしをのばした。そして岩の上をとんで、うしろへ引きかえそうとした。
そのときだった。とつぜん、不幸なことが起った。
三郎のすぐうしろにいた木曾が、どうしたはずみか、するっと、岩かどから足をふみはずしたのであった。
「あっ、しまった!」
とさけんで、木曾は自分の身体をささえようとして、前にいた何にもしらない三郎の背中にしていたタンクにしがみついたのであった。空気があれば、いちはやく、そのけはいが、三郎にわかって、彼はうしろをふりむいて、応急処置ができたのであるが、なにしろ音というもののない世界だけに、三郎は木曾にしがみつかれるまで、何にも知らなかったのである。そして、
「あ、あぶない」
と気がついたときには、もうおそかった。三郎の身体はすっかり重心をうしなっていた。そして次の瞬間には、二人は宇宙服を着たまま、丘のうえから、ごろんごろん下へころげおちはじめた。下には、例の怪物団が日なたぼっこしているのだった。二人はその前へ……。