森の石松

1話 森の石松(1)

8,580字 約17分 2012年11月16日 公開

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森の石松 日活京都

原作・脚色・監督

      山中貞雄

撮影   荒木朝二郎

録音    中村敏夫

音楽     西梧郎

キャスト

森の石松       黒川弥太郎

石松女房 お半     花井蘭子

父親 源兵衛      横山運平

妹 お静        深水藤子

小松村の七五郎     清川荘司

お勘婆さん      小松みどり

清水次郎長      鳥羽陽之助

武井の安五郎      香川良介

都田村の吉兵衛    今成平九郎

大瀬の半五郎      磯川勝彦

旅人 広造       松下猛男

同 虎三        若松文男

神沢の小五郎     南城竜之助

法印大五郎        紺尾清

桝川仙右衛       楠栄三郎

荒川の新太        小森敏

保下田の久六     左文字一郎

酌婦 おろく     伊村利江子

S=街道筋茶店の表

 遠州森町の近く。

 秋晴れの或る日。

 渡世人らしい旅人が一人休んで居る。

 茶店の娘お静、茶を持って来る。

 「姐さん草鞋があるかい」

 「え、御座います」

 「そうかい、じゃ一つくんな」

 「はい」

 その時、通りかかった……これも渡世人の旅人が三人。

 中の一人がつかつかと傍へ寄り、

 「失礼だが、若しやお前さん武井の安五郎さんの身内で神沢の小五郎さんとは仰しゃいませんか?」

 「へえ、儂は小五郎だが、そう言うお前さんは誰方で?」

 「俺ァ駿河の国は有度郡清水港の長五郎だ」

 次郎長の背後の二人が名乗る。

 「俺ァ清水一家の桝川屋仙右衛門」

 「俺ァ法印の大五郎だ」

 次郎長が、

 「小五郎、手前よくも俺の身内の佐太郎を殺して逃げやがったな?」

 「冗談言っちゃいけねえ清水の御貸元、それァ何かの間違いだ、俺ァ人殺しなンぞした事がねえ」

 「何を言やがるんだ、言い逃れは聞かねえ、立派に証人があるんだ、小五郎ッ覚悟を決めて仕度しろッ」

 小五郎、突然斬って来る。次郎長も抜く。

 茶店の親爺の源兵衛と娘のお静、驚く。

 床几がひっくりかえる。

 土瓶や湯呑がとんで来る。

 「危ないッ、お静やッ」

 「おとっつあん」

 お静、奥へ駈け込んだ。

S=茶店の

 奥の部屋で息子の石松が寝て居る。

 「兄さん、兄さん、大変ッ大変よ」

 と表からお静、駈け込んだ。

 「あら、まだ寝てンのね、兄さん起きてよ」

 石松、むにゃむにゃ言って起きない。

 お静、

 「兄さんッたら一寸来てよ、大変なの」

 「五月蝿えな」

 「大変なのよ、来て御覧」

 「どうしたんだ」

 「今、家の表で喧嘩がはじまったの、大騒ぎよ」

 「ちえッ、喧嘩なんか珍しくもねえ、喧嘩なら俺ァ毎晩やってらァ、昨夜も権六の野郎と喧嘩して向う脛蹴っとばしてやった」

 「違うの、そんな喧嘩じゃないの。刀抜いてるわよ」

 「刀を抜いてる? お侍の果し合か」

 「ううん」

 「じゃ渡世人か、其奴ァ面白え」

 石松、起き上って表へ。

S=茶店の近くの道

 小五郎と次郎長、斬り合う。

S=茶店の表

 石松、出て来た。

 「とっつあん、喧嘩は何処だ。あッ、やってやがる。やってやがる」

 と弥次馬となって駈け出す。

 源兵衛爺とお静、叫ぶ。

 「石松ッ、これ何処へ行くンだ、石松、危いじゃないか。傍へ寄るんじゃないぞ。仕様のない奴だ」

 「兄さんッ」

 地面に落ちて居る振分と笠。

S=茶店の表

 火点し頃。

 お静、店を片付けて居ると、七五郎がやって来る。

 (七五郎も石松と同じく百姓の伜であり乍ら、博奕打ったりして居る不良です)

 「今晩は」

 「あら今晩は」

 お静、あまりよい顔はしない。

S=店

 お静、奥へ言う。

 「兄さん、七五郎さんよ」

 七五郎、表から覗いて、

 「とっつあん、留守か」

 「え、おはいんなさいよ」

 「大変だったッてねお静坊、吃驚しただろう」

 「ええ、とても怖かったわ」

 石松、奥より出て来る。

 「斬られたなァ武井のお貸元の身内だと言うじゃねえか」

 「そうだって。三人がかりで殺ったンだってね」

 「いや、三人居るのは居たが、斬り合ってたのは一人さ。其奴がおそろしく腕ッ節の強え奴だった。きっと名のある渡世人に違えねえと俺ァ思うんだ」

 「誰だろう?」

 「先刻も武井の児分衆が来て訊ねていなすったが……誰だか判んねえ」

 「斬る前に名乗らなかったのかな」

 「俺の見た時はもう斬合がはじまっていたんだ。名乗っただろうが誰も聞いちゃ居なかった」

 その時お静坊が、

 「兄さん、本当は妾聞いたんだけれど怖いから誰にも言わなかったのよ」

 「何だって? お前聞いたのか?」

 七五郎、

 「その男、何と言った?」

 「あの……駿河の国の清水港の何とか言ったわ」

 「清水港……? じゃ次郎長だ」

 「そうだ、次郎長だ」

 「静坊、次郎長と言ったろう」

 「そうだったかしら」

 「きっとそうだ、次郎長に違えねえ」

 石松が感心して、

 「そうか、あれが今売り出しの清水の次郎長か。道理で腕と言い度胸と言い見事なものだったよ」

 と言ってお静に、

 「この事は、誰にも喋言(しゃべ)っちゃいけねえぞ。いいか、かかり合になると五月蝿えからな」

 石松、立上って七五郎に、

 「出掛けようか」

 お静、

 「兄さん、また出て行くの? 御飯食べて行ったらどう。妾すぐ仕度しますから」

 「いや、要らねえ。愚図々々して親爺が帰って来ると、又叱言の一つもきかなくちゃならねえからな」

 「兄さん、此頃毎晩遅いのね」

 「今夜も亦、遅くなるから戸じまりはしねえで置いてくれ」

S=茶店の表

 石松、出て来て、

 「あッ、帰って来た。七五郎急ごう」

 と二人去る。

 入れ違いに源兵衛爺さん帰って来る。

S=店

 お静、迎えて、

 「お帰んなさい。疲れたでしょう。すぐ御飯にしますから」

 「石松は居ないのか? 彼奴又出て行きゃあがったな」

 「え、たった今」

 「毎晩、毎晩、困った奴だ。親の苦労も知らねえで」

S=旅籠「泉屋」の離れ座敷

 賭場が開かれて、

 「丁だ。半だ」

 と騒々しい。

 隣の部屋で負けた石松、冷酒を呑んでると、七五郎も負けたらしい。

 「石松、お前どうだった。済まねえけど少し貸してくんねえ」

 「俺もすってんてんにいかれてしまって、これっきりよ」

 と銭二三枚袂から出す。

 七五郎、チェッ。

 石松、ばら銭をもてあそぶ。

 七五郎は部屋の外を見て、

 「おや、おい見ろよ石松」

 「何でえ」

 「お前、あれァ誰だか知ってるか」

 「え、どれだい?……あれァ都田村の吉兵衛親分じゃねえか」

 「そうじゃねえんだ、吉兵衛親分と将棋をさしてる男よ」

 「このあたりじゃ、見かけぬ顔だが……誰でえ」

S=二階の一室

 離れ座敷と庭を隔てた二階の座敷。

 将棋をさす男。

S=離れ

 七五郎、傍の若い者に、

 「おッ、兄哥さん、お前さんに訊ねるが、あれァ確か武井の御貸元で御座ンすね」

 「そうだ」

 石松が、

 「そうか、あれが武井のども安親分か」

 七五郎が若い者に、

 「聞きゃ今日の昼間、町外れの街道で武井の御身内が一人斬られなすったと云う話だが。やった奴は何処の誰だか判りましたか?」

S=二階座敷

 将棋盤を中に武井のども安親分と都田村の吉兵衛。吉兵衛がパチリと打つ。

 「で一体、誰が小五郎どんを、殺りやがったのか、てんで見当が付きませんね」

 「一日も早く尋ね出して、小五郎の敵を討ってやらなくちゃ、この安五郎の男が立たねえ」

 「へえ……なーにお貸元、儂の身内が総がかりで尋ね廻って居りますから二三日うちには、きっと判ります」

 「何処の何奴の仕業か、一番先に知らせてくれた奴には、十両や二十両の礼金は儂が出すつもりだ」

S=離れ

 七五郎、石松にそっと、

 「石松、例の話……な」

 「なんだ」

 「次郎長の事サ」

 「しッ」

 「あれを武井のお貸元にそっと知らせるんだ。一両位えにはなるぞ」

 「ちえッ、さもしい事いってやがらァ」

 「だってお前、帰るにはまだ早えし、二人ともすってんてンの一文無しじゃ、さもしいなんて言ってられねえぞ」

 「それも、そうだな」

S=二階座敷

 安五郎と吉兵衛、

 「吉兵衛、手は何だ」

 「手は金銀に桂二枚」

 「金銀に桂二枚と……うーむ」

 「親分」

 と児分の一人が襖の処で言う。

 「なんだ」

 「七五郎って人が、折入って親分に話してえ事があるそうで、此処に来て居りますが」

 「七五郎?」

 児分の後から顔を出した七五郎と石松。

 七五郎が、

 「へえ、武井の御貸元で御座いますか、実は折入って……」

 吉兵衛、それと見て、

 「何だ、手前七五郎じゃねえか。何の用だ」

 「これは都田村の親分で御座いますか」

 安五郎が吉兵衛に、

 「吉兵衛、お前の知ってる人か」

 「へえ、この近在の村の若い者で御座いますよ」

 「そうか、七五郎さんとやら、一体俺に何の話か知らねえが、丁度今将棋の面白え処だ、もうじき済むから済んでから話を聴こう。その部屋でお茶でも飲んで待って居てくれ」

 七五郎、

 「へッ、待たせて戴きます」

 と石松と二人、次の部屋へ退る。

 安五郎は、

 「さてと……俺の番だったな」

 「へッ、御貸元の番で。儂が今、此処へこう角を打ちました」

 「そうか、成る程……いい手だ。弱ったね、して吉兵衛、手は何だ?」

 「手は金銀に桂二枚」

 「金銀に桂二枚と……ウー」

 「へえ、親分」

 また児分が襖の処へ来る。

 「なんだ」

 「清水港の長五郎って人が来て、親分にお目に掛りてえと言って下に居りますが……」

 「清水の長五郎?」

 「へえ」

 隣室の石松と七五郎が面喰った。

 武井の安五郎が、

 「吉兵衛、清水港の長五郎と云ゃあ此頃売り出して来た次郎長のことだろう」

 「そうでしょう」

 「何しに来たんだろう?」

 「さ――?」

 「まッ、此方へ通せ」

 「へッ」

 と児分去る。

 七五郎と石松、小声で、

 「清水の次郎長が一体何しに来たんだろう」

 「御本人に出られちゃ俺達の方は一文にもならねえや」

 安五郎又将棋を始める。

 「此の角は痛いね、どう考えても痛いね……手には?」

 「へッ?」

 「吉兵衛、手は何だ」

 「手には金銀に桂二枚」

 「そうか、そうだったな。金銀に桂二枚か金銀に桂二枚と」

 「へえ親分へ」

 児分が襖の処へ次郎長を案内して来る。

 「なんだ」

 「お連れ申しました。この方が清水港の長五郎と云う方で……へえ長五郎さん、向って右が武井の御貸元、左が都田村の吉兵衛親分で御座います」

 次郎長が安五郎に、

 「初めてお目にかかります。お楽しみ中を真に恐れ入ります。手前、清水の次郎長、御見知り置かれて幾久しく御別懇に願います」

 「ああお前さんか、次郎長と云うのは? 儂が武井の安五郎だ。何の話か知らねえが丁度今将棋の面白え処だ。もう直き済むから済んでから話を聴こう。それまでお茶でも呑んで待っていて呉れ。おい新太、お客人にお茶出しな」

 「へえ」

 「さてと……吉兵衛、儂の番だったな」

 「へえ」

 次郎長、児分に、

 「茶は要らねえ。俺は茶を呑みに来たんじゃねえんだ」

 と言って立ち上る。

 石松と七五郎固唾を呑む。

 安五郎、将棋に夢中で次郎長が傍へ来たのを知らない。

 「うーむ、吉兵衛、手は何だ」

 「手は金銀に桂二枚」

 「そうか、金銀に桂二枚と……」

 次郎長、将棋盤を蹴る。

 驚く一同。

 安五郎、

 「なッ、な、な、何をするんだ」

 「おッ、安五郎、人が両手をついて礼儀を厚く拶挨しているんだぞ。それに今将棋が面白え処だ、済んでから逢おう、茶でも呑んで待ってろとは何をぬかしやがるんだ」

 「うぬは、ど……」

 「俺が今日此処へ来たなあ茶を呑みに来たんじゃねえッ。今から四年前に俺の身内の佐太郎を殺した上、金をとって逃げた神沢の小五郎を今日此の町外れの街道で俺が叩っ斬った。一言拶挨に来たんだ」

 吉兵衛が、

 「じゃ、手前が小五郎どんを……?……」

 「確かに俺が叩っ斬って、首は児分が持って先へ清水に帰ってしまった」

 「よッよッよくもきッきッ貴様ッ」

 「何を吃りやがるんだ。おおども安、手前どもりゃ人を斬るって話だが、此処で一ぺん、どど、と吃って斬って見ろ。おい斬れッ」

 用人棒の一人が次郎長の背後に廻る。

 石松、叫ぶ。

 「あッ、危ねえ」

 行燈が倒れて闇黒の中に叫喚、怒声。

S=廊下

 障子破れて、襖が倒れて、五六人の黒い影が組んづほぐれつ段梯子を折り重って転がり落ちる。

S=離れ

 混乱。

 「殴り込みだッ」

S=階段の処

 折り重って転がり落ちる児分共。

 次郎長、吉兵衛、等々。

S=庭

 「清水の御貸元、裏口がこっちにあります」

 「そうか、有難てえ」

 石松、次郎長を庭の彼方の裏口へ案内する。

S=茶店内部

 夜更けて――

 表戸を開けて七五郎のお袋のお勘婆さんが顔を出す。

 炉を囲んで源兵衛とお静。

 「今晩は」

 「あら、おばさん」

 お静、立って戸口へ行く。

 お勘、

 「うちの七五郎、若しやお前さん処へ来てやしないかと思ってね」

 「まあ七五郎さんもまだなの。うちの兄さんもまだ帰って来ないのよ」

 「一緒だよ、きっと」

 「此頃毎晩でしょう」

 源兵衛が炉の処で、

 「お勘さん、まあお這入り」

 「おや源兵衛さん? 今晩は……まだ、起きて居たのかい?」

 「石松の奴が今に帰るかと思って……」

 「そうかい……妾もね、あんな親不孝な伜だけれど、今夜の様に何時までも帰りが遅いと、つい心配になってね」

 「おばさん、まあお這入ンなさいよ」

 「有難う。いえね、ひょっと妾と入れ違いに帰って居るかも知れないから」

 「妾もう失礼しますよ、源兵衛さん、御邪魔しました」

 「あ、お帰りかね」

 「さようなら」

S=茶店の表

 お勘婆さん、帰って行く。

S=附近

 多少負傷して居る次郎長と、

 石松、逃げて来る。

 お勘婆さんとすれ違う。

 一足遅れて来た七五郎。

 忽ち婆さんに見付かってしまった。

 「おや、七五郎だね」

 「あッ、おッ母ァ」

 「七五郎、今頃まで何処をウロウロしてたんだい。さッ早くお帰り」

 「おッ母、俺ァ今一寸」

 「何を愚図々々してるんだい。お帰りと云ったらさっさと帰るんだよ」

 「困ったなァ」

S=茶店の表で

 次郎長と石松。

 「もう大丈夫だ。ども安の奴等もまさか此処まで追ッ掛けちゃ来めえ」

 「併しお貸元、夜道は危のう御座います。夜が明ける迄あっしの処でお休みなすっちゃ如何で御座います」

 「……そうだな。じゃしばらくお前さん処で休んで行こう」

S=内部

 石松が戸を開ける。

 「お静、今帰ったよ」

 「お帰んなさい」

 「なんだ、とっつあんまだ起きて居たのか」

 源兵衛、不気嫌な顔付です。

 石松、外へ向って次郎長に、

 「御貸元、汚ねえ処で御座いますが、さッどうかお入んなすって……」

 「あら兄さん、お客様なの」

 次郎長、入って来る。

 「じゃ御免なせえ」

 「いらっしゃいまし」

 とお静。石松が、

 「お静、湯沸いてるかい」

 「少しあったと思うんだけれど……」

 「手桶に一杯とってくんな」

 と甲斐々々しい。

 次郎長が、

 「石松つあん、何うか構わずに置いてくれ」

 源兵衛爺さんが其の時石松に、

 「石松、その人はなんだ」

 「父っつあん、そんな愛想の悪い口の利き方ってあるものか。お貸元、どうか気を悪くしねえでお呉んなせえまし、何しろ年寄りで御座いますから……」

 「いや、お年寄りの怒るのも無理ァねえ。爺(と)っつあん、夜中突然に御邪魔して本当に済まなかった。あっしは清水港の次郎長って、けちな野郎で御座います」

 湯をくむお静「昼間の男だ」と気付く。

 石松、

 「父っつあん、清水の御貸元が夜の明ける迄何処かで休みてえと仰言るから俺が家へお連れ申したんだ。御貸元、さ、どうかお上んなすっておくんなせえ」

 「じゃ御免なすってお呉んなせえ」

 ふと次郎長の傷に気が付いた石松、

 「そうだ、傷の手当をしなくっちゃならねェ……父っつあん傷薬は何処に有ったっけ。えッ、お静、お前知らねェか」

 「さあ、お隣りで借りて来ましょうか」

 「いや、俺行ってくらァ、お貸元、すぐ帰ってまいります」

 石松、表へ出る。

S=表

 石松、隣りへ行く。

S=店

 次郎長が足を拭き終って上へ座る。お静、次郎長にお茶を出す。

 「どうぞ」

 「や、こりゃどうも」

 「あら随分破けてんですねえ」

 「え」

 「縫いましょうか」

 「いや、どうも済みません」

 お静、糸と針を取りに立つ。

 源兵衛が、

 「清水の次郎長さんとか仰言いましたが、お前さん、やくざ渡世の人だろう」

 「そうだ、爺つあん」

 お静戻って来て

 「はい、縫いますわ」

 「あ、こりゃどうも済まない」

 源兵衛が、

 「失礼だが、此処は堅気の年寄りの住居だ。お前さんのような兇状持の来る処では御座いません」

 「爺つあん、何んだって?」

 「見れや、怪我をしていなさる様だが、歩けないと云う程の傷でもなさそうだ。ね、次郎長さん、この儘伜に黙って出て行って下さいませんか」

 「何んだと?」

 「石松が今夜お前さんを家へ連れ込んだのは、彼奴がお前さんの身内になりたいからだ。石松はお前さんの児分になりたいらしい。儂にはよく判る。次郎長さん、何んにも云わずに出て行って呉れ。儂ァたった一人の伜をやくざ渡世にしたくねえからな……」

 凝ッと聴いていた次郎長、

 「爺っつあん、草鞋を一足頂けませんか」

S=表

 石松、隣りから薬持って帰って来る。

S=店

 入って来た石松、

 「遅くなりました。寝ているのを叩き起していたもんですから。おや、お貸元は何処へ行きなすったんだ」

 源兵衛、

 「あの人帰ったよ。お前によろしくって」

 「帰った? そんな筈があるもんか」

 と石松、表へ躍り出る。

 「お貸元、お貸元ッ」

 闇の中に出て、呼んだが答えがない。

 石松、ひき返して来る。

 源兵衛は白ばくれて居るが、お静の顔色で、

 石松、可怪いぞと思った。

 「変だ変だと思ったが……さては、父っつあん、お前お貸元に何か云ったな?」

 「儂が何を云うものか?」

 「いや、屹度そうだ。云ったに違いない、お静、そうだろう? 父っつあんがお貸元を追い返したんだろう? そうだろう?」

 お静の困った顔。

 石松、激して来る。

 「父っつあん、なぜ、お貸元をお帰ししたんだ。なぜ帰したんだ? 俺が折角……折角苦心してお連れ申したのに! 父っつあんは何故ッ、何故お貸元をッ」

 「五月蝿えッ」

 親子の睨み合い――

 「石松、今夜はもう遅いから寝ろ」

 「父っつあん、一と言云っとくが……お前が何んと云ったって、俺ァ清水のお貸元の身内になるんだ。屹度なるぞ。誰がこんな汚ねえ家に居るものかッ。俺ァやくざになって、一生を太く短く暮すんだ。父っつあんがいくら……いくら、いくら何んと云ったって……」

 「もういい石松、分った分った分ってるよ。分ったから今夜はもう寝ろ」

 「分ってる? 分ってるものか? 父っつあんに俺の気持ちなんか分ってるものか」

S=奥の部屋

 石松、奥の部屋で泣き声で叫んでいる。

S=店

 源兵衛、淋しく土間へ下りると戸を閉める。

(F・O)

S=七五郎家の外(昼)

 厩の中で馬に飼料をやりながら七五郎、傍の柵に凭れている石松と話している。

 (若しも遠州森町から富士山が見えるものならば、この場面なぞに遠く富士が見えているとよろし)

 七五郎、話す。

 「あの晩おっ母ァに泣かれて俺弱ったよ。何んと云ったって俺ん処は親一人子一人だ。なんべんも考えて見たが……おっ母ァ一人残してうちを飛び出す事は俺には出来ねえ。後に残ったおっ母ァが可哀想だ。石松、俺ァやくざになるの止めたよ」

 「俺ァお前が行かなくとも一人で清水へ行くつもりだ」

 「家じゃ許して呉れたのか」

 「なーに、家の父っつあんに俺の気持ちなんか判るものか。俺ァ父っつあんが許して呉れなくとも行くよ。行って清水のお貸元の身内になるんだ」

 「石松、お前ん処の父っつあんあれで中々昔はやくざ仲間で鳴らした男だってね」

 「何んだって、父っつあんがやくざ?……嘘つけッ」

 「だって……昨夜俺がお前の事話したら、おっ母ァが云ったよ。石松つあんとこは、父っつあんがもともとやくざだから、やくざになりたがるのは無理がないって……」

 「父っつあんが……昔やくざ?」

S=茶店

 店に腰かけた源兵衛爺さん、

 お静が、

 「ね、お父っつあん、兄さん昨日妾に、お静お前、お父っつあんと二人きりで暮せるかって訊いてたわ」

 「何んだって……」

 「冗談だわね、きっと」

 「石松の奴本当にやくざになる気かな」

 「なりはしないと思うわ、兄さんあんな事云って見ただけなのよ。本気で云ってるんじゃないわ」

 「儂も、本気じゃないとは思うが……」

 源兵衛、不安になって奥の石松の部屋へ去る。

S=奥の部屋

 源兵衛、来て押し入れ等を探す。

 石松の旅の仕度が出来ている。

 手紙が一本、

 「父っつあんへ 石松より」とある。

 石松、今夜家出するつもりであったらしい。

S=店に

 お静、居ると、旅人が一人這入って来た。

 「いらっしゃいませ」

 「御免なすって……石松つあんのお宅はこちらで御座いますか」

 「あの……兄さん今一寸留守なんですけど」

 「へえ儂は駿河の清水港の次郎長の身内、大瀬半五郎と申します」

 「お父っつあん、お父っつあん」

 とお静、奥へ呼ぶ。

S=奥の部屋

 源兵衛、石松の手紙を読み終り、放心した如く立つ。

 手紙が手から落ちる。

 「お父っつあん、お客様よ」

 お静の呼び声に、我に返った源兵衛、店の方へ行く。

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