森の石松

2話 森の石松(2)

8,588字 約17分 2012年11月16日 公開

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S=店

 源兵衛、出て来る。

 半五郎が、

 「これァ石松つあんの父っつあんで御座いますか。儂は清水一家の大瀬半五郎と申します。先日、手前共親分が石松つあんに色々御厄介に相成りましたそうで、親分に代りまして厚くお礼申し上げます」

 と菓子包か何かを差し出して、

 「失礼で御座いますが、どうかお納めなすって……」

 源兵衛、考え込んでいる。

 お静が、

 「お父っつあん、兄さん呼んで来ましょうか?」

 半五郎がとめて、

 「いえそれには及びません。実ァ儂は急ぎの用事が御座いますので、これで失礼致します。石松つあんが帰ってお出なすったら、どうかよろしくおっしゃって下さいまし。へえ御免なすって……」

 と出て行かんとした半五郎、何かを思い出したか、引っ返して源兵衛の顔をしげしげと見る。そして、

 「間違ったら御免なせえまし。お前さん若しや森の源兵衛さんじゃ御座いませんか」

 源兵衛、先刻から知っていたと見え、淋しく笑って、

 「半さん……久し振りだな」

 「矢っ張り源兵衛さんか。俺ァ先刻から、どうもよく見た顔だと思っていたんだ」

 「まア、坐んねえ、お静、茶を入れて呉れ。半さん急ぐのか」

 「なーに急ぐと云ったってどうせ大した用じゃねえんだよ」

 半五郎、源兵衛の傍へ腰を掛けて、

 「併し、お前が国へ帰って堅気になって居ると聞いたが、まさか此処にいるたァ夢にも思わなかったよ。本当に久し振りだなァ」

 「あれから丁度二十年経つよ」

 「二十年、そんなになるかな。二タ昔だ。源兵衛さん、お前随分変ったなァ」

 「半さんだって随分変ったぜ」

 「源兵衛さん……姐さんは」

 「死んだよ」

 「いつ?」

 お静、茶を持って来る。

 源兵衛が、

 「この娘を生んで直ぐだった」

 半五郎、お静を見て、

 「そう云やァ姐さんに生き写しだ」

 お静、テレてる。

 半五郎、フト思い出して、

 「じゃ源兵衛さん、うちの親分の身内になりてえと云う石松ってなァ」

 「そうよ、俺の伜だ」

 「ほう、じゃ、あの当時、いつも姐さんに抱かれてたあの子供が、そうかい? 源兵衛さん蛙の子は矢っ張り蛙だな」

 「蛙の子は蛙か、うめえ事を云やァがる」

 源兵衛、淋しく笑う。(F・O)

S=茶店の外

 夕やけ小やけ……

 半五郎の帰った後、源兵衛一人、表に出て、しょんぼり床几に腰掛けている。

 石松、帰って来る。

S=店

 お静一人、半五郎から貰った菓子折を開けて饅頭かなんか喰っている。

 石松、這入って来る。

 「お帰んなさい。今迄何処行ってたの。先刻、清水からお客様が見えたのよ」

 「清水って、お貸元の処からか?」

 「この間のお礼に見えてね、これ頂いたの。美味いわよ、とっても」

 「それで……もう帰ったのか」

 「お客様? え、帰ったわ。それが……可笑しいのよ。その人、お父っつあんの昔のお友達だったの」

 「父っつあんの昔の友達?」

 「二十年も逢わなかったんですって……その人、妾の顔を見ておっ母さんにそっくりだって云ったわ。兄さん、死んだおっ母さんの顔覚えてるでしょう。妾そんなに似てる?」

S=表

 源兵衛、考えてる。

S=店

 石松、お静に、

 「お父っつあん怒ってたか」

 「ううん」

 源兵衛、呼ぶ。

 「石松ッ」

 石松、出て来る

 「何だい父っつあん」

 「石松、お前やくざに成りたけりゃなれ。清水へ行きたきゃ行って来い。俺は諦めてお静と二人で暮すから」

 「そうかい。父っつあん許して呉れるかい。有難え、実はな、父っつあんが許して呉れそうにねえから、俺ァ今夜だまって家をとび出す決心で居たのだ」

 「それ程までに思い詰めてるものを父っつあんはもう止めやしねえ……石松、今迄お前にはかくして居たが、俺も昔はやくざだった。これでも森の源兵衛と云やァ渡世人仲間じゃ少しは人に知られた男だった」

 「矢張りそうだったのか。七五郎ン処のおっ母さんが話して居たが。俺ァまさかそんな事はあるめえと思って居たんだ。なーんだ、父っつあん、自分がやくざのくせに今迄俺がやくざになりてえと云うと目の色かえて叱るのは可笑しいや」石松は嬉しいから、多少はしゃいで言う。

 源兵衛はしんみりと、

 「石松、俺が昔やくざだったから……俺がやくざだったから、お前だけはやくざにしたくなかったんだ」(F・O)

 三年の月日が流れました――

S=茶店の表

 秋晴れの或る日の事。源兵衛は三年前と余り変りないが、お静はすっかり娘盛り。

 床几に腰掛けた商人風の男二人話す。

 「今、海道一の親分と言うのは誰でしょうね」

 「さー東海道には博奕打の数は多いけれど図抜けて豪いのが居ませんからね」

 旅人又一人店へ入って来る。

 「いらっしゃいませ」

 「おう、ちょっと借りるよ」

 と話の仲間へ入って、

 「併し、五年経つと海道一の親分が出来ますがね」

 「へえ誰です」

 「草津の追分の見受山鎌太郎……五年たちゃ先ず此の人が海道一の親分でしょうな」

 隣の床几でこれは銚子を一本取ってちびりちびりとやって居た旅人が、

 「おッ其処の兄哥さん、ちょっと一寸」

 「は、私で」

 「そうだ、お前だ。お前今何とか言ったね。五年たちゃ海道一の親分が出来るって。笑わせやがらァ。来年の話をすると鬼が笑うって言うじゃねえか。五年も先の話をしやがって、鬼が笑いように困ってらァ」

 「だって……」

 「だから今の話をして呉れってんだ。海道一の親分は今あるじゃねえか」

 「誰です」

 「駿河の国は有度郡清水港に住む山本長五郎。人呼んで清水の次郎長、これが今海道一の親分だよ」

 聞いて居た源兵衛爺さんが、

 「お客さん、清水の次郎長ってそんなにえらいかね」

 「えれえとも爺っつあん関東八ヶ国関外六ヶ国十四ヶ国に博奕打の親分も数ある中に次郎長ぐらいえれえのが二人とあって堪るものか」

 「そうですかね、偉えもんだね」

 「だけどね、爺っつあん、次郎長ばかりえれェんじゃねえ」

 「は――」

 「親分が売り出すには矢張り児分のいいのが居ないと駄目だね。清水一家にはいい児分が多いからね」

 「成る程ね。おうお静、お銚子のお替り持っといで」

 「お、爺っつあん、俺ァもう酒はいいんだよ」

 「なーに儂がおごりまさァ。儂はこう言う話が至って好きでね」

 「爺っつあん、中々話せるね。其奴ァすまねェ」

 「それで何ですかい、次郎長にはそんないい児分がありますかい」

 源兵衛、酌をしてやる。

 旅人お冠り真ッ直ぐです。

 「あるとも、代貸元をつとめる人が二十八人、是を唱えて清水の二十八人衆。此の二十八人の中に次郎長程もえれえのが五六人居るからね」

 「お前さん仲々詳しいね。じゃその次郎長の児分の中で一番強いのは誰だか知って居なさるか」

 「知ってるよ。清水一家で一番強いのは大政だ」

 「そうか……じゃ二番目に強いのは」

 「二番目は小政だよ。清水港は鬼より怖え、大政小政の声がするって唄にもあるじゃねえか」

 「じや三番だ。三番は誰です」

 「三番は大瀬半五郎」

 「四番は」

 「桝川仙右衛門」

 「五番は」

 「法印大五郎」

 「可笑しい。出て来ないね」

 「爺っつあん何が出て来ねエんだ」

 「じゃ六番だな。きっと六番だ。六番目は誰です」

 「追分け三五郎」

 「七番は」

 「尾張の大野の鶴吉」

 「八番は」

 「尾張の桶屋の吉五郎」

 「九番は」

 「三保の松五郎」

 「十番は」

 「問屋場の大熊」

 「十一番は」

 「よせやい、爺っつあん。俺の知ってるなァそれだけだ。いくら次郎長の児分が強いからと言って自慢の出来るのはそんな者だ。あとはもう大した奴は居ねえよ」

 「そうかな」

 と源兵衛、面白くなく立ち上る。

 お静、先刻からクスクス笑ってた。

 源兵衛が店から、

 「お客さんお前さん詳しい様だが、余り詳しくないね。次郎長の児分で肝心なのを一人忘れちゃ居ませんか」

 「肝心なのを?」

 「まッ、その酒を呑み乍ら、もう一度よっく考えて貰いましょう」

 「爺っつあんそりゃ無理だ。いくら考えたって駄目だよ。次郎長の児分で一番強いのは誰に言わしたって大政小政大瀬半五郎に森の……」

 源兵衛、そら出たと云った顔。

 旅人もはっと気がつき、

 「成る程そうだった。爺っつあん。すまねえ、済まねェ。いの一番に言わなきゃァならねェ肝心なのを忘れて居たよ。此の土地から出た男だ。そうだ、爺っつあん、次郎長の児分で一番強いのは森の石松だ」

S=月明の天竜河原に

 どっとあがる鯨波の声は

 清水一家八十余人と甲州黒駒の勝蔵一家百五十人が入り乱れての喧嘩。

 奮戦する石松。

S=代官屋敷の夜――

 竹垣三郎兵衛の屋敷に乱入した次郎長を始め清水一家の猛者八人。驚き応戦する代官一味。

 混乱と乱闘。

 次郎長、代官と戦い乍ら叫ぶ。

 「石松! 久六を逃がすな」

 部屋から部屋を逃げ廻る保下田の久六。

 石松、懸命に追う。

 肩に一太刀あびせるが浅手である。

 久六、手当り次第の器物を投げる。

 石松、久六の投げた火鉢をまともに喰ってうづくまる。

 久六、逃げ去る。

S=庭

 久六、裏木戸から逃げ去る。

S=座敷

 石松、眼をやられた。

 次郎長、馳せつけて、

 「石松どうした。しっかりしろ」

 無念の石松、叫ぶ。

 「畜生ッ、保下田の久六奴、卑怯な奴だ。覚えてろ」

S=亀崎の宿の旅籠「大野屋」(夜)

 土間が居酒屋になって居る。

 片眼繃帯をした石松、一人で片隅で酒を呑む。

 久六の児分二人が外からかけて来て、亭主に何か耳打して、一人は外を見張り、一人が二階へかけ上る。

 石松、一文銭をもてあそび乍ら見て居る。

〔註―今迄に書き落して居たが、これは石松のくせで、ひまさえ有れば一文銭を廻したりして居る事〕

 酌婦が来て石松に、

 「表か裏か当てっこしましょうか」

 「よし、俺ァ表だ」

 「じゃ、妾は裏ね」

 石松、銭を廻す。

 表と出た。

 「あらッ」

 「どうだ、表だろう。俺の勝だ」

 「も一度」

 「よし今度も俺は表だ」

 「妾は裏」

 石松、銭を廻す。

 保下田の久六、児分にまもられて二階から下りて来る(片手を首から釣って居る)。

 石松、突然おそい掛って只一太刀。

 叫声。

 久六、倒れる。人々、呆然と佇む。物も言えない。廻って居た一文銭止る。

 石松、女に訊ねる。

 「どうだ姐さん、裏か? 表か? 表だろう?」

 女、おどろいて物が言えずうなづく。

 石松、ほほえんで、

 「どうでえ姐さん、又俺の勝だ」(F・O)

S=街道

 旅姿の森の石松の移動。

 清水港に程近いと見え、カメラ、パンすると富士山が見える。

 音楽――

S=清水港の描写

S=次郎長の住居の表

 音楽止む。鶴吉が鼻唄で帰って来る。

 反対の方向から帰って来た石松とぱったり表で出会った。

 「おや、石松じゃねえか」

 「鶴吉か、今帰ったぜ」

 「そうか、其奴ァよかった。おい皆ンな、石松が帰って来たぞ」

S=奥座敷

 土地の御用聞き、紺久親分が来て居る。

 児分、襖の外から、

 「親分、石松兄哥が帰って参りました」

 「そうか、帰ったか」

 と次郎長、紺久に、

 「帰って来ました」

 「じゃ、次郎長どん、儂はお暇しよう。今晩か、遅くとも明日の晩だから、そのつもりで……」

 「御親切に有難う御座いました。御恩は忘れません。おい、お客様がお帰りだ。履物を表へ廻しときな」

 「おう矢張り裏からにしよう。表に見張番の奴等が居ると五月蝿えからな」

S=表の部屋

 石松に鶴吉が、

 「昨日、お半さん、お前が何日帰るって訊きに来たぞ」

 「お半の奴、どうしてる? 達者かい」

 「ちェ、甘えぞ、石松」

 「だって、お前、三月も逢わねえンだもの。気にならァ」

S=表

 怪しい屑屋が内部を窺って居る。

S=附近の町

 屑屋が二人、話し乍ら行く。

 「確かに石松だ、間違いねえ」

 「そうか、とうとう帰って来たか。よしッ、じゃ今夜だ」

 姿を変えた手先五六名、集って来る。

 「俺ァ手配するから、手前達、もう少し見張ってろ」

S=次郎長の居間

 次郎長と石松、大瀬の半五郎など居る。

 次郎長が改まって、

 「さて石松、帰ったばかりの処を気の毒だが、お前に今から使いに行って来て貰い度えンだ」

 「宜しう御座います。何処へ行きます」

 「俺の代りに金毘羅様へお礼参りに行って来て貰い度え」

 「へえ、承知致しました……? 親分、金毘羅様って一体何処の金毘羅様で……?」

 「何処のってお前、金毘羅様と言やァ、讃岐の金毘羅様に決ってるじゃねえか」

 「矢ッ張り、あの讃岐の……驚いたね、どうも」

 「此の親譲りの五字忠吉と奉納金百五十両、此奴を俺の代りに金毘羅様へ納めて来て呉れ」

 「へい……? で親分何日発ちます?」

 「今日は、万吉ッていい日だから、日の暮れねえ中に発って貰い度え。路用の金が此処に三十両、これをお前に渡すから……」

 「親分、ちょッ、一寸待ってお呉んなせえまし」

 「何ンだ?」

 「弱ったな、親分、言いにくいが……。此の役は御勘弁願えませんか。誰か他の奴を選ンでやっておくんなせえまし」

 大瀬の半五郎が次郎長に、

 「親分」

 「何ンだ、半五郎」

 「親分が石松に使えに行って来いと仰しゃるから、俺ァ隣へ釘抜きでも借りに行くのかと思って居たら、金毘羅様迄行くんじゃ石松が可哀そうだ。今旅から帰ったばかりじゃありませんか」

 鶴吉も傍から、

 「そうだ。爺つあんの言う通りだ。石松も久し振りで清水へ帰って、お半さんにも逢い度えだろうし……。ねえ、親分、此奴ァ誰か外の奴を……何なら儂が石松の代りに行って参りましょう」

 「いや、皆な、此奴ァ是非石松に行って貰い度え訳があるンだ」

 石松が、

 「親分、どうして儂でなくっちゃ、いけねえンで御座います」

 「実ァ先刻、紺久の旦那が内々で、知らせに来て下すったンだが、駿河の町奉行から界隈の御用聞き仲間へ、森の石松を召捕れって下知があったンだ」

 「儂を召し捕れって……? 一体また、どうした訳で……」

 「久六の身内の奴等が手を廻しやがったンだ」

 「久六、卑怯な真似をしやがる」

 と半五郎、怒る。

 次郎長が、

 「それで、今晩か明日の晩手を入れるから、それ迄に逃してしまえ。高飛びをさせろって態々教えて下すった。お前も旅から帰ったばかりで、お半にも逢えねえ中に、旅に出るなァ辛えだろうが、なーに、半年も経ちゃ、ほとぼりもさめるだろう」

 その時、児分の一人、表から来て、

 「親分、変な野郎が五六人、先刻から、表をウロウロしていますが、何かあるんじゃありませんか?」

 鶴吉が慌てて、

 「そいつはいけねえ、石松、早く仕度しろ。さ、早くしろ、早く」

 と急きたてる。

 次郎長、

 「石松、裏からずらかる様にしろ。お前、裏口を見張ってろ」

 「へッ」

 鶴吉が石松に、

 「石松ッ、何をしてるんだ。早く支度しねえか!」

 「併し折角帰って来たんだから俺ァお半の処へ一寸寄って行きてえなァ」

 「この野郎暢気な事云ってやがらァ。お半さんには俺からよく訳を話して置いてやるから心配するな。さっ早く仕度しろ。早く……」

 半五郎、

 「石松、早く仕度をしねえか」

 「へえッ」

S=荒物屋の二階

 お半其処を間借して料理屋にでも勤めるんでしょう。

 階下で荒物屋の親爺が呼んでいる。

 「お半さん、お半さん」

 「なによ、おじさん」

 「石さんが帰って来たよ」

 「まァ」

 お半、喜んで、いそいそと立つ。

 鏡台の前で一寸鏡を覗く。

S=荒物屋の階下

 石松、上り框に腰掛けて草鞋をぬぎ乍ら親爺に

 「爺っつあん、今日俺の来た事ァ内緒だ。誰にも言っちゃいけねえぜ。いいか」

 と、ぬいだ草鞋を持って二階へ上ろうとする。

 親爺が呼び止めた。

 「石さん、一寸」

 「何んだよ」

 「目出度い話さ」

 「出し抜けに、どうしたんだ」

 「実はね、石さん。お半さんがどうやらお前……」

 と石松の耳許でボソボソ。

 石松、

 「えッ、本当かい? とっつあん」

 と喜んだ。

S=二階

 石松、上って来る。

 「お半、少時お別れだ」

 「どうしたの?」

 「左様なら……。達者で居て呉れ」

 「何、言ってンのよ」

 「後になると云えなくなるから初めに云っちまったんだ」

 「冗談でしょう? からかって。まさか本気で云ってンじゃないわね」

 石松、無言。お半が、

 「三月も旅へ出ていてやっと帰って来て呉れたかと思うと、まだお帰ンなさいとも云わないのに、また左様ならなのね」

 石松、長火鉢の処で銭を廻したりなんかして居る。

 お半、

 「眼を怪我したのね」

 「なーに一寸芥が這入ったんだ」

 「気をつけてね……」

 「うん……」

 「何時行くの?」

 「直ぐ発つんだ。愚図々々しちゃ居られねえ」

 「永くかかるの」

 「半年は帰れねえだろう」

 「出来るだけ早く帰って来てね」

 「階下の親爺に聞いたんだけど、お前……?」

 「だから……早く帰って来てね」

S=階下

 鶴吉が訪ねて来る。

 「親爺、お半さん居るかい」

 「おや鶴さんかい。お半さん、鶴さんが来たよ」

S=二階

 その声に石松慌てる。

 「いけねえ。鶴の野郎、何しに来やがったんだ。お半、俺の来て居ること云っちゃいけねえぜ」

 「何故? 何故云ってはいけないの?」

S=階下

 鶴吉に荒物屋の親爺が、

 「鶴さん、先刻石さんが帰って……」

 「何んだ? 親爺もう知って居たのか?」

 「だって先刻」

 「そうなんだ。先刻帰って来たンだが、急に用事が出来て、又旅に出てしまった」

 「へー?」

 「お半さんに一目会って行きァよかったんだが……」

 お半、二階から下りて来る。

 「今日は」

 「お半さん、今日は俺、石松の事でお前に謝りに来たンだ」

 「なんですの、改まって?」

 「もうお前の耳に這入ってるだろうが、実は先刻石松が旅から帰って来たンだ」

 「そ、そうですってね」

 「帰って来た事は確かに帰って来たンだが、直ぐ又その足で旅に出たんだ」

 「嘘おっしゃい」

 「嘘じゃねえ。本当だ。俺達今、町外れまで送って行ったんだ」

 「可笑しいね」

 と親爺が首を傾げる。

 鶴吉、

 「可笑しいと思うのも無理はねえ。女房のお前にも一言も云わずに行っちゃって水臭え奴と怒るだろうが、これには理由があるんだ。実ァこの土地に居ると石松の命が危ねえ。首に縄が掛かるんだ」

S=二階

 石松、一人。

 「鶴の野郎何を言ってやがるんだろう」

 と、そっと梯子段の処で窺う。

S=階下

 お半が鶴吉に、

 「あの人、余ッ程……妾に会いたかったのね」

 「それァお前……一目会って行き度えと言ってきかなかったが、そんな事をして居ちゃ危ねえからって、俺達が無理矢理に発たせたんだ。なーにお半さん、半年ばかりの辛抱だ。それに……うちの親分もお半さんが気の毒だ、石松が帰って来れば、たとえ燧箱みた様な家でも二人の為に家を一軒建ててやるって、そう言ってたよ。お前も、何時迄もこんな汚ねえ家の二階を借りて居ねえで……」

 親爺、睨む。

 鶴吉、慌てて、

 「まッお半さん、そんな訳だからどうか石松を怒らねえでやって呉れ。俺ァそれだけ言いに来たんだ」

 「わざわざ有難うございました」

 「じゃ帰るよ」

 「親分様によろしく仰しゃって下さいね」

S=二階

 お半、上って来る。

 「帰ったな?」

 「ええ」

 お半、泌々言う。

 「妾……幸せね」

 「出し抜けに何を言い出すんだ? あ……そうか。本当だろうか」

 「何の話?」

 「親分が俺達に家を建てて呉れるって話よ」

 「そうなると楽しいわね」

 「お前がいつも言ってたな。家を一軒持って二人が水入らずで暮せる様になりたいって……」

 「今度は三人よ」

 「そうか、そうだったな」

 「女の子かしら」

 「男の子、嫌いかい?」

 「嫌いじゃないけど……大きくなって貴ン方みた様な男になると、困るから……」

 「俺みてえな男って?」

 「貴ン方怒るかも知れないけれど、妾……子供だけはやくざにしたくないの」

 「チェッ何を言ってやがんでえ。やくざは男の中の男じゃねえか。俺の伜が大きくなれァ森の石松の二代目を継ぐに決まってらァ」

 と言ったものの石松、ふと故郷の親父の事を思い出して居ます――

 「そうだ。帰り途に故郷の親父の処へ寄って見よう。俺ァ急に親父の顔が見たくなった」

S=階下

 表から鶴吉が四五人の手先らしい男と連れ立って戻って来た。

 「親爺、また来たぜ」

 「おや鶴さん。何か忘れ物かい?」

 「いや、なーにネ。此の兄哥さん達が石松の女房の家を教えろって言うから連れて来たんだ」

 と鶴吉、手先どもに、

 「此処だよ。此処の二階だ」

 手先共が二階へ上ろうとするので親父が止めて

 「何だ、お前達は? 何処へ行くんだ」

 鶴吉が親爺を止めて、

 「親爺、いいんだ。いいんだ。兄哥さん達はお上の御用聞きだ。石松を探して居なさるんだ。俺が石松は此処に居ねえ、旅に出ちまった、と言ったが本当にしねえんだ。だから、嘘だと思うなら上って見て来いってんだ。石松なんか居るもんか」

 と平気な顔です。

S=二階

 石松、旅仕度をして窓から屋根へ出る。

 見送るお半。

 「若し、変った事があれば、故郷の親父の処へ手紙を出して呉れ。いいか」

 その時、階段を駈け上る足音と、鶴吉の声が聞える。

 「さア家探しなと、何なと勝手にしろ。石松なんか居るもんか」

 石松、逃げ去る。

S=階下

 親爺が、

 「鶴さんッ、駄目だよ。石さんが二階に来て居るんだよッ」

 「なッ何だって、石松が来てる? そッ其奴ァいけねえ」

 鶴吉、泡喰って二階へ駈け上った処で、

(F・O)

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