12話 怪しい客の正体 恐怖の一瞬
読み方を変える
怒りくるった男は、ついにじぶんから正体をあらわしたのだった。
「見よ!」
男は手袋をはめた手をふりまわし、
「おれがどんな人間か知りたければしらせてやろう。よく見ておけ!」
そのすさまじさに、おかみさんはちぢみあがってしまった。
男は、ぱっと手をひろげると、つるりとひとなで顔をなでおろした。
すると、顔のまん中に、ぽかりと穴があいた。
「さあ」
男は手ににぎったものを、おかみさんの手のなかにおしつけた。
みるまに変わってしまった男の顔に、どぎもをぬかれてしまったおかみさんは、男のわたすものを、ひょいとうけとった。
が、ひと目みるなり、かなきり声をあげてほうりだしてしまった。
鼻だ! たったいままで男の顔にくっついていた鼻なのである。
ピンク色に光った鼻は、ごろごろと床をころがっていった。
「だれかきて!」
おかみさんの必死のさけびに、ホールや酒場にいた男の連中がどやどやとかけつけてきた。
男は、その連中のまえで、ゆうゆうと眼鏡をはずし、帽子をとった。
かけつけた連中は、立ちすくんで息をのみ、男のやることをながめているばかりだった。
こんどは、ほうたいをぐるぐるほどきはじめた。
人びとは、ほうたいの下から、どんなおそろしい顔があらわれるのか、と考えただけでも、おそろしさにぞっとして、じっとしていられなくなった。うき足だったひとりが、
「こいつあたいへんだ!」
大声をあげると、わっとばかり、ひとりのこらず逃げだしてしまった。
ホール夫人だけは、足がすくんで、その場にとりのこされていた。
男の顔から、ほうたいがつぎつぎととられてゆくにつれて、どうしたというのだろう?――
そのあとには、なにもなくなってしまったのである。考えていたような恐ろしい顔も、みにくい顔もあらわれてはこずに、男の顔はかき消え、首なしの怪人がそこにつっ立っていた。
首なしの化けものは、そのまま、玄関にかけだしていった。
入口の酒場により集まって、がやがやとさわいでいた村の連中に、ホール、それからお手伝いのミリーがけたたましい悲鳴をあげて、玄関のとびらをおしあけて、こぼれ落ちるようにわっと外へとびだした。
それからあとのさわぎは、お話するまでもなかった。
人びとは遠まきに黒馬旅館をとりかこんで、
「頭がねえそうだよ。ほんとにねえんだ。帽子をとって、ほうたいをはずしたら、その下にあるはずの頭がなかったってんだ」
「ばかを言え。そんなことがあるはずがねえよ」
「ほんとだってば、おや、巡査のジャッファーズがきたよ。化けものをつかまえにきたんだ」
旅館をとりかこんでいた人びとは、わっと巡査をとりかこんで、おもい思いにしゃべりたてた。巡査は、いばって、
「頭があろうがなかろうが、わしはやつをつかまえなければならん」
「そうです、そうです。お巡りさん、さあ、つかめえてくだせえ」
ホールは、まっすぐに玄関にすすみ、入口のドアをいきおいよくあけた。
ジャッファーズは、えらい元気でとびこんでいった。
旅館のうす暗い台所のすみに、首のない人間が、片手にかじりかけのパン、片手にチーズの大きな切れをもってたっている。
「あれですっ!」
ホールがさけんだ。
「なんだ、きさまたち! なにしにはいってきやがった」
首なしの化物の、首のあたりと思われるあたりから、怒った声がきこえてきた。
「ほほう、ずいぶん変わったやつだな。しかし首があろうがなかろうが、わしは逮捕状をもってきてるんだから、からだだけでもつかまえていくぞ」
巡査は、ぱっと男めがけてとびかかった。男はさっとうしろにとびさがり、パンとチーズを巡査めがけてなげつけた。
「こんちくしょう! てむかう気か……」
巡査はまっかになって怒った。ホールはせいいっぱい気をきかせて机の上のナイフをとり、ちょうど応援にかけつけた鍛冶屋のウォッジャーズにわたした。
男はさわぎが大きくなったので、かんかんに腹をたてたらしく、いきなり巡査の顔をいやと言うほどなぐりつけた。
「あっ!」
ふいをうたれた巡査は、一瞬たじろいだが、猛然と男にくみついていった。
けとばす、つきとばす、すごい格闘がはじまった。
巡査は、苦心のすえに相手の首をしめあげた。もちろん、見えない首をしめあげるのだから、ずいぶんおかしなものだったが、巡査は一生けんめいだった。
男は苦しがって、巡査のむこうずねをけとばした。
「足をつかまえてくれ!」
巡査は、痛さをこらえてさけんだ。ホールが足をおさえにきたが、まごまごするうちに、あばら骨のあたりを音がするくらいけとばされて、胸をおさえてしゃがみこんでしまった。
男はふいに、
「うむ!」
とさけぶと、ばか力をだして巡査をなげとばし、あべこべに巡査を下にくみしいてしまった。
「こいつはいけねえ」
巡査のはた色が悪いとみたウォッジャーズは、おく病風にふかれて、戸口のほうへ逃げだした。そこへ、
「おーい、たすけにきたぞ!」
と、ハクスターと馬車屋がかけこんできた。
巡査とウォッジャーズが、ほっとしたとたん、戸棚から、がらがらとガラスびんが三つ四つころがりおち、鼻をつくいやなにおいが部屋いっぱいにひろがった。