透明人間

16話 怒る透明人間 正体が知れると

1,989字 約4分 2010年8月22日 公開

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 夕ぐれがせまってきた。

 シルクハットをかぶったれいの男が、ぶなの並木(なみき)をぬうようにして、ブランブルハースト街道(かいどう)をいそぎ足で歩いていた。

 テーブルクロスの(つつ)みとノートは、やはりだいじそうに小わきにかかえている。

 いつのまにか、トーマスの足どりがしだいにおそくなり、のろのろと悲しげな顔つきで考えこみながら歩いていると、空中(くうちゅう)からせかせかした声がひびいてきた。

「おい、さっさと歩け。なにを考えてるんだ。また、さっきのようにおれをまいて()げようというのかい? こんど()げてみろ、ただではおかないからな」

()げようなんて、そんなことは考えてませんよ。あっ、そんなに(かた)をつっつかねえでくだせえ。おいら、いまに(きず)だらけになってしまいますぜ」

 トーマスは、しおしおとこたえた。空中(くうちゅう)の声はなおも意地(いじ)わるく、

「いいか、こんど()げようとしたら、(ころ)してやるからな」

「とんでもねえ。おいら、あんたをまいて()げようなどとは、これっぽっちだって考えていませんよ。ただ、どこでまがったらいいかわからなくて、あのまがり角へはいりこんじまったんですよ。あっしはこのへんの道はちっとも知らねえんです。そんなおそろしいことを言わねえでくだせえ」

 浮浪者(ふろうしゃ)のトーマスは、いまにも()きだしそうだった。目にみえて元気を(うしな)い、あきらめきったようすで、とぼとぼと歩きつづけた。

 空中(くうちゅう)の声は、もちろん言わずとしれた透明人間(とうめいにんげん)である。

 かれは黒馬旅館(くろうまりょかん)でうばってきた衣類(いるい)と、研究(けんきゅう)ノートの(つつ)みをトーマスにもたせ、どこへゆこうとしているのか、しきりに先をいそいでいた。

「なあ、トーマス、アイピング村のばか者どもが、考えなしの大さわぎをおっぱじめやがったおかげで、おれの姿(すがた)透明(とうめい)着物(きもの)を身につけさえしなければ、だれにも姿をみられなくなるってことを、みんなに知られてしまったんだ。いまいましいじゃないか。そこで問題(もんだい)はこれから先どうするかってことだ。どうせ、やつらはおれを追いまわすにきまってるだろうし……なにかいい考えはないか」

「だんな、あっしにいい考えなんてあるはずがないですよ」

 しばらく二人は、だまって道をいそいだ。しだいに夕やみがあたりをつつんで、遠くの家の()がちらほらと見えてきた。

 トーマスは(つか)れきっていた。小わきにかかえた(つつ)みが、しだいに下にずり落ちていった。

「おい、ぼやぼやするな。しっかりと荷物(にもつ)をかかえて(ある)け。そのノートはだいじなんだ。なくすんじゃないぞ、しっかり持ってろ!」

 いきなりするどい声がして、トーマスの(かた)をぐいと透明人間(とうめいにんげん)がついた。トーマスはあわてて、ずるずると(つつ)みをひきあげ、しっかりとかかえなおしてから、泣き声をあげ、

「だんな、だんなはあっしをなんに使おうとおっしゃるんで……はじめは旅館(りょかん)からだんなの荷物(にもつ)をもちだす手伝いをしてくれとおっしゃった。それがすむと、あっしの役目(やくめ)はおわったはずなのに、やはりあっしをはなしてはくださらねえで、こうして荷物をかかえてだんなのいくほうへつれてゆきなさる。いったい、どういうお気もちなんでごぜえますか?」

「つべこべいうな、おまえみたいなやつでもおれにはいり用なんだ。それに、いまにわしが仕事(しごと)をやりはじめれば、どうしてもおまえの手伝いがいるようになるのだ」

「なにをおやりなさるのかしらねえが、あっしはとても、だんなの役には立ちましねえ。だいいち、じまんではねえが、力はないし、そのうえ、心臓(しんぞう)もよわいんです。せいぜい、さっきぐらいのことしかやれねえですよ。度胸(どきょう)はねえし、びくびくしながら手伝ったところで、あんまり役にもたたねえでしょう」

「力がないのはこまるな、見かけだおしなのか……まあいいさ、それに、なにもびくびくすることはないんだ。おれはだいそれたことをたくらんでいるわけじゃないし、おれがいつもくっついててやるから、おれのいうとおりにやればいいんだ」

 トーマスは(くび)をすくめ、ちょっと考えていたが、思いきって、

「だんながいくらこわがらなくてもいいとおっしゃっても、あっしはうす気味(きみ)わるくて死にてえくらいでさあ。いってえ、どんなことをあっしにしろとおっしゃるんで……あっしだって、いやならいやとおことわりできる権利(けんり)があるんですがね」

「だまれ! だまれ、だまれ。だまっておれのいいつけどおりにしていればいいんだ。おまえは利口(りこう)人間(にんげん)じゃないし、あまり役に立ちそうもないが、おれのいいつけどおりにやりさえすれば、おれはいつもおまえを(まも)っていてやろう」

 透明人間(とうめいにんげん)は、強い力でぐっとトーマスの手首をつかんで、しかりとばした。

「わかってますよ。どうせ、あなたがあっしをはなしてくれないぐらいのことは、知ってまさあね」

 トーマスは、シルクハットをかぶった頭をたれ、しずみきって歩いていった。

 村をすぎていったじぶんには、あたりはとっぷりと日がくれ、美しい(ほし)がきらきらと空にかがやきはじめていた。

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