透明人間

17話 怒る透明人間 ポート・ストウ村で

1,930字 約4分 2010年8月22日 公開

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 よく朝の十時ごろ、トーマスはポート・ストウ村にたどりついた。

 (たび)のほこりをあび、つかれた顔をして村はずれの宿屋(やどや)のまえのベンチにすわりこんでいた。

 ベンチの上にはれいのノートが三(さつ)(かわ)ひもでしばっておいてある。テーブルクロスの(つつ)みのほうは、とちゅうで透明人間(とうめいにんげん)の気がかわり、ブランブルハーストをでたところの松林(まつばやし)ですててしまったのである。

 トーマスのようすはひどくへんだった。せかせかとあたりを見まわし、なんども、なんどもポケットに手をつっこんでは、しきりになにかをさがしているようすだった。

 一時間(じかん)あまりもトーマスはベンチにすわって、こんな奇妙(きみょう)なことをくりかえしてやっていた。

「やあ、いいお天気じゃありませんか」

 ほがらかな声がひびいて、船員(せんいん)ふうの気さくそうな男が、新聞(しんぶん)片手(かたて)にトーマスに近づき、ベンチに腰かけた。

「そうですね」

 トーマスはぎくっとしてふりかえり、気ののらないようすでこたえた。しかし、男はトーマスのようすに気をわるくするでもなく、ひどくあいそうよく、

(あつ)くもなし(さむ)くもなし、じつに気もちのいい朝だ。あなたは、どちらからおいでなさったね」

「遠くからですよ」

「ははあ、おやっ、そこにおいていなさるのは本ですかい?」

 本と聞かれてトーマスは、はっとして大あわてにノートをひざの上にのせた。そのひょうしにかれのポケットで、ちゃらちゃらと金貨(きんか)の音がした。

 男は、目をまるくして、しげしげとトーマスを見つめた。ほこりで(よご)れきったトーマスの服装(ふくそう)に、金貨の音はどう考えても()つかわしくなかったからだ。しかし、その船員(せんいん)は、すぐに前とおなじあけっぴろげな態度(たいど)になって、

「おれは、本なんてものはなん年間(ねんかん)も読んだことがねえが、ずいぶんめずらしいことを書いたのがあるそうだね。その本にもかわったことが書いてあるかね」

「そりゃあそうでさ」

 トーマスは、気がかりらしく、ちらっと相手(あいて)の顔を見て、つづいてあたりを見まわした。

「しかし、けさの新聞(しんぶん)には、本にまけないほどめずらしいことがのってるぜ」

「そうですかね」

「なんだ、おめえ、まだ新聞を読んでいないのかい? 姿(すがた)の見えねえ人間ってのが、あらわれたそうで、でかでかと書きまくってあるよ」

 とたんにトーマスは、おちつかなくなってしまった。口をもぐもぐと動かし、むやみにほっぺたをひっかいてから、きこえないほどのほそい声で、

透明人間(とうめいにんげん)ですって、いったいどこにそいつがあらわれたんですね。オーストラリアか、アメリカですかい?」

「ばかを言いたまえ、そんな遠くの話ではないんだ。この土地にあらわれたんだ」

「えっ!」

 トーマスは、ぐるぐるっと心配(しんぱい)そうにあたりを見まわした。

「はっはっは、この(へん)といってもこのベンチのまわりじゃねえよ。この近くの村にだよ」

「ああ、そうですか、で、その透明人間(とうめいにんげん)はなにをしようってんですかね?」

「あばれたいだけあばれたってことだ。なにしろ(からだ)が見えねえんだから、どんなことだってやれるさ。だれもつかまえることも、とめることもできないからね。(むかし)、おとぎ話にあったのが、ほんとのことになったんだね」

「そうですか、あっしはこの四日間、新聞ってやつを見たことがねえんでしてね」

透明人間(とうめいにんげん)がはじめて(あば)れだしたのは、アイピング村がはじまりだそうだ」

「それで……」

「その人間はどういう男なのか、アイピング村にくるまではどこに()んでいたのか、どんなことをしていたのか、さっぱりわかっていないそうだ。ほら、この新聞をみてみたまえ、アイピング村の怪事件(かいじけん)って書いてあるだろう」

「なるほど、それではやはり、ほんとうの話なんですね。信じられねえようだが……」

「そいつは、はじめ黒馬旅館(くろうまりょかん)にとまっていたんだそうだ。頭にほうたいをまいて(ふく)をきこんでいたから、だれひとり透明人間(とうめいにんげん)だなんて気づかなかったそうだ」

 トーマスは、そっとあたりを見まわしてからうなずいた。

「だが、ついに()けの(かわ)のはがれるときがきたんだ。アイピング村の連中(れんちゅう)は、そいつが透明人間(とうめいにんげん)とわかったので、大格闘(だいかくとう)をやってつかまえようとしたが、なにしろ相手(あいて)姿(すがた)はみえないんだ。いたずらにさわぎまわるばかりで、とうとう()げられたということだ。」

「へえ、ふしぎな話ですな。で、アイピング村であばれてから、透明人間(とうめいにんげん)はどこへいったのでしょうね」

「さあ、たしかなことではないらしいが、ポート・ストウ方面(ほうめん)へむかったようすだって書いてあるぜ。おれたちのいるこの村へ、透明人間(とうめいにんげん)なんていうおかしなやつにやってこられるのは、ありかたくないね」

「まったくですよ。なにしろ姿(すがた)がみえないんですからね」

 トーマスは船員(せんいん)の話をききながらも、まわりの物音(ものおと)に気をくばっていた。かすかな風の動きでも、ききのがさないようにしていた。

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