透明人間

21話 怒る透明人間 酒場の事件

1,334字 約3分 2010年8月22日 公開

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 トーマスのかなきり声がひびいた。それはちょうど(へび)にみこまれた小鳥の、(かな)しいさけび声に似ていた。

「それっ!」

 三人はカウンターをとびこえて、かけつけた。黒ひげの男のピストルがなった。

 と、同時に、おくの部屋(へや)(かがみ)が音をたててくだけ落ちた。

「助けてくれ! だれかきてくれ!」

 トーマスは、目に見えぬ人にひきずられながら、じたばたともがいている。

 三人は顔を見あわせてためらった。(てき)姿(すがた)は、ぜんぜん見えないのだ。どうやってトーマスをかれの手からうばい(かえ)して助けてやればいいのか、さっぱりわからなかった。

 そのひまにトーマスは、ずるずるとひきずられて、おくの部屋(へや)から調理場(ちょうりば)へひきずりこまれていった。(たな)からフライパンや(なべ)が、けたたましい音をたててころがり落ちた。

「どけろ! どけろ!」

 警官(けいかん)はおやじをおしのけ、トーマスの(くび)すじをおさえている手があると思われるあたりに、ぎゅっとしがみついた。

「ええい! じゃまするな」

 (いか)りにもえた声がして、警官(けいかん)はものの見事(みごと)に、その場になぐりたおされた。

 トーマスは必死(ひっし)になって、ドアのとっ手にしがみついたが、なんのかいもなく、みるまにひきずられていった。(あと)からとびこんできた馬車屋(ばしゃや)とおやじは、めちゃくちゃに手足をふりまわしているうちに、とうとう、透明人間(とうめいにんげん)(からだ)のどこかをつかまえた。

「つかまえたぞ! みんなこい! ここにやつがいるぞ!」

「いたぞ! 透明人間(とうめいにんげん)がいたぞ」

 二人は、つかまえたが最後(さいご)、どんなことがあってもはなすものかと、むしゃぶりついてあばれまわっている。

 さすがの透明人間(とうめいにんげん)も、トーマスをつかまえていて、二人を相手(あいて)では、(たたか)えるわけがない。

「ちくしょうめ!」

 いまいましげに(した)うちして、トーマスをはなした。二人がむやみにあばれて、げんこつをぶんぶんふりまわすので、透明人間(とうめいにんげん)もいささかもてあましてきたらしい。

「うん、なんだって、じゃまをしやがるんだ。おまえらの知ったことじゃないんだ」

 透明人間と二人は、はげしく取っ組みあってあばれた。

 そのうち、やっと起きあがった警官(けいかん)加勢(かせい)にかけつけ、(りょう)うでを水車(みずぐるま)のようにふりまわして、目に見えぬ(てき)におどりかかっていった。

 トーマスは、あばれまわっている人たちの足もとを()いまわりながら、必死(ひっし)で逃げだす道をさがしている。

 調理場(ちょうりば)での大乱闘(だいらんとう)が二十分もつづいたころ、

「おや、おかしいぞ。やつはどこへいっちまったんだ。外へ逃げたのか?」

 黒ひげの男が、ふいに、きょろきょろとあたりを見まわしてさけんだ。

中庭(なかにわ)へ逃げたんだ。(てき)は中庭だ」

 警官(けいかん)がまっさきにたって、中庭にとびだそうとした一(しゅん)……。

 ぴゅうっ――と風をきって屋根(やね)がわらが、かれの頭をかすめて飛んできた。

 調理台の皿小鉢(さらこばち)が音をたてて、みじんにくだけ()る。

「ようし、おれがひきうけた」

 黒ひげの男は、ひと声たかくさけんで、警官の(かた)ごしにピストルをつきだし、つづけざまに五発、透明人間のいるらしい方向(ほうこう)にむけてぶっぱなした。(たま)はうなりを(しょう)じて()んでいった。ピストルの音がしずまると、(にわ)はしいんとしずまりかえった。

 かわったことは、なにも起こらなかった。

「五発うったぞ。こいつが一番ききめがあったろう。もう、だいじょうぶだ。透明人間の死がいを(さが)そうじゃないか」

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