21話 怒る透明人間 酒場の事件
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トーマスのかなきり声がひびいた。それはちょうど蛇にみこまれた小鳥の、悲しいさけび声に似ていた。
「それっ!」
三人はカウンターをとびこえて、かけつけた。黒ひげの男のピストルがなった。
と、同時に、おくの部屋の鏡が音をたててくだけ落ちた。
「助けてくれ! だれかきてくれ!」
トーマスは、目に見えぬ人にひきずられながら、じたばたともがいている。
三人は顔を見あわせてためらった。敵の姿は、ぜんぜん見えないのだ。どうやってトーマスをかれの手からうばい返して助けてやればいいのか、さっぱりわからなかった。
そのひまにトーマスは、ずるずるとひきずられて、おくの部屋から調理場へひきずりこまれていった。棚からフライパンや鍋が、けたたましい音をたててころがり落ちた。
「どけろ! どけろ!」
警官はおやじをおしのけ、トーマスの首すじをおさえている手があると思われるあたりに、ぎゅっとしがみついた。
「ええい! じゃまするな」
恐りにもえた声がして、警官はものの見事に、その場になぐりたおされた。
トーマスは必死になって、ドアのとっ手にしがみついたが、なんのかいもなく、みるまにひきずられていった。後からとびこんできた馬車屋とおやじは、めちゃくちゃに手足をふりまわしているうちに、とうとう、透明人間の体のどこかをつかまえた。
「つかまえたぞ! みんなこい! ここにやつがいるぞ!」
「いたぞ! 透明人間がいたぞ」
二人は、つかまえたが最後、どんなことがあってもはなすものかと、むしゃぶりついてあばれまわっている。
さすがの透明人間も、トーマスをつかまえていて、二人を相手では、戦えるわけがない。
「ちくしょうめ!」
いまいましげに舌うちして、トーマスをはなした。二人がむやみにあばれて、げんこつをぶんぶんふりまわすので、透明人間もいささかもてあましてきたらしい。
「うん、なんだって、じゃまをしやがるんだ。おまえらの知ったことじゃないんだ」
透明人間と二人は、はげしく取っ組みあってあばれた。
そのうち、やっと起きあがった警官も加勢にかけつけ、両うでを水車のようにふりまわして、目に見えぬ敵におどりかかっていった。
トーマスは、あばれまわっている人たちの足もとを這いまわりながら、必死で逃げだす道をさがしている。
調理場での大乱闘が二十分もつづいたころ、
「おや、おかしいぞ。やつはどこへいっちまったんだ。外へ逃げたのか?」
黒ひげの男が、ふいに、きょろきょろとあたりを見まわしてさけんだ。
「中庭へ逃げたんだ。敵は中庭だ」
警官がまっさきにたって、中庭にとびだそうとした一瞬……。
ぴゅうっ――と風をきって屋根がわらが、かれの頭をかすめて飛んできた。
調理台の皿小鉢が音をたてて、みじんにくだけ散る。
「ようし、おれがひきうけた」
黒ひげの男は、ひと声たかくさけんで、警官の肩ごしにピストルをつきだし、つづけざまに五発、透明人間のいるらしい方向にむけてぶっぱなした。弾はうなりを生じて飛んでいった。ピストルの音がしずまると、庭はしいんとしずまりかえった。
かわったことは、なにも起こらなかった。
「五発うったぞ。こいつが一番ききめがあったろう。もう、だいじょうぶだ。透明人間の死がいを探そうじゃないか」