透明人間

20話 怒る透明人間 たすけてくれ!

2,529字 約5分 2010年8月22日 公開

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 バードック町は、うしろになだらかな丘がある。丘のふもとのバスの停留所(ていりゅうじょ)のすぐ前の酒場(さかば)(ぎん)ねこ』では、さっきからまるまるとふとったおやじが、むちゆうになって、ひとりの(きゃく)をあいてに、さかんに、競馬(けいば)の話をまくしたてていた。

 あいての男は、おやじとはまるっきりはんたいの、やせてひょろひょろした顔いろのわるい男で、商売(しょうばい)馬車屋(ばしゃや)だ。

 おやじの言葉(ことば)に、ときどきあいづちをうちながら、ビスケットにチーズで、ちびちびと(さけ)を飲んでいた。

「なんだい? (おもて)のほうがだいぶさわがしいようじゃないか」

 とめどのないおやじの話をうちきるように馬車屋が言って、立ちあがると、うす(ぎた)ないカーテンのすきまから、(おか)のほうをのぞいてみた。

「おい、なんだか、おおぜいの人が()けていくぜ」

「どれどれ、ほんとうだ。火事かもしれねえな」

 酒場(さかば)のおやじが気のない調子(ちょうし)で言ったとたん、ばたばたと足音が近づき、ドアをさっとひらいて、あの浮浪者(ふろうしゃ)のトーマスがとびこんできた。

 (かみ)をふりみだし、(いき)をはずませて、上着(うわぎ)のえりもはだけてしまっている。れいの(ふる)びたシルクハットは、とっくにどこかへすっとんだらしく、頭へのっかっていなかった。

 ()びこんでくるなり、トーマスは恐怖(きょうふ)におののきながら、大声でさけんだ。

「やつが追ってくるんだ。あっしのあとを追って……助けてくだせえ。透明人間(とうめいにんげん)に追われているんです」

透明人間(とうめいにんげん)がくるって……そいつはたいへんだ。おいっ! ドアを()めろ、ドアを閉めろ!」

 酒場(さかば)じゅうの(もの)が色を(うしな)ってさわぎたてた。ちょうどきあわせていた警官(けいかん)は、さすがにほかの者たちよりは落ちついており、すぐに(おもて)のドアをしっかりとしめてやった。

 おやじも台所のほうへすっ()んでいくと、うら口のドアを力いっぱい、ひっぱってしめた。

「さあ、もう大丈夫(だいじょうぶ)だよ」

 警官(けいかん)が言ったが、トーマスは()きださんばかりの声をふりしぼって、

「あっしをかくしてくだせえ。どこかおくのほうの(かぎ)のかかる部屋(へや)にかくしてもらいてえんです。やつがあっしを追っかけてくるんです。あいつはどんなところへでもはいってきますよ。あっしのことを(ころ)そうと思っているんです」

「どんなやつかしらないが、ここまでくれば大丈夫(だいじょうぶ)だよ。ドアはしめたし、そちらに警官(けいかん)もいらっしゃるんだ」

 すみっこで、ひとりで(さけ)をのんでいた、黒いひげをはやしたアメリカなまりの男が言った。

 と、そのとき、ドアがはげしくたたかれた。

透明人間(とうめいにんげん)だ! はやくどこかへかくしてくだせえ。こんどみつかれば、きっと(ころ)されてしまうんだ。おお、神さま!」

「この中へはいったらいいだろう」

 おやじが、カウンターのはね板をあげた。トーマスはあわててとびこんだ。

 その間じゅう、ドアをたたく音はひっきりなしにつづいた。

「だれだ?」

 警官(けいかん)がどなりながらドアに近づいた。トーマスは、それをみると泣き声をふりしぼって、

「戸をあけねえでくだせえ。たのむからあけねえでくだせえ」

 黒ひげの男が、

「外で戸をたたいているのが、透明人間(とうめいにんげん)だというのか。どんなやつか、見たいものだな」

 その言葉(ことば)がおわるかおわらないうちに、すさまじい音をたてて、表通りのほうの窓ガラスがわれた。

「きゃっ!」

 トーマスがふるえあがって絶叫(ぜっきょう)した。

「さあ、こちらへ()い」

 おやじは気をきかせてトーマスをおくまった部屋(へや)にかくし、(かぎ)をかけてやってから、もとのところへもどってきた。

 外では、かけまわるたくさんの人の足音とさけび声がいりみだれて、たいへんなさわぎだった。

 警官(けいかん)はドアに近より鍵穴(かぎあな)から外をのぞき見しながら、

「ほんとに透明人間(とうめいにんげん)らしいな。警棒(けいぼう)をもってくればよかった」

 黒ひげの男も警官のあとにつづき、

「ねえ、かまわないから、かんぬきをぬいてドアをおあけなさい。やつがはいってきたら、ぼくがこいつに物を言わせましょう」

 そして、手にしたピストルを警官(けいかん)の目のまえに、にゅっとつきだしてみせた。

 ピストルをみると警官(けいかん)は、あわてて手をふり、

「とんでもない、そいつはこまるよ、きみ。そんなものをふりまわして、相手が運わるく死んでみたまえ、殺人罪(さつじんざい)になってしまうよ」

「へっへっへ、そんなことは心えていますよ。やつを(ころ)してしまうようなへまはやりませんよ。足をねらいますよ。おれは足をねらう名人(めいじん)なんだよ。さあ、かんぬきをはずしなさい」

 カーテンのすきまから外のようすをうかがっていたおやじは、あわててうしろをふりかえり、

「わたしをうたんでくださいよ」

と、どなった。

「さあ、こい!」

 黒ひげの男は身がまえ、さっとピストルを()にかくした。

 警官(けいかん)は、ちょっと思案(しあん)していたが、いきなりかんぬきを、さっとひきぬいた。

 しかし、ドアはしまったままで、人がはいってくるけはいはさらにない。

 二分たち、三分たった。やはり、なんのかわったこともなかった。

 三人が(いき)をころしてドアを見つめていると、(おく)部屋(へや)から、ひょいとトーマスが頭をだし、

(いえ)じゅうのドアは、みんなしめてありますかい? 透明人間(とうめいにんげん)のやつは、きっとぐるっとまわって、(ひら)いてるドアをさがしてみますぜ。悪魔(あくま)のように、ぬけめのねえやつですからね」

「そいつはたいへんだ。うち口のドアはあけたまんまだ。ちょっとわたしはいってくる。こちらはおまえさんたちにたのみますぜ」

 ふとったおやじは、ころがるようにかけだした。トーマスは顔をひっこめ、ばたんとドアをしめ、(かぎ)をしっかりとかけた。

 やがて、かけもどってきたおやじは、手に大きな肉切包丁(にくきりぼうちょう)をぶらさげ、心配(しんぱい)そうに、

(にわ)木戸(きど)通用口(つうようぐち)のドアも、みんなしめるのをわすれていたんだ。そのうえ、庭の木戸はあけっぱなしになっていたんだが……」

透明人間(とうめいにんげん)が、そこからはいりこんだんじゃないか?」

 気の早い馬車屋(ばしゃや)が、おやじが話しおわらないうちに、こわそうにさけんだ。

調理場(ちょうりば)にお手伝いが二人いたが、だれもはいってきたけはいはなかったそうだ」

「しかし、ゆだんはならないぞ!」

 警官(けいかん)はあたりを、ぐるぐると見まわしながらいった。黒ひげの男は、ぐっとピストルをにぎりなおして、調理場(ちょうりば)のほうをにらんだ。

 そのとき、ぎ、ぎぎいっーと、おくの部屋(へや)のドアが、はげしくきしむ音がしたと思うと、あっと思うまもなく、ぱっと大きくあけはなされた。

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