透明人間

23話 恐るべき発見 傷ついた透明人間

4,040字 約8分 2010年8月22日 公開

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 それから五分もたったであろうか……。

 博士(はくし)には、ながい時間がたったようにも思われた。

 もう一度カーテンがゆれ動き、なかから、ぼんやりと、()のにじんだほうたいでぐるぐる巻きにした頭があらわれてきた。

 頭だけだ。空中(くうちゅう)にぼんやり()かびあがったほうたいまきの頭は、目もなければ(はな)もない。いや頭ぜんたいがないのだ。ほうたいだけが、しっかりとまきつけられている。

 もちろん手も足もありはしない。

 たいていの者なら、ひと目みただけで気絶(きぜつ)してしまうところだ。

 が、気丈(きじょう)な博士はまっさおになりながら、じっとそのふしぎなものを見つめていた。

「ケンプ!」

 ふしぎなものは博士をよんだ。

「え?」

「おどろいてるな。ぼくはグリッフィンなんだよ。ほら大学(だいがく)同級(どうきゅう)だったグリッフィンだよ。おぼえてるだろう」

「グリッフィンだって……なにをばかなことを……この()けものめ!」

 博士(はくし)はいきなり、ほうたいのほうへ手をのばした。と、どうだろう……。

 人の(からだ)にふれたではないか!

 ぎょっとして手をひっこめ、まじまじと空中(くうちゅう)にうかぶおかしなものをみた。

「おちついてくれよ、ケンプ。おれはまちがいなくグリッフィンなんだ。ただおれはふとしたことで(からだ)がすきとおってしまい、人の目に見えなくなってしまったんだ。世間(せけん)のやつらが透明人間(とうめいにんげん)だとさわいでいるだろう」

 透明人間(とうめいにんげん)は目に見えぬ手で、しっかりと博士(はくし)の手をにぎりしめて、いっしんに話した。

 しかし、博士(はくし)は、その手をふりほどき、めちゃめちゃに手をふりまわして、透明人間にぶつかってきた。

「しずかにしろ! ケンプ、話せばわかることなんだ、話をきいてくれ」

「なにを、このやろう、このばけものめ。(はなし)もなにもあるものか、ふんづかまえてやるぞ」

「だまれ、おれがおまえなんかにつかまるものか……」

 透明人間(とうめいにんげん)は、むかっ(ぱら)をたてたらしく、とうとう、博士(はくし)の足をえいっとすくい、ベッドの上にほうりだし、大声をあげて助けをよびそうにしている口の中へ、シーツのはしをぐっとねじこんだ。博士(はくし)は、こうなっては手足をばたばたさせて、もがくばかりだった。

「しずかにしてくれたまえよ、ケンプ。きみをおどしたり、きみに(がい)をくわえるつもりできたんではないんだ。ぼくはいまこまっているんだ。きみの助けがほしくてやってきたんだよ」

 博士(はくし)は、このうえ手むかってもむだだと考えたのか、おとなしくなった。透明人間(とうめいにんげん)は、口におしこんだシーツをとりのぞき、

「ねえ、きみ、どうかぼくの言うことを(しん)じてくれたまえ。ぼくは大学(だいがく)にいたときと同じグリッフィンなんだ。ただ、あることで姿(すがた)が見えなくなったが、人さまの目に見えないだけで、ぼく自身(じしん)は、なんにも()わったことはないんだ。(こころ)(からだ)(むかし)のままのグリッフィンなんだよ」

 博士(はくし)は物わかりのいい人だったし、頭の慟きのするどい人だったので、姿(すがた)の見えないほうたいの(ばけ)ものの言葉(ことば)真実(しんじつ)のあることを見ぬき、

「ずいぶんきばつな話だが、話をきけばあるいはわかるかもしれん。話してみたまえ。それにきみの言うように、わしの目には、きみの姿(すがた)は見えないが、たしかに(からだ)はあるらしいな。わしの手がたしかにさわったし、きみの(うで)がわしをなげとばしたからな」

「そうなんだ、そうなんだ。たしかにぼくは頭もある手足もあるんだ……。おそろしい()けものなんぞじゃないんだ。ただ研究(けんきゅう)結果(けっか)でこんなことになってしまったんだ」

研究(けんきゅう)結果(けっか)だって? 研究の結果できみが透明人間(とうめいにんげん)になったというのかい?」

「そうだよ」

(しん)じられないね。だいいち、透明人間(とうめいにんげん)がグリッフィンだと言ったところで、たしかにかれだという証拠(しょうこ)はないわけだ。顔をみることもできんし……もっとも声はグリッフィンらしいが」

「きみ、まだそんなことを言うのかい……ぼくはまちがいなくグリッフィンだよ。ゆっくり話せば(うたが)いははれるよ。信じてくれたまえ、ケンプ!」

「では、話してみたまえ」

「話そう、が、そのまえにすまないがウィスキーと食事(しょくじ)()(もの)がほしいんだよ。じつはけがをしているので、(きず)はいたむし疲れきっているんだよ」

()(もの)着物(きもの)だって……すこし()ちたまえ、なにかあるだろう。が、家のものをさわがしたくないから、まにあわせだよ」

 博士は、()ちつきをとりもどしていた。科学者(かがくしゃ)らしく、ちみつに頭を働かし、このふしぎな透明人間(とうめいにんげん)秘密(ひみつ)をできるかぎり(さぐ)りだしてやろうと考えていた。

「なんでもけっこうだよ。死ぬほどつかれているんだ。なにか食べてゆっくりと(ねむ)りたいだけなんだ」

 博士は衣裳戸棚(いしょうとだな)から、古くなったガウンをとりだして、

「これでまにあうかね?」

「けっこうだよ。それにズボン下とくつした、そしてスリッパがあれば申し分ないが……」

 空中(くうちゅう)の声がへんじをするといっしょに、博士(はくし)の手からガウンがとりあげられ、空中(くうちゅう)でばたばたとゆれていたが、そのうち、透明人間(とうめいにんげん)()こんだらしく、しゃんと立ってボタンがひとつずつかけられていった。

「やれやれ、これで身じたくがととのったよ。あとはウィスキーに食べ物があればいいんだ。(はだか)(はら)をすかせているのは、まったくつらいよ。まだ夜になると裸ではこおりつきそうに寒いし、(はら)がすいてたおれそうになるし、まったくつらかったよ」

 透明人間(とうめいにんげん)は、(ふく)をきてしまうと、ゆっくりといすに(こし)をおろした。

「ねえ、ケンプ。早くウィスキーを()ませてくれないか」

 透明人間(とうめいにんげん)は、せかせかとさいそくした。

「いま()ってくるよ。だが、こんなきちがいじみたことにであうのは、生まれてはじめてだよ。ぼくは催眠術(さいみんじゅつ)にかかっているのかな?」

「ばかなことを言いたまえ、ぼくは催眠術なんぞやらないよ」

 博士は、足音をしのばせて台所におりてゆくと、()えたカツレツとパンを手にしてもどってきた。

「ウィスキーはここにある。さあ食べたまえ」

 博士(はくし)はサイドテーブルにそれらをならべると、ほうたいとナイト・ガウンの()けものに声をかけた。ウィスキーをグラスについでやると、ナイト・ガウンの(そで)が動いて、すっとグラスを持ちあげた。グラスを持ちあげたというより、グラスがひとりで空中(くうちゅう)に浮かびあがっていったような感じだった。

 口のあたりと思われるところでグラスがかたむくと、みるまにウィスキーは飲みほされた。

「ああ、うまい」

 つぎに、カツレツが空中(くうちゅう)()いあがった。つづいてパンも……。

「なるほど、見えないよ。で、(きず)をしているといったが、どこを傷つけられたんだね」

(きず)はたいしたことはないんだ」

 透明人間(とうめいにんげん)はがつがつと口いっぱいにほおばって、むさぼるように食べながら言った。

 見るまにウィスキーも食べものも、へっていった。

「ああ、うまい、それにしてもぼくがほうたいをさがしてまよいこんだのが、きみの家だったとはふしぎだな。ぼくは(うん)がよかったよ。こん夜は()めてもらいたいね。ひさしぶりにゆっくり(ねむ)りたいんだ。ベッドを()でよごしてすまなかったね。(からだ)透明(とうめい)になっていても、血だけはかたまると見えてくるんだよ……。そのためにさっきも、あやうくつかまるところを、きみの所ににげこんでたすかったんだ」

「また、どうしてピストルでうちあいなんかやったんだね」

「ばかなやつが、ぼくの(かね)(ぬす)もうとしたんだ。そいつはぼくがなかまにしようと思ってた男だのに……」

「そいつも透明(とうめい)なのかい?」

「いいや、かれはふつうの人間(にんげん)だよ。あいつはぼくを(おそ)れてびくびくしていたくせに、ぼくをうらぎろうとしたんだ。あいつめ、こんど()ったらぶち(ころ)してやる。ちくしょうめ!」

 透明人間(とうめいにんげん)は、はげしく(からだ)をふるわして(おこ)りだした。ナイト・ガウンがそれにつれてぶるぶるとふるえた。

 博士(はくし)は、グリッフィンが大学生のころから、ひどくおこりっぽい感情のはげしい男だったのを思いだして、一生けんめいになだめた。透明人間(とうめいにんげん)は、ようやく(いか)りをしずめ、

「ぼくは武器(ぶき)をつかったりなんかしなかったんだ。それだのに、やつらはおれにむかって、つづけざまにピストルをうつんだ。たいていのやつらはぼくをこわがって、ぼくを()っぱらおうとして乱暴(らんぼう)するんだよ」

「なるほど、が、きみがそんな(からだ)になったいきさつを、話してきかせてほしいな」

「それはゆっくり話すよ。そのまえに、たばこがほしいんだが」

 博士(はくし)はいわれるままに、たばこを透明人間(とうめいにんげん)にあたえた。ところが、見るからに奇怪(きかい)なことが起こった。それは透明人間が、うまそうにたばこを()いはじめると、たばこの(けむり)が流れるにしたがって、(くち)からのど、そして(はな)と、そのかたちがぼんやりとうきあがってきたのだ。

「ありがたい。きみのおかげで、(さむ)さからも空腹(くうふく)からものがれることができたよ。そのうえ、おちついてたばこをすうことまでできたんだ。まったく感謝(かんしゃ)するよ。しかし、ケンプ、きみは学生時代(がくせいじだい)と、ちっとも変わっていないな。きみのようにどんなときでも落ちつきはらって、てきぱきと物ごとをかたづけてゆける人間こそたよりになるんだ。これからどうか、ぼくをたすけてくれたまえ」

 透明人間(とうめいにんげん)が言った。博士は、じぶんもちびちびとウィスキーをのみながら、

「いったいきみはぼくに、なにをやれというのだね。ぼくは人をたすけるどころか、ぼく自身どうしたらいいかと思いまよっているんだよ」

と、博士(はくし)はくらい表情(ひょうじょう)でこたえた。そのうち透明人間(とうめいにんげん)は、にわかにうめき声をあげ、(からだ)をえびのようにまげ、頭をかかえこんだ。

 (ねつ)がでてきて、(きず)がいたみはじめたのだ。

「きみ、この部屋(へや)で朝までゆっくり(ねむ)りたまえ。そうすればきっと、あすの朝は気分(きぶん)もさわやかになるだろうから……」

 博士は親切(しんせつ)にすすめた。ところが透明人間(とうめいにんげん)は、(くる)しそうにうなり声をたてながら、どうしても(ねむ)ろうとしなかった。

「きみ、えんりょしないで眠りたまえ。そうすれば気分もよくなるし……」

 透明人間は、なにを思ったのか、しばらくだまって博士をじっと見つめていたが、

「ぼくは、心をゆるした人間につかまるのはいやだね」

と言った。博士(はくし)はぎくりとした。

 なにもかも見すかしたような透明人間(とうめいにんげん)のことばは、博士(はくし)の心をぐさりと()きさした。

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