透明人間

25話 恐るべき発見 光と色

1,868字 約4分 2010年8月22日 公開

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 透明人間(とうめいにんげん)は起きあがるやいなや、あばれはじめた。けさはひどく、きげんがわるいらしい。

 いすをなげとばし、洗面所(せんめんじょ)のコップをたたきわった。

 もの音で博士(はくし)が、あわててかけつけてきた。

「どうしたのだ? なにか気にいらないことでもあるのかい?」

「なに、頭の(きず)がすこしばかりいたみだしたので、気分(きぶん)がすぐれないんだ。いやな気もちがするんだ」

 博士(はくし)はだまって、ちらばっているガラスのかけらをひろいあつめ、

「きみのことが、すっかり新聞にのっているよ。世間(せけん)透明人間(とうめいにんげん)のうわさでもちきりらしい。ただ、ぼくの家にきみがしのびこんでいることは知らないがね」

「うるさいやつらだ! なぜぼくを、しずかにしておいてはくれないんだろう」

「それはむりだよ。世の中は、物わかりのいいやつばかりでできてやしないんだ。そいつらは、どこまでもきみをつかまえようとさわぐだろうね。そこで、これからどうするかね? むろん、ぼくはできるかぎりの手伝(てつだ)いはするよ。だが、きみはいったい、どうしたいと思ってるのかね」

 透明人間(とうめいにんげん)は考えこんでいるらしく、ベッドのはしにすわりこんだまま、だまっている。

 ケンプ博士(はくし)は、しばらくしてから、さりげなく、

書斎(しょさい)朝食(ちょうしょく)のよういをさせてあるよ」

と、さそった。透明人間(とうめいにんげん)はすなおに立ちあがり、博士(はくし)のあとについて書斎(しょさい)にはいってきた。

 ゆうべとおなじように、ナイト・ガウンだけが、すーっと食卓(しょくたく)のまえにすわりこんで、手も口もなんにも見えないのに、どんどん食べはじめた。

 はじめて見たときほどおどろかなかったが、やはりへんな光景(こうけい)だった。

 食事(しょくじ)がおわりかけたころ、ケンプ博士(はくし)は、

「これから(さき)のことを相談(そうだん)するまえに、なぜきみがそんな(からだ)になったか、くわしく話してもらいたいね」

 透明人間(とうめいにんげん)は、ナプキンをとりあげ、ゆっくりと口のあたりと思われるところをふき、

「かんたんなことなんだ。きみだって説明(せつめい)をきけば、なーんだ、と思うよ。奇跡(きせき)がおこったのでも、なんでもないさ」

「きみには、かんたんかもしれないが、ほかの者にとっては、奇跡(きせき)とおなじくらいふしぎなことだよ」

「はっはっは」

 透明人間(とうめいにんげん)は、ケンプ博士(はくし)に会ってからはじめて、ゆかいそうに(わら)った。

「さて、それではなにから話そうかな。ぼくが、はじめ医学(いがく)勉強(べんきょう)していたことは、きみも知っているとおりだ。その(あと)、ふとしたことから医学を研究(けんきゅう)することをよして、物理学(ぶつりがく)にうつったんだ。ことに(ひかり)反射(はんしゃ)とか屈折(くっせつ)とかが、ぼくの興味(きょうみ)をとらえてしまったんだ」

(むかし)からきみは、そういうことを研究(けんきゅう)するのがすきだったじゃないか」

「そうだよ。しかも、この研究(けんきゅう)は人があまりやっていないので、いくらでも研究することが(のこ)されているのが、若いぼくには、たまらない魅力(みりょく)だったのだ。まだ二十二才のわかい科学者(かがくしゃ)だったぼくには、これに一(しょう)をささげて、いつかは世間(せけん)のやつどもを、あっといわせるような研究(けんきゅう)をやりとげようと決心(けっしん)したんだ」

 透明人間(とうめいにんげん)は、いつもの、いんきくさい()をのろったような声とはまるでちがう、わかい()りのある声で話しつづけた。

「それからのぼくの頭には、研究(けんきゅう)のことよりほかは、なにもなかったね。()てもさめても考えるのは、研究(けんきゅう)のことばかり――六ヵ月ほどたったとき、はっと思いついたことがあったのだ」

「どんなことだ」

「きみも知っているとおり、物が見えるということは、光が物にあたったとき反射(はんしゃ)するか、そのまま吸収(きゅうしゅう)されてしまうか、または光がおれまがる具合(ぐあい)によって、いろいろな色とか、形とかが、それぞれの姿(すがた)をもって目にみえるので――光のこの三つの(はたら)きがなかったら、われわれは物をみることができないわけだ」

「そうだ」

「たとえば、われわれが赤い(ぬの)をみるとするね。赤くみえるのは、太陽(たいよう)光線(こうせん)のなかで赤い色のところだけを(ぬの)反射(はんしゃ)して、あとの色はみんな()いこんでしまうからなんだ。また光をぜんぶ反射(はんしゃ)してしまえば、白くきらきらとかがやいてみえるだろう。そしてふつうのうすいガラスが、光のすくないうす暗いところなどでは見にくいわけは、光をほとんど吸収(きゅうしゅう)しないし、はねかえすことも、おれまがる度合(どあい)もすくないからなんだ」

 透明人間(とうめいにんげん)はむちゅうで、しゃべりまくっている。ケンプ博士(はくし)はあきれ顔をして、じっと相手(あいて)の声をきいていた。

「そのガラスをこなごなにして、水のなかに入れてみたまえ。たちまち見えなくなってしまうだろう。これは水とガラスは、光がおなじような具合(ぐあい)におれまがるからなんだ。これから考えをすすめてゆけば、なにもガラスを水中(すいちゅう)に入れなくても、水の中に入れたとおなじように見えなくすることができるはずだろう」

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