わが家の古玩

1話 わが家の古玩

1,091字 約2分 2007年8月9日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 蓬平作(ほうへいさく)墨蘭図(ぼくらんづ)一幀(いつたう)司馬江漢作(しばかうかんさく)秋果図(しうくわづ)一幀、仙厓作(せんがいさく)鐘鬼図(しようきづ)一幀、愛石(あいせき)柳陰呼渡図(りういんことづ)一幀、巣兆(さうてう)樗良(ちよら)蜀山(しよくさん)素檗(そばく)乙二等(おつじら)の自詠を書せるもの各一幀、高泉(かうせん)慧林(ゑりん)天祐等(てんいうら)の書各一幀、――わが()蔵幅(ざうふく)はこの数幀のみなり。他にわが伯母の(とつ)げる狩野勝玉作(かのうしようぎよくさく)小楠公図(せうなんこうづ)一幀、わが養母の父なる香以(かうい)の父龍池作(りゆうちさく)福禄寿図(ふくろくじゆづ)一幀(とう)あれども、こはわが一族を(おも)ふ為に(まれ)壁上(へきじやう)に掲ぐるのみ。陶器をペルシア、ギリシア、ワコ、新羅(しらぎ)南京古赤画(なんきんこあかゑ)白高麗(はくかうらい)等を蔵すれども、古織部(こおりべ)角鉢(かくばち)(ほか)は言ふに足らず。古玩(こぐわん)を愛する天下の士より見れば、恐らくは嗤笑(しせう)(まぬか)れざるべし。わが吉利支丹(キリシタン)の徒の事蹟を()せるを以て、所謂(いはゆる)「南蛮もの」を蔵すること多からんと思ふ人々もなきにあらざれども、われは数冊の古書の(ほか)に一体のマリア観音(くわんおん)を蔵するに過ぎず。若しわれをしも蒐集家(しうしふか)と言はば、張三李四(ちやうさんりし)の徒も蒐集家たるべし。然れどもわが友に小穴一游亭(をあないちいうてい)あり。若し千古の佳什(かじふ)を得んと欲すれば、(かならず)しもかの書画家の如く叩頭百拝(こうとうひやくはい)するを(もち)ひず。当来の古玩(こぐわん)の作家を有するは或は古玩を有するよりも多幸なる所以(ゆゑん)なり。

 古玩は前人(ぜんじん)の作品なり。前人の作品を愛するは(かならず)しも容易の(わざ)にあらず。われは室生犀星(むろふさいせい)の陶器を愛するを見、その愛を共にするに一年有半を要したり。書画、篆刻(てんこく)(とう)を愛するに至りしも小穴一游亭に負ふ所多かるべし。天下に易々(いい)として古玩を愛するものあるを見る、われは唯わが(さが)迂拙(うせつ)なるを(たん)ずるのみ。然れども文章を以て鳴るの士の蒐集品を一見すれば、いづれも皆古玩と称するに足らず。唯室生犀星の蒐集品はおのづから蒐集家の愛を感ぜしむるに足る。古玩にして佳什(かじふ)ならざるも、凡庸(ぼんよう)の徒の及ばざる所なるべし。

 われは又子規居士(しきこじ)短尺(たんじやく)の如き、夏目(なつめ)先生の書の如き、近人の作品も蔵せざるにあらず。然れどもそは(いま)だ古玩たらず。((なか)ば古玩たるにもせよ。)唯近人の作品中、「越哉(ゑつさい)」及び「鳳鳴岐山(ほうめいきざん)」と刻せる浜村蔵六(はまむらざうろく)石印(せきいん)のみは(いささ)か他に示すに足る古玩たるに近からん()。わが()の古玩に乏しきは正に(かみ)(しる)せるが如し。われを(もく)して「骨董(こつとう)好き」と言ふ、誰か(たなごころ)()つて大笑(たいせう)せざらん。唯われは古玩を愛し、古玩のわれをして恍惚(くわうこつ)たらしむるを知る。売り立ての古玩は(あたひ)高うして落札すること(あた)はずと(いへど)も、古玩を愛するわが生の豪奢(がうしや)なるを誇るものなり。文章を作り、女人(によにん)を慕ひ、更に古玩を(もてあそ)ぶに至る、われ(あに)君王(くんわう)の楽しみを知らざらんや。旦暮(たんぼ)に死するも(また)瞑目(めいもく)すと言ふべし。雨後(うご)花落ちて啼鳥(ていてう)を聴く。神思(しんし)(ほとん)無何有(むかう)(さと)にあるに似たり。即ちペンを走らせて「わが家の古玩」の一文を(さう)す。若し他日わが家の古玩の目録となるを得ば、幸甚(かうじん)なるべし。

(昭和二年)

〔遺稿〕

目次に戻る

感想を書く

目次