12話 阿弥陀堂
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執行官もその人影を見た。頭部のたいへん大きな、肩はばの広い、大きな人影であった。
(だれだろう、死刑囚のそばへ近づくのは)
執行官は迷った。死刑執行をすこし待って、あの怪影をしらべ、もしも、死刑に関係のない者だったら、追っぱらうべきであろうか。それとも、このまま死刑を執行してしまうべきであろうか。
それにしても、補助官は、どこになにをしているのであろうか。
執行官は、やっぱり時刻が来たときに死刑を執行した。彼が、死刑囚の足をささえている台をはずしたのである。その瞬間、死刑囚のからだはすうーッと下に落ち、そして途中でとまって、ぶらんとさがった。
怪影はそれまで見えていたが、死刑と同時に、ぱッとうしろへさがって、小屋のかげに消えた。
それからあとは何事もなかった。
絞首にきめられてある時間がたった。
執行官は、手はずのとおり、死刑囚の死体をおろすように信号を送った。
すると宙ぶらりんになっていた死体は、すーッと下へおりていって、やがて穴の中に見えなくなってしまった。
(なあんだ、補助官は、やっぱり死刑台の地下室に待っていたのか)
執行官は安心した。
執行官と教誨師は、そこで顔を見あわせたが、さっき死刑囚に近づいた奇妙な影については、どっちも何にもいわなかった。そんなことをいうと、いかにも自分が死刑執行に立ちあって、心をみだしているように、相手に思われるのがいやだったからである。
二人は、連れだって、死刑台の下の地下室へおりていった。
そこにはいつものとおり、補助官が死んだ死刑囚の首から、絞首綱をはずしていた。
「大丈夫かね」
執行官は、補助官に声をかけた。
「はい。うまくいきました。異状なしです」
と、補助官はまったくふだんの調子でこたえた。何か異状か、怪しい人物を見かけたことでも訴えられるつもりでいた執行官はひょうしぬけがした。
「君は、さっきこの死刑囚のそばへ行ったのか。いや、まだぼくが、死刑囚の足の台をひかない前のことだ」
「いいえ。私は上の準備をすると、ここへおりまして、今までずっとここにいました」
「ええッ。ずっと君はここにいたのか」
執行官はおどろいて、なにげなく教誨師の方をふりかえった。と、そこで教誨師の不安な目とかちあった。教誨師は、小首をかしげて見せた。
「おかしいね。たしかに死刑囚の横あいから一つの人影が近づいたんだ。死刑執行のすぐまえのことだった。そうだねえ、君」
そういって執行官は、教誨師の同意をもとめた。
「そうでした。頭のいやにでっかいやつの影でした。私は、地獄から、閻魔の使者として大入道が迎えに来たのかと思いました」
「ははは、なにをいうですか、おどかしっこなしですよ」
補助官は、二人にかつがれているんだと思って、笑ってしまった。
とにかくその場は、それで一まずおさまった。執行官たちは念のために構内を見まわったが、べつに怪しい者を見かけなかったから。もっとも夜もふけていたし、死刑執行もすんだことゆえ、みんな早くその場を引きあげたくて、気がいそいだせいもあろう。
そこで死刑となった火辻軍平の死体は、棺桶におさめられたのち、そこから遠くないところにある阿弥陀堂へ、はこびいれられた。
この阿弥陀堂は、やはり塀ぎわに建っている独立のかんたんな堂であって、お寺のお堂のような形はしていなかった。しかし中にはいってみると、お寺の本堂そっくりだった。奥の正面には、西をうしろにして木像の阿弥陀如来が立っており、その前に、にぎやかな仏壇がこしらえてあった。電灯を利用したみあかしが、古ぼけた銀紙製の蓮の造花を照らしていた。線香立や焼香台もあった。
火辻軍平のなきがらのはいった棺桶は、この前にはこびこまれ、北向きに安置された。それから太い線香に火が点ぜられ、教誨師が焼香し、鉦をたたき、読経した。この儀式はまもなく終り、一同はこの阿弥陀堂から退出した。
あとは阿弥陀さまと棺桶ばかりとなった。夜はいたくふけ、あたりはいよいよしずかになり、ただ一つの生命があるかのように燃えていた線香も、ついに最後の白い煙をゆうゆうと立てると、灰がぽとりとくずれ、消えてしまった。こうして堂の中は死の世界と化した……。
めりめりッ。とつぜん仏壇の横手の鉄格子が、外からむしりとられた。太いまっ黒な手が、外から窓へさしいれられた。人間の腕ではない。くろがねの巨手だ。
と思うまもなく、醤油樽ほどある機械人間の首がぬっと窓からはいって来た。そしてするすると阿弥陀堂の中へとびこんだ。ああ、あいつだ。例の、怪しい機械人間だ。ダムを破壊した恐ろしい機械人間だった。
なぜあいつは、とつぜんこんなところへ姿をあらわしたのか。
怪物は、電灯を消し、室内をまっ暗にした。その暗がりの中に、めりめりと、板のはがれる音がした。それにつづいて、なんだか知らないが、かちゃかちゃと、金具のふれあう音がした。ときには、ぱっと火花が一瞬間、室内を明かるくすることがあった。そのとき、ほんの一目であったが、室内のありさまが見られた。
それは異様な光景だった。かの機械人間が、仏壇の方へ前かがみになって、何かしているのだった。壇の上には青白い人間のようなものが横たわっていた。棺桶は片隅によせられ、蓋があいているようであった。それから小一時間のちのこと、ぱっと電灯がついた。ゆれる電灯の灯影にうつったものは、世にも奇妙な光景だった。
頭部に、まっ白な繃帯をぐるぐる巻つけた人間と、黒光りの巨大な機械人間とがからみあっていた。そして両者は、例の破られた窓のところへ近づいたと思うと身軽にそれにとびつき、すばやく外へ出てしまったのであった。あとに残るは、あらされたる仏壇と、死体のなくなって空っぽになった棺桶だけであった。火辻軍平の死体は、どこにあるのだろう。まことに奇々怪々なる事件!