超人間X号

12話 阿弥陀堂

2,387字 約5分 2001年12月29日 公開

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 執行官もその人影を見た。頭部のたいへん大きな、肩はばの広い、大きな人影であった。

(だれだろう、死刑囚のそばへ近づくのは)

 執行官は迷った。死刑執行をすこし待って、あの怪影をしらべ、もしも、死刑に関係のない者だったら、追っぱらうべきであろうか。それとも、このまま死刑を執行してしまうべきであろうか。

 それにしても、補助官は、どこになにをしているのであろうか。

 執行官は、やっぱり時刻が来たときに死刑を執行した。彼が、死刑囚の足をささえている台をはずしたのである。その瞬間、死刑囚のからだはすうーッと下に落ち、そして途中でとまって、ぶらんとさがった。

 怪影はそれまで見えていたが、死刑と同時に、ぱッとうしろへさがって、小屋のかげに消えた。

 それからあとは何事もなかった。

 絞首にきめられてある時間がたった。

 執行官は、手はずのとおり、死刑囚の死体をおろすように信号を送った。

 すると宙ぶらりんになっていた死体は、すーッと下へおりていって、やがて穴の中に見えなくなってしまった。

(なあんだ、補助官は、やっぱり死刑台の地下室に待っていたのか)

 執行官は安心した。

 執行官と教誨師(きょうかいし)は、そこで顔を見あわせたが、さっき死刑囚に近づいた奇妙な影については、どっちも何にもいわなかった。そんなことをいうと、いかにも自分が死刑執行に立ちあって、心をみだしているように、相手に思われるのがいやだったからである。

 二人は、連れだって、死刑台の下の地下室へおりていった。

 そこにはいつものとおり、補助官が死んだ死刑囚の首から、絞首綱をはずしていた。

「大丈夫かね」

 執行官は、補助官に声をかけた。

「はい。うまくいきました。異状なしです」

 と、補助官はまったくふだんの調子でこたえた。何か異状か、怪しい人物を見かけたことでも(うった)えられるつもりでいた執行官はひょうしぬけがした。

「君は、さっきこの死刑囚のそばへ行ったのか。いや、まだぼくが、死刑囚の足の台をひかない前のことだ」

「いいえ。私は上の準備をすると、ここへおりまして、今までずっとここにいました」

「ええッ。ずっと君はここにいたのか」

 執行官はおどろいて、なにげなく教誨師の方をふりかえった。と、そこで教誨師の不安な目とかちあった。教誨師は、小首をかしげて見せた。

「おかしいね。たしかに死刑囚の横あいから一つの人影が近づいたんだ。死刑執行のすぐまえのことだった。そうだねえ、君」

 そういって執行官は、教誨師の同意をもとめた。

「そうでした。頭のいやにでっかいやつの影でした。私は、地獄から、閻魔(えんま)使者(ししゃ)として大入道が迎えに来たのかと思いました」

「ははは、なにをいうですか、おどかしっこなしですよ」

 補助官は、二人にかつがれているんだと思って、笑ってしまった。

 とにかくその場は、それで一まずおさまった。執行官たちは念のために構内(こうない)を見まわったが、べつに怪しい者を見かけなかったから。もっとも夜もふけていたし、死刑執行もすんだことゆえ、みんな早くその場を引きあげたくて、気がいそいだせいもあろう。

 そこで死刑となった火辻軍平の死体は、棺桶(かんおけ)におさめられたのち、そこから遠くないところにある阿弥陀堂へ、はこびいれられた。

 この阿弥陀堂は、やはり塀ぎわに建っている独立のかんたんな堂であって、お寺のお堂のような形はしていなかった。しかし中にはいってみると、お寺の本堂そっくりだった。奥の正面には、西をうしろにして木像の阿弥陀如来(あみだにょらい)が立っており、その前に、にぎやかな仏壇(ぶつだん)がこしらえてあった。電灯を利用したみあかしが、古ぼけた銀紙製(ぎんがみせい)(はす)の造花を照らしていた。線香立(せんこうたて)焼香台(しょうこうだい)もあった。

 火辻軍平のなきがらのはいった棺桶は、この前にはこびこまれ、北向きに安置(あんち)された。それから太い線香に火が点ぜられ、教誨師が焼香し、(かね)をたたき、読経(どきょう)した。この儀式はまもなく終り、一同はこの阿弥陀堂から退出した。

 あとは阿弥陀さまと棺桶ばかりとなった。夜はいたくふけ、あたりはいよいよしずかになり、ただ一つの生命があるかのように燃えていた線香も、ついに最後の白い煙をゆうゆうと立てると、灰がぽとりとくずれ、消えてしまった。こうして堂の中は死の世界と化した……。

 めりめりッ。とつぜん仏壇の横手の鉄格子(てつごうし)が、外からむしりとられた。太いまっ黒な手が、外から窓へさしいれられた。人間の腕ではない。くろがねの巨手(きょしゅ)だ。

 と思うまもなく、醤油樽(しょうゆだる)ほどある機械人間(ロボット)の首がぬっと窓からはいって来た。そしてするすると阿弥陀堂の中へとびこんだ。ああ、あいつだ。例の、怪しい機械人間だ。ダムを破壊した恐ろしい機械人間だった。

 なぜあいつは、とつぜんこんなところへ姿をあらわしたのか。

 怪物は、電灯を消し、室内をまっ暗にした。その暗がりの中に、めりめりと、板のはがれる音がした。それにつづいて、なんだか知らないが、かちゃかちゃと、金具(かなぐ)のふれあう音がした。ときには、ぱっと火花が一瞬間、室内を明かるくすることがあった。そのとき、ほんの一目であったが、室内のありさまが見られた。

 それは異様な光景だった。かの機械人間が、仏壇の方へ前かがみになって、何かしているのだった。壇の上には青白い人間のようなものが横たわっていた。棺桶は片隅(かたすみ)によせられ、(ふた)があいているようであった。それから小一時間のちのこと、ぱっと電灯がついた。ゆれる電灯の灯影(ほかげ)にうつったものは、世にも奇妙な光景だった。

 頭部に、まっ白な繃帯(ほうたい)をぐるぐる巻つけた人間と、黒光りの巨大な機械人間とがからみあっていた。そして両者は、例の破られた窓のところへ近づいたと思うと身軽(みがる)にそれにとびつき、すばやく外へ出てしまったのであった。あとに残るは、あらされたる仏壇と、死体のなくなって空っぽになった棺桶だけであった。火辻軍平の死体は、どこにあるのだろう。まことに奇々怪々(ききかいかい)なる事件!

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