『青鞜』を引き継ぐに就いて

2話 『青鞜』を引き継ぐに就いて(2)

2,909字 約6分 2024年1月21日 公開

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 私は一方にさう云う仕事のことで考へながらも子供を育てゝゆかなければなりません。私はたゞあたり前に背丈が延びてさへゆけばいゝと云ふやうな育て方では気がすまない、私は出来ることなら一日子供についてゐてその一挙一動も注意して育児と云ふこと丈けを仕事にして見たいと云ふやうな欲望もかなり強いのです。それで仕事の事にばかり時間をとられて子供の為めに空かしておく時間のないことがまた私は苦痛でたまりません。これ迄一ヶ年以上私は少しも他手(ひとで)(ゆだ)ねずに乳も自分の以外にはやらずに育てゝ来ました。私は子供をおいて外出するやうな事も全く稀なのでした。此度は一々連れ出すことは出来ませんからおいてゆかねばなりませんけれども私にはそれがたまらなく苦痛なのです。時々留守の間に私を思ひ出しては子供が其処にかかつてゐる私の不断着の傍にはい寄つてそれをながめては泣き出すなど云ふ話を帰つて来て聞きますと涙がにじみ出ます。私の仕事の価値も疑はしくなる程です。本当にそれは不思議な程私を悲しませます。考へてゐますと私の最上のそして真実な一番尊い仕事と云へば子供を育てる事らしくさへ思はれて来ます。私はこんな幼い子供にたまらない寂しさを感じさせる事を平気で忍ぶことが出来ないのです。そしてそれがいゝ結果を子供の上に(もた)らすとは思ひません。けれども矢張り私は仕事をしなければなりません。私は子供に留守をさせることに慣してしまはふとして忍んでゐます。幸ひに子供は安心してなつくことの出来る小父(おじ)さんと小母(おば)さんを見出しました。私は漸く気安く外出することが出来るやうになりました。

 その次には私が雑誌を引きついだことについての世間の評判です。

 最初私と平塚氏はこの話は二人きりのことにして一月に発表することにしやうとしたのでしたが 思ひがけなく意外の人から洩れて噂はうわさを生んで私たちが知らない間にいろんな憶測がだん/\に誇大されてさも誠しやかに話されてゐたのです。それで私は一層十二月号に発表してしまはふと思ひましたが平塚氏からの注意で矢張り十二月は止して一月に発表することになつたのですが少々の誤解はそれで仕方がないとして置きました。併しそれ程ひどからうとは思ひませんでした。

 或る日私の処へ読売新聞の記者が面会を求めました。会ひましたらば此度あなたと平塚氏が何かあつてお別れなすつたさうですがどんな事があつたのですとのことでした。私は前のやうな事情をかいつまんで話して見ましたが何だか信をおかないやうな顔してゐました。そしていろいろなうわさばなしをもちだしてあれもこれもと私に真偽をたしかめるのでした。それは一つも事実ではなくみんないい加減な捏造でした。それは平塚氏が懐妊されたと云ふこと、奥村氏と平塚氏は別れると云ふこと、私と平塚氏と衝突したと云ふことなど重なことでした。私は一々否定しましたけれど、可なりしつこく聞きましたので私は笑つてやつたのでした。私は実際世間の人たちのひとり合点な浅薄な取さたに(あき)れました。私たちには何でもなくわかる平塚氏の心持ちを少しも理解することが出来ないです。本当に唯だもう表面に具体的にあらはれた事実より他に何にも見ることが出来ないでそれに依つてのみ物を判断しやうとし、またそれを間違ひのないことゝのみしてゐる人達の気持ちが私には(むし)ろ不思議に思はれるのでした。

 本当にこの広い世間に平塚氏の此度の態度を真実に理解し同情をもつことの出来る人が幾人ゐるのだらうと思ふと私は何故か悲しいやうな気になりました。

 私にしても平塚氏にしても雑誌をやることになつたつてならなくつたつて以前と少しも改まつた気持ちにはなりません。いろいろな取沙汰が新聞で紹介され続けてゐても私と平塚氏はいそがしさにはがき一枚もろくに取りかはさなくても私達の友情には何のかはりもなくおなじ気持ちでゐられる程私達の間は平なのです。

 聞けば時事新報の記者柴田氏はわざ/\御宿まで出かけて真相をたゞさうとなすつたさうです。私は何と云つていゝか笑つていゝか、怒つていゝかわからなくなります。本当にたゞ妙な世の中だと云ふより他仕方がありません。

 其処で私はこの雑誌の経営を自分の仕事として引き受けはしましたが私は今迄どほりの規則ではやり度くありません。

 先づ私は今迄の青鞜社のすべての規則を取り去ります。青鞜は今後無規則、無方針、無主張無主義です。主義のほしい方規則がなくてはならない方は、各自でおつくりなさるがいゝ。私はたゞ何の主義も方針も規則もない雑誌をすべての婦人達に提供いたします。但し男子の方はお断はりいたします。男子でももし婦人に関する事柄について重要なことをお書き下すつたのならそして多数の婦人のためになる事なら場合によつては掲載いたしますこともありますが併し矢張り主として婦人の専用であることは以前どほりです。立身出世の踏台にしたいかたはなさいまし、感想を出したい方はお出し下さい。何でも御用ひになる方の意のまゝに出来るやうに雑誌そのものには一切意味を持たせません。たゞ原稿撰択はすべて私に一任さして頂きます。私は書かれたものが何であるにしても真実な心で書かれたものならば本当に尊敬いたします。虚偽は一切排斥いたします。真面目に本当に自身を育てゝ行かうとなさる敬虔な婦人達の前に何かのお役にたつべく提供いたします。私の煩雑な労役の苦痛は例へ一人の人でも雑誌の存在の無意義でないことを思つて下さる方があればそれで償はれます。否、否間違つてゐました。自分でその無意義でないことを見出すことが出来ればそれでいゝのでした。私は間違つてゐました。

 私は自分の仕事の価値については考へる丈け愚だと思ひます。理屈はどうにでもつきます。今の処私は自分が単なる一個の雑誌経営編輯の労働者で終つてもいゝと思つてゐます。併し何時迄も同じ処に考へが止まつてゐるわけでもありませんからこの考へがまたどうかはつてゆくかわかりませんが兎に角今の処では出来得るかぎり努力しやうと思つてゐます。

 大分くどく書きましたが要するに平塚氏の仕事を私が引きついでやると云ふことには何の曲折もありません。ほんとうに普通のいきさつです。私たちには世間でさう云ふことを何か大した所謂(いわゆる)事情でもあつてのことのやうに云ひはやすのがおかしくてたまらない位です。平塚氏ももつと静養し勉強なすつたらまたきつと此度はいゝものを沢山おかき下さる筈です。

 兎に角これ以上に私はくだ/\しいことを云はうとは思ひません。今何を云つてもわからなくても時はずん/\すべてを引つづいて進んで行きます。そのうちに自然に解る時が来ることを私は信じます。何時でも私は平塚氏に対しては私の手をとつて歩けるやうにして下すつた先輩として又やさしい友人として能ふかぎりの尊敬と親しみを持つてゐます。何時迄も/\平塚氏は私の唯一の離れがたい最も貴重な私の友人であることを信じます。恐らくは此度も私のこの心持ちを受け入れて下さる丈けの愛を私の上に持つてゐて下さることゝ自信いたして居ります。(三、十二、九)

[『青鞜』第五巻第一号、一九一五年一月号]

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