浴槽

4話

736字 約1分 2016年1月1日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 私は悪い(くせ)で、ちょっと相手に反抗してみたく、

「面白かった。だけどねえ、僕ならそのままを殺人事件にしてしまうな」

「それは少し無理ではないかしら」

「そんな事はない。僕に云わせれば、窓に締りがしてなかったり、若い女がすぐ脳貧血をおこしたり、こんな偶然が二つ重なる方が妙ですよ。(すべ)てを理詰めに解釈する方が簡単なんだから」

「と云うと?」

「或る男がいて、女を偽名(ぎめい)で呼びよせる。そこで宿のがらんとした日を利用して、鍵を手に入れ、女を誘ってその浴室にはいりこむ。(男の目的は女を抹消することにあるとして、動機はどうでも適当に考えたらいいだろう)

 で、女の隙を見て首根っこをおさえつけ、あっさり溺死(できし)させてしまう。それから女の下着は窓の外へ投げ、女のドテラを着こんで忍び出す。女の部屋まで来ると、すぐそのスキー服をつけスキー帽を被り眼鏡までかければ、これで男女の区別は判らなくなって、悠々(ゆうゆう)と女のスキーをはいて一回り。窓の下に滑りこんで、一切をそこに脱ぎ捨てる」

「そのあとは、また浴室を抜けて、今度は自分のドテラを着て逃出すんですか」

「その男を決定するには条件がある。宿の事情に(くわ)しい男、その日は宿に残っていた男、鍵を自由に扱える男、最後に褌ひとつで飛出した男だ!」

 こうきっぱり云い切った時、相手の顔はむっとどす黒く(ゆが)んで見えた。私はトランクに手をかけながら、

「これは探偵作家の空想ですよ。君の話を僕ならこんな風に書直してみたいけれど、それでも、密室事件としては単純すぎますね。ただ少しばかり感心しているところは偉い方のおいでを利用して事件を当局者の手で揉消(もみけ)してしまう、そうした犯人の悪智慧(わるぢえ)です」

 と云いすてて、悪戯(いたずら)()のように首をすぼめて逃出した。列車はようやく青葉の軽井沢に滑りこんだ。

目次に戻る

感想を書く

目次