3話 3
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興安嶺トンネル殺人事件!
丘助手は改めて第一図、第二図、第三図を見直したのだった。
「うふふん。――」
と咳払いをなされた木戸博士は、乾枯らびた色艶のわるい指頭を Fig. 1 に近づけられて扨て仰有った。
「興奮曲線――と名付けるわしの研究じゃ。どうしてこの曲線を画くか。それはZ・F・P誌一九三〇年九月号第三〇頁に出して置いたところで明らかじゃ。要するにそこの隅にある自記装置でこれだけのものが画けるんじゃ。凡そ人間というやつは、興奮の振動体のようなもので、いつも二十四時間、なにかかにかの興奮に神経を焦がしている。腹が減ってくると、食慾が起り、牛肉のスキ焼が喰べたいとか天丼をムシャムシャやりたいとか興奮してくる。夜となれば昼間の精神的刺戟が滓の如く析出してきてこれが夢という興奮を齎す。興奮のない人間というのは殆んど稀じゃ。
興奮は神経的なものじゃから、電気現象の一種と考えることができる。そして電気現象であるによって其の強さを測定することが出来る。強い興奮はメートルの針を大きく振らせ、弱い興奮はメートルの針を少しばかり動かす。ところでじゃ。わしが曩にZ・F・P誌に発表したとおり、わしは興奮を其の種類によって分析することに成功したのじゃ。これは何しろ一と通りや二た通りの苦心ではなかった。……」
そこで木戸博士は、研究当時の苦心を偲ぶかのようにジッと瞑目し、しばし手を額の上に置かれたのだった。
「実に骨を折ったものじゃ。しかし結果をいえば至極簡単である。興奮の種類を分けることは、丁度ラジオ受信機の目盛盤を廻すと、その目盛に応じて各所の放送局が出てくるのと同じことじゃ。東京の第一放送が出ているのを、すこし廻すと広島FKの放送が出る。もっと廻すと札幌のIK、名古屋のCK、新潟のQK、熊本のGK、静岡のPK、仙台のHKなどという具合に、二十七ヶ所の違った放送が目盛盤のひねり様一つで出てくる。
それと似た仕掛けを、例の装置の中に設けてさえ置くと、興奮の種類を分けることが出来るばかりか、さまざまの興奮の強さを知ることが出来る。ラジオの目盛盤をひねって各局を聴いてみると、東京の第一放送は強いが、広島の放送は大変弱いとか、札幌のは全然感じないとか、次の名古屋のは東京第一ほどではないが相当に強いとか……そんな風に強さを比較することが出来るのと同じじゃ。つまりAの興奮は強さが2で、Bの興奮は強さが5で、Cの興奮は強さが10、Dの興奮は強さが7などという風に、強さがメートルの上にあらわれる。それを図に画くと、Fig. 1 のような曲線になる。よいか――」
木戸博士は鉛筆を手品師のように何処からともなく取出されて図面の端にスラスラと数字を書き並べられたことである。
「まずAが2じゃ。すると横の軸に『興奮の種類』がとってあって、そのAの上に、強さを示す縦の軸の数字2の高さに一つの点をXと記す。次に隣りのBの上に、興奮の強さをあらわす5の高さをとりX印をつける。それからCの上には、一番強い10の高さのところにX印を書きこむ。――こうして求めた点はもっと多いのじゃが、その点で線を横に繋ぐとこの Fig. 1 のような曲線になる。この曲線を一と目見れば、其の人間に宿っている興奮が手にとるようにアリアリと判る。そこで次の Fig. 2 Fig. 3 も、同じ手段で興奮曲線をとることが出来たのじゃ」
測定者・木戸――とサインされてある此の貴重な三つの曲線の意味は、漸く助手の丘数夫の頭脳に朧気ながら理解されるに至った。しかしAとかBとかCとかいう興奮の種類は、じたい如何なる興奮を示すのであるか、容疑者の烏山とは誰か、磯谷とは、犬塚とは?