キド効果

3話

1,522字 約3分 2010年10月30日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 興安嶺(こうあんれい)トンネル殺人事件!

 丘助手は改めて第一図、第二図、第三図を見直したのだった。

「うふふん。――」

 と咳払(せきばら)いをなされた木戸博士は、乾枯(ひか)らびた色艶のわるい指頭(ゆびさき)を Fig. 1 に近づけられて()仰有(おっしゃ)った。

「興奮曲線――と名付けるわしの研究じゃ。どうしてこの曲線を(えが)くか。それはZ・F・P誌(ツァイトシュリフト・フュール・フィジーク)一九三〇年九月号第三〇(ページ)に出して置いたところで明らかじゃ。要するにそこの隅にある自記(じき)装置でこれだけのものが画けるんじゃ。(およ)そ人間というやつは、興奮の振動体のようなもので、いつも二十四時間、なにかかにかの興奮に神経を()がしている。腹が減ってくると、食慾が起り、牛肉のスキ焼が()べたいとか天丼をムシャムシャやりたいとか興奮してくる。夜となれば昼間の精神的刺戟が(おり)の如く析出(せきしゅつ)してきてこれが夢という興奮を(もたら)す。興奮のない人間というのは殆んど(まれ)じゃ。

 興奮は神経的なものじゃから、電気現象の一種と考えることができる。そして電気現象であるによって其の強さを測定することが出来る。強い興奮はメートルの針を大きく振らせ、弱い興奮はメートルの針を少しばかり動かす。ところでじゃ。わし(さき)Z・F・P(ツェー・エフ・ペー)誌に発表したとおり、わしは興奮を其の種類によって分析することに成功したのじゃ。これは何しろ()と通りや()た通りの苦心ではなかった。……」

 そこで木戸博士は、研究当時の苦心を(しの)ぶかのようにジッと瞑目(めいもく)し、しばし手を額の上に置かれたのだった。

「実に骨を折ったものじゃ。しかし結果をいえば至極簡単である。興奮の種類を分けることは、丁度(ちょうど)ラジオ受信機の目盛盤(めもりばん)を廻すと、その目盛に応じて各所の放送局が出てくるのと同じことじゃ。東京の第一放送が出ているのを、すこし廻すと広島FKの放送が出る。もっと廻すと札幌のIK、名古屋のCK、新潟のQK、熊本のGK、静岡のPK、仙台のHKなどという具合に、二十七ヶ所の違った放送が目盛盤のひねり(よう)一つで出てくる。

 それと似た仕掛けを、例の装置の中に(もう)けてさえ置くと、興奮の種類を分けることが出来るばかりか、さまざまの興奮の強さを知ることが出来る。ラジオの目盛盤をひねって各局を聴いてみると、東京の第一放送は強いが、広島の放送は大変弱いとか、札幌のは全然感じないとか、次の名古屋のは東京第一ほどではないが相当に強いとか……そんな風に強さを比較することが出来るのと同じじゃ。つまりAの興奮は強さが2で、Bの興奮は強さが5で、Cの興奮は強さが10、Dの興奮は強さが7などという風に、強さがメートルの上にあらわれる。それを図に画くと、Fig. 1 のような曲線になる。よいか――」

 木戸博士は鉛筆を手品師のように何処からともなく取出されて図面の端にスラスラと数字を書き並べられたことである。

「まずAが2じゃ。すると横の軸に『興奮の種類』がとってあって、そのAの上に、強さを示す縦の軸の数字2の高さに一つの点をXと記す。次に隣りのBの上に、興奮の強さをあらわす5の高さをとりX印をつける。それからCの上には、一番強い10の高さのところにX印を書きこむ。――こうして求めた点はもっと多いのじゃが、その点で線を横に(つな)ぐとこの Fig. 1 のような曲線になる。この曲線を一と目見れば、其の人間に宿っている興奮が手にとるようにアリアリと判る。そこで次の Fig. 2 Fig. 3 も、同じ手段で興奮曲線をとることが出来たのじゃ」

 測定者・木戸――とサインされてある()の貴重な三つの曲線の意味は、(ようや)く助手の丘数夫の頭脳に朧気(おぼろげ)ながら理解されるに至った。しかしAとかBとかCとかいう興奮の種類は、じたい如何なる興奮を示すのであるか、容疑者の烏山(からすやま)とは誰か、磯谷(いそたに)とは、犬塚(いぬつか)とは?

目次に戻る

目次