3話 三
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「はい、あの軒ごと、家ごと、向三軒両隣と申しました工合に、玉転し、射的だの、あなた、賭的がござりまして、山のように積んだ景物の数ほど、灯が沢山点きまして、いつも花盛りのような、賑な処でござります。」
客は火鉢に手を翳し、
「どの店にも大きな人形を飾ってあるじゃないか、赤い裲襠を着た姐様もあれば、向う顱巻をした道化もあるし、牛若もあれば、弥次郎兵衛もある。屋根へ手をかけそうな大蛸が居るかと思うと、腰蓑で村雨が隣の店に立っているか、下駄屋にまで飾ったな。皆極彩色だね。中にあの三間間口一杯の布袋が小山のような腹を据えて、仕掛けだろう、福相な柔和な目も、人形が大きいからこの皿ぐらいあるのを、ぱくりと遣っちゃ、手に持った団扇をばさりばさり、往来を煽いで招くが、道幅の狭い処へ、道中双六で見覚えの旅の人の姿が小さいから、吹飛ばされそうです。それに、墨の法衣の絵具が破れて、肌の斑兀の様子なんざ、余程凄い。」
「招も善悪でござりまして、姫方や小児衆は恐いとおっしゃって、旅籠屋で魘されるお方もござりますそうでござりまする。それではお気味が悪くって、さっさと通り抜けておしまいなされましたか。」
「詰らないことを。」
客は引緊った口許に微笑した。
「しかし、土地にも因るだろうが、奥州の原か、飛騨の山で見た日には、気絶をしないじゃ済むまいけれど、伊勢というだけに、何しろ、電信柱に附着けた、ペンキ塗の広告まで、土佐絵を見るような心持のする国だから、赤い唐縮緬を着た姐さんでも、京人形ぐらいには美しく見える。こっちへ来るというので道中も余所とは違って、あの、長良川、揖斐川、木曾川の、どんよりと三条並んだ上を、晩方通ったが、水が油のようだから、汽車の音もしないまでに、鵲の橋を辷って銀河を渡ったと思った、それからというものは、夜に入ってこの伊勢路へかかるのが、何か、雲の上の国へでも入るようだったもの、どうして、あの人形に、心持を悪くしてなるものか。」
「これは、旦那様お世辞の可い、土地を賞められまして何より嬉しゅうござります。で何でござりまするか、一刻も早く御参詣を遊ばそう思召で、ここらまで乗切っていらっしゃいました?」
「そういうわけでもないが、伊勢音頭を見物するつもりもなく、古市より相の山、第一名が好いではないか、あいの山。」
客は何思いけん手を頬にあてて、片手で弱々と胸を抱いたが、
「お婆さん、昔から聞馴染の、お杉お玉というのは今でもあるのか。」
「それはござりますよ。ついこの前途をたらたらと上りました、道で申せばまず峠のような処に観世物の小屋がけになって、やっぱり紅白粉をつけましたのが、三味線でお鳥目を受けるのでござります、それよりは旦那様、前方に行って御覧じゃりまし、川原に立っておりますが、三十人、五十人、橋を通行のお方から、お銭の礫を投げて頂いて、手ン手に長棹の尖へ網を張りましたので、宙で受け留めまするが、秋口蜻蛉の飛びますようでござります。橋の袂には、女房達が、ずらりと大地に並びまして、一文二文に両換をいたします。さあ、この橋が宇治橋と申しまして、内宮様へ入口でござりまする。川は御存じの五十鈴川、山は神路山。その姿の優しいこと、気高いこと、尊いこと、清いこと、この水に向うて立ちますと、人膚が背後から皮を透して透いて見えます位、急にも流れず、淀みもしませず、浪の立つ、瀬というものもござりませぬから、色も、蒼くも見えず、白くも見えず、緑の淵にもなりませず、一様に、真の水色というのでござりましょ。
渡りますと、それから三千年の杉の森、神代から昼も薄暗い中を、ちらちらと流れまする五十鈴川を真中に、神路山が裹みまして、いつも静に、神風がここから吹きます、ここに白木造の尊いお宮がござりまする。」