化鳥

7話 第七

1,468字 約3分 2003年5月29日 公開

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また(にく)らしいのがある。腹立(はらた)たしいのも(ほか)にあるけれども(それ)一場合(あるばあひ)(さる)(にく)らしかつたり、(とり)腹立(はらだ)たしかつたりするのとかはりは()いので、(せん)ずれば(みな)をかしいばかり、矢張(やつぱり)噴飯材料(ふきだすたね)なんで、(べつ)取留(とりと)めたことがありはしなかつた。

で、つまり(じやう)(うご)かされて、(かなし)む、(うれ)うる、(たのし)む、(よろこ)ぶなどいふことは、(とき)()場合(ばあひ)(おい)ての母様(おつかさん)ばかりなので。余所(よそ)のものは()うであらうと些少(ちつと)(こころ)には()けないやうに()ましにさうなつて()た。しかしかういふ(こゝろ)になるまでには、(わたし)(をし)へるために毎日(まいにち)毎晩(まいばん)()(もの)()くものについて、母様(おつかさん)がどんなに苦労(くらう)をなすつて、丁寧(ていねい)親切(しんせつ)()かないで、熱心(ねつしん)に、(ねんごろ)()むで(ふく)めるやうになすつたかも()れはしない。だもの、()うして学校(がくかう)先生(せんせい)をはじめ、余所(よそ)のものが(せう)々位(ぐらゐ)のことで、(わか)るものか、(だれ)だつて(わか)りやしません。

(ところ)が、母様(おつかさん)(わたし)とのほか()らないことをモ一人(ひとり)(ほか)()つてるものがあるさうで、始終(しゞう)母様(おつかさん)がいつてお()かせの、(それ)彼処(あすこ)置物(おきもの)のやうに(かしこま)つて()る、あの(さる)―あの(さる)(もと)飼主(かひぬし)であつた―老父(ぢい)さんの猿廻(さるまはし)だといひます。

さつき(わたし)がいつた、(さる)出処(しゆつしよ)があるといふのはこのことで。

まだ(わたし)母様(おつかさん)のお(なか)()時分(じぶん)だツて、さういひましたつけ。

初卯(はつう)()母様(おつかさん)腰元(こしもと)を二人()れて、(まち)卯辰(うたつ)(はう)天神様(てんじんさま)へお(まゐ)ンなすつて、晩方(ばんがた)(かへ)つて()らつしやつた、ちやうど川向(かはむか)ふの、いま(さる)()(ところ)で、堤坊(どて)(うへ)のあの(やなぎ)切株(きりかぶ)(こし)をかけて(さる)のひかへ(づな)(にぎ)つたなり、俯向(うつむ)いて、(ちひ)さくなつて、(かた)呼吸(いき)をして()たのが(その)猿廻(さるまはし)のぢいさんであつた。

大方(おほかた)(いま)紅雀(べにすゞめ)(その)(ねえ)さんだの、頬白(ほゝじろ)(その)(にい)さんだのであつたらうと(おも)はれる、(をとこ)だの、(をんな)だの七八人()つて、たかつて、(さる)にからかつて、きやあ/\いはせて、わあ/\(わら)つて、()()つて、喝采(かつさい)して、おもしろがつて、をかしがつて、散々(さんざ)(なぐさ)むで、そら菓子(くわし)をやるワ、蜜柑(みかん)()げろ、(もち)をたべさすワツて、(みんな)でどつさり(さる)御馳走(ごちさう)をして、(くら)くなるとどや/\いつちまつたんだ。で、ぢいさんをいたはつてやつたものは、(たゞ)一人(いちにん)もなかつたといひます。

あはれだとお(おも)ひなすつて、母様(おつかさん)がお(あし)(めぐ)むで、肩掛(シヨール)()せておやんなすつたら、ぢいさん(なみだ)(おと)して(をが)むで(よろ)こびましたつて、さうして、

あゝ、奥様(おくさま)(わたくし)(けだもの)になりたうございます。あいら、(みんな)畜生(ちくしやう)で、この(さる)めが夥間(なかま)でござりましやう。それで、手前達(てまへたち)同類(どうるゐ)にものをくはせながら、人間一疋(にんげんいつぴき)(わたくし)には()()けぬのでござりますトさういつてあたりを(にら)むだ、(おそ)らくこのぢいさんなら(わか)るであらう、いや、(わか)るまでもない、(ひと)(けだもの)であることをいはないでも()つて()やうとさういつて母様(おつかさん)がお()かせなすつた、

うまいこと(しつ)てるな、ぢいさん。ぢいさんと母様(おつかさん)(わたし)三人(さんにん)だ。其時(そのとき)ぢいさんが(その)まんまで控綱(ひかへづな)其処(そこ)(とこ)棒杭(ばうぐひ)(しば)りツ(ぱな)しにして(さる)をうつちやつて()かうとしたので、(とも)女中(ぢよちう)(くち)()して、()うするつもりだつて()いた。母様(おつかさん)もまた(そば)からまあ捨児(すてご)にしては可哀想(かあいさう)でないかツて、お()きなすつたら、ぢいさんにや/\と(わら)つたさうで、

はい、いえ、大丈夫(だいじやうぶ)でござります。人間(にんげん)をかうやつといたら、()ゑも(こゞ)ゑもしやうけれど、(けだもの)でござりますから(いま)(なが)()御覧(ごらう)じまし、此奴(こいつ)はもう(けつ)してひもじい()()ふことはござりませぬから

トさういつてかさね/″\(おん)(しや)して(わか)れて何処(どこ)へか()つちまひましたツて。

(はた)して(さる)()ゑないで()る。もう(いま)では余程(よつぽど)年紀(とし)であらう。すりや、(さる)のぢいさんだ。道理(だうり)で、(かう)()た、ものゝ(わか)つたやうな、そして()まじめで、けろりとした、(めう)(かほ)をして()るんだ。()える/\、(あめ)(なか)にちよこなんと(すわ)つて()るのが()()るやうに(まど)から()えるワ。

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