化鳥

8話 第八

1,663字 約3分 2003年5月29日 公開

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朝晩(あさばん)見馴(みな)れて(めづ)らしくもない(さる)だけれど、いまこんなこと(かんが)()していろんなこと(おも)つて()ると、また(こと)にものなつかしい、あのおかしな(かほ)(はや)くいつて見たいなと、さう(おも)つて、(まど)()をついてのびあがつて、づゝと(かた)まで()すと《しぶき》がかゝつて、()のふちがひやりとして、(つめ)たい(かぜ)(ほゝ)()でた。

爾時(そのとき)仮橋(かりばし)ががた/\いつて、川面(かはづら)小糠雨(こぬかあめ)(すく)ふやうに()(みだ)すと、(ながれ)(くろ)くなつて(さつ)()た。トいつしよに向岸(むかふぎし)から(はし)(わた)つて()る、洋服(やうふく)()(をとこ)がある。

橋板(はしいた)がまた、がツたりがツたりいつて、次第(しだい)(ちか)づいて()る、鼠色(ねづみいろ)洋服(やうふく)で、(ぼたん)をはづして、(むね)()けて、けば/\しう襟飾(えりかざり)()した、でつぷり紳士(しんし)で、(むね)(ちひ)さくツて、下腹(したつぱら)(ほう)()ぬけにはずんでふくれた、(あし)(みぢか)い、(くつ)(おほ)きな、帽子(ばうし)(たか)い、(かほ)(なが)い、(はな)(あか)い、(それ)(さむ)いからだ。そして大跨(おほまた)に、(その)(たくまし)(くつ)片足(かたあし)づゝ、やりちがへにあげちやあ歩行(ある)いて()る、(くつ)(うら)(あか)いのがぽつかり、ぽつかりと(ひと)ツづゝ此方(こつち)から()えるけれど、自分(じぶん)じやあ、(その)(つま)さきも(わか)りはしまい。(なん)でもあんなに(はら)のふくれた(ひと)(へそ)から(した)(ひざ)から(うへ)()たことがないのだとさういひます。あら! あら! 短服(チツヨツキ)(くつ)穿()いたものが(ころ)がつて()るぜと、(おも)つて、じつと()()ると、(はし)のまんなかあたりへ()鼻眼鏡(はなめがね)をはづした、《しぶき》がかゝつて(くも)つたと()える。

で、衣兜(かくし)から半拭(はんかち)()して、()きにかゝつたが、蝙蝠傘(かうもりがさ)片手(かたて)()つて()たから()()けやうとして咽喉(のど)(かた)のあひだへ()(はさ)んで、うつむいて、(たま)(ぬぐ)ひかけた。

これは(いま)までに幾度(いくたび)(わたし)()たことのある(ひと)で、(なん)でも小児(こども)(とき)物見高(ものみだか)いから、そら、(ばあ)さんが(ころ)んだ、(はな)()いた、といつて五六人(ひと)だかりのすることが()(およ)(ところ)にあれば、(かなら)()つて()るが何処(どこ)()らずで場所(ばしよ)(かぎ)らない、すべて五十人以上(いじやう)(ひと)集会(しふくわい)したなかには(かなら)ずこの紳士(しんし)立交(たちまじ)つて()ないといふことはなかつた。

()(とき)にいつも(はた)(もの)(たれ)()らつかまへて、尻上(しりあが)りの、すました調子(てうし)で、(なに)かものをいつて()なかつたことは(ほと)んど()い、それに(ひと)から()いて()たことは(かつ)てないので、いつでも自分(じぶん)()かせて()る、が、()くものがなければ(ひとり)で、むゝ、ふむ、といつたやうな、承知(しようち)したやうなことを独言(ひとりごと)のやうでなく、()かせるやうにいつてる(ひと)で、母様(おつかさん)御存(ごぞん)じで、(あれ)博士(はかせ)ぶりといふのであるとおつしやつた。

けれども(ぶり)ではたしかにない、あの(はら)のふくれた様子(やうす)といつたら、宛然(まるで)鮟鱇(あんかう)()()るので、(わたし)(かげ)じやあ鮟鱇博士(あんかうはかせ)とさういひますワ。此間(このあひだ)学校(がくかう)参観(さんくわん)()たことがある。其時(そのとき)(いま)(かむ)つて()る、(たか)帽子(ばうし)()つて()たが、(なん)だつてまたあんな()はづれの帽子(ばうし)()たがるんだらう。

だつて、眼鏡(めがね)()かうとして、蝙蝠傘(かうもりがさ)(をとがひ)(おさ)へて、うつむいたと(おも)ふと、ほら/\、帽子(ばうし)(かたむ)いて、重量(おもみ)(しづ)()して、()てるうちにすつぼり、(あか)(はな)(うへ)(かぶ)さるんだもの。眼鏡(めがね)をはづした(うへ)帽子(ばうし)がかぶさつて、()()えなくなつたんだから(おどろ)いた、顔中(かほぢう)帽子(ばうし)(たゞ)(くち)ばかりが、(その)(くち)(あか)くあけて、あはてゝ、(かほ)をふりあげて、帽子(ばうし)()りあげやうとしたから蝙蝠傘(かうもりがさ)がばツたり()ちた。(おつ)こちると(いきほひ)よく(みつ)ツばかりくる/\とまつた(あひだ)に、鮟鱇博士(あんかうはかせ)(いつ)ツばかりおまはりをして、()をのばすと、ひよいと(よこ)なぐれに(かぜ)()けて、(なゝ)めに()んで、(はる)川下(かはしも)(はう)(にく)らしく落着(おちつ)いた(ふう)でゆつたりしてふわりと()ちるト(たちま)()(ごと)くに(なが)()した。

博士(はかせ)片手(かたて)眼鏡(めがね)()つて、片手(かたて)帽子(ばうし)にかけたまゝ(はげ)しく、(きふ)に、(ほと)んど(かぞ)へる(ひま)がないほど(くつ)のうらで虚空(こくう)()むだ、(はし)ががた/\と(うご)いて()つた。

母様(おつかさん)母様(おつかさん)母様(おつかさん)

(わたし)(あし)ぶみをした。

「あい。」としづかに、おいひなすつたのが背後(うしろ)()こえる。

(まど)から()たまゝ振向(ふりむ)きもしないで、急込(せきこ)んで、

「あら/\(なが)れるよ。」

(とり)かい、(けだもの)かい。」と(きは)めて平気(へいき)でいらつしやる。

蝙蝠(かうもり)なの、(からかさ)なの、あら、もう()えなくなつたい、ほら、ね、(なが)れツちまひました。」

蝙蝠(かうもり)ですと。」

「あゝ、()ツことしたの、可哀想(かあいさう)に。」

(おも)はず嘆息(たんそく)をして(つぶや)いた。

母様(おつかさん)(ゑみ)(ふく)むだお(こゑ)でもつて、

(れん)や、それはね、(あめ)()れるしらせなんだよ。」

此時(このとき)(さる)(うご)いた。

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