照葉狂言

5話 仙冠者 一

1,173字 約2分 2013年7月25日 公開

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 我が居たる町は、一筋細長く東より西に爪先上(つまさきあが)りの小路なり。

 両側に見好(みよ)げなる仕舞家(しもたや)のみぞ並びける。市中(いちなか)の中央の極めて()き土地なりしかど、この町は一端のみ大通りに(つらな)りて、一方の口は行留(ゆきどま)りとなりたれば、往来少なかりき。

 (あした)より(ゆうべ)に至るまで、腕車(くるま)地車(じぐるま)など一輌も()ぎるはあらず。美しき(おもいもの)、富みたる寡婦(やもめ)、おとなしき()(わらわ)など、夢おだやかに日を送りぬ。

 日は春日山の(いただき)よりのぼりて(あわ)ヶ崎の沖に()る。海は西の(かた)路程(みちのり)一里半隔りたり。山は近く、二階なる東の窓に、かの木戸の際なる青楓の繁りたるに(おお)われて、峰の松のみ見えたり。欄に()りて伸上れば半腹なる尼の(いおり)も見ゆ。卯辰山(うたつやま)、霞が峰、日暮(ひぐらし)の丘、一帯波のごとく連りたり。空(あお)く晴れて地の上に雨の余波(なごり)ある時は、路なる砂利うつくしく、いろいろの(こいし)あまた洗い(いだ)さるるが中に、金色(こんじき)なる、また銀色(ぎんしょく)なる、緑なる、樺色(かばいろ)なる、鳶色(とびいろ)なる、細螺(きしゃご)おびただし。(わだち)の跡というもの無ければ、馬も通らず、おさなきものは懸念なく踞居(ついい)てこれを拾いたり。

 あそびなかまの暮ごとに集いしは、筋むかいなる県社乙剣(おとつるぎ)の宮の境内なる御影石(みかげいし)の鳥居のなかなり。いと広くて(つち)をば綺麗(きれい)に掃いたり。(さかき)五六本、秋は木犀(もくせい)(かおり)みてり。百日紅(さるすべり)あり、花桐(はなぎり)あり、また常磐木(ときわぎ)あり。梅、桜、花咲くはここならで、御手洗(みたらし)後合(うしろあわ)せなるかの君の庭なりき。

 この境内とその庭とを、広岡の継母は一重(ひとえ)木槿垣(むくげがき)をもて隔てたり。朝霧淡くひとつひとつに露もちて、薄紫に(しべ)青く、純白(まっしろ)の、蘂赤く、あわれに咲重なる木槿の花をば、継母は(かゆ)に交ぜて食するなり。こは長寿(ながいき)する薬ぞとよ。

 梨の(しん)を絞りし(つゆ)も、木槿の花を煮こみし粥も、()が口ならば(うま)かるべし。姉上にはいかならむ。その姉上と、大方はわれここに来て、この垣をへだてて(まみ)えぬ。表より()かむは、継母のよき顔せざればなり。

 時は日ごとに定まらねど、垣根に(たたず)めば姉上の直ちに見えたまう。垂籠(たれこ)めていたまうその居間とは、樹々の(こずえ)ありて遮れど、それと心着きてや必ず庭に来たまうは、虫の知らするなるべし。一時(あるとき)は先立ちて園生(そのう)をそぞろあるきしたまうことあり。さる折には、われ家を出づる時、心の急がざることあらざりき。

 ()きて差覗(さしのぞ)けば、(しお)れて()()に立ちて、(こうべ)をさげ、肩を垂れ、襟深く(おとがい)(うず)めて力なげに彳みたまう。病気にやと胸まず(とどろ)くに、やがて目をあげて此方(こなた)を見たまう時、莞爾(にっこ)として微笑(ほほえ)みたまえば、(やまい)にはあらじと見ゆ。かかることしばしばあり。

 (ひとり)居たまう時はいつもしかなりけむ。われには笑顔見せたまわざること絶えてなかりしが、わがために慰めらるるや、さらば(つとめ)て慰めむとて()く。もどかしき垣を中なる逢瀬(おうせ)のそれさえも随意(まま)ならで、ともすれば意地悪き人の妨ぐる。

 国麿(くにまろ)という、(もと)の我が藩の有司の()の、われより三ツばかり年紀(とし)たけたるが、鳥居の(つき)あたりなる黒の冠木門(かぶきもん)のいと(いかめ)しきなかにぞ(すま)いける。

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