5話 仙冠者 一
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我が居たる町は、一筋細長く東より西に爪先上りの小路なり。
両側に見好げなる仕舞家のみぞ並びける。市中の中央の極めて好き土地なりしかど、この町は一端のみ大通りに連りて、一方の口は行留りとなりたれば、往来少なかりき。
朝より夕に至るまで、腕車、地車など一輌も過ぎるはあらず。美しき妾、富みたる寡婦、おとなしき女の童など、夢おだやかに日を送りぬ。
日は春日山の巓よりのぼりて粟ヶ崎の沖に入る。海は西の方に路程一里半隔りたり。山は近く、二階なる東の窓に、かの木戸の際なる青楓の繁りたるに蔽われて、峰の松のみ見えたり。欄に倚りて伸上れば半腹なる尼の庵も見ゆ。卯辰山、霞が峰、日暮の丘、一帯波のごとく連りたり。空蒼く晴れて地の上に雨の余波ある時は、路なる砂利うつくしく、いろいろの礫あまた洗い出さるるが中に、金色なる、また銀色なる、緑なる、樺色なる、鳶色なる、細螺おびただし。轍の跡というもの無ければ、馬も通らず、おさなきものは懸念なく踞居てこれを拾いたり。
あそびなかまの暮ごとに集いしは、筋むかいなる県社乙剣の宮の境内なる御影石の鳥居のなかなり。いと広くて地をば綺麗に掃いたり。榊五六本、秋は木犀の薫みてり。百日紅あり、花桐あり、また常磐木あり。梅、桜、花咲くはここならで、御手洗と後合せなるかの君の庭なりき。
この境内とその庭とを、広岡の継母は一重の木槿垣をもて隔てたり。朝霧淡くひとつひとつに露もちて、薄紫に蘂青く、純白の、蘂赤く、あわれに咲重なる木槿の花をば、継母は粥に交ぜて食するなり。こは長寿する薬ぞとよ。
梨の核を絞りし汁も、木槿の花を煮こみし粥も、汝が口ならば旨かるべし。姉上にはいかならむ。その姉上と、大方はわれここに来て、この垣をへだてて見えぬ。表より行かむは、継母のよき顔せざればなり。
時は日ごとに定まらねど、垣根に彳めば姉上の直ちに見えたまう。垂籠めていたまうその居間とは、樹々の梢ありて遮れど、それと心着きてや必ず庭に来たまうは、虫の知らするなるべし。一時は先立ちて園生をそぞろあるきしたまうことあり。さる折には、われ家を出づる時、心の急がざることあらざりき。
行きて差覗けば、悄れて樹の間に立ちて、首をさげ、肩を垂れ、襟深く頤を埋めて力なげに彳みたまう。病気にやと胸まず轟くに、やがて目をあげて此方を見たまう時、莞爾として微笑みたまえば、病にはあらじと見ゆ。かかることしばしばあり。
独居たまう時はいつもしかなりけむ。われには笑顔見せたまわざること絶えてなかりしが、わがために慰めらるるや、さらば勉て慰めむとて行く。もどかしき垣を中なる逢瀬のそれさえも随意ならで、ともすれば意地悪き人の妨ぐる。
国麿という、旧の我が藩の有司の児の、われより三ツばかり年紀たけたるが、鳥居の突あたりなる黒の冠木門のいと厳しきなかにぞ住いける。