6話 仙冠者 二
読み方を変える
肩幅広く、胸張りて、頬に肥肉つき、顔丸く、色の黒き少年なりき。腕力もあり、年紀も長けたり、門閥も貴ければ、近隣の少年等みな国麿に従いぬ。
厚紙もて烏帽子を作りて被り、払を腰に挿したるもの、顱巻をしたるもの、十手を携えたるもの、物干棹を荷えるものなど、五三人左右に引着けて、渠は常に宮の階の正面に身構えつ、稲葉太郎荒象園の鬼門なりと名告りたり。さて常にわが広岡の姉上に逢わむとて行くを、などさは女々しき振舞する。ともに遊べ、なかまにならば、仙冠者牛若三郎という美少年の豪傑になさむと言いき。仙冠者は稲葉なにがしの弟にて、魔術をよくし、空中を飛行せしとや。仙冠者をわれ嫌うにあらねど、誰か甘んじて国麿の弟たらむ。
言うこと肯かざるを太く憎み、きびしくその手下に命じて、われと遊ぶことなからしめたり。さらぬも近隣の少年は、わが袖長き衣を着て、好き帯したるを疎じて、宵々には組を造りて町中を横行しつつ、我が門に集いては、軒に懸けたる提灯に礫を投じて口々に罵りぬ。母上の名、仮名もてその神燈に記されたり。亡き人に礫打たしては、仏を辱かしめむとて、当時わが家をば預りたまえる、伯母の君他のに取りかえたまいぬ。
かかりし少年の腕力あり門閥ある頭領を得たるなれば、何とて我威を振わざるべき。姉上に逢わむとて木槿垣に行く途、まず一人物干棹をもて一文字に遮り留む。十手持ちたるが引添いて眼を配り、顱巻したるが肩をあげて睨め着くる。その中にやさしき顔のかの烏帽子被れる児の払をば、国麿の引取りて、背後の方に居て、片手を尻下りに結びたる帯にはさみて、鷹揚に指揮するなり。
わびたりとて肯くべきにあらず、しおしおと引返す本意なき日数こそ積りたれ。忘れぬは我ために、この時嬉しかりし楓にこそ。
その枝のさき近々と窓の前にさしいでたれば、広岡のかの君は二階にのぼりて、此方の欄に掴まりたるわが顔を見て微笑みたまいつつ、腕さしのべて、葉さきをつまみ、撓いたる枝を引寄せて、折鶴、木、雛の形に切りたるなど、色ある紙あまた引結いてはソト放したまう。小枝は葉摺れしてさらさらと此方に撓いて来つ。風少しある時殊に美しきは、金紙、銀紙を細く刻みて、蝶の形にしたるなりき。
雨の日はいかにしけむ、今われ覚えておらず。麗かなる空をば一群の鳩輪をつくりて舞うが、姉上とわれと対いあえるに馴れて、恐気なく、此方の軒、彼方の屋根に颯と下しては翼を休めて、廂にも居たり。物干場の棹にも居たり。棟にも居たり。みな表町なる大通の富有の家に飼われしなりき。夕越くれば一斉に塒に帰る。やや人足繁く、戸外を往来うが皆あおぎて見つ。楓にはいろいろのもの結ばれたり。
そのまま置きて一夜を過すに、あくる日はまた姉上の新たに結びたまわでは、昨日なるは大方失せて見えずなりぬ。
手届きて人の奪うべくもあらねば、町の外れなる酒屋の庫と観世物小屋の間に住めりと人々の言いあえる、恐しき野衾の来て攫えて行くと、われはおさなき心に思いき。