19話 四つの都 一九 大学病院の図書室。
読み方を変える
庄平はいって来て、図書棚から洋書を抜き出す。
書き物をしていた江藤医学士が庄平を見つける。
(江藤は万年筆を体温計のようにしきりに振る癖がある)
江藤「よう」
庄平「よう」
江藤「何時帰ったい?」
庄平「一昨日。いま大橋先生に会うて来た、これを読めといわれてね」
江藤(その本の背文字を見て)「こんな方面に興味を持ち出したの?(頁を繰りながら)虚弱児童の錬成、なるほどね、しかし君は耳鼻科だったんだろう?」
庄平「野戦病院じゃ耳鼻科も内科もないよ、八百屋だ、あらゆる科はやったね、やらなかったのは、えゝと、えゝと(考えて)……つまり、戦争は医学を進歩させるって訳だ」
江藤「医学も進歩させたが、君自身も進歩……というより、変ってしまったようだね」
庄平(顔を撫でて)「どこか変ったかね」
江藤「早い話が、昔の君は専門以外の虚弱児童の錬成なんて事は考えなかったからね、君は小説本ばかし読んでた」
庄平(いきなり早口に喋り出す)「いや、それだよ。医者の不養生っていうがね、僕は子供の頃からハシカ以外の病気をした事はない、強いてほかに病気だといえば、そゝっかしい位なもんだといふ訳で、つまり僕は健康に育って来た、それだけに弱い子供の事を考えると、痛々しくてならない……という事をマライで原住民の子供を診察している時、ふと感じたのでね、こりゃ一つ内地へ帰ったら、日本の虚弱児童のために大いにその錬成運動……というより、むしろ、その実際的……というか、つまり具体的にいって、道場とか錬成場とか療養所とか、いや、希望的にいえばこの三つを加味したあるものをだね、建設してやろうと、大橋先生にも相談したところ賛成して下すったのでね、実は今日これから直ちに大阪へ帰って府庁の厚生課へ行って……というのは、親爺がね……」
江藤、庄平の饒舌にすこしく閉口気味だ。
庄平「……財産を譲ってやるというので、そいつをこの事業に注ぎ込もうという訳でね、つまり、府庁へ行ってだね、健康地選定の問題やら、道場……つまり先刻言った三つを加味したあるものゝ建築資材の事などをね、いろ/\相談してね、それから学務課長に会うて……この学務課長というのは親爺の友人なんでね、いや、友人といってもまだ若いんだよ、まだ四十代でなか/\話の判る人だよ、君なんだったら一度会って置いてもいゝよ、とっても愉快な人だからね……で、その人に会うてね、各国民学校へ……」
庄平、陶酔して喋り続けていると、看護婦が入って来る。
看護婦「江藤先生、お電話です」
江藤「有難う、今直ぐ……」
江藤、先刻からの書き物に区切りをつけるために、万年筆を取りあげ、それをしきりに振る。
江藤(庄平に)「君、一寸失敬!」