日本橋

3話 檜木笠 三

1,138字 約2分 2015年11月4日 公開

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「あら、お止しなさいよ、そんな唄。大嫌(だいきらい)だわ。二階に寝ている姉さんが、病気で(かん)が立っておいでだから、直ぐに聞きつけて、沢山(たんと)加減を悪くするからね……ほんとうに(きらい)なのよ。」

 と若い()(かぶり)を振るように左右を()る。

「何が(きらい)だい。」

「生意気云うない。」

(ざま)あ! 女郎()手前(てめえ)に嫌われて(さいわい)だ。好かれて(たま)るかい。」と笹を持ったのが、ぐいとその(さお)を小脇に引くと、(やあ)、斜に構えて前に廻った。

「嘘よ、お前さんじゃないのよ。その大高源吾とか云う、ずんぐりむっくりした人がね、笹を担いで浪花節(なにわぶし)歩行(ある)いては、大事な土地が(けが)れるって。……橋は台なし、堪らないって、姉さんが云うんだわ。」

「知ってらい!」

 と矮小が、ぺろぺろと舌を吐いて、

「不断、そう()やがるとよ、()いか。手前ン(とこ)狂女(きちがい)がな、不断そう云やがる事を知ってるから、手前(てめえ)だって尋常(ただ)は通さないんだぜ。僕がな、形を(やつ)してよ、八百屋の小児(こども)に生れてよ、間者になって知ってるんだ。行軍将棊(こうぐんしょうぎ)でもな、間者は(えら)いぜ、伴内(ばんない)阿魔(あま)。」

 商人(あきゅうど)はもとより、親が会社員にしろ、巡査にしろ、田舎の小忰(こせがれ)でないものが、娘を(いじ)める仔細(しさい)はない。故あるかな、スパルタ(もど)きの少年等が、武士道に対する義憤なのである。

「忠臣、義士の罰が当らあ。」

「勿論よ。」

 ひょろ竹と云われる()せたのが、きいきいと(きし)む声で、

(とう)に罰が当って、気の違った奴なんか構わねえや。……此奴に笹葉(ささっぱ)を頂かせろ。」

(くしゃみ)をさしたれ。」

 と、含羞(はなじろ)んだ若い妓の、揃った目鼻の真中(まんなか)を狙って――お(けら)の虫が、もじゃもじゃもじゃ。

「へッくしょ。」と思わず唐突(だしぬけ)に陽炎を吸って()せた……飴屋の地蔵は(たま)らなそうに鼻を()でる。当の狙われた若い妓は、はッと顔を背けたので、笹葉は片頬(かたほ)外れに肩へ(すべ)って、手を払って、持ったのを引払(ひっぱら)われて、飴の鳥はくしゃん、と(つぶ)れる。

「可哀相に、鶯を。」

 とつい、衣紋(えもん)()って、白い襟。髪艶やかに中腰になった処を、発奮(はずみ)一打(ひとうち)、ト(さっ)と烏の翼の影、笹を挙げて引被(ひっかぶ)る。

「ああ、少時(しばらく)。」

 (あわただ)しく声を掛けて、白足袋のしょぼけた草鞋(わらじ)で、つかつかと寄ろうとした、が、ふと足を()いて、手甲掛けた手を差伸ばして、

「もしもし、大高(うじ)暫時(しばらく)、大高氏。」と大風(おおふう)に声を掛けて呼んだのは、小笠(おがさ)目深(まぶか)に、墨の法衣(ころも)脚絆穿(きゃはんばき)で、むかし傀儡師(かいらいし)と云った、被蓋(きせぶた)の箱を(くび)に掛けて、胸へ着けた、扮装(いでたち)仔細(しさい)らしいが、山の手の台所でも、よく見掛ける、所化(しょけ)か、勧行か、まやかしか、風体(ふうてい)怪しげなる鉢坊主。

 形だけも世棄人(よすてびと)、それでこそ、見得も外聞も洒落(しゃれ)も構わず、変徹も無く、途中で芸者を見ていらるる。――斜めに向う側の土蔵の白壁に、へまむし、と炭団(たどん)(かけ)で楽書をしたごとく(たたず)んで、(じっ)先刻(さっき)から見詰めていた。

 小笠のふちに、手を掛けながら、

「源吾どの、ちょっと、これへ。……」

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