3話 檜木笠 三
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「あら、お止しなさいよ、そんな唄。大嫌だわ。二階に寝ている姉さんが、病気で疳が立っておいでだから、直ぐに聞きつけて、沢山加減を悪くするからね……ほんとうに嫌なのよ。」
と若い妓は頭を振るように左右を顧る。
「何が嫌だい。」
「生意気云うない。」
「状あ! 女郎奴、手前に嫌われて幸だ。好かれて堪るかい。」と笹を持ったのが、ぐいとその棹を小脇に引くと、呀、斜に構えて前に廻った。
「嘘よ、お前さんじゃないのよ。その大高源吾とか云う、ずんぐりむっくりした人がね、笹を担いで浪花節で歩行いては、大事な土地が汚れるって。……橋は台なし、堪らないって、姉さんが云うんだわ。」
「知ってらい!」
と矮小が、ぺろぺろと舌を吐いて、
「不断、そう云やがるとよ、可いか。手前ン許の狂女がな、不断そう云やがる事を知ってるから、手前だって尋常は通さないんだぜ。僕がな、形を窶してよ、八百屋の小児に生れてよ、間者になって知ってるんだ。行軍将棊でもな、間者は豪いぜ、伴内阿魔。」
商人はもとより、親が会社員にしろ、巡査にしろ、田舎の小忰でないものが、娘を苛める仔細はない。故あるかな、スパルタ擬きの少年等が、武士道に対する義憤なのである。
「忠臣、義士の罰が当らあ。」
「勿論よ。」
ひょろ竹と云われる瘠せたのが、きいきいと軋む声で、
「疾に罰が当って、気の違った奴なんか構わねえや。……此奴に笹葉を頂かせろ。」
「嚔をさしたれ。」
と、含羞んだ若い妓の、揃った目鼻の真中を狙って――お螻の虫が、もじゃもじゃもじゃ。
「へッくしょ。」と思わず唐突に陽炎を吸って咽せた……飴屋の地蔵は堪らなそうに鼻を撫でる。当の狙われた若い妓は、はッと顔を背けたので、笹葉は片頬外れに肩へ辷って、手を払って、持ったのを引払われて、飴の鳥はくしゃん、と潰れる。
「可哀相に、鶯を。」
とつい、衣紋が摺って、白い襟。髪艶やかに中腰になった処を、発奮で一打、ト颯と烏の翼の影、笹を挙げて引被る。
「ああ、少時。」
慌しく声を掛けて、白足袋のしょぼけた草鞋で、つかつかと寄ろうとした、が、ふと足を曳いて、手甲掛けた手を差伸ばして、
「もしもし、大高氏、暫時、大高氏。」と大風に声を掛けて呼んだのは、小笠を目深に、墨の法衣。脚絆穿で、むかし傀儡師と云った、被蓋の箱を頸に掛けて、胸へ着けた、扮装は仔細らしいが、山の手の台所でも、よく見掛ける、所化か、勧行か、まやかしか、風体怪しげなる鉢坊主。
形だけも世棄人、それでこそ、見得も外聞も洒落も構わず、変徹も無く、途中で芸者を見ていらるる。――斜めに向う側の土蔵の白壁に、へまむし、と炭団の欠で楽書をしたごとく彳んで、熟と先刻から見詰めていた。
小笠のふちに、手を掛けながら、
「源吾どの、ちょっと、これへ。……」