4話 檜木笠 四
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「そりゃ、(かな手本。)の御連中、あすこで呼んでいさっしゃる。」
潮を踏んだ飴屋は老功。赤い涎掛を荷の正面へ出して、小児の捌口へ水を向ける。
「僕の事かい。」
と猶予いながら、笹ッ葉の竹棹を、素直に支いた下に、鬢のほつれに手を当てて、おくれを掻いた若い妓の姿は、願の糸を掛けた状に、七夕らしく美しい。
「お前様方でのうて、忠臣蔵がどこに有るかな。」と飴屋は頷くように頤杖を支いて言う。
「一所においでよ、皆。」
「おい。」
義士の人数、六人の同勢は、羽根のように、ぽんぽんと発奮んで出て行く。
坊主は、笠ながら会釈して、
「貴殿は大高源吾どの?」
笹を持ったのが、(気を付け。)の姿勢になった。
「ええ、そうです。」
「こなたはな。」
見向かれた、ひょろ竹は、なぜか、ごしごしと天窓を掻いた。
「僕は赤鞘の安兵衛てんです。」
「ははあ、堀部氏でおいでなさる。」
「千崎弥五郎だよ。」
矮小は唇を、もぐもぐと遣る。
「成程――その他いずれもお揃いでありますな。」
と、六人をずらりと見渡し、
「いや、これは誰方も、はじめまして御意を得ます。」
ここで更めてまた慇懃に挨拶した。小児等はきょとんとする。
中に大高源吾が、笠を覗込んで、前へ屈み、
「坊さんは誰なんです。」
「怜悧だな。何、天晴御会釈。いかさま、御姓名を承りますに、こなたから先へ氏素姓を申上げぬという作法はありませなんだ。しかし御覧の通り、木の端同然のものでありますので、別に名告りますほどの苗字とてもありませぬ。愚僧は泉岳寺の味噌摺坊主でござる。」
事実元禄義士扱い。で、言葉も時代に、鄭重に、生真面目な応対。小児等は気を取られて、この味噌摺坊主に、笑うことも忘れて浮りでいる。
「ええ、さて各自には、すでに御本望をお遂げなされたのでありまするか。それとも、また今夜にも吉良邸へお討入りに相成りますかな。」
小児等は同じように顔を合せて、猿眼に、猫の目、上り目、下り目、団栗目、いろいろなのがぱちくるのみ。
自ら名告った味噌摺坊主は、手甲の手の腕組して、
「ははあ、御思考最中と見えますな。いや、何にいたせ、貴方がたを義士の御連中とお見掛け申して、ちと折入って、お話し申したい事があります。余り端近。な、ここは余り端近で、それそれ通りがかりの人目も多い。もそっとこれへ、ちょっと向うへ。あの四角の処まで、手前と御同道が願いたい。
決して悪いことではありませぬ。さあさあ誰方も。」
と云うより早く、すたすたと通りの方へ。
松屋あたりの、人通。どっちが(端近。)なのかそれさえ分らず、小児等は魅せられたようになって、ぞろぞろと後に続く。
電車が来る、と物をも言わず、味噌摺坊主は飛乗に飜然、と乗った。で、その小笠をかなぐって脱いだ時は、早や乗合の中に紛れたのである。――白い火が飛ぶ上野行。――文明の利器もこう使うと、魔術よりも重宝である。
角店の硝子窓の前に、六個の影が、ぼやりとして、中には総毛立って、震えたのがあった。