甲冑堂

1話 甲冑堂

1,907字 約4分 2016年11月4日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 橘南谿(たちばななんけい)東遊記(とういうき)に、陸前国(りくぜんのくに)苅田郡(かつたごほり)高福寺(かうふくじ)なる甲胄堂(かつちうだう)婦人像(ふじんざう)()せるあり。

奥州(おうしう)白石(しらいし)城下(じやうか)より一里半(いちりはん)(みなみ)に、才川(さいがは)()(えき)あり。()才川(さいがは)町末(まちずゑ)に、高福寺(かうふくじ)といふ(てら)あり。奥州筋(おうしうすぢ)近来(きんらい)凶作(きようさく)此寺(このてら)大破(たいは)(およ)び、住持(ぢうじ)となりても食物(しよくもつ)(とぼ)しければ(そう)不住(すまず)明寺(あきでら)となり、本尊(ほんぞん)だに何方(いづかた)取納(とりおさめ)しにや(てら)には()えず、(には)草深(くさふか)く、(まこと)狐梟(こけう)のすみかといふも(あまり)あり。()寺中(じちう)(また)(ひと)ツの小堂(せうだう)あり。(ぞく)甲胄堂(かつちうだう)といふ。(だう)書附(かきつけ)には故将堂(こしやうだう)とあり、(おほき)(わづか)二間四方許(にけんしはうばかり)小堂(せうだう)なり、本尊(ほんぞん)だに(みぎ)(ごと)くなれば、此小堂(このせうだう)破損(はそん)はいふ(まで)もなし、やう/\に(えん)にあがり()るに、(うち)(ほとけ)とてもなく、(たゞ)婦人(ふじん)甲胄(かつちう)して長刀(なぎなた)()ちたる木像(もくざう)(ふた)つを安置(あんち)せり。これ、佐藤次信(さとうつぎのぶ)忠信(たゞのぶ)兄弟(きやうだい)(つま)二人(ふたり)(みやこ)にて討死(うちじに)せしのち、()(はゝ)泣悲(なきかな)しむがいとしさに、()(をつと)姿(すがた)をまなび、()ひたる(ひと)(なぐさ)めたる、(やさ)しき(こゝろ)をあはれがりて(とき)(ひと)木像(もくざう)(きざ)みしものなりといふ。()物語(ものがたり)()き、此像(このざう)(はい)するにそゞろに落涙(らくるゐ)せり。((りやく))かく()()てたる小堂(せうだう)雨風(あめかぜ)をだに(ふせ)ぎかねて、彩色(さいしき)云々(うん/\)

 甲胄堂(かつちうだう)婦人像(ふじんざう)のあはれに()()のあせたるが、(はる)けき大空(おほぞら)(くも)(うつ)りて、(にじ)より鮮明(あざやか)に、(やさ)しく()むものゝ()(うつ)りて、()(ひと)(あだか)()けるが(ごと)し。われら()(はげ)しき大都会(だいとくわい)色彩(しきさい)(なが)むるもの、奥州辺(おうしうへん)物語(ものがたり)()み、()()婦人(ふじん)想像(さうざう)するに、大方(おほかた)安達(あだち)(はら)婆々(ばゞ)(おも)ひ、もつぺ穿()きたる(あねえ)をおもひ、(こん)(ふんどし)媽々(かゝあ)をおもふ。(おな)白石(しろいし)在所(ざいしよ)うまれなる、宮城野(みやぎの)()信夫(しのぶ)()ふを、芝居(しばゐ)にて()たるさへ(なに)とやらむ初鰹(はつがつを)(ころ)(うれ)しからず。たゞ南谿(なんけい)(しる)したる姉妹(きやうだい)()木像(もくざう)のみ、(そと)(はま)砂漠(さばく)(なか)にも緑水(オアシス)のあたり花菖蒲(はなあやめ)(いろ)のしたゝるを(おぼ)ゆる(こと)(ともえ)山吹(やまぶき)(それ)にも(まさ)れり。(おさな)(ころ)より(いま)亦然(またしか)り。

 元禄(げんろく)(ころ)陸奥千鳥(むつちどり)には――木川村(きがわむら)入口(いりぐち)鐙摺(あぶみずり)(いは)あり、一騎立(いつきだち)細道(ほそみち)なり、(すこ)()きて(みぎ)(かた)(てら)あり、小高(こだか)(ところ)(だう)一宇(いちう)次信(つぎのぶ)忠信(たゞのぶ)両妻(りやうさい)軍立(いくさだち)姿(すがた)にて相双(あひなら)()つ。

(いくさ)めく二人(ふたり)(よめ)(はな)あやめ。

 また、安永中(あんえいちう)続奥(ぞくおく)細道(ほそみち)には、――故将堂女体(こしやうだうによたい)甲胄(かつちう)(たい)したる姿(すがた)、いと(めづ)らし、(ふる)(ざう)にて、彩色(さいしき)()げて、下地(したぢ)なる胡粉(ごふん)(しろ)()えたるは。

()(はな)(おど)()ゆらり女武者(をんなむしや)

としるせりとぞ。()両様(りやうやう)とも(くは)しく()姿(すがた)(しる)さゞれども、一読(いちどく)(さい)、われらが()には、東遊記(とういうき)(うつ)したると(おな)(さま)()えて()(ゆか)し。

 (しか)るに、観聞志(くわんもんし)()へる(しよ)には、斉川以西有羊腸(さいがはいせいようちやうあり)維石厳々(これいしげん/\)嚼足(あしをかみ)毀蹄(ひづめをやぶる)一高坂也(いつかうはんなり)是以馬憂(これをもつてうまきくわいをうれふ)人痛嶮艱(ひとけんかんをいたむ)王勃所謂(わうぼつがいはゆる)関山難踰者(くわんざんこえがたきもの)方是乎可信依(まさにこれにおいてかしんいすべし)土人称破鐙坂(どじんやれあぶみのさかとしようす)破鐙坂東有一堂(やれあぶみさかのひがしにいちどうあり)中置二女影(なかににぢよえいをおく)身着戎衣服(みにじふいふくをつけ)頭戴烏帽子(かしらにえぼしをいたゞき)右方執弓矢(うはうきうしをとり)左方撫刀剣(さはうとうけんをぶす)とありとか。

 ()女像(によざう)にして、もし、弓矢(ゆみや)()り、刀剣(とうけん)()すとせむか、いや、(こし)踏張(ふんば)り、片膝(かたひざ)(おし)はだけて身搆(みがま)へて()るやうにて姿(すがた)(はなは)だとゝのはず、()(はう)(まこと)ならば、(ゆか)しさは(なか)()()る。()人々(ひと/″\)も、()くては筋骨(きんこつ)(たくま)しく、膝節(ひざぶし)()ふしもふしくれ()ちたる、がんまの(むすめ)想像(さうざう)せずや。()らず、()(かた)(あるひ)画像(ぐわざう)などにて、南谿(なんけい)()のあたり()(うつ)()ける木像(もくざう)とは(たが)へるならむか。()長刀(なぎなた)()ちたるが姿(すがた)なるなり。東遊記(とういうき)なるは相違(さうゐ)あらじ。またあらざらむ(こと)を、われらは(ねが)ふ。観聞志(くわんもんし)もし(あやま)ちたらむには不都合(ふつがふ)なり、王勃(わうぼつ)()(ところ)などは()うでもよし、(こゝろ)すべき(こと)ならずや。

 近頃(ちかごろ)(こゝろ)して(ひと)()ふ、甲胄堂(かつちうだう)(はな)あやめ、あはれに、(いま)()けりとぞ。

 唐土(たうど)(むかし)咸寧(かんねい)(とき)韓伯(かんはく)()(なにがし)と、王蘊(わううん)()(なにがし)と、劉耽(りうたん)()(なにがし)と、いづれ華冑(くわちう)公子等(こうしら)一日(あるひ)相携(あひたづさ)へて()きて、土地(とち)(かみ)蒋山(しやうざん)(びやう)(あそ)ぶ、廟中(びやうちう)数婦人(すふじん)(ざう)あり、白皙(はくせき)にして(はなは)端正(たんせい)

 三人(さんにん)()(ところ)に、割籠(わりご)(ひら)きて、()()()(おほい)(くら)ふ。()(ひと)()げなる(こと)(あだか)()(かたはら)にしたるが(ごと)し。(あまつさ)(よひ)(じよう)じて、三人(さんにん)おの/\、()(うち)三婦人(さんふじん)(ざう)(ゆびさ)し、勝手(かつて)撰取(よりど)りに、おのれに(はい)して、(むね)()で、(うで)()し、(みゝ)()く。

 (とき)に、()()(こと)なりけり。三人(さんにん)(おな)じく(ゆめ)む、(ゆめ)蒋侯(しやうこう)()伝教(さんだいふ)(つか)はして使者(ししや)(おもむき)(まを)さす。(いは)く、不束(ふつゝか)なる(をんな)ども、(みだり)卿等(けいら)栄顧(えいこ)(かふむ)る、(まこと)不思議(ふしぎ)なる御縁(ごえん)(だん)祝着(しうちやく)(ぞん)ずるもの(なり)(つい)ては、(それ)()(あだか)黄道吉辰(くわうだうきつしん)なれば、(そろ)つて方々(かた/″\)婿君(むこぎみ)にお(むか)(まを)すと()ふ。(あせ)(つめ)たくして(ひと)りづゝ(ゆめ)さむ。()くるを()ちて、相見(あひみ)(くち)()はするに、三人(さんにん)()(おな)じうして(いさゝか)(こと)なる(こと)なし。於是(これにおいて)(あを)くなりて(おほい)(おそ)れ、(ひと)しく(にえ)(そな)へて、(びやう)(まゐ)つて、(つみ)(しや)し、(あい)()ふ。

 ()()(また)(とも)(ゆめ)む。()(たび)蒋侯神(しやうこうじん)白銀(しろがね)甲胄(かつちう)し、(ゆき)(ごと)白馬(はくば)(またが)り、白羽(しらは)()()ひて(したし)(みづ)から(まくら)(くだ)る。(しろ)(むち)()(しめ)して(いは)く、変更(へんがへ)()罷成(まかりな)らぬ、御身等(おんみら)()処女(むすめ)(なに)(おも)ふ、海老茶(えびちや)ではないのだと。

 木像(もくざう)(しん)あるなり。(しん)なけれども(れい)あつて(きた)()る。山深(やまふか)く、(さと)(ゆう)に、堂宇(だうう)廃頽(はいたい)して、(いよ/\)()けるが(ごと)(しか)(なり)

目次に戻る

感想を書く

目次