28話 第十九 人物
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彼は如何なる人物なるか、普通の意味において、大なる人物という能わず。何となれば大なる活眼なく、大なる雄腕なく、また大なる常識を有せざるが故に。
然れどももし大なる人物というを許さば、許すべきはただ一あり。曰く、彼は真誠の人なり、仮作の人にあらざるなり。彼が真誠の人たるは、なおルーテルが真誠の人たるが如し。
ルーテルの幼きや、胡弓を人の門口に弾じて以て自ら給す、弾じ終りて家人の物を与えんとするや、彼れ乍ち赤面して遁れ去れり。彼何んぞかくの如く小心なる。彼がウオムスの大会において訊問せられんとするや、人その行を危ぶむ。彼昂然として曰く、「否々我往かん、悪魔の数縦令い屋上の瓦より三倍多きも何ぞ妨げん」。あるいは曰く、「惹爾日公あり、汝の強敵なり」と。彼泰然として曰く、「否々我往かん、縦令い惹爾日公雨の如く九日九夜降り続きたりとて何かあらん」と。彼アウクスボルクに在りて、衆敵に窘追せらるるや、慨然として曰く、「もし余をして五百箇の首ありて、むしろ尽くこれを失うとも、余が信ずる所の一箇条を改むるを欲せず」と。
彼は何故に前に小心にして、後にかくの如く大胆なるか。怪む勿れ、真成の剛勇は、翼々たる小心より来るを知らずや。松陰固よりルーテルに比すべきものにあらず、然れども彼が彼たる所以は、至誠にして自から欺かざる故と知らずや。
彼れただ小心翼々たり、その世に処する、あたかも独木橋を渡るが如し。彼は左にも右にも行くべき道を見ず、故に思い切りて独木橋を鉛直線に進前す。彼が行くべき道は唯一の道なり、故に彼は全力を出してこれを踏過す。彼はこれがために死すら辞せず、何となれば彼が信ずる所は、死よりも重ければなり。故に大胆の事を為すは、小心の人なり、傍若無人の事を為すは、至誠にして自から欺かざる人なり。彼の非道横着にして、人を虐げ世を逆して、自から慚死する能わざる者の如きは、これ良心の麻痺病に罹りたるなり、彼らが大胆は強盗殺人者の大胆なり、未だ剛勇を以て許すべからざるなり。
ただ一の真誠なり、赤心なり。父母に対すれば孝となり、兄妹に対すれば友愛となり、朋友に対すれば信義となり、君に対すれば忠となり、国に対すれば愛国となり、道に対すれば殉道となる。その本は一にして、その末は万なり。万種の動作、ただ一心に会まる。彼が彼たる所以、ただこの一誠以て全心を把持するが故にあらずや。
彼は殉難者てふ筋書により、吉田松陰てふ題目を演ずる俳優にあらず。彼自から活ける松陰なり、彼は多くの欠点を有するに係らず、仮作的の人物にあらず、真誠の人物なり。
彼は真摯の人なり、彼は意の人に非ず、気の人なり。理の人に非ず、情の人なり。識の人に非ず、感の人なり。彼は塩辛らく、意地悪ろく、腹黒き人に非ず。彼は多くの陰謀を作したるに拘らず、正義の目的を達せんがために作したるの陰謀にして、殆んど胸中、人に対して言うべからざるのものなかりしなり。彼は村田清風の手書に係る、司馬温公の「吾れ人に過ぎるもの無し、但だ平生の為す所、未だ嘗て人に対して言うべからざるもの有らざるのみ」の語を守袋に入れ、常住坐臥、その膚を離さざりしという。また以て彼が功夫の存する所を察るべし。
彼は日本国民の通有性を有す。彼は余りに可燃質なり、彼は余りに殺急に、余りに刃近し、切言すれば彼は浅躁と軽慓と雑馭との譏を免るる能わず。然れども彼は敬虔なる献身的精神を以て、その身を国家とその道とする所とに捧ぐ。彼は到底一の「殉」字を会得したるもの、而して彼は到底一の殉字に慚じざるもの、略言すれば彼は天成の好男児なり、日本男児の好標本なり。
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余嘗て維新革命前の故老を訪い、以て彼が風を聴くを得たり。いう、彼れ短躯骨、枯皮瘠肉、衣に勝えざるが如く、嘗て宮部鼎蔵と相伴い、東北行を為すや、しばしば茶店の老婆のために、誤って賈客視せらる。宮部戯れて曰く、「君何ぞそれ商骨に饒む、一にここに到る」と。彼れ然刀柄を擬して曰く、「何ぞ我を侮辱するや」と。彼れ白痘満顔、広額尖頤、双眉上に釣り、両頬下に殺ぐ、鼻梁隆起、口角緊束、細目深瞳、ただ眼晴烱々、火把の如きを見るのみ。彼れ人に対して真率、漫に辺幅を飾らず、然れども広人稠坐の裡、自ら一種の正気、人を圧するものありしという。
彼れ居常他の嗜好なし、酒を飲まず、烟を吹かず、その烟を吹かざるは、彼が断管吟の詩に徴して知るべし。書画、文房、骨董、武器、一として彼の愛を経るものなし。衣服、玩好、遊戯、一も彼の嗜を惹くものなし。机上一硯、一筆、蕭然たる書生のみ。最も読書を好み手に巻を釈てず、その抄録したるもの四十余巻ありという。嘗て森田節斎の「項羽本紀」の講義に参ず。これよりして「項羽本紀」を手ずから謄写するものおよそ四回、随って批し随って読む。その愛読するもの孫子、水戸流の諸書、菅茶山詩、山陽詩文等は固より、その他経史百家の書より、近代の諸著作に致るまで、寓目せざるなし。その博覧強識にして、言論堂々、翰を揮い飛ぶが如きもの、その著作編述、無慮五、六十種に出づるもの、その好む所によりて、その長技を見るべし。声色の如きは、殆んど思うに遑あらざりしなり。ただ菓物と餅とは、平生すこぶる嗜む所、故に今に到りて、祭時必らずこれを供すという。
彼は哲学において、「ストイック」派にはあらざれども、その行状は確かに「ストイック」なりき。剛健簡質以て彼が生活を尽すべし。彼は実に封建制度破壊の張本人たりしに係らず、その身は武士風の遺影を留めたり。
彼の友人なる維新革命前の故老曰く、「人誰れか過失なからん。ただ彼は余をしてその欠点を忘れしむ」と。彼は多くの欠点を有したり。然れども彼は人をしてその欠点を忘れしむるほどの、真誠なる人物なりき。彼の赤心はかくまで深く人に徹せしなり。